特大、そして疲弊
「こちらをお渡しします」
「ああ。ありがとう」
方針が固まると焦りが落ち着く。指輪を持って来てくれたコランドに普通のトーンで感謝を伝えられた。
そしてせめてもの誤魔化しとして『水流操作』と『ウォーミル』、『麻痺』と共に彼の手に触れる。
一点集中で麻痺させることは無理だ。そこまで身体の構造に詳しい訳じゃない。
だから痛みを感じないようにし、血流を怪我から出ないように操り、血管を薄い氷でまとう。
「もう少し耐えてくれ……」
一時的な処置。早く終わられて適切な処置を受けてもらわないとリリーの時のように何が起こるか分からない。
ただ、これから行う大規模な『水流操作』と『ウォーミル』。
「(こっちも何が起こるか分からないのも事実)」
小さなゲートを作り、海に触れる。
「(それでも──)」
そして一度ゲートを閉じる。
「ゲート」
再び、しかし今度は大量の魔力をゲートリングに流す。
瞬間、山をも越える上空に内側の絵が淀んでいる輪っかが出来る。
そしてそこからまさに天地がひっくり返ったかの様な大量の水が姿を現す。重力に引っ張られたその水は、輪っかを越えると綺麗なドーム状に広がり落ちる。
しかし天から降りる巨大な水のドームに地にいる者はまだ気がつかない。
先に気がついたのは魔物たちだった。
ドライアドもゲート開放後から数秒でドームの存在を認識した。
そして突然上を向いて動かなくなったドライアドを不思議に思った首長が顔を上げる。
「なっ……?!」
葉に隠れて中々確認出来ずにいた首長もその光景を目にする。
「っ……」
「これは一体どうい──って、どうした?!」
あれの原因を俺と判断した首長が仔細を尋ねようと視線をこっちへと落とした。
しかしちょうどそのタイミングで疲労からか鼻血が垂れてきていたため心配される。が、近づいて来ようとする彼女を手で制す。
「(頭が痛い……身体が重くて、気怠い……)」
この感じに少しだけ憶えがある。
『魔眼』に魔力を過剰に流した時、それとエルフの里で気を失った後に目を覚ました時と似ている。
能力の過剰使用とそれに伴う大量の魔力消費。
しかしもう止める訳にはいかない。
それにこれだけならまだ耐えれる。
「ふぅー……」
ゆっくりと深呼吸をし、能力に集中する。
『天眼』にはコカトリスを討伐し終えたブライアンが映る。
「(俺も終わらせないとな)」
憂いが一つ潰れた。それだけでも心にだいぶ余裕が生まれる。
未だ落ち続ける水に比例するように頭痛と怠さが増して行く。
それを徐々に凍らせて行く。
「(塩水は凍り難いだけだから大変だと考えてたけど、思ったよりは魔力を消費しないな)」
理科で習った塩水の凝固はマイナス五度からマイナス二十一度以下。塩分濃度によって凝固点降下が変化する。
だからいつもより多くの魔力を流せば、例え海の濃度でも凍らせられる。
そう考えていたが嬉しい誤算が生じ、少しだけ消費魔力が抑えられた。
それにより着々と、重力に加えて『水流操作』の加速でドームはより形を成して行く。
「(……あ。地面にも魔獣はいる可能性があるか)」
失念していたことを思い出す。
トリガーに魔獣が関わってくる以上、逃亡と他の魔獣との接触の二つを対処して置かないといけない。
それに「同化中は能力を使わなくても、地面を伝って移動が可能です」とか言われたら壁の意味がなくなる。
「(疲れは増しているのに思考はどんどん冷静になって行くな)」
地面まで辿り着いた氷のドームをさらに進ませながら自分の状態に何故か笑いを覚える。




