視点移動、そして甘い味
展開出来ている能力を見ながら反省する。
「(発想は良かったと思うんだが……)」
視点として二つを置くことが出来たし、能力自体も使えてはいる。
ただ前面に置いている視点を通しても見える距離がかけ算になることはなかった。見えたのは同じ絵だった……
実現が無理なのか、それともどこか部分的に間違えているのか。
「こればっかりは実験して行かないと分からないな……」
結論は無理でした。である。情けない話だが、今はこれに拘ってはいられないし諦めるしかない。
ただ肉は筋を見る必要があったから内部まで見ようとしただけで、黒パンは違う。
「坊主ぅー、どうすんだー? それ食うのか?」
「……ああ」
何をやっているのか分からないブライアンは扉前で暇そうにしている。
しかし時々倒れている看守と階段の方を見ている。
そうだな。俺もそっちを、そしてブライアンも見ておく必要があるのを忘れていた。
「(……どうせなら二視点が出来るかだけでも実験してみよう)」
倍率アップが出来なかったのだから他のことを試す。
まず、この部屋の中に一視点、次に隣の看守たちと階段の様子が見える位置に一視点置く。
そして『千里眼』で覗いてみる。
「(……ダメか。片方しか機能してない)」
しかし見えるのは最後に置いた方のみ。最初のは……
「(あ、見えた)」
意外にももう一つの方も機能した。ただ、まるでスイッチを切り替えたように片方の視点に切り替えた途端に、今まで機能していた方の視点は使えなくなった。
「(うーん……一応素早く視点を切り替え続ければ、両方は見れるけど……うっ)」
テレビのチャンネルを交互に見ている様になるため映像がだいぶ見難い。
それに頭が痛くなってきたし、気持ち悪くなってきた。
「(この方法だと映像酔いは避けられない……吐きそう……)」
「おい、坊主っ。また顔色悪いぞ! 大丈夫かっ?」
「あ、ああ……また胃液が逆流しそうになった、だけだから……」
俺の様子の変化にブライアンが心配する。それに軽く返事をしてから看守たちの方を優先しつつ、適当なタイミングで視点を入れ替えることにする。
脳のリソースがとんでもないが、やっていないと不安なため続ける。
「(さて、食事もやらないと)」
少しだけ頭が働かないが、黒パンに向き直る。
パンは穴が大きいため浸しやすい。『水流操作』で内部まで酒浸しにする。
そして別の場所にパンを移し、『ウォーミル』に一気に魔力を流し込む。
酒の沸点は水よりも低かったはずだから、水分が完全に蒸発する前にアルコールが抜ける。そうしないとアルコールの味で余計に不味くなる。
黒パンから湯気が立ち始め、果実酒の匂いが部屋に漂い出す。
「ん? なんか臭うな。甘い様な……なんの匂いだ?」
「酒だよ。少し匂いが強いみたいだ」
「……酒にしては変な臭いな気もするが」
「気のせいだ」
匂いにクレームを出されたが適当に誤魔化す。
そうしてアルコールだけを飛ばして、少しふやけ過ぎた果実の匂いをさせた黒パンが完成する。
持てば破けてしまうそれを口へと運ぶ。
「ん……不味い」
アルコールが飛んだとはいえ果実水やふやけていることもあって全然美味しくない。
それでも胃は文句を言わない。これならギリギリ食べられそうだ。
「(まあ、不味さで吐きそうだけど……)」
同じ方法でパンをふやかして行き、それらを食べる。
ただ、これをずっと食べているとしょっぱい物が欲しくなるくらい口の中が甘ったるくなって行く。




