命令に、そして不明
あれから数分ほど経っても精霊様からなんの返事もなかったため、東の言っていることを信じ帰還することになった。
ドライアドも気がつけばいなくなっていた。
そして長はしばらく考えた後に精霊様の助言を信じ、場を設けることにした。
が、それが行われたのはお告げを受けて小一時間後となった。
理由は東の殺気によって失神や恐怖して動けなくなってしまった者たちの対応に時間を割かれたからである。
今回は前回と違いその場で顔を合わせるのは、ワシと青年の二人のみ。
初めのうちは周りの者たちに猛反対されたが、精霊様のお告げだと言って無理矢理納得させた。
そして今、対面する形で座っている訳だが、何も話すことなく数十分が経過していた。
互いに相手がしゃべり出すのを待っているため、ここまで何も始まらずにいたのだ。
しかしそんな状態をこれ以上続けても精霊様の命令の意味が不明なままになるため、渋々という感じで長が切り出す。
「ここには他の者もおらん故、気を楽にすると良い」
これは要するに誰も聞いていないから腹を割って話そう、と言っている。
それが此奴に伝われば、話易くはなるのだが.....
「分かった。そうさせてもらおう」
そう青年は言い、少しだけ肩の力を抜いたのが見て取れた。
伝わったかは定かではないが、今は伝わったと思うことにしよう。
「まずはあの女の件について、改めて礼を述べさせてもらいたい。牢樹ではあの女との繋がりを疑っていたが、精霊様の話からそれはないと判断させてもらった。いや、すまなかった。それと、本当に助かった」
これは本心からだ。
精霊様やドライアドはこの森の中の出来事ならほとんどを把握出来るらしい。
そんな方々が彼に感謝の言葉を投げたのだ、疑いなんぞ消えた。
それに精霊様の命は「彼と改めて、素直に話し合え」と仰られた。
素直に話す。ならば、それを実現させえうためにはこちらが本心で語るしかあるまい。
「.....何度も言われると気恥ずかしいから止めてくれ。俺だってあの女には勝てなかったし、挙句逃げられたんだ」
そう苦笑いを浮かべながら、少し悲しく悔しそうな表情を浮かべる。
「何、オレとて何も出来なかったのだ。気にするな」
オレ.....これは長の昔の一人称である。
しかし長となったことで、その一人称を使うことはなくなり、「我」や歳と関係なく「ワシ」となった。
つまりそれを使うということは、本当に腹を割っているという意思表示でもあった。
「それよりも、だ。オレは、精霊様の仰った意味を未だ理解していない」
こんなことをこの青年に言っても意味があるはずないのだが、考えという物は言えば楽に、そして改めて正確に捉えられるものだ。
故に続ける。
「忌み子をこちらに渡してくれさえすれば、貴様を処刑せずに済む。しかし貴様がそれに頷くとも思っていない。例えオレが今、不意打ちで貴様を狙ったとしても殺すことは叶わぬ。だが、この森を統べている精霊様の御力ならば可能性はあるはずだ。にも関わらず、かのお方はその考えを直せと仰る。精霊様も忌み子については知っているはずなのに、だ」
徐々に言って良いのか怪しいものも含んでしまったように思うが、事実だ。
オレが考えていることの何がダメなのかを、言って自分で見つけることだってあるのだから。
むしろそれを行うことじゃ偉くなれば難しくなる。
自分の考えを声にするのはもちろん、その者の度量も測れるからだ。
故に普段はここまで声にはしない。
しかし今回はそれも気にしてはならない。自分に誤りが本当にあるのか探らなくてならまいのだから。
「忌み子はことが起こる前に処刑しなくてはならない。そんな常識を守ろうとしているオレのどこが間違っているのか。精霊様が何を仰りたいのか、分からんのだ」
全部ぶち撒けてみた。
しかしやはり分からない。一体精霊様がオレの何を思ってそう告げられたのか。
やはりオレは、間違ってなどいないのではなかろうか?
そう思っていると、今まで口を閉し、じっとこちらに視線をやり、話に耳を傾けていた青年が口を開いた。
「そもそもなんでユキナ.....忌み子を、そんなに敵視しているんだ?」
それは何も知らない東からは普通の、しかし長からすればそれは常識的なことだと呆れさせるような質問だった。




