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事件は突然に

    -1-


 成田空港に到着した美紀達三人は入国手続きを済ませ、成田エクスプレスで帰途に就いた。美紀、留美は寝入り、ひとみはぼんやり車窓の景色を眺めているように見えたが、心にはさざ波が立っていた。早く拓馬に会いたい。拓馬に会って安心したい。

ひとみは心から拓馬を信じていた留美のホスト話も初めは気にならなかった。だが聞き進む内にかすかに、穏やかならぬ物が心にうごめいた。成田エクスプレスに乗り、ひとみも眠ろうと思い眼をつむったが、うごめきが邪魔をして眠れない。うごめく物を思考から追い出そうとしたが、意識したことで物が少し成長した。ひとみは眠ろうとするのをやめた。携帯電話を家に忘れて来たのが悔やまれる。家に帰ったら拓馬に連絡しようと思った。

 留美は成田エクスプレスを待つ間に二人から離れて、帰国と、しのぶストーリーの失敗連絡をしようと、しのぶに電話をした。何の為にタイまで行ったのかと、しのぶからの叱責を覚悟していたが、責めることもなく、留美のした話はそれで良かったと、しのぶの口調は意外に穏やかだった。

 何かあったのかといぶかしんだ留美はしのぶに説明を求めると、うまく行った、拓馬がひとみに会って優しく別れ話をする。詳細は、夕方ひとみのマンションに行って会って話すと言い、拓馬と会わせる為に、ひとみから拓馬に連絡させるように指示し電話を切った。

美紀は留美から話を聞いて説明が足らないと憤慨したが、再度電話しても、しのぶがうるさがると思い、しのぶを信じて言う通りにすることにした。

 ひとみはマンションに着いて真っ先に携帯電話を探した。

 美紀はひとみのバッグから気付かれぬよう携帯電話を抜き取り、忘れて来たかのように仕組んで携帯電話を隠し持っていたが、しのぶの指示もあり携帯電話を見付けたふりをして、必死に探しているひとみに渡した。ひとみは電話の操作ももどかしそうにベランダへ出て拓馬に電話をした。何度もの呼び出し音の後、やっと電話がつながった。

「もしもし」

 聞こえたのは拓馬とは違う男の声だった。

 数え切れない程拓馬に電話している。電話先を間違えるはずはない。だが確信が持てない。ひとみはおずおずと聞いた。

「拓馬の携帯ですか」

「拓馬? 塩田順一さんの携帯ですが」

 ひとみは塩田順一と言う名前は聞いたことがなかった。

「間違えました。すみません」

 ひとみは電話を切ろうとした。

「ちょっと待って下さい。あなた、小野ひとみさんですか?」

「そうですが、どうして私を知ってるんですか?」

「着信の名前だったんで。塩田順一さんをご存知ないんですか? この携帯番号、拓馬さんの番号なんですか?」

 着信に自分の名前が出るならば間違いなく拓馬の携帯だ。何か怪しい。素直に答えられない。

「あなた誰ですか? 何で拓馬の携帯持っているんですか?」

「私、警察の者ですが、このご時世電話は心配ですよね。事件がありまして少しお聞きしたいことがありまして、お宅へお伺いしたいんですがよろしいですか?」

 事件と聞いて警戒心が吹き飛び、ひとみの感情が乱れた。

「拓馬に何があったんですか? 教えて下さい。お願いします」

「直接会ってお話しします。お伺いしてよろしいですか」

「はい」

「少し時間が掛かりますがご在宅下さい。住所教えてもらえますか?」

 ひとみは住所を伝え電話を切り、あわてて部屋に戻り美紀にすがり付いた。

「拓馬に電話したら警察の人が出たの。拓馬に事件が起きたって。どうしよう」

 美紀も驚いた表情を見せたが、冷静に言った。

「ひとみ、落ち着いて。どうしたの。事件って何?」

「言ってくれないの。聞きたいことがあるからうちに来るって」

「誰が来るの?」 

「警察の人」

 ひとみは事件の二文字が頭の中を駆け巡り、不安に押し潰されそうだった。

 警察と事件。美紀に取って非日常的なことが身近に、現実に起こりそうなっている刺激的気分。美紀を少し浮かせた。美紀は成田での訳の分からない電話からしのぶが何か知っているのではないかと思い、しのぶに電話をした。

 しのぶが電話に出ると詰問するように早口で言った。

「しのぶ、何があったの。さっき留美に訳の分からないこと言って。拓馬に事件が起こったって警察から電話が来たの。何か知ってるんでしょ?」

「いきなり何言ってんの。訳分からないのはあんただよ。詳しいことは今日そっちに行って話すって言ったでしょ。拓馬に事件って、拓馬と関係ないあんたに何で警察から電話が来るのよ」

「あっ、ごめん。私も混乱してるみたい。ひとみが拓馬に電話したら警察の人が出たみたいなの。それで拓馬に事件が起きたって言われて。どんな事件か教えてくれなかったらしくて。しのぶ何か知らない?」

「何にも知らない。拓馬においしい話持ち掛けて、話はちょっと違ったけど、交渉がうまく行って、ひとみがなるべく傷付かないように拓馬が別れてくれるって言ったの。それから後、拓馬がどうしたのか何も知らない。何かあって拓馬がひとみに会う気がなくなったら、うまく行ったのが台無しになっちゃうよ」

「それまずいよね。何か聞きたいって警察の人が来るみたいだから、来たら聞いてみる」

「警察が来るの? 直接聞きたいから私もそっちへ行く。すぐ出るから」

 しのぶは修二に連絡をして状況を話し同行を求め、修二と一緒にひとみの住むマンションにやって来た。

 美紀に迎え入れられ部屋に入ると、ひとみはソファーに顔をうずめ、ふさぎ込んでいた。

 警察はまだ来ていない。

 美紀は修二を見て怪訝そうな顔した。しのぶは二人に修二を紹介した。

「修二さん、私の友達。男の人がいた方がいいと思って来てもらった」

 しのぶはひとみが覚えているかと思ったが顔も上げない。美紀を廊下に引っ張って行って小声で話した。

「修二は拓馬と同じクラブのホスト。ひとみのこと相談に乗ってくれて、あんたたちが海外旅行している時に拓馬と交渉してくれた人。拓馬を良く知ってるから来てもらったの」

 美紀はしのぶが修二を連れて来た理由を得心した。

 リビングに戻り美紀は四人分のコーヒーを淹れ、警察が来るのを待った。

 ひとみが拓馬に電話してから三時間程経ってインターホンが鳴った。美紀がモニターを見ると、刑事らしき二人の男が立っていた。美紀は返事をしてオートロックを開錠した。

 部屋に入って来た、濃い眉が印象的で温厚そうな中年の男と、短髪で色黒、引き締まった顔が精悍な印象を与える若い男の二人が、警察手帳を提示し藤尾、前田と名乗った。

 ソファーに座るよう促しながら美紀が聞いた。

「あの、刑事さんですよね」

「そうですが、何か不審な点でもありますか」

「いえ、刑事さんってテレビドラマでしか見たことなくて。すみません」

 刑事達は苦笑いした。

「この頃、刑事ドラマ多いですからね。良くも悪くも影響受けてますよ」

 美紀の質問に場の雰囲気はなごやいだ。

 美紀は刑事達のコーヒーを淹れにキッチンに行こうとした。

 なごやいだ雰囲気を破ったのはひとみだった。いきなり立ち上がると思い詰めた表情で、ソファーに座った刑事達の前に立った。

「拓馬に何があったんですか? お願いします。教えて下さい。会ったら話して下さるって言いましたよね」

 ひとみは電話で刑事に言った言葉を繰り返した。

「ひとみ、落ち着いて。刑事さん来たばかりだから。少しずつ聞いて行こう。座って」

 美紀はひとみをなだめて座らせた。

「あなたが電話で話した小野ひとみさんですか?」

 中年の刑事が聞いた。

 柔和な表情で、美紀達に刑事と言うよりは会社の優しい上司の印象を与えたが、その眼光は鋭かった。

「そうです」

「小野さんは電話で、塩田順一さんの携帯電話を拓馬の携帯って断言されましたがどうしてですか?」

「私の番号知っているのは拓馬だけですから。他の男性に教えたことはありません」

「でも電話会社に確認したら、間違いなく塩田さん名義の携帯電話なんですよね。拓馬って人が借りていたのかな。それとも偽名」

 ひとみは携帯が誰の名義かどうでも良かった。早く拓馬の安否が知りたい。焦れたひとみが声を荒げた。

「そんなことどうでもいいじゃないですか。早く拓馬に何があったのか教えて下さい」

「小野さん、あなたは拓馬さんのことを知りたがっていますが、塩田さんに事件が起きたのであって拓馬さんにではない。私達が知りたいのは、拓馬さんと塩田さんの関係です。知っていることがあったら話して下さい。その為にお伺いしたんですから」

修二が口を挟んだ。

「ちょっといいですか」

「あなたは?」

「金田光夫です。こちらの仁村しのぶさんの友人です。拓馬とも知り合いです。拓馬はホストの源氏名です。ひとみさんは源氏名を本名と思っていたんでしょう」

「そうですか。そっちの方はうとくて。合点がいきました。同一人物だったんですね。どちらのホストクラブですか?」

 修二は名刺を刑事に渡して言った。

「これで話してもらえますね」

「その前に小野さん、拓馬さんはあなたの彼氏ですか」

「はい」

 ひとみの即答を他の三人は不憫に思った。

「そうですか。大変辛いことをお伝えしなければなりません。気を確かに持って下さい。拓馬さん、いや塩田順一さんは殺害されました」

 一瞬、四人は凍り付いた。拓馬が殺された。拓馬が死んだ。何があった。三人は同時に同じ思いを持った。

 最大限の衝撃を受けたひとみは拓馬の死をすぐには信じられなかった。否定したかった。

「本当ですか。何かの間違いじゃないんですか。ねえ、そうでしょ。間違いと言ってください。お願いします」

 感情が抑えられなくなったひとみは、取り乱して刑事の膝にすがり付いた。眼から溢れる涙が刑事のズボンを濡らした。

 恋人、家族の死を伝える役目は何度やってもいやなものだと思いながら、刑事は優しくひとみの手を握った。

「辛いでしょうけど、現実を認めなくてはならないんですよ。さあ、ソファーに座って」

「美紀、拓馬が死んじゃった」

 ひとみは美紀の膝に泣き崩れた。

「今は小野さんから話を聞くのは無理でしょう。又改めてお聞きします」

と言って刑事は淡々と事件の状況を話し始めた。

 拓馬は六本木の、ある家のリビングで、家の持ち主である村井みどりを迎えに来た秘書に発見された。村井みどりも拓馬の遺体の横で胸を刺され死んでいた。拓馬は絞殺されており、誰に絞殺されたかは不明だ。

 刑事は話せる範囲のことのみ話し、村井みどりを知っているか皆に聞いた。誰も知らない。修二は拓馬の客なら店で見たかも知れないと言い写真を見せられたが、見たような気もするが印象に残ってないと刑事に言った。

 自分の店を持つ援助してくれる人がいると拓馬は言っていたが、その人かどうか分からない。

 拓馬と親しいホストがいるので呼びましょうかとの修二の話に、刑事はホストクラブで関係者全員から聴取したいと断った。塩田順一の住所は知れたが、一人暮らしで遺族や知人が判明しない為調査をしていたところだったので、塩田順一の情報聴取と遺体確認をお願いしたいと、警察署への同行を修二に依頼した。

 側で聞いていたひとみが、拓馬に会いたい、自分が行くと言い張ったが、醜い死に顔をひとみに見られたいと拓馬が思うか、警察から帰って来てきれいな顔になってから会えば良いと美紀に説得され、ひとみはあきらめた。

 修二は同行を承諾し、好奇心旺盛なしのぶは修二に、警察署を見てみたいから自分も一緒に行くと不謹慎な要求をして、又連絡すると言い残し刑事達と共に部屋を出て行った。

 修二は警察署で拓馬とひとみの関係を刑事達に話した。二人はホストと客の関係で、彼氏と思ってるのはひとみの一方的な思い込みであり、拓馬の本当の姿は何も知らない。ひとみは今日の朝日本に帰って来たのでアリバイもある。そっとしておいてやって欲しいと頼んだ。

