逃げ、そしてバルバ・ティン
その光景に目を見開く。
血飛沫を上げている彼女の先には確かに氷によって拘束したはずの優男が剣を振りかぶっている。
その剣が彼女に追撃を仕かけるが、それを刃折れの剣で受け止めるキリ。
「東! こっちは私が相手するから、リリーたちを連れて逃げて!!」
怒鳴るように叫ぶキリの言葉が頭に残らない。状況に置いて行かれて言葉が通り抜けていく。
その間も激烈な剣劇を繰り広げる彼女の表情はとても苦しそうである。
「東っ!」
再び彼女の呼びかけで我に返る。
「皆! 一旦引くぞ!」
ゲートリングの座標を変更して魔力を流す。
空中に穴が空く。
「ユキナ!」
そこに一早く状況の危険性を把握したニーナがリリーの付近にいるユキナに促す。
彼女の目的を理解したユキナはコクリと頷くと、『標的』を発動させる。
ユキナの能力によって宙に浮いたリリーがゲートの方へと向かう。
「させません」
「あなたの相手は私よっ!」
それを邪魔しようとキリを無視して、彼女たちの方へ向かおうとした彼に『迅速』で一瞬にして追いついてそれを止めるキリ。
「ならワイが行きま、ぐぶぅっ⁉」
「させねえよ」
その隙を搔い潜ってモリアがあの一瞬の突撃してきたが、動こうとしていたのは『天眼』で見ていたためそれに合わせて裏拳を鼻っ柱にぶつける。
高速で移動出来ても猪突猛進の動きには技を置いておけば、勝手に引っかかるとさっきので学ばなかったらしい。
「痛ったぃわーっ!」
「そりゃあ良かった。サナ! キリを連れて先に帰ってくれ!」
まだゲートの付近でこっちの様子を窺っているサナに指示を飛ばす。
さっきの一撃がよほど腹に立ったのかモリアが突き多めで攻めてくる。
中には鋭い一刺しをフェイント後に打ってくるが、脚の怪我があるためか最初に対峙した時より動きが鈍いので対処しやすい。
「私も戦うわ!」
「来るな!」
サナがこちらの戦闘に加勢しようとするのを止める。
「二人じゃこいつらには勝てない! キリを連れて帰ってくれ!」
モリアが横薙ぎに槍を振るって来るのに合わせて氷の剣を作ってそれにぶつけて止める。
最初の頃だったら今ので壊れていただろう。
「私はまだやれるわ!」
しかし俺の言葉にキリが反論の意を示す。
そんな彼女の身体にはすでに新しい傷がいくつも出来ている。
「訳ないだろ!」
「!」
そして再び彼女へ切りかかろうとしていたので、優男とキリの間に氷の壁を作る。が、それも一瞬にして切り崩される。
それでも一瞬は動きが止まった。その間にモリアから離れ、彼女の元へ行く。
彼女へ向けて両の剣を振るってきた所へ割って入り、こちらも二本の氷の剣を用意して流す。
そして流すことで出来た隙を狙って腹を刺しに行ったが、身を捻って避けられ後方へと逃げられる。
そこへモリアも向かい、二対二の状態で睨み合っている。
「キリはサナと一緒に帰ってくれ」
「嫌。私も戦う」
「その怪我じゃ無理だ。治癒核はユキナが持っているから、帰って治療を──」
「治癒核があろうと無駄ですよ」
ごねるキリを説得していると話を遮って、優男が否定してくる。
「......何?」
「バルバ・ティンで切ったものは、どう足掻こうと癒ることはありません」
「そんな訳ないだろ」
現に俺はさっき切り落とされかけた左手を治癒出来ている。
「......そう。本来であれば癒えるはずがない。それがバルバ・ティンの能力でした。だと言うのに、何故貴方の腕が治っているのか不思議でなりません」
優男が嘆息を溢しつつ俺の左手に視線を向ける。
演技にも見えるが......真実味が薄いし嘘だろう。
さっきも言ったが治っているのだから、やつの発言に信憑性はな......いや、今あいつは剣の能力っと言った。
つまりあれは魔道具の可能性が大いにあり、事実そんな能力だとするとその判定はどうなる?
もしそれが『状態異常』に属するなら俺が治療出来たことも頷ける。
ということは嘘だと切り捨てることも出来ない。




