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その男、名探偵につき  作者: 小高まあな
第四章 弁護士の場合
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02

 軽い事情聴取を終え、あとは後日ということで帰宅を許される。

 この辺は、ある意味顔パスな部分があるだろう。

 事件を解決した日、マンションの下まで送ってくれた彼は、大体こう言う。

「……今日、泊まっていってもいい?」

 私は決まってこう返す。

「くーちゃんは平気なの?」

 彼の愛鳥の心配。

 餌や水の心配がないと彼が判断したのならば、そのまま部屋に招き入れる。

 もしも、帰って面倒を見なければいけないようなら、

「じゃあ、泊まりに行っていい?」

 私の方からそう提案する。

 別にマンションまで来る前にその話をしてもいいのだけれども、私たちは頑にこのやり方を守っている。

 儀式、だ。


 事件を解決した日、同じベッドで眠っても、彼が私を抱くことは決してない。

 ただ、こどものように私の手を握って眠りにつく。崖から転がり落ちるような早さで彼は眠りにつく。すとん、と夢の世界に落ちる。

 私は、そんな慎吾の寝顔を見たまま、睡魔が訪れるのを待つ。

 渋谷慎吾は名探偵だ。

 名探偵は、職業じゃない。

 そういう生き物だ。

 事件を呼び寄せ、事件を喰らい、生きている。

 彼は、そういう生き物だ。

 謎解きという舞台の上で、全ての謎を収束させ、犯人を当てる。そのときの彼は実に生き生きとしている。

 へらへら笑ったその態度を見て怒るひともいるし、彼を死神だと揶揄するひともいる。

 だけど、私は知っている。

 謎を解き終わったあと、彼が誇らしげな顔のなかに、どこか少し悲しみの色を浮かべていることを。

 自分の歩いて来た道に、積み重なっている死体にうんざりしていることを。

 事件を解決した日、どうしようもなく寂しくなっていることを。

 事件が私と一緒じゃなかったときでも、大体事件を解決した日は私の家に転がりこんでくる。なんでもないような顔をしているけれども、それはきっと寂しくてやり切れなくなっているからだ。

 私の探偵さんは、他のひとが思うよりもずっと、ずっと寂しがり屋だ。

 自分の生活の全てに、死体が絡み付いていることを、彼は本当は嫌がっている。次は誰が死体になるのか、犯人になるのかと、実は怯えているのだ。

 そう、大体私たちの関係だって死体が繋いでいるのだ。

 出会いのきっかけも、今一緒に居ることも、全部背後に死体がある。

 死屍累々と積み重なる死体の上で、孤独に謎を解き明かすのが彼の役目だ。

 壇上で謎を明かす彼に、私ができることは何もない。私は名探偵ではないから。

 私に出来るのは、この孤独な探偵さんが、舞台から降りた、ほんの束の間の休息にあわせて手を差し伸べるだけ。

「う……」

 慎吾が短くうなされるから、私はそっと頭を撫でた。

「ねぇ」

 こういう時の彼が決して起きないのを知っていて、そっと問いかける。

「なんで私にハートの八を渡したの?」

 結婚する気なんて、無い癖に。

 ついこの前も、

「ねぇ、茗ちゃん。時効が停止しない間柄にならない?」

 なんていう、無駄に遠回しなことを言ってきた。そんなつもり、無い癖に。

 ちなみに民法一五九条「夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない」のことだ。

 何を言っているかすぐにわかった自分も嫌だし、そういう無駄な頭の使い方をするところも嫌い。

「私がいいよ、って言ったらどうするつもりなの?」

 焦って「冗談だよ」ってなかったことにする癖に。

 慎吾がずっと探偵になりたかったのは知っている。物語の中に出てくる名探偵に憧れていたことも知っている。

 家族への反発心もあって、受かった医学部を蹴って、一浪して法学部に入り直したのも、それが探偵になることに役立ちそうだと思ったからだろう。

 大学は別だったから詳しく知らないけど、在学中から探偵というか、何でも屋のようなことをしていたようだし。

 だけど、彼は「名探偵」であることを憎んでいる。

 結婚しようと戯れに口にしても、彼は絶対に私と結婚しない。彼が、名探偵である限り。

 ずっとダラダラと関係が続いてきた恋人と、正式に結婚するなんていう展開、シリーズ物なら最終回に匹敵するぐらい重要な回だ。その中で、恋人は大怪我をするか、殺されるか、犯人になるか……いずれにしても、無事に済むわけがない。

 私をそんな目に遭わせたくないから、と彼は結婚を承諾することはないだろう。戯れ以外の、本気のプロポーズもきっとしないだろう。

「ごめんね」

 それって本当は、私のせいなのに。


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