 ホストはあんな純な娘を騙すのか、非道い奴等だと修二のことも忘れ憤った刑事達は、修二の頼みを了承した。

 部屋に残ったひとみは涙も涸れ、動転を通り越し放心状態になっていた。

 美紀は旅行の疲れを癒す暇もなく、起きた出来事を反芻していた。

 これで間違いなくひとみは拓馬と別れ、大怪我をすることもなく救われた。だが結末が良くない。いや良いのか。ひとみの恋愛は恋人の死と言う悲恋に終わった。心は張り裂けそうな程の痛みを負っているだろう。このまま真実を知らせなければ、ひとみに取って悲しく、辛い、だが美しい恋の記憶になる。ひとみが立ち直れば。

 美紀は、茫然として眼の光もなく、人形のように座るひとみを見た。

 こんな状態のひとみが自分のケアで立ち直れるだろうか。時の経過が心の傷を癒すと言うが、自分はそんな酷い傷を負ったことがないから分からない。とにかく今はひとみと一緒にいてやることが大切だ、しのぶにも相談してみようと美紀は思った。

 ひとみはベッドに入っても、拓馬への思いが駆け巡りまんじりともしなかった。成田からの帰りに抱いた不安は消し飛んでいた。そんな不安はもうどうでも良かった。

 拓馬の顔が思い浮かぶ。体の温もりが甦る。もう一度だけでいいから拓馬に会いたい。だがもういない。だけど会いたい。拓馬のいない世界など考えられない。なぜ死んだのか。刑事は絞殺されたと言った。苦しかっただろうな。殺されて悔しいだろうな。可哀想な拓馬。だれが拓馬を殺したんだ。拓馬と自分にこんな苦しみを与えたのは誰だ。許せない。愛する拓馬を自分の前から奪い去った奴が許せない。ひとみは一晩中同じような考えを繰り返し、拓馬を殺した者への憎悪が膨らんで行った。

 翌日、ひとみは拓馬と親しかったホストに会いにホストクラブへ行くと美紀に言った。

 ひとみの顔に生気が戻り、涙と不眠で眼は腫れぼったくなっていたが異様な光を放っていた。

 ひとみは自分で拓馬を殺した奴を見付けると言った。反対してもひとみは聞く耳を持たなかった。とりあえず美紀は好きなようにさせることにした。

 美紀はしのぶにホストクラブに来てくれるよう電話をした後、今日からのキャバクラ出勤を思い出した。もうキャバクラで働く必要がなくなったから辞めようと思ったが、無断で辞めるのも大人気ないので、キャバクラに寄り、店長にあれこれ言われても動ぜず、辞めると宣言して店を出てホストクラブへ向かった。


    -2-


 Purple Angelでひとみは修二から翔を紹介され二人で話していた。

 美紀達は近くのテーブルに座り、美紀が小声でしのぶと修二にひとみの様子を話した。

「朝起きて来たひとみを見てびっくりしたの。眼は腫れぼったくて、やっぱり眠れなかったんだなと思ったんだけど、顔色が全然変わってて、こんなに早く一晩で立ち直れたのかと喜んだんだけど突然、私が拓馬を殺した奴を見付けると宣言するの。そんなの無理だから警察に任せなさいって言っても、見付けてどうするのって聞いても、私の言うこと何も聞かないからあきらめちゃった」

「いろいろ考えちゃったんでしょうね。考えるだけで辛くて、でも考えちゃって。分かるような気がするけど。喪失を憎悪に転化しっちゃたのね、きっと。いつまでも嘆き悲しんでるよりいいんじゃないかな」

 しのぶがしみじみ言った。

 美紀が聞いた。

「そうしつをなんとかって何」

「しっかり聞きなさいよ。喪失を憎悪に転化って言ったの。あんた馬鹿じゃないんだけど、言葉を知らな過ぎるんだよね。小学生並だよ。拓馬を失った悲しみを憎しみに変えちゃったてこと。分かった」

 遠慮ない指摘に、気の強い美紀も黙っていない。

「何よ、そこまで言うことないでしょ。あんただって知識があるだけ分別臭くて、おやじギャルじゃない」

「何、おやじギャルなんて昔の死語使ってんのよ。ボキャブラリー不足丸出し」

 大人気ない口喧嘩に修二が割って入った。

「二人とも、言い合いしてる場合じゃないと思うけど」

「修二も意味分かってたの」

「いや、それは」

「そうだよね。言い過ぎた。私の悪い癖。美紀ごめん」

「私のボキャブラリー不足は事実だし。いいよ」

 二人の口喧嘩は陰湿でない分切り替えも早い。美紀がしのぶに相談しようと思っていたことを言った。

「私、ひとみに取って、真実を知るよりも恋人が死んじゃう辛く美しい悲恋物語で終わらせた方がいいと思ったの。だけど、どうやって立ち直させられるかが分からなくて、しのぶに相談しようと思っていたんだけどね。ひとみの様子見てると元気になったのはいいけど、何か違う方向に行きそうな気がして」

「美しい悲恋は、悲しさに耐え切れず恋人の後を追って自殺しちゃう危険もあるよ。ひとみは自分でそんな弱い女じゃないって証明したけど。犯人を見付けようとしてたら、必ず真実も見付けちゃうよ。でも今、ひとみは悲しみを憎しみに変えて、拓馬の死に向かい合おうとしている。だから真実を知っても、他人から聞かされたことでなくて自分から知ろうとしたことだから冷静に受け止められると思う」

 しのぶはひとみの声を真似た。

「拓馬がどうあれ、騙されて愛したとしても、何を悲しむことがあるの。私の心に生まれた愛に偽りはない。真心から人を愛する心を知ることが出来た。今まで知らなかった本当の愛の心を。とかひとみだったら言うんじゃない」

「そうかな。ひとみそこまで冷静でいられるかな」

「さっきも言ったけど、ひとみはそんな弱い女じゃないよ。それにしても美紀っていい奴だよね。ひとみを自分のことのように心配して。前にも言ったけど女同士でも本当の親友っているんだなって」

「私、気が強くて、ぶっきらぼうで、言いたいこと言うから友達が出来なくて。ひとみとは何だか気が合って。初めて出来た気の合う友達なの。だから大事にしたくて。しのぶとは言いたいこと言い合えて、頼りになって、勝手に私の大事な友達と思ってるよ」

「ありがとう。私にも頼らせてよね」

 友情談義を終えるようにしのぶが続けた。

「修二、刑事この店に来たの」

「昨日、警察からしのぶさんは家へ帰って、俺は直接店に来たじゃない。帰る時に呼び止められて一緒に店に来て、全員から事情聴取してたよ」

 美紀が聞いた。

「ひとみもこれからいろいろと聞かれるのかな」

「それは大丈夫。拓馬とひとみさんの関係話して、ひとみさんは何も知らないし、拓馬が殺された時にはタイにいたから、事件の関係者から外して欲しいと頼んだら、ひとみさんの状態を見てる刑事は納得してくれた」

「そう、良かった」

「でも今のひとみなら、自分から刑事に会いに行くんじゃない」

 しのぶの指摘はもっともだと二人は思った。しのぶが続けた。

「何て名前だったっけ。そう村井みどり。テレビのニュースでエステやネイルサロンの経営者って言ってたけど、拓馬との関係とか分かったの?」

「翔が拓馬から、援助してくれる客はエステ関係の会社の経営者だと聞いていて刑事に話したら、刑事が全員に村井みどりの写真を見せて、見た目が若いけっこうな美人でね。拓馬のヘルプが顔覚えていてビンゴだったんだよ。そこまでは俺にも分かったんだけど、刑事のガードが固くてね、それ以上は分からない」

「イケメンホストと美人女社長の謎の死。ホストは絞殺され、女社長は包丁で胸を刺され、殺害方法が違う謎の事件って二ユースでやってたけど、マスコミに取って、ミステリアスで視聴者の興味を煽り立てるには格好のネタよね。警察も早くケリをつけたいでしょうね」

「翔から聞いたんだけど。昨日、営業が終わってから、グループ関係なく拓馬と親しかった奴等が、こんな時だからアフターも断って、一緒に飲みに行ったんだ。そこでいつも拓馬のヘルプをしている奴が、さっき言った奴ね、村井みどりが言っていた言葉を思い出したんだ。愛している男に裏切られてから人を信じるのをやめていた。でも拓馬に会えて人を信じてもいいかなと思った。そう言っていたらしいんだ。村井みどりが愛して憎んだ男がいたってことでしょ。新事実だよ」

「でも拓馬の気を引く為の嘘かも知れないよ」

「拓馬はね、初めて出会った聡明な女性って言っていたんだ。拓馬も女についてはプロだよ。嘘だったらすぐ見抜くし、聡明な女性と思ったりしない」

 修二としのぶは、身近に起こった殺人事件の謎解きに興味をそそられていた。美紀も興味津々で聞いていた。

「拓馬を殺した奴を見付けようとしてくれてるの? それとも謎解きの探偵ごっこ? 拓馬が死んだばっかりなのに冷たい人達よね。で、その男って誰だか分からないの?」

 三人は、はっとして振り返ると、いつもの控えめさが消えた、凛としたひとみがそこに立っていた。翔を従えて。

 三人は気まずい雰囲気になったが、ひとみは気にもせず修二の隣に座った。

「まあ謎解きでも何でもいいわ、殺した奴が見付かるなら。私も翔から聞いたけど、修二はその情報を持って今日、刑事に会いに行ったんでしょ」

 問われた修二は苦い顔をしていたが、気を取り直して答えた。

「この話を捜査の状況を聞きだす駆け引きの道具にしようと思ってね、新事実を話すから捜査の状況を教えてくれって言ったら、話せることしか話せないって素気なく断られた。仲間が殺されて俺たちも悔しいから、早く犯人を逮捕出来るよう最大限の協力をしたいと粘ったら、気持ちは分かるが捜査は警察の仕事だ、情報をもらうのは有り難いから今日持ってきた情報を話してくれって言うんだ。刑事さんが俺達の気持ちを突っぱねるから、もうやる気がなくなったと言って何も言わずに帰ろうとしたら、止められてね。部外者へ捜査情報を漏洩させてばれたら大変なことになる、協力には本当に感謝している、これからも情報提供の協力をお願いしますって言われて、こっちの情報収集をあきらめた」

 ひとみは黙っていたが、しのぶが相槌を打った。

「駆け引き失敗ね」

「しょうがなくて新事実を話した。意外だったようで、今の所、村井みどりには男の影はないって言うんだよ。わざわざ警察まで行った、たった一つの収穫かな」

 しのぶが疑問を口にした。

「拓馬も? それっておかしいんじゃない。店を持たせる程の関係なら店以外で会ったりするでしょう、ふつう。村井みどりって徹底した秘密主義者なんじゃないの。だから男の影が見えない」

「そうだよ……」 

修二とひとみの話すタイミングが重なり、修二が譲った。

「警察も男の存在を知らないのね。私、明日村井みどりの会社へ行ってみる。しのぶ、付き合って。あなたの母親が村井みどりと昔から懇意にしていて、ここ数年はお互い忙しくて会っていなかったけど、ニュースを見て驚いて、母に頼まれて代理で来た。母親はニムラの社長って言えば、役員クラスが応対するでしょ。それで村井みどりの男関係をそれとなく聞けば何かわかるかも知れない」

 美紀が単純な疑問を口にした。

「ひとみ、社長が死んじゃったんだから、会社やってないんじゃないの」

「あっ、そうか」

 しのぶがあきれ顔で言った。

「あんた達馬鹿じゃないの。本当に世間知らずのお嬢様だよ。社長個人と会社は別物。休む訳ないでしょ。でも、それいいかも。警察に話さないことも話すかもね」

「それじゃ私、用済んだから帰るわ。会社の場所調べておくから、しのぶ明日お願いね。電話する」

 そう言ってひとみは席を立つと、しのぶが引き止めるように言った。

「これから帰ったってやることないでしょ。もう少しここでリラックスしていけば」

「会社のこと調べなきゃいけないし、そんな気分にならないから。じゃあ」

「私も帰る。じゃあね」 

 翔が見送りの為、ひとみをエントランスへエスコートして去った後、美紀もひとみの後を追うように帰って行った。


    -3-


 翌日、ひとみとしのぶは村井みどりの会社に足を運んだ後、六本木警察署に来てひとみのマンションに来た中年の刑事、事件担当の藤尾に会っていた。

「小野さん、顔の色が良くなられましたね。良かった」

「ありがとうございます」

「ところで今日は何ですか。あなたにお話を聞くことはありませんが」

「実は私達、村井みどりさんの会社に行って来たんです。村井さんの男関係何か掴めないかと思って」

 藤尾の柔和な顔が急変し、娘を叱るように語気を強めた。

「あのホストの青年にも言ったが、捜査は警察がやるんだよ。素人の君達はよけいなことをしなくてよろしい。知ってる情報を隠さず提供してくれればいいんだ。危険な目にでも遭ったらどうする」

