脱出、そして売買
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「うぅ……ううぅー…………」
目を開けると一番最初に木々の葉の間から青い空が見えた。
仰向けになっている身体を起こし、まだはっきりしない意識を整える。
十秒くらいで意識がはっきりし始める。
辺りを見回すが、右を向いても左を向いても木、木、木ばかりだ。
どうやらここは森の中らしい。
「本当に夢じゃない……? にしても神様も街の近くに……って、人に見られたらいきなり人が現れるのだとしたら驚かれるか」
人の気配がしないのでこの近くには誰もいないのだろう。
ん? なんで人の気配が分かるんだ? 前はそんなこと、出来なかったのに……
出来なかったと言っても試した訳ではない。
疑問を持ち神様に訊いてみたくなったが、いるはずがない。
「うーん……ま、良いか。それよりまずは、この森を出ないとな」
そう考えて適当な方向を決め、歩き出す。
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「はぁ、はぁ、はぁ……」
どのくらい歩いただろうか。
どう進もうと視界には、木、草、木、草と同じ光景しか入ってこない。
方向を変えて歩いているうちに分かったが、ここの地形は緩やかな下り坂になっている。時折急な下り坂もある。
そのことから考えて多分ここは山だと考えられる。
山の森の中。
「どんだけ広いんだよ、この森は!」
森の愚痴を漏らしながら、前へと進む。
いっそ木に登ってみるか? いや、俺にそんな運動神経はない。正確には登った経験がないので怪我が怖い。
遭難中に道具もない状態で怪我なんてしたら助からない。
道具あったらやるかって? だったら最初からコンパスや地図くらい持って挑むよ。
結論、結局やらない。
こんな感じに自問自答でもしていないと、頭がおかしくなりそうだ。
ましてやこの暑さだ。歩き続けているのもあるが、それを抜きにしても森の中は蒸し暑い。
汗は搔き続けるし、喉も渇いてくる。しかし水が飲めそうな場所もない。
「くそっ! 神様め、どんな嫌がらせだ!」
これだからイケメンは信用出来ん。
と、イケメンへの偏見を抱きながらも前へ前へと進んで行き、ようやく木々の並びが開けてくる。
そしてその隙間から木々の広がらない空間が見える。
「おお! 出口だ!」
歓喜の声を上げ、走ってそこまで行く。
しかしそこに着いた俺の喜びが一瞬にして通り過ぎて行った。
俺が出たのはやや急な坂になっていて少し開けただけの空間で、変わらず森の中だった。
「ああーもおーっ! 広過ぎるだろ、この森!」
天に向かって吠える。もちろん神様に向けての怒りと文句も込めての咆哮だ。
ふと太陽を見れば、頭のてっぺんの位置にまで昇っていた。どうやら昼らしい。
このままイラついていても仕方がないので少し休憩するか。長時間歩きっぱなしで疲れた。
開けた場所の中でまだ休めそうな場所を見つけ出し、そこで身体の向きを変える。
坂の下側を見る。
「!」
その光景に目を見開く。
坂になっていることに加えて、ここら一帯の木々が異様に低いおかげで遠くを見ることが出来た。
街が見える。目測でだいたい二キロくらいに大きめの街がある。
俺は再度喜びを抱き、疲れを忘れて急いで坂を下って森の中を駆け抜ける。
もちろん目指すはその街の方角!
