撤収、そして目的
注意:視点変更
......仕方がない。ズボンは後回しだ。
家にゲートを繋げて、落ちるようにしてその場を後にする。
そのすぐ後に東がいた場所を含めて数十メートルの距離で地面が割れる。
それと同時に優男へと向かっていた水は大部分が蒸発し、残りは地面へ落ちる。
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能力を使ったバルバ・ティンから薄っすらと煙が上がる。その表面を覆っていたはずの氷はなくなっており、緑色の刀身が露わになっている。
「逃げられましたか」
嘆息交じりに呟く。
そして自身の無くなった右腕に目線を落とし、天を仰ぐ。
「はぁ……なんと報告したものか」
損失の方が大きく、これから報告に戻る憂鬱さに嘆く。
彼の本来の目的はサヘルの偽エーデン騎士による制圧事件を防ぐ事と可能であれば東の殺害であった。
しかし後者はあくまで可能であれば、だ。
この後にもウェンベルにはやらなければならない仕事が多く残っているため無茶は出来なかった。
だというのに、腕を失うという失態を犯してしまった。
そのため報告が憂鬱なのである。
「思ったより強かったですが、気掛かりなのはあの銀髪の……キリ・へルクレット。情報以上に強かったのが気になりますね。他は概ね情報通りでしたが、あれは……アズマ・キリサキの能力だったのでしょうか」
戦闘中に起こった不思議な出来事。
バルバ・ティンの能力が不発に終わったかと思えば、急に彼の身体が縮んだ。
いえ……縮んだというよりは、幼くなっていました。
そんな作戦は聞いていませんし十中八九相手の仕業だとは思うのですが、あの少年も驚いていた様に見えました。
という事は違うのでしょうか? それとも演技?
……どちらにしても分かっている事だけを報告するつもりですが、まさか転移系の能力を有しているとは驚きでした。
排除出来なかった事がどう繋がるのかは分かりませんが、恐らく支障はないはず。
もし支障が生じるようでしたら今度こそ……
「そういえばミドリからお借りした獣人はどうなりましたかね」
気分を一転させ、ふとした疑問を解消しに動く。
確か少年の仲間を相手にしていて負けたはずですが、おや──
「居ませんね」
倒れていたであろう位置に来てみたが、そこにメイクイーンという獣人の姿はなかった。
メイクイーン。緑と共にサヘルの元に訪れた獣人ではあるが、先に貸していたのはエーデンの方であった。
そしてエーデン侯爵からウェンベルに下賜され、それをさらにサヘルに貸していた訳だ。
頃合いを見て逃げ出す算段だったはずがずっと少年の仲間とやり合っていた。
途中までの運びは計画通りでしたが、私達が本格的に関与し始める頃からおかしくなり始めた。
何かされた……のでしょうが、分かりませんね。とりあえず報告の一つとして入れて置きますけど、解らないが続くのは不甲斐なさを感じさせられますね。
残る騎士に撤退の合図を出させるためにその場を後にする。




