日数、そして状態
「シーサーペントがシラスルコ港湾に出現し、一時的な休航。魔獣による騒動なのですから偶然だと思います。それで漁師や商船の方々は困っているんですから、幸運だなんて言ったらダメですよ」
容疑者である東に近日内でのアリバイを得させないというのは、彼らにとって幸運なことだった。
そのためつい口を突いてしまった。
「失礼しました。自分のことしか考えていませんでした」
「アッ君の言いたいことは分かりますけどね」
失言をしたブライアンの気持ちを汲みつつフォローをする。
首長は見終わった報告書の山の中から目当ての一枚を探す。
「医療監房の医官による見解では怪我の具合から見て七日以内、そしてキリサキの医師の話では負傷したのは五日前だそうです」
内容を話している途中でそれを見つける。
キリ・へルクレットの治療報告書の一枚を手に持ち、険しい表情で書類を睨む首長。
「…………医官の誤りと医師の虚言があったとしても、アンタレス王国へ渡航するにはどれだけ多く見積もっても十一日。そして近日七日間は船が出ていないとなると、怪我を負ったのは十八日も前となりますが」
それで考えるなら、キリサキは船が出なくなる七日前にはベガの港に着いていないとならない。
そして王都から一番近いのはシラスルコ港湾。
その道のりは、馬車での移動であれば七日、馬でなら五日と少し。
休憩を減らせばギリギリ四日にはなる。
シラスルコ港湾からの馬での移動は間を取って六日と考えて、出立したのはアンタレス王国から帰国した日からさらに十七日前というこになる。
アンタレス王国の渡航に十一日。王都からシラスルコ港湾への移動に六日。合計で十七日。
流石にアルタイル寄りのベガ最大の港である、アラスコ港湾を使用したとは考え難い。
確かにあちらを使えばアンタレス王国行きの船がすぐに見つかるだろう。
しかしそちらは、移動だけでも十七日、船の移動も渡航日数が二日増えて十三日はかかる。
王都からいくつかの街を経由してアラスコ港湾に行くのではなく、休憩をなくして通過して行ったなら八、九日は軽減出来るが、それでもシラスルコ港湾を使った方が断然良い。
しかし念のためそちらの方にもキリサキが乗船していなかったかを確かめに行ってもらっている。
問題は事件が起こったのは今日から十二日前。
休航が起きたのは事件から二日後。今日から十日前である。
この時点には既にキリサキがアンタレス王国から帰国していなくてはならない。
よって──
「実際は、今日から二十九日前にウェンベルと会ったということになります」
つまり医官の見解も医師の発言も全てが合わない。
そもそも船が出ていようがいまいが、渡航日数からして合わない。
ウェンベルがベガに来ているなんて話も聞いていない。が、少なくとも一週間の間は来ていないことは確かだ。
「さらに魔道具バルバ・ティンは、絶大な斬れ味と癒えない傷を与えるという二つの能力を持つ珍しい魔道具です。しかし切られた部分を切除してしまえば癒せます。問題はそれを知らなかったキリサキたちが、怪我を負ってから約二十五日も経っているにも関わらず生きていることがあり得ないです」
傷を放置すれば皮膚がボロボロになって崩れて行く。
それを治癒核や薬による延命だけで生かし続けるにはどれだけの費用がかかるか。
ダンジョン攻略者であり銀ランク冒険者といえど、簡単に出来ることではない。
「辻褄を合わせるには難しい内容ですね」
首長もブライアンの否定に賛同する。
辻褄を整えようと移動日数から考えれば、移動は可能ではあるが負傷者の状態と医官の見解の両方が合わない。
しかしその合わない状態を可能にする噂がある。
それが二人の脳裏を過ぎる。
「やっぱり転移系の魔道具を所持しているのでしょうか……」
首長が呟く。
東が攻略したダンジョンのあるエネリアの街や王都からそんな能力を持っているという噂が五ヶ月前から立っていた。
しかし出所や根拠がなく、ただ広く広まっている軽い噂。
信じる価値のない噂ではあるが、今の怪しい状況では真実味が増してしまっている。
「確証はないので分かりませんが、これはまだ坊主から何か聞かないといけないことがあると考えられます。警備をしつつそれとなく聞き出してみます」
ブライアンのありがたい言葉に「頼みます」と返す首長。
そこからしばらくの間、二人は東や子供状態の東の能力、事件当時にあった目撃情報の再確認の決行について、刑法官からの東の逮捕催促や子供東含めたキリたちの処刑に対する対処などを話し、煮詰める。