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「はぁ、はぁ、はぁ……おお! 出られた!」
ようやく森を出ることが出来た。
堅牢な石の外壁が続く。その壁の門から先に沢山の建物が広がっているのが見える。
俺は早速街の中へ足を踏み入れる。門番はいないらしく、すんなり街へと入れた。
街の中には数時間ぶりの人があっちへこっちへと行き交わしている。
服はカジュアルなデザインだったり、武具に身を包んでいたり、エプロン姿だったりと様々。
そんな人の中には、頭に耳のある人もちらほらといる。
最初はコスプレなのかとも思ったが、耳がピクピク動いたりしているので多分本物なのだろう。
確か、ああいうのを獣人って言うんだっけ? 本で読んだことはあるが、本物を見ることが出来るとは……
俺は今になってようやくここが異世界なのだと感じた。
「(さて、まずは泊まる所を。出来ればその前に何か冷たい飲み物を……ってよく考えたらここ異世界なんだからこの世界の金を持っていない! それに読み書きも、というかそもそも言葉すら話せないじゃん!)」
何も考えずにいた自分の能天気さに呆れを感じるが、原因は神様でもあるので完璧に能天気という訳ではない。
そう自分に言い聞かせて言い訳している時だった。
先程まで聞こえていた音の波から、話し声が耳に入ってくる。
「──それでさー、飲み過ぎだこのダメ亭主ーって昨日の夜かみさんに怒られちまってよぉ」
「「ハハハハハッ!」」
どこからともなく男性の声が聞こえたので、そちらに顔を向ける。
するとそこには獣人の男たちが三人集まって楽しそうに話をしている。
……え?
「さ! 安いよ、安いよ!」
「これ下さい」
「まいど!」
今度はその男性たちから少し離れた位置で、エプロン姿の少し太った男性と主婦らしき女性が買い物をする風景がある。
え?
「それでねー……」
「まてぇぇー!」
「「キャハハッ」」
別の場所で井戸端会議をしている女性たち、そして俺の前を笑顔で走り去って行く子供たち。
「えぇぇーっ⁉」
談笑する男女。物を売る人、それを買う人。追いかけっこをする子供たち。
そんな彼らの声がちゃんと聞こえる。
こ、言葉が分かる……
驚きのあまり声を出して叫んでしまったため周りがこちらを不審な者を見るような目を向けてくるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ふと、さっきの威勢の良い物売りの方を見ると、トマトのような品物の下に記号の様な形の、恐らく文字が紙に書いてある。
「(さすがに字は読めな……いぃっ⁉︎)」
少しの間その文字を凝視していると、解らないはずの文字の上に日本語が現れ出した。
「トメイト 小銀貨三」と、書いてある。
読める……読めるようになった……
これを果たして読めるようになったと言って良いのか怪しい所ではあるが、まあ解るのだから読めると言っても差し支えないだろう。
さらに辺りを見回す。すると次々に文字の上や横に日本語が振られていく。
まるで小説のルビだ。
「服屋 トレビアン」「食屋 ビリシオン」「防具屋 ガントツ」「質屋 ペルガス」
など、店の名前が読める。
ん? 質屋?
「(質屋ってあの、物とかを預けてお金を貸してくれる。あの質屋?)」
社会か何かで習ったことがこんな所で役に立つとは……
金がないと困るのはどの世界でも同じであり、そのために同じような場所が出来るものなのだろう。
渡りに船とはこのことだ。とりあえず行ってみよう。未成年だけど。
質屋と書かれた店を目指して歩き始める。
質屋は木造建築であり、周りに並ぶレンガの家より一.五倍程大きい。その門は扉で遮られているのではなく暖簾が垂れ下がっている。
周りとは違う構造で浮いているが、大きいということは繫盛はしているのか?
そんなことを考えながら暖簾を潜り抜けて店の中へと入る。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い女性の店員さんが大声でカウンター、あ、いやレジか。のような所から出迎えの挨拶を飛ばす。
肩口まである桜色の髪のストレート。スーツ、いや給仕服? に似た服を身に纏う店員さんは朗らかな笑みを浮かべている。
そちらの方へと歩み寄る。
店の中はレジ手前には壁際に数個の商品棚と背の低い机。それらに生活品や壺、何やら怪しげな物が置かれている。
それらの側には値札があるので、これらは商品なのだろう。
レジの奥にはこちら側にある物より丈夫そうな棚。そこにも物が置かれている。
あっちが預かり物か。確か期日を超えれば借りた分のお金を持ってきても取り返せず、買うしかないんだっけ?