「すみません。でも、いても立ってもいられないんです。拓馬を殺した奴を見付けるのに少しでもお役に立てたらと思って」

 ひとみの思いつめたような表情に、藤尾は柔和な顔に戻り、諭すように話した。

「気持ちは分かるけどね、私達は犯人逮捕に全力を尽くしているから、警察を信じていなさい」

 しのぶが口を挟んだ。

「おっしゃった情報提供なんですが、今日その為に来たんです。村井さんの会社で私達素人だからこそ分かった情報があるんです」

 反骨精神旺盛なしのぶの皮肉っぽい言い方に、藤尾はむっとしたが表情は変えずに聞いた。

「何ですかな、情報とは」

 ひとみはしのぶの直截的な物言いに次は何を言い出すのかと、はらはらして困惑の表情を隠せなかった。

 そんなひとみを藤尾は自分への気遣いと感じ、騙されていたとも知らず犯人を見付けようとするひとみの健気な心に触れ、日頃は心が(けが)れ切った犯罪者との関わりを余儀なくさせられている藤尾に取って、ひとみの無垢な心が一服の清涼剤となり、藤尾らしくもなくひとみを庇護し望みを叶えてやりたいと思った。藤尾の好みのタイプであることも力を貸したのだが。

「ひとみ、言いなさいよ」

 しのぶに突然振られてひとみは口ごもった。

「えっ、あの、刑事さん。取締役の嶋野さんって方に会われました?」

「いや、部下に会社に聞き込みに行かせたが、休みで、一ヶ月くらい会社には来ていなようで誰も会っていないね」

「そうですか。その嶋野さんが応対して下さって。村井さんとは会社を大きくし始めた頃に知り合って、今では村井さんの右腕だとか話して下さいましたが、応接室で会ってびっくりしたんです。この写真見てもらえますか」

 ひとみはしのぶを促し、しのぶの母親に見せる為と偽り撮影した写真を携帯電話に表示させ、藤尾に見せた。

「この人、誰かに似ていませんか」

「う~ん、被害者の塩田さんに似ているような気がしますね」

「そうなんです。拓馬にそっくりなんです」

「そっくりとまでは行かないけどね」

「顔だけが似ているんじゃないんです。雰囲気が同じなんです。私、拓馬に会ってるような気がして、泣きそうになりました。この人は拓馬じゃないって自分に言い聞かせるのが辛かった程です。付き合って来た女だからこそ分かる拓馬と同じ匂いを嶋野さんにも感じたんです。その時私思ったんです。村井さんもそうだったのかなって。私とは逆に拓馬に嶋野さんの匂いを感じたんじゃないのかなって」

 藤尾はひとみの言っている意味が良く分からない。

「どういうこと?」

 話したくてうずうずしていたしのぶが、ここぞとばかりにひとみの話を引き取った。

 藤尾は苦い顔になった。

「ひとみの感覚、私も分かるんです。女の感性ですね。ひとみが、村井さんがホストクラブで拓馬を選んだのは、拓馬に嶋野さんを見たからじゃないかって言うんです。村井さんと嶋野さんに男と女の関係があったんじゃないかって」

「言った本人がここにいるんだから、ひとみさんから話してもらいましょうよ」

「ひとみは女の勘だけなんです。考えるのが私の分担です。村井さんと嶋野さんが男と女の関係だったのは間違いないと思います。でも二人の関係が順調だったら、村井さんがホストクラブへ行って、嶋野さんの匂いのする拓馬に店を持たせるなんて美味しい話をして、拓馬を自分の物にしようとなんてしませんよね。二人の関係は何かの理由で破局したんじゃないですか。村井さんは諦め切れずに、嶋野さんの匂いがする拓馬を求めた。村井さんが裏切られた男は嶋野さんですよ。今回の事件は男女の愛憎劇なんじゃないですか」

 藤尾は、本職の刑事に自分の推理を臆面もなく話すしのぶの大胆さに半ばあきれ、半ば感心して聞いていた。

「大した推理力だ。ミステリー作家になれるんじゃないですか。でも現実の事件はそんな推理通りには行かない。好き合っていればデートもするでしょう。聞き込みをしても、村井さんが男と二人でいた目撃情報は出て来ない。塩田さんは村井さんの単なる好みだったんじゃないのかな」

 しのぶは食い下がった。

「じゃあ、好みの拓馬とデートもしなかったんですかね」

「ホストとは店以外で会わんでしょ」

「そんなことありません。刑事さんだって、キャバクラとかクラブ行ったらホステスとデートしたいでしょ」

「……」

「ホストクラブも同じです。客は好みのホストと同伴とかアフターとか、店の外で食事するんです。村井さんは男性関係がばれないように完璧にコントロールしていたんでしょうね」

「社長の立場か」

「それに、村井さんの好みのタイプが拓馬だったら、嶋野さんを好きになっちゃうんじゃないですか」

「ん~」

 藤尾は言葉に詰まった。素人の小生意気な小娘の言うことに納得するのは癪に障るが、一理も二理もある。曖昧に言うしかなかった。

「まあ、仁村さんの考えも参考にさせてもらいますよ」

 しのぶの顔にかすかな笑みが浮んだ。

「ところで刑事さん、さっき嶋野さんは休みで一ヶ月くらい会社に来ていないとおっしゃってましたけど、随分長い休みですね。病気ですかね。今日会った時にはそんな感じありませんでしたけど」

「いや、会社には、長期休暇を取るから一切連絡するなと言って休んでいたそうだよ」

「でも、社長が急死した連絡があって、休んでなんかいられなくなって、会社に出て来た」

「今回の事件の連絡をしたのか聞いたら、連絡出来ないらしいんだな。前からも何度か電話しても繋がらなかったようでね」

「そうですか。連絡が取れなかったんですか。ニュースか何かで事件を知ったのかな。それにしても、病気でもないのに長期休暇って不自然じゃないですか。社長の右腕が会社を一ヶ月も休めます?」

「人の会社のことは分かりませんな。休み始めてから二、三日は村井さん不機嫌だったそうで、喧嘩でもしたのかね」

「それですよ。それこそ重要な情報です。その時に二人の関係が破局する何かがあった」 

「何が」 

 藤尾はしのぶの状況に対する深い認識に引きずられ、小生意気な素人のしのぶにペースを握られて捜査情報を話している自分を自覚していたが、不快感はなく、捜査の進展の為には何でも生かす、刑事藤尾の真骨頂を発揮していた。

「わかりません。だけど嶋野さんの突然の休暇、その時からの村井さんの社員に隠せない程の不機嫌。何かがあったと思う方が自然ですよね」

「そうですな」

 藤尾はしのぶの考えを余す所なく話させようと思った。

「その時に別れ話になった。どちらが発端か分かりませんが。嶋野さんは村井さんの前から姿を消す為に休み始めるなんて突拍子もない行動に出たのは、嶋野さんが村井さんを好きで別れたくなくて、精神的に揺さぶりを掛けたんじゃないですかね。それで会社を辞めない理由も分かります。幼稚で子供染みてるけど、効果はありますよね。突然、嶋野さんを失った気持ちになった村井さんは、別れると言ってしまったから嶋野さんを追えない。女のプライドですよね。村井さんは未練から寂しくなり、寂しさを紛らわそうとホストクラブへ行って嶋野さんの匂いがする拓馬に出会って、店を持たせる約束までして拓馬に嶋野さんの代わりを求めた。ここまではほぼ間違いないと思います」

 しのぶは真っすぐ自分を見詰め、話を聞いてくれる藤尾に満足し、藤尾が出してくれた缶コーヒーで口を湿らせた。

「拓馬は村井さんを心から自分を応援して援助してくれる人として尊敬していたんです。村井さん、見た目若いですけど年、三九ですよね。若さで行けなくて、大人の女性をアピールして拓馬にアプローチしたけど、女性じゃなく人間として尊敬されてしまった。でも村井さんは拓馬に嶋野さんの代わりを求めたんでしょう。そんな関係では村井さんは満たされませんよね。嶋野さんの代わりはいないと思った村井さんにもう拓馬は必要ない。会って話すのも面倒なので、店を持たせる話を電話で断った。嶋野さんへの思いが募った村井さんは、我慢しきれなくなって嶋野さんに電話した。待ってましたとばかりに電話に出た嶋野さんを自宅に誘った。そこへ店が持てなくなると焦った拓馬が、真意を確かめようと村井さんの家に来て、嶋野さんと鉢合わせしてしまった。突然現れた拓馬を嶋野さんは村井さんの男だと嫉妬し、長く村井さんからの連絡を待っていたストレスもあり、喧嘩になって逆上して拓馬を絞め殺した。拓馬に後ろめたさがある村井さんは、拓馬を殺した嶋野さんを激しく責めた。逆上している嶋野さんは男を作ったのかと村井さんをののしり、首を絞めようとした。何とか逃れた村井さんはキッチンに逃げて包丁で威嚇しようとしたけど、逆に刺されてしまった。三角関係のトラブルで殺人が起こったんです」

 もはや推理とは言えず想像が暴走している。現実の殺害状況も知らずよくここまで想像出来るな、所詮は素人だと藤尾は思ったが、真剣に話させた手前、無下に話をやめさせることも出来ず、それとなく話を終わらせようとした。

「ここ最近、嶋野さんに電話した履歴がない。話はもうこの辺にしましょう」

 考えに夢中になっているしのぶは終わらせない。

「電話も公衆電話じゃないですか。用心深い村井さんならそうするかも」

「えっ、公衆電話。まあ悪いことをしようって訳じゃないんだから、そこまでしないでしょう」 

 公衆電話と言われ藤井は意表を突かれたが、しのぶに話を合わせた。

「メールはどうですか」

 現場にあったみどりの携帯電話に嶋野へのメールの履歴はなかった。

「メールね。ありませんでしたな」

「メールの履歴を削除してあって、携帯に履歴残ってないんじゃないんですか。村井さんならそうしますよ、きっと」

 良く頭の回る娘だと藤尾はあきれ、面倒臭くなって来て、いい加減に答えた。

「そうですな。電話会社で履歴調べてみましょう」

「絶対ありますよ。あっ、そうだ。嶋野さんの受信履歴調べたらどうですか。本人の携帯見るのも面倒でしょうし、受信先の電話会社のメールサーバーにデータ残ってるって何かで見ました。それが手っ取り早いですよ。今、営業とか会社が社員に携帯持たすでしょ。私の母もそうです。会社にアドレス情報ありますよ、きっと」

 藤尾は又、意表を突かれた。しのぶの想像に信憑性はないが、村井との関係は信じられる。何か出るかも知れない。調べるに値する。

「そうですね。早速確認させましょう」

 有名女子大生で、服装と物おじしない言動から、かなりの金持ちのお嬢様と思っていたのに母親が営業で働いている。刑事の性分で、藤尾は余計なことと思いつつ、興味をそそられて聞いた。

「お母さん、営業で働いているんですか。女性で営業、大変ですね」

 しのぶは変な所に食い付いて来たなと思ったが、表情を変えず答えた。

「ええ、そうみたいですね」

「女性だと、アパレル業界とかですかね」

 今まで黙って二人のやり取りを聞いていたひとみが、どうでも良い話を終わらせようと口を挟んだ。

「しのぶのお母様は営業社員じゃありません。社長さんなんです。ニムラって会社ご存知ですか?」

 藤尾は三度目の意表を突かれた。

「えっ、あのニムラの。余計なこと聞いてすみませんでした。営業って言われたのでつい。格式高さで有名な仁村一族の方ですか」

 二人には、心なしか藤尾の態度が変わったように見えた。しのぶは身分を明かされるのが不快であったが、ひとみに意図して権威を利用するような器用さなどあるはずもなく、結果的に刑事との今後の関係に有利に働くと思い良しとした。

 しのぶはことさら何も気にしていない様子を見せた。

「私こそすみません、言葉が足りなくて。でも社長も営業みたいな仕事でございますので」

 しのぶは、藤尾に格式高い一族の娘と見られていると思って、変な言葉遣いになってしまった自分に恥じらい顔を赤らめた。

 しのぶのそんな様子を意にも介せずひとみが言った。

「あの、メールの結果いつ分かるのですか?」

 藤尾はまずいと思った。このまま行ったら捜査情報を皆話さなければならなくなる。

「事件に関わる内容はお知らせ出来ませんな」

 しのぶが噛み付いた。

「それはおかしんじゃないですか。私が提案したことですよ。美味しい所だけ取って、後は無視ですか。納得出来ません。今までの私の話なかったことにしてください。使ったらアイデア盗用ですからね」

