看破の魔道具、そして厄介払い
長は先に正方形の箱を開ける。
その中から取り出されたのは、ちょうど両掌に乗るくらいの大きさの水晶だった。
透明ではなく、海のような美しい蒼。それが中で流れている。
上から下へと流れているが、それが尽きることなくずっと流れて続けている。
「これは“真蒼偽紅の球”という魔道具じゃ。国が持つ物よりも細部は分からんが、それでも虚偽くらいなら見破れよう」
「それだけで十分だ。ありがとう」
「うむ。ただこの魔道具は嘘を見抜くまでが少々難でな、話している者が触れていないと探知せんのだ」
「うーん....確かに難しいな。場合によっては使えないだろうし.....ちなみにその魔道具って、結構知られてたりは?」
「看破の魔道具は貴重故、普通の者で知っていることは少ない。だが、魔道具に詳しい者や法生の者らなら知っておるだろうな」
「法生?」
聞き慣れない言葉に思わず訊き返す。
「なんだ、法生も知らんのか?」
「あ、ああ.....あいにくな」
「人間らの中で、罪を犯した者を裁判所で法の下に裁く者らを“法生司”という。人間らはそれを略して法生と呼んでいる」
「へぇー」
「.....本当に知らんかったのか」
「申し訳ないくらいに........あー、ところでその魔道具はどうしたら嘘って分かるんだ?」
これ以上は自分の恥をばら撒くことになるので、無理矢理話題を変える。
それと同時にもう少しこの世界について勉強しようと心に決めておく。
「.....はぁー、実際に試してみよ」
そう言って差し出された水晶。
言われた通り水晶に左手を置く。後は───
「あー.....俺は昔、携帯電話を持っていた。っ!」
良い嘘が追い付かなかったので、地球にいた頃のことについて吐いた。
すると水晶の中で流れていた蒼が真っ赤で鮮やかな紅へと変わった。
一瞬長が何かしたのではないかとも思ったが、この世界に携帯電話があるかはともかくとして俺が持っていたかどうか知る由はない。
まあ、実際持っていなかったのだが....
ともかくこうなるようだ。
「ケイタイデンワっとは、なんだ?」
「知り合いが持っていたかなり希少な魔道具のことだ」
「ほお。聞いたことはないが、少し興味があるな」
「残念ながらその知り合いには会うことが出来ない所にいるから、諦めた方が良い」
「そう、か.....」
俺からしたら希少な存在だし、まさか異世界にいるとは言えないが、会えるとも思えないので嘘ではない。
なので水晶の中は蒼のままだ。
「それとこれも持って行け」
そう水晶を渡してきた長は、次にあの時の魔道具が入っていた箱を渡してきた。
「なんでこれも?」
「ドライアド殿曰く、この魔道具は貴様との巡り合わせの荷を負っているようでな。それが叶ったのだ、持って行ってやれ」
「厄介払いじゃないよな?」
「......」
もしやっと思って長に問うと、目を背けられた。
この野郎.....
まあ、直接触らなければ良いらしいし。宝物庫に入れておけば大丈夫だろう。
「分かった、もらっておこう」
素っ気なく言い、二つの箱を宝物庫に入れる。
「貴様も珍しい魔道具を持っておるな」
「ダンジョンを潜っていたらたまたま見つけてな。かなり便利なんだ」
「ダンジョン!もしや噂に聞いていたエネリア近くのダンジョン攻略者とは貴様のことかっ⁉︎」
「ああ。エルフの里にまで噂が流れていたのか」
思わず感心する。
人の噂も七十五日と言うが、もうとっくに経っているはずだが消えないもんだな。
「それじゃあ、魔道具も借りれたからすぐに出発することにする」
「そうか」
「でも、その前にユキナに夢のこととかを伝えたいんだけど....」
「だろうな。近くの部屋に呼んでおる。少し待て」
長がそう言うと人の気配が近づいて来る。三、いや四人か。
すると数十秒後に部屋の扉越しに声が上がる。
「長様、忌み子を連れて参りました」
「うむ。入れ」
その声は聖樹の時に俺に弓を向けてきたやつの声だった。アーツェ、だったっけ?
「失れ、いしま、す」
そんな疑問を抱いているとユキナが部屋に入ってきた。
一見どこも怪我をしているようには見えない。歩き方からしても見えない場所も狙われてはいないと思う。
そのことに安堵し、俺は夢のことと長に伝えたこと、そしてドライアドの能力について伝える。
それに加えてユキナには悪いが、遅れて村に来てもらいたいことも伝える。
「......分か、った。みんな、なのことお、願い」
「ああ。絶対皆は無事だから。安心していてくれ」
「ん。信じ、てる.....」
全てのことをユキナに伝え終え、もうここに残る理由はなくなった。
俺は立ち上がってドライアドの方に歩み寄る。
「じゃあ、お願いします」
「畏まりました。御手を拝借しても?」
そう言って立ち上がったドライアドが俺に手を差し伸べてくる。
それに応えて手を取る。
「それじゃ、行って来る」
そう言うと夢の最後のように身体がふわっと浮いた感覚を抱いたかと思うと、視界が真っ暗になった。