「本日はどうの様なご用件でしょうか?」
「えっと……お金を借りたいのですが?」
「かしこまりました。どちらの品物でしょうか?」
そう問われて考える。ふざけた物だと全くお金にならない。
しかしあいにく高価な物を持っていられる身分でもなかったので、それらしい物はない。
加えて学校帰りだったので精々あるのは学校の身分証明書とケース、ハンカチ。あ、あと腕時計もか。
こんなのに値がつくとは思えない。
しかしここで頑張らないと生きていけない。一文なしだからな。
だからここは、口八丁で押し切るしかない! 言い方を変えれば交渉だ。
プロ相手にどこまで誤魔化しが通じるかは分からないが、やるしかないのだ。
覚悟を決めてそれらを店員さんの前に並べる。そんな品々を店員さんは凝視している。
やっぱりふざけているように見えるのだろう。
「しょ、少々お待ちください!」
そう言って店員さんは慌てた様子で店の奥へと行ってしまった。
しばらくして、さっきの店員さんがガッチリとした身体の男の人を連れて来た。
え……
「お待たせしました。私、店長のボルグと申します」
「は、はぁ……」
店長って、そんなにこの商品じゃダメだったか? ここで引き下がれば生活が出来ない。
でもこの身体つきの人は反則では⁈ 強面なのもあってヤのつく人にしか見えない!
……やっぱりあの神様、優しさゼロだ。初っ端から躓いている。
よし、撤退しよう! 命あってこそだ。
俺は最初の意気込みを捨て、慌てて出していた物を仕舞おうとする。
「お待ちください!」
「え⁉︎」
しかし店長さんがいきなり俺の腕を握ってきた。
痛っ……くはない。俺より一回りくらいは大きい掌は、優しく腕を握っていた。
「是非、それを売ってはくれませんか⁉︎」
「……はい?」
鬼気迫る表情で予想外のことを言ってきたため、思わず聞き返してしまう。
「このような珍しい品を私は、三十五年間見たことがありません! 是非、売ってはいただけないでしょうか⁉︎」
「え、でも……」
ただの革細工の証明書ケースと、百均で買ったハンカチと腕時計だよ? しかもそれを少し高価な物だと言い張ろうとしていたんですよ?
でも、この迫力は断ったら後が怖い気がする。
「わ、分かりました。こんなので良ければ」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」
大層嬉しそうな店長さんはその場にしゃがみ込んで何かを探して、再び立ち上がった。
彼の手には革袋が握られている。
しかしよく見れば革袋の縫い目が微妙だ。あまりこういうのは発展していないのかな?
「それではこちら、革の入れ袋の金貨十枚。綿織物と魔道具、ただ申し訳ございませんが私ではこの魔道具の正確な値打ちが分かりませんので、こちらは言い値で如何でしょうか?」
店長さんに提案をされるが、言い値と言われても金貨の価値を知らない。でも訊くのも怖い。
えーっと、証明書ケースが金貨十枚。腕時計は百均のそれも古びれているからいつ寿命がきてもおかしくない。
だからその分も考えて。
「金貨五枚で……」
「五枚⁉ 本当にそれでよろしいのですか⁈」
店長さんが目を見開いて問うてくる。
少ないのか? でも物が物だからこれ以上高くするのは憚られるし、かといって一枚や二枚と言ってもこの様子では恐らく納得してもらえないだろう。
だからこの料金なんだけど──
「じゃ、じゃあ金貨十枚で!」
驚き声を荒げ、やや険しい表情を浮かべている店長さんに気圧されてつい倍の値段を言ってしまう。
しかし店長さんは逆にそれで納得したのか、「かしこまりました」と笑顔で答えてその場にしゃがみ込む。
そして新たに金貨をレジの上に置く。
「最後にお聞きしたいのですが、本当に金貨十枚でよろしいのですか?」
「はい、大丈夫です……」
やや不安そうに尋ねてくる。納得はしていなかった様子。
そもそも魔道具という物がどれ程の価値のする物か分からないが、もうとりあえず肯定しておく。
表情は豊かなのだがそれでも怖い。
だから早くここから出たい。
「それではこちらを」
金貨を一枚ずつ革袋に入れ、それが俺の前に置かれる。
静かに置かれたがそれでも中の重みでガゴッと音が鳴る。
「はい……どうも」
とりあえず革袋を持ってそそくさと店を出る。
「「ありがとうございました!」」
