あの時、そして棄却
「私が、サヘル様の仕事を終え次の場所へ向かおうとしていた時でした。余所見をして油断していた私も悪かったのですが、彼がいきなりぶつかって来たんです。何も言わずにとっとと去って行き、変だと思ったんです。ましてや私が居たのは、下民地域。盗っ人も多い場所だったので、もしや引ったくられたのでは?と思い、物がなくなっていないか探した所、一番大切な頸鉄鎖が盗まれていたんです。あれは我が家に代々伝わる物でして、先日職人に手入れ直しをしてもらったばかりでした。なのでいつも肌身離さず持っていたのですが、そこの盗っ人は容易く盗んだんです。慌てて彼を追い、返すように何度も言ったのですが聞き入れず、ようやく追いついたかと思えば暴行を受けました。更には.....そこの男達も現れたんです!」
長い説明中に、急にへーネルが叫ぶように声を上げてこちらを指差した。
確かにあの場にいたが、この状況で俺らも追加してくるとは...
「被告人がそこの連中と一緒に私に更に危害を加えようとして来たので、無理だと思った私は、その時下民地域で他の仕事をしている仲間や友に助けを求めました。幸い周辺の情報を事前に得ていたので彼らに追いつかれる事なく、助けを呼べました。そして皆が時間を稼いでいる間にわた...私....私は、サヘル様の所へ応援を呼びに行ってしまったんです.....」
今度は泣き始めた。
正確には涙は見えない。手で目元を押さえて少々嗚咽を漏らしているだけなのだ。
「っ.....本来であれば、法官を呼びに行くのが正しかったのですが....あの時は慌てていたもので、それが頭になく。その私の選択によって、着いた時には仲間達は.....」
すると男は膝から崩れ、土下座の様な体勢で肩を震わせている。
「血塗れの....上、に.....倒れていて.....呼びかけても...うぅ....返事がなく......」
「もう良いだろう。これ以上は此奴が苦しいだけではないか。それともこれ以上苦しめてでも、何か訊きたい事でも?」
さらに嗚咽が混じり、聞き取り難くなってきた所で、その様子を見兼ねたサヘルが止めに入ってきた。
「そうだな。まだ訊きたいことも多々あるな」
その発言に周りで中の様子を窺っている人たちから響めきが起こる。
「まあ、そっちには後で訊くとして法官に質問だ。彼が訴えを出した時、どう報告を受けたのか教えてもらいたい」
「それは今回の公判とどう関係しているのでしょうか?」
「こちらが受けた報告と先ほど告げられた罪状に齟齬があるので、それの確認だ」
「その案は棄却とします。被告の罪状は、法官及び被害者のみ提示されました。故、貴公が受けたという報告は誤りであり、今回の公判では適応されません」
は?じゃあ、指名手配はどうやった?だって俺は、ギルドから....
「.....!」
あいつかっ!
今の裁判長の言葉で、騙されていたのだと自覚した。




