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死亡、そして転生

 

 いつも通って帰る道を歩いて学校から家へ向かっていた。

 この道の途中には横断歩道の近くに公園があるのだが、全体を囲うように生える茂みから子供の飛び出しが多く、そのせいで事故も多い。

 だからもう時期フェンス工事が行われるそうだ。

 そんな事が何日か前の回覧板に載っていたのを思い出しながら、信号が変わるのを待っている。

 すると視界の端に何かが道路に向かって転がるのが見えた。

 視線をそちらに向けると、転がっていたのはサッカーボールだった。

 そしてそのすぐ後に小さな男の子が茂みから顔を出し、そのまま服の汚れを気にすることなく茂みを通過して公園から走り出る。多分ボールを追いかけているのだろう。

 男の子がサッカーボールを追いかけ出た時だった。その男の子の後ろの方から何かがこちらに向かって走って来ている。

 目を()らすとそれはダンプカーだった。

 しかし何か様子が変だ。

 左右に揺れながら走行している。

 

「まさか……居眠り運転⁈」


 距離が遠くて運転席の様子は窺えないが、こんな片道車線しかない道路でふざけているとも思えない。

 男の子はというと、追いついたサッカーボールを道のど真ん中で持って立ち止まっている。

 ダンプカーに気がついていないのか?

 そうこうしている間にダンプカーは徐々に近づいてくる。運転手も目覚める気配がないのか、スピードが緩まない。


「君、後ろっ! 車っ!!」


 (かばん)を放り投げ、男の子に車の存在を報せつつ最悪の事態のために彼の方へと走る。

 俺と男の子との距離は然程空いていないのだが、それでもダンプカーは確実に(せま)って来ている。


「(間に合うかっ⁈)」


 俺の声に反応した周りの何人かが状況に気がつき、悲鳴を上げたり同じく男の子に逃げるように促したりする。

 男の子もダンプカーの存在を認識してくれたが、しかし動かない。

 なんで!

 その行動に理解が出来ず、焦りが募る。

 ただ、このタイミングで運転手も目が覚めたのか、急ブレーキと共にクラクションのけたたましい音が鳴る。

 しかしその頃にはあと十数メートルくらいにまでダンプカーは接近しており、既に周りが何か出来る状況ではない。

 それに急ブレーキをかけたが、それも遅過ぎたため衝突前に止まり切れそうにない。

 

「(このままじゃ間に合わない……!)」


 そう思い一か八かの賭けに出る。

 野球のスライディングをするかのように飛び、勢いのまま男の子を押す。


「っ!!!?」


 衝突音と共に生々しい音が辺りに広まる。

 身体がダンプカーと接触した瞬間、まるで横から強く引っ張られたかの様に飛ばされる。

 しかし何故か衝突した感覚はあるのに、ぶつかった瞬間から吹っ飛ばされて地面に転がるまでの痛みはなかった。

 地面に転がり、状況の理解が追いつかない。

 しかし痛みだけは追いついてきて、今は全身が痛い。

 目を開ける事すら出来ず、酸素を吸いたいのに何かが喉に詰まっているのか呼吸も上手く出来ない。

 それに意識がどんどん薄れていくのを感じる。身体の痛みも鈍くなっていくし。

 ああ、ダメかも……これ。

 抗いようのない眠気とも取れる、この意識を刈り取る気配に諦めを覚える。

 聞き取り難いが周りから響き渡っていた悲鳴や叫び声が、徐々に収まっていくのを感じる。

 そして俺の意識は完全に途絶えた。


 ______________


「んっ、ううぅ……」


 目を開けると、俺は椅子(いす)に座っている。

 不思議とすぐに意識がはっきりする。寝起きは悪い方ではないが、ここまですぐに覚めるのは初めてだ。

 視界に映る見覚えのない床。

 ただ白く、しかし木材や鉱物の様な物体を感じさせる物でもない。

 踏んでみるが地面の感覚は伝わってくる。

 しかし何を踏んでいるかが分からない。柔らかくて、けれど弾力がある……

 近さで言うと粉雪を踏みしだいている感覚だろうか? 

