翻訳、そして名づけ
「なるほど……でもなんでこんな下の階まで来たんだ? 取り引きなら檻越しでも出来ただろ?」
「……上だと見回りの回数が多いからな。少しでも減らすためにここにしたんだ」
「それならなおのこと上にいるべきだろっ? なんで危険を犯す必要がある?」
彼の言いたいことは分かる。
侵入者や脱獄が二回も起こったために、ほぼ全ての階の見回りが増えている。その中でも一階から四階までは他の階よりも多い。
そのため本来であれば俺の脱獄は今頃バレており、全階層の警備が厳しくなっていなければならない。
しかしさっきの看守たちは連絡が行き渡っていない様子だった。ということは、俺が牢にいないことはまだバレていないということ。
ただ、巡回数からしてそれもおかしい話だ。
降りてきた時間も考えて体感では三十分は経過している。その間に二、三回は巡回しているはずだ。
それでも騒ぎになっていないのは、恐らくブライアンが看守を買収したのだろう。
というか、そうでもしないと彼がこんな所にまで俺を連れて来れる訳も、落ち着いていられる訳もないしな。
「(ただ、そこまでして上で話せない理由……それを知りたい)」
少しだけ声を荒げて聞いたためか、ブライアンはしばらくの間考え込んでから口を開く。
「看守の中に外部と繋がってとる者がいるからだ」
「外部……? どういうことだ?」
「その前に。坊主、”緑のキングネス”って知ってるか?」
こちらの質問を置いてブライアンが尋ねてくる。
「(緑の、キングネス……? なんだそりゃ)」
初耳の内容に首を傾げる。が、その言葉に少し思う所があった。
「その組織自体は知らないけど、最初の。その”緑の”っていうのは、もしかしボアアガロンと何か関係があったりするのか?」
「いや……恐らくないとは思うが、なんでそないなことを考えたんだ?」
「え? だって……」
ボアアガロンは過去に自分たちのことを”青のボアアガロン”と名乗った。そして”緑のキングネス”とくれば誰だって関係性を疑う。
それを口にしようとした所で、不意に考え直す。
「(いや、それなら尚のことなんで通じないんだ?)」
同じ『色』を表す言葉が組織名についているのなら、誰だってそのことを疑う。
しかし今彼が納得していない。同国の言葉で色を表す言葉がついていても、それに関係性を見出せていないのだ。
「(同じ発音なだけで、意味が別の物を差しているから翻訳が違う……? ただ、だとしたら能力的に別の物に翻訳されるはず……)」
「どした、坊主? やっぱり聞いたことあるんか?」
急に黙って考え込み始めた俺を怪訝に思ったブライアンが尋ねてくるが、今は答えている余裕がない。
『言語解析』は別の意味を差しているなら音ではなく、その言葉の意味を持つ言葉として翻訳してくれる。
例えば、外国人が英語で「アイ」と言った際に、発音だけなら日本語の「愛」となってしまう所をしっかりと本来伝えたかった「目」や「私」と翻訳してくれる。
しかし今回の場合はそうならなかった。
「なあ、ブライアン。色が関係している言葉があるのに、なんで二つに関係性がないって言ったんだ?」
「ん? ……色なんかどこについてるって言うんだ?」
「なるほど……」
眉間のしわを少しだけ深めてからブライアンは答える。
彼の質問には答えず、こっちの質問に答えてもらって申し訳ないが、まだしばらくは待ってもらうつもりだ。
「(色なんかついていない……どういうことだ?)」
彼が言った”緑の”やボアアガロンの”青の”はどちらも色だ。
なのにそれを訊いても関係性を見出せない……? なんで……
「……緑ってなんだ?」
「緑ぃ……? え、知らないのか?」
「いや、どういうのを差すのかと思ってな。答えてくれ」
「答えてって……緑は木とかの葉っぱの色や。あれを緑って言う」
「……ありがと」
今度はすんなりと理解出来る答えを答えてくれる。
それに彼はしっかりと『色』と言ってくれた。ということはこの世界にも緑色は存在する。
でも、キングネスやボアアガロンについている色には反応しなかった……単語だから? そういう単語だから翻訳を掻い潜っている?
「……悪い。もう一度、同じ風に組織名を言ってくれないか?」
「……緑のキングネスや。何がしたいんだ?」
「(翻訳はさっきと変わっていない……ということは組織名その物が緑のキングネス? いや、ボアアガロンと一緒でキングネスって言葉が翻訳されていないから、”緑の”の方もそのままってことか?)」
ボアアガロンと聞いても「猪アガロン」と翻訳されないように、それはその単語として能力で翻訳されているから。
そして”青の”や”緑の”が組織名についていても、ブライアンが関係性を疑えなかった。
ということは、この”緑の”というのはそういう単語ではあるが、この国の住人にとっては『色』を表す言葉にはなっていない。
つまる所──
「(そう翻訳されても意味が分かるのは異世界人のみってことか……)」
何故そんなことをしたのか理由は不明だが、この国内に組織名をつけた”異世界人”がいるということだ。
話を跨ぐと面倒な内容のため、今回は少し長めとなりました。




