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魔女の末裔  作者: 翔さん
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人拐い

設定ジャンルにものすごく悩みましたがたぶんホラーです。

ぬるいですが一応人が死ぬのでR15です。

キーワードは根底にそういう要素があるよくらいの気持ち()

「初めて見た時から言おうと思ってたんだけど、」

大きな傘を差して隣を歩く男が言う。頭ひとつくらい高い背をやや屈めて、物珍しげに私を見つめる顔は少し上気している。抑えきれず嬉しそうな声が私に傾げられた傘の上に落ちる雨と弾んでいるようだ。

「メリスティアは本当に人形のようだね」

「それじゃあ、すぐに飽きてしまうわね」

私は今貴方に冗談を言ったのよ、という顔を作って、私を覗きこむ青年の整った顔を見据える。アメジストの色をしたきれいな瞳。私がうんと幼い頃、同じ言葉をくれた人によく似ている。瞳だけではない。背丈も、顔つきも、雨宿りをしていた私に声をかけてくれた優しさも、どことなく似ている。

男はすこし照れたように微笑んで唇を動かす。

「すごく綺麗だって言いたかったんだ。……勿体ないくらい美人だ」

「貴方もね。そう言って私みたいに綺麗な恋人がいるんでしょうね」

「いないよ。家はお金もないし、村にはそんなに可愛い娘もいないよ」

「村から来たの?遠いのね」

「……ちょっと買い付けにね。君は、……もしかしてこの辺の屋敷のお嬢様かな?町娘って感じじゃないな」

「そうね、そんな感じよ。貴方頭もいいのね」

「そうかな……」

まだ若い青年が上唇に指の背をやる。さっき微笑んだ時もしていたから、この男の癖なのだろう。青年は少し眉根を寄せて考え事をしているようだった。数秒躊躇ってから口を開く。

「どこまで行くの?送るよ。君一人じゃ危ないから」

「そうなの?」

「……この町、人攫いが出るって。知らない?」

「いいえ。私、新聞とか読まないの」

「そうか、……とにかく気を付けて」

「ありがとう。家に帰るところなのだけれど、貴方も上がっていく?」

「……いや、この身なりじゃ屋敷の人に怪しまれそうだから。屋根があるところまでで……」

歩を緩めて言い淀む男の顔に手を伸ばす。驚いて足を止めた男の横髪を少し遊んで耳にかけさせた。やっぱりよく似合っている。色は少し暗いけれど、髪の長さまでぴったりだ。

「屋敷と言っても小さいのよ。今日は手伝いも、誰もいないの」

少しだけ耳に触れて離した手を今度は男の背にまわす。

「それに貴方、濡れているわ」

傘を持っていない方の腕に手を添えると、本当にびしょびしょになっていた。薄い上着の肩から肘まで雨が染み込んでいる。

冗談を言ったときと同じ表情で青年を見つめて、少し微笑んで見せる。アメジストが揺れている。

「ねえ、送ってくれる?」


町からわざと離れたところにある小さい屋敷に青年を招き入れる。歩いて来られる距離ではあるけれど、知っていないと視界に入らないように、背の高い木々が周りを囲っている。小さな森の中にいるようで、さながら魔女の家だ。

「本当に誰もいないんだね……」

「言ったでしょう。私、一人なの」

正面の入り口から中へ入ると、今では珍しくもなんともない魔術で調律された灯りが広間をゆっくりと照らし始めた。ホールの中央は明るいけれど、四隅まではあまり届かない。

「……ご両親は?」

傘をたたんで傘置きに入れながら遠慮がちにたずねた。滑らかな陶器は傘の先を受けてこつんと硬い音を響かせる。

「いないの」

小さく微笑んで男に歩み寄った。傘置きのようにぴかぴかの床が私の踵を響かせる。私は靴の他は露程も濡れていない。

「寒かったでしょう。こっちに来て」

男の濡れていないほうの腕を取って手前にある部屋へ向かう。雨の匂いがする青年は戸惑いながらも腕を引かれて大人しくついてきた。本当に誰もいないことを確かめているのか、それともやや暗い屋敷が気になるのか、天井の高い広間を見渡している。