 藤尾は何て向こうっ気が強い娘だと思ったが、確かにこの娘の考えたことに違いはない。

「まあ、そうおっしゃらず、協力して下さい。情報漏洩になるんで」

 又、ひとみが口を挟んだ。

「しのぶのお爺様、警視庁の偉い人に親しい知り合いがいるそうです」

 長年財界の有力者であった祖父ならばそのような人脈もあるだろうし、ひとみに会わせた時に話したかも知れないが、あのひとみがまさか権威を利用した駆け引きを仕掛けるとは思ってもおらず、本当に変わったのだと美紀は驚きの眼でひとみを見た。

 藤尾は違う捉えかたをした。しのぶが祖父に話し、警視庁の幹部に知れると自分の立場が悪くなるから考えろと、ひとみが助言してくれたと思った。

 ひとみに好感を持つ先入観からか、藤尾はそう思った。これが権威の利用そのものなのだが、二人にひとみの真意は分からない。

「上にどう思われようが構いませんがね。マスコミに発表する程度の事実はお話ししましょう」

「分かりました。メールで何か分かりましたら話せる範囲でいいんで、連絡下さい」 

 しのぶは完全には納得出来なかったが、刑事にも立場があるだろうと引き下がり、携帯電話番号を教え美紀の待つマンションへ帰った。

 マンションに帰ったしのぶは、美紀に状況を話した。

 美紀は話を聞いていて、しのぶが現実に殺人事件に遭遇し、又とない機会に興奮し、事件の推理を楽しんでいるようにすら感じた。

 美紀は事件に興味を持ってはいたが、ひとみの問題が解決すれば事件などどうでも良かった。だがひとみは犯人への憎悪に取りつかれている。どうでも良い態度は取れない。

 しのぶは、今日は帰りたくないと言い、ひとみのマンションに泊まった。

 翌日、昼過ぎても藤尾からの電話がなかった。ひとみが焦れ、藤尾の名刺を探し電話をした。

 何コールか後、藤尾が出た。

「もしもし」

 声からあわただしさが感じられる。

「藤尾さんですか? 小野です。メール、何か分かりましたか?」

「今忙しいんで、後にしてもらえませんか」

「私達だってずうっと待っていたんです。何か分かったらお話して下さるって約束していただきましたよね」

「これから嶋野貴史を任意で呼んでの事情聴取で、小野さんと話している暇ないんだよ。あっ」

 藤尾は思わず余計なことを話してしまったと後悔した。権威の効果が作用しているせいなのか、藤尾は一方的に電話を切る訳にも行かず、何か話さないと電話を切れないと思い、最低限の事実を言うことにした。

「電話会社に開示してもらったが、嶋野の携帯メールに村井さんからのメールがあってね。携帯の電源が切られていたのか、未受信でね。嶋野の犯行を疑うのに充分な内容のメールだった。あなたが嶋野に気付いてくれなかったらメールは見付からなかった。感謝してますよ」

「だったらもう少し詳しく話して下さい」

「今はこれ以上無理ですな。マスコミがうるさいんで、夕方発表する予定の同じ内容を電話で話しましょう。それで約束を果たします。ああ、それから今後、私への電話はご遠慮下さい。では」

 ひとみの電話が終わるのを待っていたしのぶがすぐに聞いた。

「どうだって」

「村井さんからのメールが見付かって、嶋野さんの犯行を疑うのに充分な内容だそうよ。もっと詳しく教えてって言ったら、これ以上は教えられないって言われた」

「それだけじゃ何だか分からないじゃない。もっと食い下がらなくちゃ」

「夕方マスコミに発表するから、その時に内容を電話して約束を果たすって。それからもう電話するなって言ってた」

「どこまで発表するかだけど、私の言った通りになったからまあ、いっか」

 しのぶは満足そうに言った。だがひとみの表情に不満の色が見て取れた。

「まだ嶋野さんが拓馬を殺した奴かどうか分からないでしょ。逮捕されてないし。村井さんの相手には間違いないけれど」

 しのぶが反論した。

「何言ってるの。疑うのに充分なメールだよ。警察だっていい加減には決め付けないよ。嶋野が犯人で決まりで逮捕だよ」

 美紀がひとみの心情をおもんばかってフォローした。

「そうだよ、ひとみ。嶋野が拓馬を殺した奴だよ。それに、ひとみが気付いたから村井さんのメールがあるのが分かったんだから、ひとみが拓馬を殺した奴を見付けたんだよ。ひとみの思いが叶ったの」

「そうかな」

 美紀にそう言われて、ひとみは拓馬を殺した奴を必ず見付けてやるとの自分への誓いが成し遂げられられたのかと思ったが、達成感は微塵もなかった。

 拓馬に似た嶋野の顔が思い出された。ひとみの無意識は嶋野の顔から拓馬の面影を無理矢理剥ぎ取り、デフォルメした殺人者の醜悪な嶋野の顔を脳裏に思い描いた。殺してやりたい。心にふつふつと込み上げる殺意をひとみは抑えることが出来なかった。

 美紀は表情の変化から、ひとみの感情の動きを察した。

「ひとみ、嶋野に恐ろしいこと思っちゃ駄目だよ。そんなこと思ったら嶋野と同じになっちゃうから。あなたは心の綺麗な優しい女の子なんだから。それに、二人も殺してるんだから嶋野死刑だよ」

 しのぶも美紀の言葉でひとみの感情に気付いた。

「そうそう。ひとみから優しさ取ったら何が残るって言うの」

 二人の言葉をひとみはうつむき、黙って聞いていた。


    -4-


 嶋野は無味乾燥な警察署の取調室で、身構えるように体を硬くして、緊張気味な表情で聴取を受けていた。

 藤尾の部下の前田が嶋野の前に座り、藤尾は嶋野の横に立ち、見下ろしていた。

 前田が嶋野に塩田の写真を見せ反応を窺った。

「嶋野さん、この写真の人、塩田さんとはお知り合いですか?」

「いえ、知りません。会ったこともありません。ああ、殺された男性ですね。ニュースで見ました」

「村井さんとは社長と役員の関係ですよね。男女の関係はありませんか?」

「失礼だな。私と社長は上司、部下の関係ですよ。それに私は一ヶ月前から休暇を取っていて、その間一回も会っていませんよ」

「そうですか。それにしても、役員が一ヶ月も休めるとはいい会社ですね。それとも村井さんとトラブルがあって休んでいたとか」

「そんなことある訳ないでしょう。長い間休みもなく働いて疲れちゃいましてね。だから骨休めですよ」

「あなただけが休みなく働いていたのですか?」

「そりゃ、社長はワーカホリック、仕事中毒でね。休日でも、盆暮れも、会社に出て来ない日はないですよ。私も引きずられて疲れちゃいました。社長にも休めって言ってたんですがね」

「村井さん、あなたが休んでからしばらく不機嫌だったそうですよ」

「休み方がちょっと強引だったからじゃないですか」

「村井さんが承諾してくれなかった。部下が上司に逆らったんですか。私達は上司命令に逆らったらただじゃ済みませんけれどね」

「今まで馬車馬みたいに働いて。会社の経営はほとんど私がして来たようなもんです。社長は私に逆らえないんですよ」

「逆らえない理由はそれだけですかね」

「何が言いたい」

「いや、別に。会社の実質的社長は嶋野さんだとおっしゃられる。現社長の村井さんが亡くなり、これで嶋野さんが名実ともに社長になれて良かったですね」

「不謹慎なことを言うな。不愉快だ。任意だから帰っていいんだろ。そのくらいは知ってるぞ」

 嶋野は立ち上がり帰ろうとした。

「まあまあ嶋野さん、失礼な部下ですみません。こんなだから、こいつはいつも揉め事を起こすんですよ。注意してるんですけどね。前田、少し黙っていろ。俺と代わろう」

 藤井が嶋野をなだめて座らせた。

部下の前田に代わって、藤尾が嶋野の前に座った。

「事件があった、一七日の午後三時から八時の間どこで何されてました?」

「アリバイですか。こんな所まで来させて。私、疑われているんですかね」

「皆さんに聞いているんで」

「家にいました」

「家ではお一人でしたか」

「洋子といました。田村洋子、経理の社員です。前日二人で食事をして、私の家に泊まりました」

「そうですか? 私への報告では社員の方々への事情聴取で、嶋野さんと会っていたと言う話はなかったですがね。前田、どうだ」

「私が聴取したから間違いありません」

「会社内の付き合いなので、私とのことは内密にするように言ってあるんです。食事したのは麻布のイタリアンの店です。もう一度聞いて下さい」

 前田は調査資料を見た。

「あれ、おかしいですね。田村洋子さんは、一七日は休日出勤していたと聞いていますが」

 嶋野の顔に一瞬動揺が走った。前日に会ったのは事実だが、泊まっていない。翌日仕事だとは聞いていなかった。

 嶋野は捜査の眼が自分に向くとは思ってもいなかった。任意同行を求められた時、アリバイを聞かれると思った。煩わしい聴取を早く終わらせたい。アリバイがあれば早く終わる。洋子に証言を頼もうとしたが刑事が離れず話せなかった。

 頼めなかったが、洋子ならアリバイを聞かれたら機転を利かせて自分といたと証言してくれる、そう思っていた。それだけのことを洋子にしている。だが、まさか休日出勤していたとは。証言などあり得ない。洋子はなぜ言ってくれなかったのか。嶋野は自分の詰めの甘さを悔やんだ。

「えっ、そうでしたか。あの日は家で夜中まで飲んで、飲み過ぎて酔っ払っちゃって、夕方まで寝ていたんで。眼が覚めたら洋子がいなくて、気を遣って私を起こさないように黙って帰ったと思っていたんで。そうでしたか」

「困りますね、いい加減なことを言われて。あなたのお話の信憑性が疑われてしまいますよ。それでお一人だったんですか?」

「だから夕方まで寝ていました。証言してくれる人はいません。アリバイなしですよ。これでいいですか?」

 嶋野は嫌味っぽく言った。

「そうですか。ところで村井さんからあなたに送られた携帯メールが見付かったんですが、未受信のようですね」

 嶋野は不快感を露にした顔をした。

「そこまでやるんですか。プライバシー侵害でしょ」

「正規の手続きを取ってやっています。何で受信しなかったんですか?」

「携帯電話をプライベート用にもう一台買いましてね。せっかくの休暇に仕事の連絡は煩わしいので、仕事用は電源を切っていたんですよ。一週間に一度は見るようにしていましたがね。スマホいいですね。もう普通の携帯なんか使えませんよ。今はスマホを仕事用にして、会社の携帯は家の引き出しに仕舞いっぱなし。会社に返さなくちゃいけないんですけどね」

「村井さんはそのことを知ってました?」

「会社の上司に、プライベート用の番号教える奴いますか?」

「部下から嶋野さんが電話に出ないって聞いていて、メールにしたんですかね」

「はあ?」

「いや、私のひとり言です。前田」

 藤尾に指示され前田はおもむろに、電話会社から開示された村井みどりからのメール内容をプリントした紙を机に置き、嶋野に指し示した。そこには、メールに添付された携帯電話で撮ったと思われる、拓馬の死体の他写真数枚と、メール本文がプリントされていた。送信時間は六時少し前だった。

「これは村井さんからのあなた宛のメールです。初めて見るんですよねえ」


  

貴史 写真見なさい ああ可哀想な拓馬 拓馬を殺したの

は貴史ね 殺して得する人間は貴史しかいない

欲の為ならこんなひどいことをする人でなしでゲスな男と

は思わなかった この悪党め私を裏切ってまだ足らないの

そんなに私が邪魔なの 私知っていたのよ 洋子に会社乗

っ取ってやるって言ってたのそんなに会社を自分の物にし

たいの 私が殺人犯になったら会社は貴文の物 

家に帰ってきて拓馬が殺されてるのを見てパニックになっ

て警察に連絡する 貴文の考えたストーリーでしょ 

警察呼んだら疑われるのは私 私用心深いから家を出る時

にはいつも窓も出口もみんなきちっと鍵掛かってるか確認

するから密室だし 貴文も鍵持ってるから殺せるの貴文しか

いないって言っても私達の関係知ってる人いないし 貴文

がしらばっくれたらお終い 私が何を言っても信じてもら

えない          

でも残念でした 私あわてなかったの そんなやわな女じ

ゃないって貴史知ってると思ってた          

私の部屋で拓馬を殺して私を犯人にしようとしてもそうは

行かないの 貴文が殺したっていう証拠を見付けちゃった

から みどりって凄いでしょ

褒めてよ

写真見なさい キッチンに置いてある飲みかけのワインと

グラス きのう飲んだグラス洗うの面倒くさいからキッチ

ンに片付けてそのままにしておいたんけど何でグラスが二

つあるのかしら 全部飲んだはずなのにボトルにワインた

くさん残ってる   

私が拓馬にワイン飲ませてキッチンに片付けて洗い忘れた

みたいね 警察に何か調べさせる為に置いておいたんでし

ょ            

貴文知らなかった? ワインどこにしまってあるか知って

るの貴文だけだって 光に当てないようにワインセラーをク

ローゼットに置いてるって知ってるの貴史だけだから みん

なが知ってると思ってた?

