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その男、名探偵につき  作者: 小高まあな
第二章 刑事の場合
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04

「夕飯の時に、みんなで一緒になって移動しただろう?」

「ああ」

 あの夕飯の時は平和だったな。その一時間後に事件が起きるとは思えないぐらい。

 いや、俺の内心は穏やかじゃなかったけど。こいつがいたせいで。

「その時、大旦那様の杖の音が、他と違う場所があったんだ」

 そういえば、確かに大旦那様は杖をついていたな。しかし、そんなことよく気付いて、よく覚えていたな。

 名探偵だから、とも言えるが、なんだかんだでこいつの観察力とか洞察力とか、あと記憶力はすごい。

 辿りつついた廊下。食堂の前だ。

「そう、確か、このへん」

 言いながら床に四つん這いになった渋谷が、こんこんっと床を叩く。少しずつ、そのまま進んでいって……

 確かに一箇所、他とは音が違う場所があった。もっと、どこかに響くような音。

「この下に?」

 渋谷は床に手を這わせて

「入り口は絶対ここらへんのはずなんだ。入り口、目印」

 呟いて顔を上げる。壁に視線を向けるから、俺も合わせてそちらを見る。

 そこには、代々、この家の当主の肖像画が並べて飾ってある。言いたくないけど、かなり悪趣味だ。

 渋谷はその絵に近づき、一つずつ順番に見ていって……、

「これか」

 一枚の絵で視線を止める。

 天才名探偵様は何かに気づいたようだが、凡人の俺には、何が「これか」なのかがわからない。

 説明を求めるように渋谷を見ると、

「見たらわかるだろ? これだけちょっと、ずれている」

 ええ? いやまあ、確かに言われてみたらずれてるけど、そんなもんじゃねぇ?

「これだけ整えられた屋敷で、数ミリでもずれているわけがない。これは最近、誰かが触ったんだ」

 問題の絵を眺めたり、裏をのぞいたりした後、そのまま絵を左右に揺さぶるなど動かしていたが、

「うわっ!」

 何がきっかけになったのか、ぐぃーんっと音がして、絵の下の壁が開いた。自動ドアのように。

 どんなからくり屋敷だよ。とかきっと言ってはいけない。ミステリの屋敷なんてこんなもんだ。

 中を覗くと、下に続く岩の階段があった。

「ここだな」

 渋谷は慣れた調子でケータイを取り出し、ライトを起動する。そのまま、ぐんぐん降りていく。

「おい、もうちょっと警戒しろよ」

 慌てて俺も後を追う。一応、渋谷は民間人なわけだし、警官としては一人で行かせるわけにはいかない。

 地下室というよりは、洞窟と言ったイメージの場所だった。岩のような壁。カビ臭い。

 階段を降りたそこは、確かに部屋になっていた。いや、部屋というよりは、

「地下牢、だな」

 それだ。ジメジメしていて、薄暗くて。それに渋谷が言ったように、どこからかうっすらと水が滴り落ちてきてる。人が住む環境じゃない。

 それに、

「鉄格子、か」

 目の前にある、鉄格子。誰かを閉じ込めていました、と言わんばかりの。

 おいおい、この一族、どんな秘密を抱えてるんだよ。

 異様な雰囲気に圧倒されている俺を置いて、渋谷はどんどん進んで行く。

 鉄格子の中を明かりで照らすと、

「茗ちゃん!」

 手足を縛られ、ぐったりと倒れている硯さんの姿があった。

 叫んだ渋谷が入り口を探すが、南京錠がかかっていた。

 舌打ちをした渋谷が、ケータイを俺に手渡してくる。

 ここでどういう意味だ? なんて聞くほど、俺は察しは悪くない。それと、こいつとの付き合いも短くない。

 渋谷の手元を照らしてやる。

 渋谷はジャケットの内ポケットから、小さなポーチを取り出し、そこからヘアピンを二本取り出した。それを南京錠の鍵穴につっこむ。

 ええ、ええ、もう何にも言いませんよ。お前がヘアピンをきっちり持っていようと、そのポーチの中にどんだけ便利グッズが入っていようと、ピッキングができようとも。

 いつもならこんな鍵ちゃちゃっと開ける渋谷だが、さすがに焦っているのか時間がかかっている。

 ちらちらと、中に視線を送っている。

 焦るな、と言いたいが、それすらも焦らせる原因になるか。

 俺はただ黙って、手元を照らし続ける。

 がちゃり、とようやく鍵が開いた。

 ヘアピンを放りだして、渋谷が中に駆け込む。

「茗ちゃん!」

 倒れている硯さんを抱き起こすと、必死に名前を呼ぶ。

 殴られたのか、額から血が流れている。

「茗ちゃん!」

 すがりつく、こどものように。

「茗っ!」

「う……」

 小さい呻き声がして、

「茗っ!」

「……シ、ン?」

 硯さんが目をあけて小さく呟いた瞬間、渋谷はぐしゃりと顔を歪めた。泣きそうに。

 そのまま、ぎゅっと硯さんを抱きしめる。

「よかった……、よかった……」

 その存在を確かめるかのように、硯さんの髪を、肩を、背中を、腕を、何度も何度も撫でる。手を離したら消えてしまうとでもいいたげに。

 冷静な名探偵様にあるまじき、取り乱し具合だった。

 ここに昔馴染みの俺以外いなくてよかったと心底思った。こんな姿を誰かに見られたくないだろう。

「ごめん……、ごめんな」

 それは何に対する謝罪なのだろうか。助けにくることが遅くなったこと?

 それとも……探偵の恋人として事件に巻き込んでしまったこと?

「助けに、来てくれるって、信じてたから……。私の、探偵さん」

 硯さんが、かすれた声で応えた。

「ごめん」

 もう一度慎吾が呟く。

 感動のご対面はそろそろいいだろうか。

「渋谷、ここは寒い。一旦外に出よう」

 これ以上、歪んだ渋谷の顔を見ていられなくて、ライトの向先を硯さんの手足を縛るロープに向ける。

「そうだな」

 渋谷は頷くと、さっきのポーチから小さいナイフを取り出し、ロープを切った。

 本当、突っ込むのも野暮だけどなんでも持ってるな、お前。

 そのまま濡れた硯さんの体に、自分のジャケットを脱いでかける。

「笹倉、悪い。足元照らしてもらえるか?」

「ああ」

 俺のケータイも取り出し、光源を増やす。

 渋谷は硯さんを抱えると、立ちあがった。

 いやいや、そこは普通、おぶるところだろ。なんでお姫様だっこなんだよ。

 半端に突っ込みたい気持ちを抑えて、俺たちは外にでた。


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