真鍮の取っ手を握って木製の扉を開ける。今度は部屋の隅までよく見えるくらい明るい部屋で、長いディナーテーブルに背の高い椅子が4対並んでいる。一人で食事をするにはさみしい空間だ。テーブルクロスは使っていなくて染み一つない。奥の壁にこの前手入れさせたばかりの暖炉があって、殺風景な部屋に取り繕った生活感を与えている。中に入っても絨毯が足音を吸い取っていくからひっそりとしたままだ。

「火を起こしてあげる。どうぞ座って」

また物珍しそうに部屋の中を眺めている青年を奥へ促す。男は扉の方を振り返ると、一瞬足を止めた。部屋の隅、入口の近くに一体だけ立っている甲冑が気になったみたいだ。身の丈くらいある柄の長い斧を構えている。

「飾りよ。興味があるなら触っていいわ」

「ああ、いや。やっぱりお金持ちなんだなって思って……不躾でごめん」

「気にしないわ」

暖炉の傍にある机に手を伸ばしてマッチ箱を掴む。蓋を開けて棒を擦っていると、近くの椅子をひく小さな音がした。青年が腰掛けながら私の手元を見つめる。ジュッと音をたててマッチに火がついた。かすかに火薬の匂いがする。乾いたおが屑の中に火を差し込むと、すぐに藁に燃え移って、まばらに組まれた小枝を小さな炎が舐めていく。小一時間あれば薪まで燃え上がるだろう。

「調律式じゃないんだね。初めて見たよ」

「そうでしょう。作り物じゃない炎も良いのよ」

私が両手を翳して暖をとっていると青年も真似をして両手を差し出す。親指の付け根にまめがあるのが見えた。上着が片腕だけ濡れて色が黒く沈んでいる。

「脱いだら?」

「ん?ああ……」

青年はさっきから何かを気にしているようで、なんとなく時間を掛けてもどかしく上着に手をかけている。

「見られたら困るものでもあるの?」

からかって笑い掛けると男はばつの悪そうな顔で目を逸らした。伏し目がちになった目元に睫毛の影が落ちる。外では嬉しそうに弾んでいた声が落ち込んでいるように聞こえる。緊張でもしているのかしら。

「脱がしてあげようかしら」

「いや、いい、自分で脱げる」

慌てて袖を抜く青年を見て笑みがこぼれる。観念したように脱いだ上着をそっと奪って横の机に広げた。所々に雨じゃない黒い染みがついている。

「このほうが速く乾くわ」

「うん……そうだね……」

普通の人間よりもいくらか引き締まった体に着古したシャツを着ている。血管と筋肉のよく見える腕を取ると男は小さく身を引いた。椅子の脚が軋んだ音をたてる。繊細な顔に似合わずそれなりに重たいのだろう。中身が丈夫な証拠だ。

「普段は何をしてるの?村の出身なら、農家とかかしら」

「いや……、うん……荷運びとかもするよ」

「ふうん。力持ちなのね」

抵抗しようか迷っている手をつかんで固くなっている親指の根を撫でる。荒作業をする人間の手だ。指先をいじると整った顔の眉根が寄って目線が泳ぐ。

「私みたいな女の子、はじめてじゃないでしょう?」

その見た目でその言葉遣いなら金がなくても位がなくても困らない筈だ。小さい娘ならチョコレートやマフィンをあげれば簡単についてくる。最近は町を一人で歩く娘も殆ど見かけないけれど。