他の人だったらワイン出せないでしょ

首を絞めているベルト拓馬のズボンから抜いたのよね 私

ならまだしも男の貴史に拓馬ベルトなんか抜かせない  

グラスに少しワイン残したの証拠にする為? グラスに睡

眠薬入れて眠らせたんでしょ? 女の私でも首を絞めて殺

せるように 残っているワインなめたらちょっと変な味が

した いろんなワイン毎日飲んでるから私の舌はソムリエ

なみよ 貴史知ってるわよね拓馬に睡眠薬飲ませたの私に

なるのね 私が睡眠薬飲んでるの秘密にしてたけど貴史だ

けは知ってるって分かってたのよ 睡眠薬をしまってある

所も知ってるって これを知ってるのも貴史だけ    

まあ二つとも貴文がしらばっくれたら意味ないけどこれで

貴文が犯人だと確信できたの

次からが大切よ

家中の指紋ふき取り大掃除をしたんでしょう?

私と貴史の関係を知ってる人はいないのに貴文の指紋出た

ら疑われちゃうものね でもね苦労は報われないの 私達

の関係の証明になる貴文の指紋見付かったのね 犯人の証

明かな 写真見て 拓馬の首を絞めたベルト 覚えてない

の このベルト自分のベルトよ 似たようなの多いから分

からなかった? 貴史が忘れて行ったベルトよ

この前拓馬がベルトするの忘れて来たって言うから貴史と

もう会わないと思って拓馬にあげたの 貴史の指紋べたべ

たよね 私の家に来る時はこのベルトしてきてくれるの 

拓馬が私を助けてくれたみたい 拓馬の首を絞める時は手

袋したんでしょ せっかく手袋したのにね 貴史の指紋べ

たべた

思い出したの 拓馬几帳面でね 人との約束必ずスケジュ

ール帳に書くのね ポケットに入れていつも持ってるの見

たら貴文との約束書いてあった 17日3時の欄にS氏と

と会うM氏宅って 拓馬名前が分からないようにイニシャ

ルで書くんだけどSって嶋野よね Mは私の村井でしょ 

写真見て         

私と拓馬のことどうやって調べたの? どうやって拓馬に

近付いたの? 私に内緒でどうやって私の家で拓馬と会う

約束をしたの? あとで教えて

私今とても冷静なの いとしい拓馬が殺されたのにね 

こんなに貴史の知らない証拠があったらあわてて通報して

も私は犯人にならないけどあわてなくて良かったわ。

貴史が殺人犯で捕まったら会社のダメージすごく大きいわ

よね 今も会社良くないのに立ち直れないかもしれない 

だから貴史が前みたいに私の所へ戻って来たら許すことに

した

今日貴史が久し振りに会社に来たっていうことにして私が

アリバイ証人になってあげる洋子は午後から帰したから会

社にいたのは私だけ 私達の関係知る人いないし今仲が悪

いってみんな知ってるから警察も信じる

実はね 予備に合鍵もう一つあるの 拓馬に預けたことに

して拓馬の指紋付けてポケットに入れておく 拓馬不眠症

気味で一回私の睡眠薬飲ませてあげたらリラックスできて

良く寝られたって喜んでた だから拓馬私の家に寝に来て

睡眠薬飲んで 玄関の鍵を閉め忘れてて空巣が入った音で

眼が覚めて 捕まえようとしたけど目覚めでぼうっとして

いて体が動かなくて ベルトを抜かれて殺された 空巣は

人目に付かないようにキッチンのドアから逃げた これで

完璧だから今すぐ来て 7時までに来なかったら警察に連

絡するからね         

それから貴史が勝手に会社のお金使って株に投資して失敗

したふりをして会社のお金を横領した証拠見付けたけどそ

れも許してあげる

会社に戻って証拠持って来たから見せてあげる 待ってる

わよ


 

 膝の震えを両手で抑え、嶋野の狼狽は見た目にも明らかだった。

「これを見てどう思いますか?」

「こんなの嘘だ」

「死んだ人が残してくれた証言なんだよ。村井さんが自分を殺した男に罰を与えてくれって叫んでんだよ。お前が二人を殺したんだろ」

 前田が嶋野の頭上からがなり立てた。

「俺はやっていない」

 嶋野は視線を落としたまま呻くように言った。

「第一、俺はこのメール見ていないんだよ。俺が拓馬って奴を殺したってみどりが思ってるなんて知らなかった。何も知らなかった。何で俺がみどりを殺さなきゃならない。殺す理由なんかないだろう。それに俺は拓馬に会ったこともない。殺せる訳ないだろう。このメールはみどりの思い込みだ。俺を思い通りに出来ると思って、みどりがいろいろ理由を付けて、俺がやったと決め付けたんだ。前みたいに戻って来たら俺を許すって書いてあったろう」

「社長と言ってたのが今度は名前を呼び捨て。やっぱりそういう関係だったんですな?」

 嶋野は顔を上げ、強い視線を藤尾に向けた。

「ああ、そうだ。認めるよ。洋子との関係がばれて、喧嘩になって俺と別れる、会社からも出て行けって言われた。俺はみどりが好きで別たくなかったから、洋子とは別れる、会社の株四十パーセント持ってる俺を辞めさせられないだろうと言い聞かせた。だけど、かたくなに拒まれて、冷静になるまで待とうと思って会社を休んだ。それで俺への思いに気付いたんだろう。別れられないって。女ってそんなもんさ、年食ってもな。これで俺が戻って来るって思い込んだよ」

「村井さんは浮気相手の洋子さんをなぜ辞めさせなかったのですかね?」

「みどりは俺達の関係を秘密にしていたから、洋子も俺とみどりの関係を知らないんだ。辞めさせる理由ないだろう。そんなことどうでもいいじゃないか。俺の話を聞いてよ。あっ、そうか」

 嶋野は何かに気付いたような顔をした。

「みどりがやったんだよ。俺は、はめられたんだよ。空巣かなんかに出っくわして殺されたなんて不自然だし、俺じゃなかったら、みどりしかいないでしょう。良く考えてみてよ。会ったこともないホストにどうやってみどりの家で会えるのよ。現場にいたみどりが一番疑わしいでしょ。みどりがホストを殺して俺が犯人だって状況にしようとして、ワインセラーとか俺しか知らないことを利用したんだ。鍵もそうだし。警察に言うとか脅されれば、やってなくても逆らえないでしょう」

「あなたを思い通りにする為に殺人までしますかね?」

「それだけ俺に惚れて未練があったってことさ」

 前田が又怒鳴った。

「馬鹿も休み休み言え。自分がはめようとしたくせに、はめられただと。お前がはめられたって言ってる人は殺されたんだよ。お前じゃなくて誰が殺したんだ」

「だから俺はメールを見ていないんだよ。殺す理由はないって言ったろ」

「スケジュール帳はどう説明するんですか?」

 嶋野は苛々し始めた。

「みどりが書かせたんだよ」

「それは無理がありますな。大の男が言われたままに書きますか? 嶋野さん、あなたの思い付きの話にはもう付き合ってられませんな」

「思い付きだと」

「やった、やってない。言い合いはもうやめましょう。嶋野さん、はっきりさせましょうよ。村井さんと塩田さん、ホストの源氏名が拓馬なんですけど、時間は違いますが二人が殺害されたのは村井さんの家に間違いありません。村井さんの家に行っていなければ、あなたに二人の殺害は不可能です。あなたの言っている通りになります。当然あなたは村井さんの家に行っていないと主張しますよね?」

「当たり前だろ」

「だったら、あなたが村井さんの家に行ったことが証明がされればどうですかね。あなた、二人を殺害したことになる」

「待てよ、無茶苦茶なこと言うな。家に行ったからって二人を殺したってことにならないだろ」

「あなた、村井さんの家に行ってないんでしょう。だったら反論する必要はないでしょう」

「一般論として言ったんだ」

「いいですか? まず、あなたの言ったことが全て信用出来なくなる。あなたは嘘を言っていた。重大な嘘を。あなたが今回の事件と無関係になるように。嘘の反対は真実。村井さんにはめられたって言うあなたの話も思い付き。だから村井さんのメールは真実。村井さんの家に行ったのなら村井さんに会いますよね。村井さんは当然メールの話をしますよね。あなたがメールを見ていないからって否定していた、殺す理由が出来る。あなたも空巣なんか不自然って言ってましたよね。あなたしかいない。あなたが村井さんを殺害した。そうなります」

 藤尾は仕掛けた。嶋野が村井の家に行ったことが白黒を決める重要なポイント。嶋野が家に行った確証はないが、もし行っていたら追い詰められる精神的プレッシャーを与えることができると藤尾は思った。行っていなかったら嶋野は白。メールは村井の思い込み。ホンボシは他にいる。ただそれだけの話。

「無茶苦茶な理屈だ」

「真実は一つだけ。あなた、村井さんの家に行っていないんでしょう。だったら私の理屈などどうでもいいでしょう」

 嶋野は藤尾の視線を外すように横を向いた。

「私はね、あなたが村井さんの家に行ったと確信しているんですよ」

「何の根拠があって言ってるんだ」

 藤尾は嶋野の言葉を無視した。

「村井さんの家はマンションじゃないんで警戒しなかったのですかね。玄関は木が多くて外からは見にくいですし。あなたに似た体形の男が近所の防犯カメラに映っていたんですよ。カメラに気付かなかったのでしょうね。了解をいただいていますが、今あなたの家の家宅捜査をしていますんで、調べれば同じ服が出て来るでしょう」

 同じような体形の男の映像は多くある。藤尾は鎌を掛けた。

 一瞬、嶋野の表情が動いたのを藤尾は見逃さなかった。こいつは村井の家に行っている。藤尾の刑事の勘がそう言った。

「俺みたいな体型の男は幾らでもいるよ。そんなの証拠にならない。同じような服だって幾らでもある」

 藤尾は嶋野の足元を見て言った。

「そうですか。今日は会社から来てもらったんで革靴ですね。仕事以外の時も履きます?」

「それがどうした。履かないよ」

「実は、村井さんの玄関付近からゲソ痕、あぁ、足跡が見付かりましてね。村井さんの家、そんなに距離ないけど、家の門から玄関までのコンクリートから幾つもの足跡が採れましてね。村井さんと塩田さん、靴は玄関にあったので、それぞれの足跡は分かったんですが、誰のものか分からない足跡がありましてね。足跡のことは考えませんでしたか」

「何でそれが俺のだって言える。いろんな人間が出入りするだろう」

「さっきも言ったように、今あなたの家の家宅捜索をしているんですよ。あなたの家にある靴と足跡とを照合しています」

「俺はみどりと付き合っていた。家にも行ったよ。足跡も付くだろう」

「一ヶ月以上会ってないんでしょう。その間に大雨もあったし、足跡なんか残ってないですよ」

「………」

 嶋野は押し黙った。

「今度は黙秘ですか。まあ、いいでしょう。報告が来るまで待ちましょう。あなたの家にある靴が足跡に一致したって報告が来たら、さっき言った通り、あなたの犯行で決まりだな。もう聴取の必要もない。メールが村井さんの証言。あなたが村井さんの家に行った証拠の足跡。これで十分だ」

 藤尾はやんわりと嶋野を脅した。与えたプレッシャーが生きるか。ゲソ痕が一致する確証はない。一致しても村井の家に行ったことが証明されるだけ。実際は証拠としては十分に不十分だが、嶋野の反応に賭けた。

 嶋野の表情が変わった。しおらしい顔になった。 

「否定してすみません。行きました。嘘を言うつもりはなかったんです。本当です。ただ怖くて。前の日にみどりからよりを戻したいって手紙が来て、七時に家に来てくれって書いてあって。家に入ったらもう殺されていたんだ。信じて下さい。俺じゃない」

