04
「夕飯の時に、みんなで一緒になって移動しただろう?」
「ああ」
あの夕飯の時は平和だったな。その一時間後に事件が起きるとは思えないぐらい。
いや、俺の内心は穏やかじゃなかったけど。こいつがいたせいで。
「その時、大旦那様の杖の音が、他と違う場所があったんだ」
そういえば、確かに大旦那様は杖をついていたな。しかし、そんなことよく気付いて、よく覚えていたな。
名探偵だから、とも言えるが、なんだかんだでこいつの観察力とか洞察力とか、あと記憶力はすごい。
辿りつついた廊下。食堂の前だ。
「そう、確か、このへん」
言いながら床に四つん這いになった渋谷が、こんこんっと床を叩く。少しずつ、そのまま進んでいって……
確かに一箇所、他とは音が違う場所があった。もっと、どこかに響くような音。
「この下に?」
渋谷は床に手を這わせて
「入り口は絶対ここらへんのはずなんだ。入り口、目印」
呟いて顔を上げる。壁に視線を向けるから、俺も合わせてそちらを見る。
そこには、代々、この家の当主の肖像画が並べて飾ってある。言いたくないけど、かなり悪趣味だ。
渋谷はその絵に近づき、一つずつ順番に見ていって……、
「これか」
一枚の絵で視線を止める。
天才名探偵様は何かに気づいたようだが、凡人の俺には、何が「これか」なのかがわからない。
説明を求めるように渋谷を見ると、
「見たらわかるだろ? これだけちょっと、ずれている」
ええ? いやまあ、確かに言われてみたらずれてるけど、そんなもんじゃねぇ?
「これだけ整えられた屋敷で、数ミリでもずれているわけがない。これは最近、誰かが触ったんだ」
問題の絵を眺めたり、裏をのぞいたりした後、そのまま絵を左右に揺さぶるなど動かしていたが、
「うわっ!」
何がきっかけになったのか、ぐぃーんっと音がして、絵の下の壁が開いた。自動ドアのように。
どんなからくり屋敷だよ。とかきっと言ってはいけない。ミステリの屋敷なんてこんなもんだ。
中を覗くと、下に続く岩の階段があった。
「ここだな」
渋谷は慣れた調子でケータイを取り出し、ライトを起動する。そのまま、ぐんぐん降りていく。
「おい、もうちょっと警戒しろよ」
慌てて俺も後を追う。一応、渋谷は民間人なわけだし、警官としては一人で行かせるわけにはいかない。
地下室というよりは、洞窟と言ったイメージの場所だった。岩のような壁。カビ臭い。
階段を降りたそこは、確かに部屋になっていた。いや、部屋というよりは、
「地下牢、だな」
それだ。ジメジメしていて、薄暗くて。それに渋谷が言ったように、どこからかうっすらと水が滴り落ちてきてる。人が住む環境じゃない。
それに、
「鉄格子、か」
目の前にある、鉄格子。誰かを閉じ込めていました、と言わんばかりの。
おいおい、この一族、どんな秘密を抱えてるんだよ。
異様な雰囲気に圧倒されている俺を置いて、渋谷はどんどん進んで行く。
鉄格子の中を明かりで照らすと、
「茗ちゃん!」
手足を縛られ、ぐったりと倒れている硯さんの姿があった。
叫んだ渋谷が入り口を探すが、南京錠がかかっていた。
舌打ちをした渋谷が、ケータイを俺に手渡してくる。
ここでどういう意味だ? なんて聞くほど、俺は察しは悪くない。それと、こいつとの付き合いも短くない。
渋谷の手元を照らしてやる。
渋谷はジャケットの内ポケットから、小さなポーチを取り出し、そこからヘアピンを二本取り出した。それを南京錠の鍵穴につっこむ。
ええ、ええ、もう何にも言いませんよ。お前がヘアピンをきっちり持っていようと、そのポーチの中にどんだけ便利グッズが入っていようと、ピッキングができようとも。
いつもならこんな鍵ちゃちゃっと開ける渋谷だが、さすがに焦っているのか時間がかかっている。
ちらちらと、中に視線を送っている。
焦るな、と言いたいが、それすらも焦らせる原因になるか。
俺はただ黙って、手元を照らし続ける。
がちゃり、とようやく鍵が開いた。
ヘアピンを放りだして、渋谷が中に駆け込む。
「茗ちゃん!」
倒れている硯さんを抱き起こすと、必死に名前を呼ぶ。
殴られたのか、額から血が流れている。
「茗ちゃん!」
すがりつく、こどものように。
「茗っ!」
「う……」
小さい呻き声がして、
「茗っ!」
「……シ、ン?」
硯さんが目をあけて小さく呟いた瞬間、渋谷はぐしゃりと顔を歪めた。泣きそうに。
そのまま、ぎゅっと硯さんを抱きしめる。
「よかった……、よかった……」
その存在を確かめるかのように、硯さんの髪を、肩を、背中を、腕を、何度も何度も撫でる。手を離したら消えてしまうとでもいいたげに。
冷静な名探偵様にあるまじき、取り乱し具合だった。
ここに昔馴染みの俺以外いなくてよかったと心底思った。こんな姿を誰かに見られたくないだろう。
「ごめん……、ごめんな」
それは何に対する謝罪なのだろうか。助けにくることが遅くなったこと?
それとも……探偵の恋人として事件に巻き込んでしまったこと?
「助けに、来てくれるって、信じてたから……。私の、探偵さん」
硯さんが、かすれた声で応えた。
「ごめん」
もう一度慎吾が呟く。
感動のご対面はそろそろいいだろうか。
「渋谷、ここは寒い。一旦外に出よう」
これ以上、歪んだ渋谷の顔を見ていられなくて、ライトの向先を硯さんの手足を縛るロープに向ける。
「そうだな」
渋谷は頷くと、さっきのポーチから小さいナイフを取り出し、ロープを切った。
本当、突っ込むのも野暮だけどなんでも持ってるな、お前。
そのまま濡れた硯さんの体に、自分のジャケットを脱いでかける。
「笹倉、悪い。足元照らしてもらえるか?」
「ああ」
俺のケータイも取り出し、光源を増やす。
渋谷は硯さんを抱えると、立ちあがった。
いやいや、そこは普通、おぶるところだろ。なんでお姫様だっこなんだよ。
半端に突っ込みたい気持ちを抑えて、俺たちは外にでた。