「いや、女の子の家に呼ばれたのは、初めてだよ」

体にそっと両手を伸ばすと、身を引いた男の肩が背凭れに軽くぶつかった。後ろの暖炉で小枝がパキンと割れる音がする。パチパチと炎が枝を踏み鳴らしている。

「そう。そうよね。だって普通は、その子の家族が家にいるものね」

抱きつく振りをして、ベルトをきつく締めている男の腰に腕をまわす。私が距離を詰めると、これ以上後ろに退けない青年は慌てた様子で私の肩を抑えた。

「駄目だ、止めよう、こんなのよくない」

焦っているのか早口になって両手にも力がこもっている。まるで誰かに脅されているようだ。

「……私は趣味じゃなかった?」

眉尻を下げてさみしい表情をして見せると、男が一瞬だけ気を弛めた。その隙にベルトの後ろに手を伸ばす、と、思った通りの力強さで私の肩を押し返した。真剣な表情をした青年がくるりと体を反転させて私の上半身をテーブルに押し倒す。男が立ち上がった反動で椅子が扉の方へ派手に倒れるけれど、毛足の長い絨毯は何でもないようにその音の殆どを吸い込んだ。このまま鳩尾に膝でも入れられたら、生身の私は重さで負けてしまうだろう。

「……頼む。君を酷い目に遭わせたくない」

「どんなひどい事をされるの?」

濡れたアメジストが揺れる。押さえつける力はそのままで、口調だけが屋敷に着いた時のように元気がない。頬に手を伸ばすと目線だけが逃げていく。あまり手入れはされていないようだけれどそれでも形のよい顔をゆっくり撫でる。辛そうな顔も相変わらず綺麗だ。

「君は、……。僕は駄目だ」

"僕"。私を見下ろしている青年が急に幼くなった気がした。こどもみたいだ。

「どうしてダメなの?」

何かに脅えている男の子を、あやすように優しく微笑んでいい子いい子してあげる。耳裏から顎を伝って喉骨をなぞると男が僅かに身震いをした。指先で喉の中が動く。

「…………一目惚れなんだ。馬鹿馬鹿しいだろ、でも君が気になって目が離せなくて、」

「じゃあ、ずっと見ていていいのよ」

「出来ない。……無理だ、ずっとなんて、僕は」

振り絞るように喋っている幼い青年の唇を人差し指で塞いだ。お姉さんみたいに微笑んだまま男の瞳を見つめる。飽きないほど綺麗だ。

「私も拐われて売られてしまうのね」

大きく目を見開いて男が息を呑む。右手がすこし浮いて、躊躇ってまた私の肩を押さえる。

「背中の腰に差してるのはナイフ?拳銃?貴方、姿勢がすごくいいの。知ってた?」

「……君には使わない、誓うよ」

ひどく動揺している男の脚を、曲げた膝で撫で上げる。丈の長いスカートが捲れ上がって太股に落ちてきた。見たいのか見ないようにしているのか、男は私の顔をずっと注視している。息が上がり始めたようで、私の上で肩が小さく動いている。

「お金がないなら私の使用人にならない?ここに住んでいいし、お給料も出してあげる」

「……危険だ。仲間に気づかれる」

多分自分のことではなくて、本気で私の身を案じているのだろう。この声の響きを私はよく知っている。

「君は、早くこの町から離れたほうがいい。どうして今まで無事だったのか不思議なくらいだ。誰か用心棒でも雇って、遠くに行くんだ。君みたいな綺麗な女の子は…………食い物にされる」

「貴方もその一端なのね」

「……………………」

何か言おうとして、けれども閉じて、苦しそうな顔で沈黙する。肯定と葛藤と後悔。この男、根は善人なのだろう。大方貧困が原因で所謂悪事に荷担してしまう種類だ。

「私のことは見逃してくれるの?」

「……誰にも言わずに、ここを離れてくれるなら」

「優しいのね。好きになっちゃいそう」

「……………………もう行くよ。……暖炉、貸してくれてありがとう」

体を起こそうとした男の足を踵で引っかけて引き戻す。体勢を崩しながらも、私を避けようと慌てて両手を着く。頭の横で、掌がテーブルを勢いよく叩く大きな音がした。

「思い出作りは嫌い?」

男の心臓の上にそうっと手を添える。転び掛けて動転しているのかそうじゃないのか、早鐘が伝わってくる。温かい。人間の温度だ。私が鳩尾を探って指を動かす度に瞳がゆらゆら揺れる。私の一挙一動にされるがまま振り回されている。