「どうして警察に通報しなかったんですか」

「だって俺が第一に疑われるでしょ」

「手紙は?」

「そんな物持ってたらみどりの家に行ったって疑われるでしょ。燃やしましたよ」

 藤尾が初めて声を荒げた。

「いい加減にしろ。次々と下らない言い訳しやがって。アリバイはない、現場にいた、村井さんからのメール。これだけあって誰がお前の嘘を信じると思ってんだ。お前はな、好きだとか言っていたが、村井さんを愛してなんかいないんだよ。塩田さん殺害は、村井さんを犯人に仕立てて会社を乗っ取る。これが動機。村井さんに仕掛けた罠がうまく行ったか気になって仕方なかったお前は、確かめたくて又現場に行って、騒ぎになっていないのをおかしく思い、家に入って待っていた村井さんを見て自分の思い通りにならなかったことを知った。村井さんから散々ののしられ、横領の証拠を見せられ、一生村井さんに支配されると思ったお前は村井さんを刺して殺した。これが村井さん殺害の状況と動機。そんな所だろ。認めたらどうだ」

 嶋野が開き直ったように言った。

「あんた、本当に無茶苦茶な男だな。よくそんなでたらめな想像が出来るな。見てたのか。単なる想像だろうが。ビデオでも撮ってたのか。何も証拠がないだろう」

「お前がいくら否定しようが、すべての状況がお前を犯人って言ってるんだよ」

「何を言っても疑われるだけだ。もう何も喋らない」

 以後嶋野は黙秘を続けた。

 部屋に戻った藤尾に、前田はすぐに逮捕状を取りましょうと言う。だが嶋野が主張するように、塩田との接点が判明しない。物的証拠もない。まだ不充分だ。家宅捜査も終了し証拠隠滅の恐れもないので、捜査本部管理官の承諾を得て、堅実な藤尾はひとまず嶋野を帰宅させることにした。部下に嶋野の尾行、監視をさせて。逃走しようとすれば、嶋野で決まる。

 藤尾は喫煙室に行きタバコを吸いながら、嶋野の犯行の状況を一つずつ整理し確認して行った。刑事、藤尾の癖だ。

 殺人現場に、スケジュール帳、絞殺したベルト、横領の証拠書類が残されていないのも、嶋野の犯行を裏付けている。

 凶器の包丁は何故持ち去らなかったのだろうか。村井が日常使用していただろうと思われる、村井の指紋しか採取出来なかった包丁。指紋を付けなければわざわざ持ち去る必要はない。持ち去って血痕でも付ければ余計な証拠を作ることになる。

 嶋野は村井から聞かされメールの存在を知った。会社の携帯電話へのメールであった為、電源を入れておらず受信していなかった。受信していなくて良かったと嶋野は思った。メールを見ていればそれが動機になる。だから未受信のままにした。現に、メールを見ていないから村井を殺す理由はないと主張している。

 送信されてしまったメールはどうすることも出来ない。嶋野は見付からないようにするしか手はないと思った。村井は重要な証拠になるメールを削除はしないだろう。嶋野がメールを削除した。村井の携帯電話に多くのメールが残されていた。だから一件削除しても不自然ではない。

 警察は現場に残された携帯電話の履歴を見ればそれで満足する。削除したメールは消える。嶋野はそれに掛けた。だから携帯電話を持ち去らなかった。携帯電話がなければ警察は必ずメールの履歴を調べる。二人の女の子の存在がなければ嶋野の思惑通りになり、メールは消えていたかも知れない。

 嶋野は村井との関係が会社経営のパートナー以外に何もないと周囲に思われていることに絶対の自信を持っていた。自分に疑いが及ぶと思っていなかった。

 社長と信頼関係にある真面目で忠実な部下の仮面。それが関係者に聴取した嶋野の姿。村井の秘密主義によるものであったのが皮肉ではあるが、犯行の動機は見付からない。唯一考えられる動機、会社を乗っ取る。これもメールを見るまで考えもしなかった。村井をはめて会社を奪うような男には思えない。そう判断していた。強固な仮面。

 嶋野に取って最も避けなければならないのは捜査の目が自分に向くこと。メールの存在が知られなければ疑われることはない。それが一番重要だった。

 万が一、履歴を調べられたらどうする。メールを知られても、見ていなければ殺す動機は発生しない。殺す理由がないと主張する。最悪の場合の保険。だからメールを受信して削除しようとしなかった。削除しても、会社の携帯電話を行方不明にしない限り、携帯電話からデータ復元ソフトでメールの内容は知られる。そんなことをすれば却って疑われる。

 嶋野に知識があってそこまで考えたかは想像でしかないが、十分あり得ると藤尾は思った。

 玄関の鍵は掛けられず何故開いていたのだろうか。密室にしたら、万が一メールの存在が知られた時に、合鍵を持っていると思われる嶋野の犯行が決定的になってしまう。外部からの侵入者の犯行を不可能にしてしまう。

 藤尾は、メールを見た時の嶋野の反応を思い返していた。

 初めてメールを見たような狼狽振りは演技なのか。メールの存在を知られてしまった故の狼狽なのか。演技だと思うとあの膝が震える程の極端な変化も納得出来る。

 メールのすきを見付けたり、懇願したり、最後の開き直り。相当したたかな男だと藤尾は思った。嶋野の唯一のミス。ゲソ痕。そこまで頭が回らなかったのか。完璧な人間などいないし、そうでなくてはならない。

 不審そうな顔をして、部下が藤尾に配達日指定の郵便物を持って来た。

 宛名は六本木警察署 拓馬殺人事件担当刑事様。

 藤尾は差出人の名前を見て驚いた。村井みどり。何で殺害された人間から郵便が届くのか。封書の中身は手書きの手紙とプリントアウトした嶋野へのメール、写真、横領の証拠書類のコピーだった。



 担当刑事様

 

これを読んでいる貴方様は私のことをご存知ですか。

ご存知ならば私はもうこの世にはいないのでしょうね。ご存知ないのなら私は失踪してどこかで亡き者にされているでしょう。お調べください。

拓馬を殺した男は見付かりましたか。優秀な日本の警察ですからもう事件は解決しているかも知れませんね。私の言う男が逮捕されたのならこの手紙はお捨てください。拓馬を殺して私を亡き者にした男は嶋野貴史です。

この手紙を送る私の思いをお話しします。私に取って不幸な結果になった時の保険のために手紙を送ります。手紙が絶対に警察に送られないことが私の心からの願いです。だから日数に余裕を持たせて四日後の配達日指定にしたのです。ことが私の思い通りに行ったら差し止めるつもりです。

万が一、ことが私の思うように行かなかったら私の存在は危うくなります。かしこい嶋野なら何か考えるかも知れません。

私と嶋野は愛し合っていました。ある時まで。会社のお金で株に投資して失敗していたことが分かり、浮気も分かり関係はこわれました。

長く嶋野に会わずにいて、私に取って男としても経営にも嶋野が必要だと思い知らされました。

そんな時に拓馬が殺されて。嶋野は欲に狂ったと思いました。でも、これはもう一度嶋野を私のものにする、天が与えてくれたチャンスだとも思いました。

嶋野を許して、欲を満たしてやれば私への愛を思い出す。これからメールを嶋野に送ります。

今は絶対嶋野が私のところに戻ってくると信じています。でも違ったのですね。

嶋野の懐に飛び込む私に自分を守る方法はないから、私は嶋野に命をかけるしかありません。男に命をかける、小娘みたいな私をお笑い下さい。

貴方様がこの手紙を読まれている。私はかけに負けたのですね。嶋野は憎いけど、かけに負けたのは私が選んだことなので悔いはありません。

私のために若い命を失なわせてしまった拓馬を、一生お詫びの気持を込めて弔って行こうと思っていました。でも、私は死んでしまったのですね。誰も拓馬を弔う者がいなくなってしまう。弔えないのであれば、少なくとも殺された無念を晴らしてあげなければ拓馬に申し訳ありません。

私のことはいいですが、拓馬を殺害した犯人として嶋野を早く逮捕してください。証拠はメールにあります。


                              村井 みどり



 藤尾は手紙を読んで心が沈んだ。事件の陰にこんな女心があったのか、村井みどりは本当の命懸けだったのか、女の愛欲のはかなさが痛ましい。

 二人の娘がいなかったら、村井と嶋野の関係も、メールの存在も知れず、捜査は難航していたかも知れない。二人がいたのは単なる偶然だ。村井みどりの凄まじい執念を藤尾は感じた。

 重点が塩田との接点の判明に絞られた捜査は大きく進展した。

嶋野を任意同行したと同時に、令状を取って嶋野の住むマンションの家宅捜査を行っていた。ドアの郵便受けに入っていたチラシの中から、塩田の名前が印刷されたホストクラブの名刺が発見された。名刺の裏に手書きで〔ご不在でしたので失礼します  10/17 3時 よろしくお願いします〕と書かれてあった。塩田の筆跡と指紋が確認された。

 このマンションは古く、オートロック、監視カメラは設置されていない為出入りの情報は得られなかったが、マンションの管理人から事件の前日の四時頃塩田が訪れ、管理人に嶋野の部屋番号を聞いていたとの証言を得た。

 又、事件現場のウォーキングクローゼットのワインセラーの側に落ちていた男物のハンカチの指紋と、嶋野の部屋から採取した指紋が一致したとの報告があった。キッチンにあったワインボトルからは村井の指紋しか採取されず、嶋野が犯行時ポケットから手袋を取り出す時に落ちた物と見なされた。

 嶋野がどんな口実を作り、塩田を村井のマンションに来させたか不明だが、これで塩田との接点が判明した。物証も出た。藤尾は逮捕状を請求し、翌朝嶋野の自宅へ行き逮捕した。

 嶋野は否認していたが、所定の逮捕手続きの後、翌日検察送致された。

 嶋野を逮捕した日の容疑者逮捕の警察発表に、マスコミ各社は殺害の動機、状況等、センセーショナルに大きく報道した。

 嶋野が検察送致された日、本庁捜査一課係長の藤尾は警察署にいたが、事件の捜査責任者に会いたいと男女二人が訪ねて来たと連絡があった。

 適当に対応するように指示したが、大切な話があるのでどうしても会わせて欲しいと言い帰らないと再度連絡があり、事件はまだ検察送致の段階であり何か新たな情報が得られるかと思い、前田と空いていた応接室で二人に会った。

 藤尾は二人のたたずまいから、四十代前半の会社員と三十代後半の専業主婦の夫婦と見当した。

 藤尾と前田は名前と役職を名乗り、ソファーに座るよう促した。

「今日は何か」

 細いフレームの黒ぶち眼鏡の真面目な銀行員のように見える男が、ひどく恐縮した様子で言った。

「お忙しい所すみません。私は木村幸一と言います。これは妻の佳奈子です。実は妻から大変な物を持っていると相談を受けまして。私もそれを見てすぐに警察に届けなければならないと妻を説得してお伺いした次第です」

 藤尾は、何で男がそんなに恐縮しているのか分からない。余程真面目な人なのか。

「その大変な物とは何ですか」

「説明するより見ていただいたく方が早いと思います。妻の子供の頃からの親友の村井みどりさんからの手紙です。読んでみて下さい」

 木村は佳奈子をうながし、バッグから手紙を取り出させ、藤尾の前に置いた。

 又手紙、藤尾は何か嫌な予感がした。

 


佳奈子ちゃん久し振りね。元気ですか。何度か連絡もらったのに会社が忙しくて帰れなくて会えなくてごめん。今思うと佳奈子ちゃんに思いっきりぐちを聞いてもらえば良かった。

佳奈子ちゃんに手紙書いたことなかったよね。これ最初で最後の手紙なの。勝手な私を許してね。

私ね、もう佳奈子ちゃんの友達ではいられなくなったの。友達でいちゃいけなくなったの。

人が一番してはいけないこと、人の命を人生を奪っちゃったから。私の勝手な理由で。私は人として最低になっちゃった。でも人として最低になっても許せなかった。男が、嶋野貴史が。

嶋野貴史はね、私の心のよりどころだったの。愛していて恋人で私のささえだった。

会社が順調に大きくなり始める頃会社に入って来て、五歳下だけど仕事が出来て、頼りになって好きになっちゃて、どんどん仕事をまかせて。

女としても経営者としてもかけがえのない大切なパートナーと思ってた。

それなのに突然裏切られた。浮気をしているのが分かったの。

取引業者からの接待のあと貴史が私の家に来て、かなり酔っていてすぐ寝てしまったの。

携帯に電話がかかってきて、表示された名前が洋子、女だった。電話に出なかったらすぐにメールがきて、気になって仕方なかったからメールを見たの。会いたいとか大好きとか、恋人同士のメールそのもので、それも絵文字いっぱいで相手は若い女みたいで、私が浮気相手みたいでとても悲しくて涙が止まらなかった。