 でも見た目は雲に近いんだよな。

 状況を知るために辺りを見回すが、これと言って何もない。

 壁もなく、ただ薄暗く広い空間が広がっているだけ。

 気になる所を上げるとするなら、座っている椅子が光で覆われていることだろう。

 しかし上に照明が()るされている訳ではない。

 どこからか光が差し込んでいる。

 そして対面に五メートルくらい離れた場所に椅子がある。

 もちろんその椅子も光で照らされている。

 どちらの椅子も木製で、尻置きにクッションが置かれた椅子。アームレスチェアのような椅子だ。

 バイト先である定食屋に置かれているのと同じだが、こっちの方が木の質感が良い。

 それに柔らかいクッションで座り心地も良い。これは絶対に高いやつだな。

 そしてこの二つの椅子以外は本当に何もない。

 椅子の周りは照らされているが、それ以外の辺りは薄暗い。

 こんなの設計ミスだろ。

 目を凝らしてもう一度上を見るが、やはり照明が吊るされている訳ではない。

 まるで夢みたいな風景だ。

 コツン、コツン、コツン……

 光の存在について確認している時だった。

 どこからともなく足音が反響して聴こえる。

 部屋、ではなく空間全体から反響して聞こえる。

 しかし床の材質上足音がするのはあり得ない。にも関わらず音は大きくなる。

 その足音の主を確かめるため周りを見回していると、反対側の椅子の背後から人影が映る。

 まるで闇のカーテンから抜け出るように、確かに何もいなかったし何もなかったはずの空間からその人物は姿を現した。


「やあ、待たせたね」


 低いながらも優しそうな声音が俺の耳に届く。

 光によって照らされた人影は、アメリカ人風のやや堀の深い顔立ちと宝石の様な薄緑色の瞳、白い肌色。その顔は整っており、淡いブロンドヘアは光によって輝いている様に映る。

 恐らく百九十センチはある彼が、座ったままの俺を見下ろす。

 まごうことなきイケメンが立っている。

 雑誌に載っていそうな、いやむしろ下手なイケメンよりイケメンなのではないだろうか?

 しかしそんな男の服装はとても異端だ。

 彼の服は、青い生地の服。そこには交互に一つずつ、六列で金色のボタンが縦に等間隔(とうかんかく)で並んでおり、横一列ごとに横長の円があり、袖部分にも同じ装飾がされている。

 真ん中その(ふち)にも金色の布で分けられている。それに黒色の、スーツのようなズボンを穿()いている。

 この格好は前に歴史について調べていた時に学校の図書室で読んだ本に似たようなのが載っていた。

 確か……「貴族の衣装 公爵」って題名、いや項目だったかな? という事は、彼が着ているのは公爵とかの服……だから、(えら)いのかな?

 でも今時コスプレとかもあるから、もしかしたらそっち系の人という線もある。

 第一少なくとも日本に貴族はいない。

 ということはやっぱりコスプレか? でも夢なら俺はなんでそんな夢を?

 自身の夢について考えていると、男が椅子に腰掛(こしか)ける。


「さて、待たせてしまったのに()かすようで悪いけど、君はつい先程死んでしまった」

「……は?」


 男が唐突(とうとつ)に訳の分からないこと言い出したせいで思わず聞き返してしまった。

 しかしそんなことはお構いなしのようで、彼は話を続ける。


「えーと……君は何という名前だったかな?」

桐崎(きりさき) (あずま)です」

「ああ、そうだった。それでだアズマくん」


 いきなり下の名前で……


「君は本来もう少し後で死ぬ予定だったんだよ」

「は、はぁ……」


 もう少し後でって物騒な話だな。

 ん? 死んだ?