二人の声を背に適当な方向へと歩き出す。
お金が手に入った喜びよりも、店長さんのあの鬼気迫る表情の怖さから早く逃げたい。
そのためやや早足で店から離れる。
「(……まあ、良いや。さてと、お金も手に入ったし、次はどうしようかな)」
気を取り直して適当に街中をブラつく。
質屋で木造建築は少ないと感じたが、よく見回すとちらほらある。
ジィィ……
ただ店として経営されている物はしっかりした造りと外観なのだが、逆におんぼろで古めかしい物件に住んでいる人もいる。
あとはレンガや石造りが多いか。
それにしても出店も多い。
お祭りという雰囲気ではないし、路上市場のようなものでそういう経営方法なのかもしれない。
ジィィィ……
「(ん? 何だかさっきから視線を感じる気が……)」
気のせいかと思いながらも視線を感じる方を振り返る。
すると街を行き交わしている人たちが俺の方を見ている。
そして俺と目が合うと目をサッと逸らし、スタスタと立ち去って行った。
何で?
「ねぇおかあさん! あのお兄ちゃんへんな服きてるよ!」
「シッ! 見てはいけません……っ⁉ 行きますよ!」
声のした方を振り向くと、小さな女の子が左手でお母さんと呼ばれた女性のスカートを掴み、右手の人差し指で俺の方を指している。
その女の子を叱りつけている女性が俺の視線に気が付いたようで、逃げるように去って行った。
そんな母親の顔はまさに不審者に向ける、怪訝な表情だった。
「(しまった! 制服のことをすっかり忘れてた!)」
周りの人たちが着ているのは、ワンピースや休日の公園にいそうな軽い服、稀にドレスのような立派な服など。
武具姿の人もいるが、さして何か言われている風はなく、むしろ周りと同様に俺の方を見て何かコソコソと話をしている。
そんな街中で一人だけ制服姿の者がいれば目立つに決まっている。
「(あ! そう言えばさっき、服屋があったはず!)」
辺りを見回すと左に数十メートル離れた所にさっきの服屋が見える。
急いで服を変えたいから走っても良いのだが、余計に目立つ気がするので、目立たないように歩いて行こう。
早歩きで!
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カランカラン!
扉についていた鐘が音を立てる。
「いらっしゃいませっ!」
元気の良い女性が大声でレジのような所から叫んだ。
白黄緑色の髪を後ろの方で団子のように丸めている。
「すいません。服を探しているのですが!」
「はい、それでどのような服をお探しですか?」
……あ。まだ決めてない。
というか服を選ぶという機会がほとんどなかったので、どういうのが良いのかも分からない。
「えーっと……私に似合うので、出来れば安いので選んでもらえますか?」
「はい、かしこまりました!」
嫌な顔一つせず店員さんは並べてある服の方へ向かう。
おお! 図々しいことを言ったと思ったけど案外大丈夫だった。
「お待たせしました!」
数分くらいしてさっきの店員さんが手に服を持って戻ってきた。
店員さんが持ってきたのは、半袖の青色の薄い服に黒色のジーパンだった。
早速それを受け取り、更衣室のような部屋へ入って着替える。
少ししてからその部屋の扉が開き、さっきまでの学生服姿ではなく、彼女が選んでくれた服に身を包んでいる東が現れる。
「いかがでしょうか?」
「はい、気に入りました。買います」
「っ……ありがとうございます!」
店員さんは目を見開いて嬉しそうな表情を浮かべながら大きく一礼をする。
シンプルな方が好きだし、汗でべたついていて早く制服を脱ぎたかったから即決したのだけど、そこまで喜ばれるとは。
さっき自分が言った要求が恥ずかしくなる。
「それでは、アクレアシャツとガーデンズボンの二点で銀貨八枚と小銀貨五枚になります」
「はい。えっと、これで足りますか?」
「? 金貨一枚をお預かりします……こちら、お釣りの小金貨九枚と銀貨一枚と小銀貨五枚になります」
足りるかどうか聞いてみたら不思議そうな顔をされた。
なんで? お釣りがあるってことは大きいお金、一万円で商品を買えますかって聞いただけで……って、普通そんなことは訊かないか。
買えるのが当たり前なのだから。
そんな質問をすれば、確かに不思議がられても仕方がない。
カランカラン!