私年上の中年女だから若い子に負けちゃうでしょ。貴史を失いたくなかったから女のこと言えなかった。我慢しなければいけないと思った。我慢できると思った。自分で会社作って社会の荒波にもまれて、いろいろ経験して人間として強くなったと思っていたけどうぬぼれていただけだったみたい。貴史のことを思うと辛くて死にたくなった。ただの弱い女だったのね。

佳奈子ちゃんに相談すれば良かったのにね。いつも私のこと強い人だと言ってくれた佳奈子ちゃんに弱い女だって思われたくなかった。変なプライドよね。

私メール見て少し冷静になった時に、暗証番号知っていたから自分がしているメール自動転送を貴史の携帯に設定しておいたの。私のパソコンに転送されるように。毎日家に帰って見たわ。

ある日のメール。お互い受信メールの内容消さずに返信していたから全部見れた。ショックでめまいがして倒れそうになった。

メールに仕事のことも書いてあって、私の会社の経理の女の子って分かって、何も知らなかった私って馬鹿みたいよね。

男って若い女の子が好きなのね。自分がもてるって言いたいんでしょうね。

社長の私から言い寄られて困ってるとか、女のフェロモン出しまくられて気持ちが悪いとか、洋子が許してくれたらババアを恋狂いにさせて、いつかババアの会社を乗っ取ってやる、洋子を社長夫人にしてやるとか、とても冷静に読んでいられなかった。

洋子が私を見る冷ややかな眼の意味がその時分かった。私、心がこわれないように歯を食いしばったの。気がおかしくなりそうだった。人を殺したいと初めて思った。

貴史は私を愛していなかった。都合の良い女以下だったかも知れない。

怒り心頭に発するって言うでしょ。そんな感じだった。何日ももんもんとして、でも貴史を嫌いになれない。つくづく駄目な女ね。だけどこのままにしていたらめちゃくちゃになるって思ってるもう一人の大人のみどりがいるの。人間として強くなれなかったけど少しは大人になれたみたい。

自己保存本能かな。大人のみどりが貴史と別れると決めた。思わないようにしても恋しい気持は心の底からわき上がってくるでしょ。辛かったけれど大人のみどりは頑張った。佳奈子ちゃんならほめてくれるかな。

大人のみどりがね、変なことに気付いたの。ふと金づるって言葉を思い出したの。メールに書いてあったのね。お給料以外にお金をあげていないのに私は金づるなのって。もう一度メールも見直してみると洋子からのメールに株の処理ちゃんとやっといたよって書いてあった。

何かなと思ってパソコンで元帳を見たら有価証券売却損なんて聞いたこともない勘定科目があったのね。経理は全部貴史に任せていたから知らなかった。株をやってるなんて。それも大損していた。これは許せなかった。

会社を大きくしたくて店を増やしたけど、うまく行ってなくて。こんな損失があったら信金にも信用なくなって会社つぶれてしまうかもしれない。

もう別れるだけじゃだめだ、会社から追い出そうと思った。株のことから女のことまで言って会社を辞めろって言ったら、いろいろ言い訳して最後は開き直って、別れないし会社も辞めないと言って勝手に休み始めたの。

こんなスキャンダラスなことが皆にしれたら会社に良くないと思って、くやしいけど貴史も洋子も放っておいた。

頑張っても会社ぜんぜん良くならない。会社がなくなっちゃう。会社は私の命なの。会社がだめになったら生きがいもなくなって、借金まみれになって、私生きていけない。辛い。もう書けない。でも私にあったこと全部佳奈子ちゃんに知って欲しい。あとのことは私の日記を見て下さい。

佳奈子ちゃんに関係ないのに変なこと知らせていやな思いさせてごめんなさい。

佳奈子ちゃん、小さい頃から友達でいてくれて本当にありがとう。いつも優しく、私をかばってくれたよね。佳奈子ちゃんとはさよならしたくない。

私これから天に召されます。地獄かな。道ずれにしてしまって若い命を奪った罪を背負って死にます。

ただ私の本当の心を誰にも知られずにこの世からいなくなりたくなかった。

佳奈子ちゃんだけには苦しみを知って欲しかった。本当にごめんなさい。いやな思いをさせてごめんなさい。

私貴史に殺されたことにするから父と母には何も残せません。心残りです。もう一ついやなお願い聞いて。大切に思っていたと伝えてね。

佳奈子ちゃんありがとう。幸せになってね。さようなら。


                                      みどり

大好きな佳奈子ちゃんへ



 応接室は重苦しい静寂に包まれていた。木村佳奈子が打ちひしがれたように下を向いて、すすり泣く声だけが聞こえていた。

 手紙は遺書だったのか。村井は自殺だった。

 若い命とは塩田だろう。村井が殺した。だったら嶋野は何なのだ。

 藤尾は一時放心状態に落ち入った。それにしても悲しい、余りにも悲し過ぎる。村井に降りかかった悲運。道ずれにされて殺された塩田の悲運。藤尾はやり切れない思いがした。

 嶋野と言う男と出会わなければ村井も塩田も死なずに済んだだろうに。藤尾は人生の巡り合わせの悲哀を感じた。

「日記は持って来られましたか?」

 木村は必要な日だけのコピーのようですと断り、一日一頁型の日記帳のコピーを藤尾に渡した。



9月21日(火)

今日も全店回った。チラシ、割引クーポン、ポイント、対策を打ってもお客様が増えない。お友達紹介キャンペーンもはかばかしくないと店長が言う。お給料を上げてスキルの高い子を雇いたい。ウェブを充実させたい。でもお金がない。もう会社だめかな。大損させた貴史が憎い。


9月28日(火)

今月末の手形はなんとか工面できそう。良かった。でも資金繰りが苦しい。来月はだめかも。みどり頑張ったよね。会社はみどりの命。なくなったらみどりからっぽ。もう疲れた。死んじゃおうかな。>

貴史と会えなくなってもうすぐ二週間。会えなくて寂しい。何言ってるバカみどり。裏切られた男に会いたいなんてバカバカ。もう大人みどりは黙ってて。無理なのは分かってる。自分で死ぬのって怖いよね。誰かみどりを殺してくれる人いないかな。バカみどり死ぬなんて言うな。大人みどりあんたも生きるの辛いって分かってるでしょ。死のう。


9月29日(水)

今日初めてホストクラブへ行った。ホストクラブ狂いの礼子に誘われて。ホストだったらお金あげればみどりを殺してくれる男がいるかも知れない。きっといる。だからホストクラブへ行ってみた。

男さがしをしようと思ったら元気が出て来た。目的ができたからかな。適当な男はいなかった。でもよくこんなちゃらちゃらした男達に金を使うものだ。礼子の気が知れない。ホストクラブがどんな所か分かったから明日から一人で行こう。


9月30日(木)

ネットで調べてパープルエンジェルって店に行った。付いたホストを見て驚いた。貴史がいると思った。そっくり。話してみてまたびっくり。貴史と話してるとしか思えなかった。神が与えてくれた導き。こいつが私を殺してくれないかな。どうやったら殺す男にできるかな。大人の女の魅力。みどりはまだ捨てたもんじゃないよね。

  

10月4日(月)

拓馬の店に三回行った。拓馬と話していると楽しい。ひかれて行くのを押さえられない。貴史に似ているからじゃない。ちゃらちゃらしているホストと違ってまじめに人生考えている。自分の店を持つ夢を話すキラキラした目を見てるとうっとりしちゃう。若さっていいな。拓馬といられるならみどり死ぬのやめよう。もう一度会社頑張ってみようかな。


10月5日(火)

拓馬の前向きな若いエネルギーに触れていたら夢に燃えていた若いころのみどりを思い出した。支店をなくしたら会社もなくなるって思ってたけど本店だけ残して初めの一歩からやり直せばいいのよね。社員を辞めさせるのは辛いけどできるだけのことをしてあげよう。支店を閉めて権利を売ってそうすれば何とかなる。

拓馬に店を持つことのアドバイスいろいろしてあげたらすごく頼りにされてうれしかった。そうだ。お金が余ったら店を持つ資金援助してあげよう。そうすれば少し好きになってくれるかな。

  

10月7日(木)

きのう拓馬に資金援助の話をしたらものすごく喜んですぐに準備を始めるって言い出した。一緒に店やりましょうって喜んでるからお金が余ったらって言えなかった。大丈夫高く売れる。

クラブが終わって家に来て初めてみどりを抱いてくれた。とても優しかった。何度もエクスタシー。愛する拓馬に抱かれて久し振りの快感。拓馬も燃えたみたい。愛してくれてるのかな。嬉しい。きょうは仕事忙しくて会いに行けなかった。明日は拓馬に会おう。楽しみ。やだみどり若い時みたいにときめいてる。


10月8日(金)

洋子が話したいことがあると言って部屋に来た。何の話か聞くと貴史が会社のお金を横領していると言う。まさかと思った。

証拠は振込み伝票のコピーと当座勘定照合表と小切手帳のミミ。金ずるの意味が今やっと分かった。会社名義で証券会社に口座作って資金振り込んで、実際には株の売買もしないで資金を会社の口座に戻す。株で損失した仕訳を切って、帳簿上の当座預金の残高を減らして、損失金額の小切手を切って自分の口座に入金する。

当座預金の残高は合うわよね。こんなことしてたなんて思いもよらなかった。誰のチェックもないし経理任せたみどりの責任。貴史本当に憎い奴。絶対くび。こんなこと明るみにできないけど、貴史からはキッチリお金返してもらおう。

洋子が何でちくったのか気になった。聞いたら会社の不正を見逃したら社長に申し訳ないと言う。この前若い男といちゃいちゃしている所を見た。きっと貴史と別れたくてしたことだ。

貴史もとんでもない女に引っかかった。みどりと同類。笑っちゃう。貴史今どこにいるのって聞いたらびっくりした顔して知るわけないとしらばっくれた。貴史との関係知っている。お前も同罪でくびだと言ったら抵抗していたが白状した。今はどこかに行っていて16日に帰ってきてそのまま6時に麻布で会うようだ。電話に出ないらしいから17日マンションに行って談判してやる。洋子はくびにせずうまく使ってやろう。


10月14日(木)

ああ何でこんなことになるの。拓馬の店もう少し待ってってお願いしたら分かってくれると思ったのにあんなひどいことを言われるなんて。もうみんなおしまい。

今日返事が来て支店が思うように売れなかったから仕方ないじゃない。不景気だから仕方ないじゃない。でもそんなことは言えない。

もう手付けを打ったって拓馬が勝手にやったことでしょう。心から応援してくれる人と思い尊敬していて信じていたって言うのはいいけど。最初っから援助する気はなくてやっぱり男として求めていただけだったのかってよく言うわ。

拓馬を愛しているから援助したくなるんでしょ。だったら何でみどりを抱いたの。尊敬する女性への感謝の気持ちだって。ふざけないでよ。感謝でセックスするなんて聞いたことない。

男はみんな同じ。拓馬も貴史と同じだった。ただお金のため。抱いたのも愛してるって思わせるため。金ずるにする為にだました。何なの男って。男が二人が憎い。会社作った頃の気持ちになって頑張ろうと思って、そう思わせてくれたの拓馬じゃない。もういい。

これまでの人生何だったの。一生懸命生きてきて頑張って楽しいこともあったけど辛いことの方が多かった。男にだまされてもそれでもくじけず生きて来た。懲りないみどりももうお終い。もう耐えられない。つらいなあ。くるしいなあ。会社ももうだめ。支店うまく売れないし。頑張る気力なんかもうない。生きていても同じ繰り返し。きっとそれがみどりの宿命なんだ。だったら生きていてもしょうがない。楽になろう。ねえみどり

人をだまして私の生きがいを奪ってそれでもこれからも楽しく生きていけるんだ貴史は。みどりが死んでも何の痛みも感じず平気で生きて行くんだろうな。そういう性格に運命に生まれたのかな。そんなのものすごく不公平。そんなの絶対許せない。貴史も道ずれにしてやる。v駄目そんなの。苦しむのは死ぬ時だけ。それじゃ気がすまない。みどりが運命を変えてやる。辛い人生を味あわせてやる。どんな人生がいいかな。ひらめいた。そうだみどりと拓馬を殺した殺人犯にして死刑にさせてやる。そうだ。そうしたらみどりはただ死ぬだけじゃなくなる。

