破片、そして最後の一手
この状態ではもう自身の身だけでは対処出来ない。
「(剣があれば……)」
故に武器に頼りたくなる。
が、この部屋にそんな物はない──否、そんな物はなかった。
「?」
視界の端にキラキラと光何かが映る。
そちらに視線を向けると、先程私が割った瓶の破片が落ちている。
「(あれがあれば!)」
剣より利便性や殺傷力は落ちるけど、それでも首を切れればなんとかなる。
僅かな可能性を掴み取るべくそちらへと手を伸ばす。
しかしその動きは鈍い。
ロックタートルの如き遅さ。
腕を持ち上げる事さえも出来ず、ゆっくりと地を這う様にして破片まで手を伸ばす。
「っ」
ようやく腕を伸ばし切るも僅かに距離が足りず、触れられそうで触れられない。
あと少しだけ身体を動かす事が出来れば届くのに……
届きそうにない事実に、伸ばしていた指が力を吸われてくるかの様に倒れ始める。
「(──身体が動かないくらいで諦めたらダメ! そんな言い訳を続けていたら、いつまで経っても強くなれない!)」
諦めかける自分を奮い立たせる。
手を届かせるべく、全身に再度力を入れ身体を起こそうとする。
しかし全然力が入らず上手く起き上がれない。
ただ腕がプルプルと震えているだけ。
「クンゾがッ!! 殺す……ジジイ、お前だんげはじっぐりいたぶっで殺すッ!!」
絶叫の如く声を荒げ初老の男へと向かって行く。
「(急がないとっ)」
言う事を聞かない身体に鞭を打って動かす。
地面に爪を立てて地を這う。
ゆっくりと破片に手が近づく。
「まんずはそのグゾんな腕がだ!!」
若い男はどこに隠していたのか小さな刃物を握り、初老の右腕へと振り下ろす。
相当の切れ味な刃物だったらしく、あんな斬りかかり方で彼の腕を切り落としてしまった。
痛みに叫ぶ初老の男、そして怒りと憎しみが籠った咆哮を上げる若い男。
その二人の絶叫を耳にようやく瓶の破片に手が届く。
しかしもう投げる力なんて残っていない。
「なら、撃つ!」
狙いを定める。
この力が出ない状態でどれだけの威力で撃てるだろう。
「(ない魔力を搾り出せれば……)」
そんな芸当が出来るのだろうか?
魔力はなくなればそれで終了。無から有を生み出す事は出来ない。
だから出来ない。
能力なしで撃つしかない。
「(行けっ!!)」
勢いよく指を離し、破片を弾く。
撃った破片はさほどの威力を得る事なく私から少し離れた位置で落ちた。
「やっぱりこの状態じゃ無理か……」
最後の抵抗を不発で終え、地面に伏す。
もう意識を保っていられない。ここで今度こそ死んでしまうらしい。
「(ごめんなさい母様……助けられなくてごめんなさいリリー、東……)」
最後に告げる事の出来ない謝罪。それだけが後悔だった。
すると不意に身体が浮く感覚に包まれる。
「よく頑張った。あとは任せろ」
聞き覚えのない声。少し高い男の声。
今にも閉じそうな瞼に抵抗し、視界に映ったのは黒髪で顔のほとんどが包帯で覆われた子供だった。
それが私を見下ろしている。
「だ、れ……?」
目と何故か切れている口元の包帯。顔がはっきりと見えないから誰なのか分からない。
憶えのないそんな子供がなんでこんな危険な場所にいるの?
危ないから別の場所に行かせないといけない。
しかしもう身体に力は入らない。
浮いた感覚はまだある。というか、背中に支えられているような感覚と温かさ。
まるで抱き抱えられているかの様に温かく、そして安心する匂い。
「(変なの。目の前にいるのは全然知らない子供なのに、何故か安心する……)」
そんな気持ちに包まれながら私の意識は完全に闇へと落ちる。