気になりはしたが疑問を解消することなく、お釣りを受け取り店の扉を開ける。
「ありがとうございました!」
店員さんの声を背に店を出る。
「(さて、これで目立たないはずだけど、制服を持っていてももう着る機会はないと思うし。というより出来れば地球での品は手放したい……あ、そうだ! さっきの質屋に持って行こう!)」
そう考え、また質屋へと向かう。
店へ向かう道中、先程よりは視線を感じることはない。
良かった。
「いらっしゃ、あ! さっきのお客様!」
「どうも」
暖簾を潜って店に入るとさっきの女性が俺のことを覚えていてくれた。って、つい数分前なのだから当然か。
「何かございましたか?」
「ああ、はい。実はこの服を売りたいのですが?」
「ん? これは先程の! 何かご用件でしょうか?」
「っ!」
制服を売ろうとしたらレジの下から店長さんがひょっこり現れた。
いきなりその顔が登場したため身を強張らせる。
「じ、実はこの服を売りたいのですが……?」
気を取り直して制服をレジの上に置く。
俺の制服は茶色のブレザーとチェック柄のズボンだ。今着ている服と比べても明らかに異質だ。
もし真っ黒の学ランタイプだったらもっと目立っていた気がする。
さすがに中に着ていたシャツは辞めておこう。汗だくの物を売られても店が困る。
そんなことを考えていると店長さんが制服を手に取って、念入りに見ている。
「これもなかなか珍しい! 一体お客様はこんな品をどちらで手に入れてらっしゃるのですか?」
「えっと……そのぉ……た、旅の途中で旅の物売りから買った物で……す」
さすがに異世界です、と言えるはずもないのだが、苦しい言い訳になってしまった。
普通は気になるよな。
「……そうですか。かしこまりました」
適当に思いついた嘘だったが、信じてくれたようだ。
思わず胸をなで下ろす。
ん? この服、手触りも肌触りもあまり良くないな。革袋でも感じたけど、やっぱり裁縫や衣類なんかはそこまでは発展していないのかな?
「あの、それでいくらくらいになりますか?」
少し変な空気になってしまったので、そこから無理矢理話を戻す。
「はい! これでしたら金貨四十枚になります!」
「では、お願いします」
「かしこまりました」
店長さんはそう言いしゃがみ込んでまた何かを探している。
恐らくレジ下にお金があるのだろうけど、邪魔にならないのか?
そして今度は最初の時同様革袋が俺の前に置かれる。最初のよりも膨らみも置かれた時の音が違う。
「では、こちら金貨四十枚になります」
「ありがとうございます」
「また何かありましたら、ぜひお越しください」
「はい……あっ、そうだ」
革袋をポケットにしまって店を出ようとした所で、あることを思い出す。
「どうかなさいましたか?」
出ようとしていた客がいきなり止まったことで店長さん不思議そうな表情でこちらを見てくる。
「すいませんが、この近くに宿はありますか? 出来れば安くて良い所」
「宿ですか? でしたら、店を出て左にまっすぐ行きますと、甘味と言う看板が出ている店がそうです。駆け出しの冒険者から中堅の冒険者に人気の宿ですので、もしかしたら満室かもしれませんのでお気をつけください」
「分かりました。ありがとうございます」
「「ありがとうございました」」
俺は二人にお礼を言って店を出る。