02
茗ちゃんと再会した大学生のころ、恥ずかしながら俺は女遊びがかなり激しかった。
もともと俺は実家の家族との折り合いが小さいころから悪かった。大病院の院長一家の長男として生まれ、跡取りになるはずだった。だけど、ガキの頃の俺はまあ勉強はできないわ、そのくせ探偵小説ばかり読み漁るわで、親を含め親戚の期待値はかなり低かった。姉が、なかなか優秀だったこともあるけど。
あの家で俺を人間扱いしてくれていたのは、死んだじいさんだけだった。
いろいろ不満がたまっていた俺は、大学受験の時に猛勉強した。そして、姉が通っていた大学よりも、さらに偏差値の高い大学の医学部にストレートで合格した。のを、入学手続きをわざと怠ってなかったことにした。
あの時の両親や親戚の怒り狂い具合は、かなり面白かった。
子供のころから貯めていた貯金と、じいさんの援助で家を出て一人暮らしを始め、一年遅れで法学部の大学生になった。
言い訳だというのは十分わかっている。それでも、あの時俺は寂しかったんだ。そして、二十歳の、我ながらまあまあ良い顔と、達者な口を持つ男が寂しさを埋める手段として選んだのは、女性だった。
とりあえず合意の上での関係で、お互いに遊びだったということだけは主張しておきたい。それにしたって、最低だとは思うけど。
茗ちゃんと再会したのも、合コンの席でだった。人数合わせで呼ばれた茗ちゃんと違って、俺は最初から行く気満々だったし。まあ、あの合コンに関しては、行ってよかったと心底思うけど。
「渋谷慎吾……? もしかして、厳悟のおじいちゃん先生のところの、シン兄ちゃん……?」
目の前の女の子から、じいさんと俺の懐かしい呼び名が登場した時は本気で驚いた。
「え、もしかして……」
「あ、はい。硯茗です。その……ご無沙汰してます」
あの時以来、まったく連絡を取っていなかったけど、ひとまず元気そうで安心した。その場は取り繕って、合コンを続け、二次会はパスして彼女を連れて別の店に行った。他人には聞かれたくない話があったから。
「その、元気だった?」
「……おかげさまで」
笑うけど、答えるまでの間でいろいろあったんだろうなと思った。
「法学部なんだよね。……ご両親のことで?」
「はい。弁護士に、なりたいと思って」
でも、いろいろあったにしても、今は過去に向き合って弁護士になろうとしている。すごい子だなと思った。対して俺は、
「渋谷さんは、どうして法学部なんですか? お医者様になるんだとばっかり思っていましたけど」
「あー、実家は姉が継ぐから」
俺は家から逃げて、探偵になりたいという夢みたいなことをほざきながら、なんとなく法学部に入っただけだった。
近状報告とか、当たり障りのない話をして、そのあとは終わった。終電にぎりぎり滑り込む。
メインの乗り換え駅を過ぎてしまえば、混雑は多少軽減される。空いた席に彼女を座らせ、たわいもない話をしていた。
「あ、次で降りますね」
茗ちゃんが言った時、俺はそっか、とか言って笑った。
気をつけて。またね、連絡するね。そう言って別れるつもりだった。最初は。
だけど、またっていつだろうと思った。
連絡して、この子はまた俺に会ってくれるのだろうか。つらい思いをした時に出会った、俺なんかに。
そして、俺はこのまま帰って、今日は一人で眠らなければいけないのだろうか。
この子を逃したらいけない。この子とだったら、真人間に戻れる。あの時、小さな女の子を守りたいと思った、あのまっすぐな心を今ならまだ取り戻せる。そんな風に考えたんだ。
電車がホームに滑り込み、腰を浮かしかけた彼女を遮るように、
「茗ちゃん」
名前を呼ぶと、顔を近づける。
電車内だとか、そんなこと考えなかった。
もしも泣いて嫌がられたら、諦めようとは思っていた。
だけど茗ちゃんも目を閉じてくれたから、そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねる。
ドアが閉まったころ、唇を離し、
「終電、なくなっちゃったね。うちに来ない?」
そう誘ってみた。彼女は小さく頷いた。
今ならわかる。あの時の俺たちはお互いにあちらこちらに傷を負っていて、それを慰め合う相手が欲しかっただけだ。そしてお互いに、過去を知る人物は便利だったのだ。
気持ちのメインは茗ちゃんになっていた。それでも、関係をちゃんと切らないままの女の子も何人かいた。あの頃の茗ちゃんが文句を言うことはなかったから、やっぱりあの時のあれは、傷の舐め合いだったんだ。




