果実酒、そして内部
「少し待てな」
理解してくれたブライアンは没収した酒樽を左手で支え、黒パンに使った小さなナイフを構える。
そうしてナイフが軽く一閃される。
パンを切るために用意されていたナイフだと言うのに、彼はなんの抵抗も見せずに木製の樽を切る。
中が少なめだったため溢れ出ることもなかった。
「ほれ」
「ん、ありがとう」
お願いした通りに切ってくれた酒樽を渡される。
それを受け取り、少しだけ味見をする。
「果実酒か」
「……俺も飲みたくなってきたな」
「色々終わった後に自分で飲みに行ってくれ」
「……おう」
喉を鳴らす彼を無視してやることを進めて行く。もう一度果実酒に触れ、『水流操作』と『ウォーミル』を使う。
本来肉を柔らかくする場合には約一時間から半日程度は漬け込む必要がある。
ただ、今回はそんな時間はないので『水流操作』で無理矢理柔らかくする。
干し肉と黒パンを一口サイズ以下にカットし、酒樽の中にぶち込む。
「おいおい、もったいねぇな」
その行動に直言してくる切り手を無視して能力に集中する。
普段は水を適当な分量に魔力を流して操作しているが、今回は肉と肉の間に酒を通す必要がある。本来浸透して行く道筋を『水流操作』で操作している酒に通らせる。
『千里眼』も使ってより肉と肉の間の道を見えるようにする。
「(リリーを助ける時に体内の様子は見てたが、果たして細かい肉の筋は……)」
『千里眼』で内部を見えるようにする。
全体が赤黒く、そこらかしこに深いシワの様な物が走っている。
「(この倍率だとただ肉の内部を見てるだけだな)」
体内の血管内部を見るだけならこれでも良いが、今回はさらに内部を見る必要がある。
しかし倍率を上げようにも魔力を流す程度では見ている距離が伸びるだけで、それ以上の様子を見ることが出来ない。
「(参ったな。これだと酒を完全に内部まで入り込ませられない……)」
無茶な作戦だったと諦めそうになるが、頭の中でどうにか出来ないか模索している自分もいる。
倍率を上げる方法……なんて簡単には思いつかない。地球だと顕微鏡やカメラのレンズに使われているのは凸レンズと凹レンズをかけ合わせることで高倍率に。
対して望遠鏡はレンズ間を離すことで遠くの景色を見れるようにしていた、はず。
「(焦点距離の授業で先生がちょろっと言っていたことなんてて憶えてない! もっと詳しく聞いておけば良かった……!)」
レンズの構造について嘆きつつもさらに整理して行く。
『千里眼』はレベルに応じて上がる距離制限内なら、近距離で見ている様に見れる。
ただ例外として『天眼』のように魔力による視点の作成を行った場合、その視点までと術者の差分が残りの距離制限として能力の遠隔発動が出来る。
これにより空中に『千里眼』を置くことで視点が出来、残りの距離制限で辺りを見回しているのが『天眼』なんだよな。
「(……なら、それを繰返せば擬似的に顕微鏡と同じシステムにならないか?)」
視点として置いた『千里眼』の前にさらに『千里眼』を置く。
そうすれば前の距離倍率と残りの距離倍率同士でかけ算されて行き、それを繰り返して行けば高倍率になるのでは!?
「(ヤバい。天っ才だ……)」
自分の才能に驚愕と感嘆してしまう。
早速能力を調整する。
思った通りというか意外というか、『千里眼』を視点として置いてもさらに『千里眼』を視点として置くことが出来た。
まずはお試しのため視点は二つにする。どんな世界になるのか分からない以上、小さな数からの挑戦の方が良い。
ただ、これでミクロの世界だって覗ける!
期待を胸に『千里眼』を見る……
「(──うん! 変わらない!!)」
しかし現実は非常なようで思った通りにことは進まなかった。
『千里眼』同士をかけ合わせた所で結果は全く同じ。
ただの赤黒いシワの世界だった。