「これは邪魔ね」

男の腰のベルトに挟んであった物を引き抜いた。銃よりも扱いの楽な刃の厚そうなナイフだった。子牛くらいなら解体できそうだ。机の上で滑らせて端まで遠退いたそれを男は目で追っていた。抵抗しようと思えば出来ただろうに、心臓が煩くてまともに把握できていないのだろう。極度に緊張した人間は皆そうなる。

「もっとリラックスして。怖い顔しないで」

私の上に音もなく大きな影が落ちた。それは青年のものではなくて、それよりも一回り大きい鎧のものだった。私を見つめる整った顔の前に鉄の棒が降ろされる。顎の下にかけられた斧の柄が青年を引き起こす。ぐんと後ろに引っ張られた青年の両腕が、助けを求めるように私へ伸ばされる。その手をつかんで、私の体を起こしてもらった。机の上に座る私を見開いた目で見つめたまま、背を蹴られて絨毯の上に無理矢理膝をつかされる。膝から下を鎧の足に踏みつけられて立てなくなると、両手で首元の棒にしがみついた。人間の腕力で剥がせる筈もなくて、押し潰されて濁った音が喉から漏れるだけだ。

「ごめんなさい。飾りなのはね、斧の刃の方なの」

苦しそうにもがく青年の目蓋に手の平を乗せる。血色の悪い紫色に似た光が漂って、青年をゆっくりと侵食していく。これが終わる頃には机の上の上着も乾くだろう。もっとも、誰のか分からない血が着いたままの所持品なんて薪と一緒に燃やしてしまうのだけれど。

「お前の仲間にしてあげる。この人も鍛えてあるみたいだし」

何週間か前に一点物の甲冑を見繕ってあげた死体に声を掛けた。これは確か、港から町まで買い物と雇い主探しをしに来た傭兵だったかしら。容姿が似ている訳ではなかったけれど、道を聞かれた声がそっくりだっから、つい呼んでしまった。一度殺すと声は聞けないことを後から思い出したけれど、警護が欲しかったからちょうど良かった。

薪がいくつか崩れ落ちはじめた頃に、ようやく青年が目を開けた。アメジストは上手く保存できているみたいだ。そういえば、この青年の名前は何だったかしら。

「貴方は優しいから、私の傍についてきてくれる?傘を持ったり、お茶を淹れたりして。危ない時は護ってちょうだい。荒事には慣れてるでしょう?」

喋ると少しだけ幼かった青年は、口を閉じて黙って私の言うことを聞くようになった。もうさっきみたいに駄目だとは言わなかった。


「兄様。今日の人はよく似てたの。強そうで美人なのよ。瞳の色もそっくり。髪も染めようかしら?私についてくるようにお願いしたの。兄様、私が外に出るのを心配してたものね……。兄様みたいに優しい人に久し振りに会ったわ。最後にありがとうって言ってくれたの、覚えてるわ……。私は、ずっと泣いていたけれど……、今日みたいに笑ってあげられたらよかったって、この頃いつも思うの……。兄様、私が笑うと喜んでくれたでしょう。だから、ずっと練習してるのよ。男の人も女の人も、みんな私が微笑むと嬉しそうにするの。上手になったのよ。兄様に喜んでもらえないと意味がないのに……」

早速私の後について地下室まで降りてきた青年が静かに近づいてくる。ベッドサイドに置いてあったまだ新しいハンカチを手渡してくれた。兄様だったら瞼にキスをしてくれるのだけれど、これは似ているだけで兄様ではないから。

結局今日も駄目だった。あと何人集めたらこの箱は満たされるだろう。兄様は簡単には死なない人だったから、簡単には生き返らないのかもしれない。私が兄様を生き返らせたら、兄様は驚くかしら。ちっとも変わっていない私を見て、また妹扱いしていい子いい子するのかしら。もう私のほうがすっかりお姉さんなのに。兄様のことだってちゃんと慰めてあげられるのに。

そっと硝子の箱を撫でて、縁にキスをする。はやく本物の兄様に触れたい。

「……お休みなさい、兄様。また明日」

未完のオリジナルのパロディというか分岐なので早く本編書きたい。思い付いた話から書くからお察し。続け。

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