「えっ。俺、死んだの⁈」

「ああ。ダンプカーに轢かれて、救急車が着いた時にはもう死んでいるね」

「えっ……じゃ、じゃあ、ここはあの世ってこと……?」

「うん、まぁ。そうであってそうではないんだよね」


 俺の質問に対して男は歯切れの悪い物言いで返す。


「どういう事? ここは一体どこなんだ?」


 その態度に、つい回答を催促してしまう。

 普段は言葉遣いを気にしているが、この男には何故か敬語を使う気が起きない。使わない方が良いと思えるのだ。

 生理的? 本能的? に敬う気が起きないというか。

 なので彼に対してもう敬語は使わない。


「ここは私の仕事部屋で、本来君のような死者の魂が来れる所ではないんだよ」

「え、なら俺は何故ここに?」

「私が呼んだんだよ」

「呼んだってあんた何者だよ?」

「神だけど?」

「……ヘェ?」


 突拍子もないことを平然とした顔で言われたため間の抜けた声が出てしまった。


「あれ、聞こえなかったかい? 神だよ。神様」

「か、神様って……あの?」

「多分その神様」

「は、はぁ……」

「ん? 驚きはそれだけかい?」

「いや、いきなり過ぎて頭が追いついてなくて……」

「ハハハッ! そうかい。それも当然だね」


 笑いながら彼は腕を顔の位置まで上げる。服の(そで)がずれて腕時計の黒色のベルトが顔を出す。

 神……自称神。ああ、中二病というやつか。

 本当にどういう夢を見ているんだ。俺は。


「おっと、時間がないから手早く行こう」

「え」


 こちらの整理が終えるまで待ってくれる気はないらしい。


「まず何故君をここに呼んだかと言うと、チャンスをあげようと思ってね」

「チャンス?」

「そう。本来死者の魂はここではなく、あの世に送られて閻魔大王(えんまだいおう)によって裁かれるのは知っているね?」

「まあ、一応」


 て言うか、本当にいるんだ。閻魔大王って。

 意外な事実に少し呆けてしまうが、彼は続ける。


「しかしアズマくんはさっきも言った通り、予定外で死んでしまった。それにその死んだ原因が子供を助けたと言うのだから、素晴らしいものだ」

「あっ! 俺が助けた男の子はどうなった⁉︎」

「大丈夫。君のおかげで突き飛ばされて出来たかすり傷以外は何もないよ」

「良かったぁ……」


 自称神様の言葉に安堵の息を溢す。

 そうか。助かったのなら良かった。


「話を戻すけど、そこでそんな君には選択肢(せんたくし)を用意した」

「選択肢?」

「そう。本当は閻魔大王の所へ送るべきなんだけど、それだとこちらも色々と大変なんだ」

「はぁ」


 大変、なのか。予定外のが入ると回らないとかか?


「なのでアズマくんには、元いた世界でゼロからやり直すか。それとも、違う世界に転生か。どちらかしてもらう」


 自称神様は二つの選択肢を提示してくる。


「そのゼロからやり直すっていうのは?」

「違う家で、今までの記憶もなしで赤ちゃんからまた人生を歩んでもらう」


 それはやり直しなのだろうか?


「じゃあ、転生は?」

「アズマくんの世界で言い表すなら異世界に行ってもらう。そっちなら今のまま、見た目も記憶もそのままであちらの世界へ行ってもらう」

「なるほど……」


 彼の提案に少し考え込む。

 はっきり言って地球での生活はあまり楽しくなかった。

 家族は既に誰もいない。父は俺が小学生の頃に事故で死んだそうだし、母も先日病気で死んでしまった。

 親戚の家にいても居心地は良くない。相手はこちらを心配してくれているが、居候というのはどうしても肩身が狭く感じてしまう。

 学校もそんなに楽しい訳ではない。

 強いて上げるなら友達や親戚に何も言えないのが心残りではあるが、突然事故で死んだ人間が何かを残して逝けることの方がない。

 もしゼロからやり直して、また同じ目に遭うのかもしれないと思うと何も知らない来世の自分が不便である。

 もちろんそうならない可能性もあるが、ゼロではない。

 それにまだ人生を終えたくないという気持ちが強い。

 せっかく生きていけるチャンスがあるなら生きたい。人生を楽しみたい。

 もしかしたら漫画とかの主人公の様な凄い人生を、楽しい人生を歩めるかもしれない!

 地球にいる理由は、ないな。

 ややうつむいていた顔を上げ、自称神様の顔を見る。


「どっちにするんだい?」

「転生で」

「本当にそれで良いんだね?」

「ああ!」


 神様からの再度の確認に力強く頷いて答える。


「……そうかい。ではこれは、アズマくんが子供を助けた事ことへの感謝と異世界へ旅立つ祝いとして贈ろう」


 そう言って彼は立ち上がり、俺の方へと近づいて来る。

 そして俺の頭に手を置く。上目でギリギリ手が見える。

 すると彼の手から青白い光が現れ、俺の身体を包んで行く。それも彼が手を退()けると身体を包んでいた光も消える。

 何をされたのか手や身体を見回す。特に異常はない。

 自分の身体へと落としていた視線を神様の方へと向ける。


「何をしたんだ?」

「ちょっとした身体能力の強化と、おまけさ。感謝と祝い品だと思って受け取ってくれ」

「……」


 受け取ってくれも何も、有無を言わさずに渡したじゃないか!

 ま、でもありがたい。

 自称神の強引なさに少しツッコミたくなったが、それと同時に感謝の気持ちも抱く。

 しかし本当によく出来た夢だな。本物の異世界転生を体験している気分だ。


「では、あそこの魔法陣に立ってくれるかい」


 神様が指差す方を見るとさっきまではなかった魔法陣が床に浮き出ている。

 俺は言われた通りに魔法陣の上にあと一歩を踏み込もうとしたその時だった。


「あとこれは夢じゃないから」

「……え?」


 突然の否定に思わず振り返るが、しかし自分の身体を止めることは出来ず、その一歩は魔法陣の上に踏み込んでしまう。


「⁉︎」


 すると魔法陣が光出し上へ上がってくる。そして俺の足を魔法陣が通過するとその部分が消えていた。

 そのまま魔法陣はどんどん上がってくる。


「え⁉ えっ⁉︎」

「頑張りたまえよ! アズマくん!」


 疑問と恐怖、混乱に包まれるその現象になんの解答もないまま神様は最後の言葉をかける。それを聞いた所で、俺は意識を失った。

 魔法陣が東の全身を通過すると、魔法陣が消える。そしてそこには何も残ってはいなかった。




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