きらいにならないよ拓馬。許してあげる。みどりと一緒に死のう。みどりの人生は終わりって教えてくれたから人だから一緒に死ぬ義務があるの。貴史は人生は辛いってことを知って。生きて地獄の苦しみを味わってみて。それで最後に死んで。


10月15(金)

洋子の話で貴史は17日は家にいるようだから17日がみどりの命日。

クラブへ行き拓馬に会う。きのうは怒ってごめんなさいとあやまられた。まだ援助あきらめていなかったみたい。貴史の名前を言って援助してくれる人を見付けたから17日に私の家で三人で具体的な話をしようと言うと喜んだ。

忘れないようにと強引に拓馬のスケジュール帳に予定を書かせた。証拠③OK。前もって誠意を見せておくように明日拓馬にプレゼントを持って貴史のマンションに行くよう指示をした。

人に見られないようにして貴史のマンションに行った。やはり貴史はいなかった。貴史からもらった合鍵で入ってよく食事を作って待っていた部屋。なつかしかった。そんな感傷も昔の夢。貴史お前は。ベルトとハンカチを持って来た。証拠②④OK。


10月16日(土)

午後プレゼントを買い拓馬に会い渡した。マンションの部屋番号は分からないので管理人に聞いてと言って住所も渡した。拓馬から電話があった。約束どおり公衆電話を使ってくれている。

部屋番号を聞いて部屋まで行ったけど留守なのでどうしたらいいか聞いて来た。名刺に会う日付と時間と、よろしくお願いしますと書いてプレゼントに入れて部屋のドアノブに袋を掛けておくよう指示した。夜行って部屋の中に入れてセット完了。名刺はドアポストに入れておいた。入れられるのは新聞とチラシだけ。新聞を取ったら貴文は中を見ない。

日記は今日でおしまい。みどりは明日でおしまい。さようなら日記帳。



 日記のコピーはここまでだった。もう一種類、ホッチキスで止めた数枚の紙があった。藤尾はその紙に眼を移した。一枚目はワープロソフトによる物でなく自筆の文章で、手紙とは違う乱れた文字だった。二枚目はワープロソフトで作られていた。



今佳奈子ちゃんへの手紙出すのどうしようかためらっています。

自分の手で拓馬の命を奪ってしまって、人の命を奪うって本当に恐ろしいことをして、後悔して拓馬へのつぐないにもなるから死のうと思って、佳奈子ちゃんをとんでもない苦しみに巻き込もうとしていることに今気が付いた。

佳奈子ちゃんに今の私の気持ち、ただ真実を知らせておきたいだけの思いで手紙を書いておいたのに。死んだら加奈子ちゃん悲しませちゃうけど苦しませたくない。私天然バカよね。私のたくらみがうまく行って手紙読んで黙ってたら殺人犯をかくすことになっちゃう。警察に言ったら私を裏切っちゃう。

でも手紙に書いたように佳奈子ちゃんに何も知られず死んで行くなんてできないから手紙は送る。貴史が楽しい人生を送るのは許せないし思い知らせてやりたいけど知られずに死ぬのはいや。佳奈子ちゃんを苦しめるのはもっといや。

これは私が貴史を殺人犯にするための方法を考えたメモです。成功するか失敗するか分からない。貴史が逮捕されたら成功かな。

もし逮捕されたらこのメモだけを警察に見せて。貴史は釈放されると思う。だけど少しでも長く貴史に辛い思いをさせたい。だから逮捕されても貴史が起訴されるまで警察に言うのは待って。それと人生から抹殺できないならせめて社会から抹殺してやりたい。横領罪で告発して。絶対よお願い。

最後まで面倒なおさななじみでごめん。佳奈子ちゃんさようなら。



貴史が拓馬を殺しみどりを犯人にする

〇動機 

貴史は会社を乗っ取ると言っていた ➔ 乗っ取りたい ➔ みどりが邪魔 ➔ みどりを殺す ➔ 利害関係から最初に疑われるリスクが多い ➔ みどりを抹殺する ➔ 犯罪者にする ➔ 社会的に抹殺できる犯罪は ➔ 効果が大きい ➔ 殺人 ➔ 誰を ➔ みどりに関係があり貴史と面識がない者 ➔ みどりを身辺を調べ拓馬の存在を知る ➔ 丁度いい ➔ 恋狂いのおばさんと年下ホスト ➔  

愛憎のもつれ ➔ いい動機になる ➔ 拓馬と接触し拓馬を殺す

〇場所 

みどりの部屋 ➔ 理由を付けて拓馬をみどりの家へ来させる

〇殺し方 

みどりの部屋のワインセラーのワインでみどりが飲んでいる睡眠薬で拓馬を眠らせて絞殺する ➔ 貴史は睡眠薬をしまってある場所を知っている

〇凶器

みどりの家にない唯一のもの ➔ 拓馬のベルトを抜いて絞殺する ➔ みどりが拓馬を絞殺するとしたら心情的に自分の家にある物を使いたくない

〇証拠 

みどりは睡眠薬を飲んでいることを秘密にしているからみどりは誰にも知られていないと思っている ➔ だからみどりが殺害に使用しても納得性がある ➔ 警察がみどりの寝室から睡眠薬を見付ける ➔ 発見されなければ貴史がみどりの睡眠薬常用を聴取でほのめかす ➔ 拓馬の体内の睡眠薬の成分と一致

〇発覚 

何も知らないみどりが帰って来て拓馬の死体を見てパニックになって警察に通報する ➔ 状況と拓馬との関係からみどりが疑われる ➔ みどりは自分の家で人殺しなんかしないし動機もないと主張するが証拠から犯人になる

すぐ通報しない ➔ 通報しないから考えなくて良い


貴史を拓馬とみどり殺しの犯人にする

〇動機 

そのまま 

〇貴史は拓馬を知らない ➔ 面識があるようにする ➔ 貴史を新たな援助者にして誠意を見せるためと言いプレゼントを持たせ拓馬に会いに行かせる ➔ 貴史はいない ➔ 名刺を添えてプレゼントを置いて来させる ➔ 部屋番号を聞かせ管理人を拓馬がマンションに行った証人にする

〇場所 

そのまま

〇殺し方 

そのまま 

〇証拠 

①貴史しか知らないこと ➔ ワインセラー、睡眠薬、合鍵 ②貴史の部屋から持って来たベルトを使う ③拓馬に貴史に合う場所と時間をみどりの家、17日午後3時と伝え拓馬のスケジュール帳に記入させる ④貴史の部屋から持って来た洗ってないハンカチをクローゼットに置いておく

〇発覚 

みどりが証拠から貴史を疑い、貴史への未練と会社に取っての損失を考え貴史を許そうとする携帯メールを貴史に送る ➔ 電話じゃだめ ➔ 警察に貴文が拓馬殺害とみどりを殺した犯人と確信させる道具にする ➔ 配達日指定で警察に郵送する ➔ 警察が郵送されたメールを見て貴文への容疑が発覚

  

電話に出ないがメールを見るか

見ても見なくても貴史の犯行だと確実にさせるために家に絶対来させる ➔ 家の門からの玄関アプローチのコンクリートを洗って古い足跡を消して土を湿らせて撒いておく(証拠になるかも) ➔ 足跡が特定されて不自然になるからやめよう ➔ 郵送したみどりのメールを見て警察は貴文を疑う ➔ みどりの家に来ていれば小心者の貴文は警察の聴取で嘘をつき通せない

〇メールを見る

みどりと貴史しか知らないことが多い ➔ 頭のいい貴史はメールを見てみどりにはめられた思う ➔ だがこのままでは犯人にされてしまう ➔ 必ず来る ➔ みどりは死んでいる ➔ まさか自殺とは思わない ➔ みどり殺しの犯人にもされてしまう ➔ みどりと貴文の関係知られていないから疑われないと思う ➔ 痕跡を残さないように立ち去ろうとする ➔ メールを思い出す ➔ みどりの家に貴文の指紋があるのはまずい ➔ ついていそうな所の指紋をふき取る ➔ 家中の指紋がふき取られているのは不自然 ➔ 警察がみどりのメールを見て嶋野の犯行の状況証拠の一つになる

メールに書かれた証拠隠滅 ➔ スケジュール帳、ベルト、横領の証拠書類持ち去る

携帯をどうするか ➔ 刑事ドラマが好きな貴文は持ち去れば余計な履歴を調べられることくらい知っている ➔ メールを削除しておけば警察にメールの内容を知られることはないと思う ➔ みどりの携帯のメールを削除しようとする ➔ 貴文宛のメールがない(あわてて削除を忘れるかも知れないので削除しておく) ➔ 何でないのか ➔ 自分が待たされている会社の携帯へのみどりからのメール ➔ みどりは会社の携帯しか持っていない ➔ みどりの携帯メールアドレス登録はみどりが持ってる会社の携帯のアドレスだけ ➔ 会社の携帯からのメールに間違いない ➔ みどりが削除した、何故か ➔ 時間がないから大ざっぱな所がある貴文はメール削除されているので良しとする ➔ 人に見られぬようにみどりの家から去る

〇メールを見ない 

拓馬に持たせたプレゼントを和解のプレゼントにする ➔ プレゼントに手紙を添えてダイニングのテーブルに置いておく ➔ 内容 ➔ 和解のためにマンションに来たが不在のため手紙を書いて帰る ➔ 私が悪かった。やり直したい。17日7時に家に来て ➔ 金ずるを失いたくないから必ず来る ➔ 翌日メールを見ても問題なし ➔ このままでは犯人にされてしまう ➔ 必ず来る

喜んで電話をしてこないか ➔ 気を持たせるために電話に出ない ➔ 気になり絶対に来る ➔ 受信履歴削除

17日午後外出して貴史のアリバイができるとまずい

拓馬に持たせるプレゼント ➔ シャトー・マルゴーのヴィンテージもの ➔ プラス、夜貴文のマンションに行く時にテイクアウトフレンチのランチボックスを買って行く ➔ ワインきちがいな貴史は翌日の昼食にいつものように時間をかけて飲む ➔ 外に出ない ➔ 確実性がない ➔ 貴文お気に入りのカッティング模様入りのバカラのワイングラスに少し睡眠薬を塗っておく(念のため他のワイングラスにも) ➔ 眠くなって外に出ない


何も知らない貴史はスケジュール帳もベルトも横領証拠も持ち去らない ➔ 全て捨てておこう(拓馬がしていたベルトも忘れずに) ➔ メールを見て来て気が付いたら ➔ みどりを殺した犯人が持ち去ったと思う

あとは

家中の指紋ふき取っておく ➔ 貴文がやってもやらなくてもどっちでもOK

16日に会う洋子は貴史のマンションに泊まらないか ➔ 別れたいと思う男の家には泊まらない ➔ 確実性がない ➔ 17日休日出勤指示をしておこう

メールと警察への手紙を考える

携帯のメール削除 パソコンのメールと全部のデータを削除

貴史の部屋の合鍵を捨てる

  

誰にも本当のことを知られず死ぬのはいやだな。そんなの悲しい。誰に。佳奈子ちゃんしかいない。手紙書こう。 

 

貴文へ与える罰 

①みどりの死体を見て自分が犯人にされると思って小心者の貴文はビビッていつ警察が来るか眠れない不安な夜を過ごす。みどりの幽霊がでるっておびえるかも。本当にみどりの心を殺したんだから苦しむの当然。みどりの手紙が警察に届くまで苦しめ。

②みどりの手紙が警察に届いたら警察の取調べで責められて逮捕されて起訴されて苦しめ。牢屋暮らし苦しめ

③裁判で死刑になっていつ死刑になるかおびえて苦しめ

神様仏様みどりの思う通りになりますように。こんなこと神様仏様にお願いしちゃだめよね。みどり馬鹿みたい。



 藤尾は読み終えても、うつむいたまま考えに耽った。

 何とも言いようがない気持ちだった。死を覚悟した人間にしか出来ない犯行。死が無言の証言になる。

 男への愛憎が引き金になった人生を悲観した自殺。過去に遭遇した同種の自殺とは違う。自分の願望を果たす為には自分の死すら利用しようとするしたたかさ。そんな女がなぜ死を選んだのか分からない。

 前向きに会社を成長させようと苦労して地道に生きてきて、又前向きに生きようとして、みどりと塩田のお互いの心のすれ違いから生じた破滅。最後に愛憎に流されてしまった。彼女が言うように宿命だったのか。人の人生ははかなく悲しい。

 みどりの犯罪は許し難いが、決して悪人ではない。悪は嶋野だ。このまま木村夫妻を無視して起訴させてやろうとすら藤尾は思ったが、そんなことが出来るはずもない。

 捜査に何のミスもない。みどりの手紙がなければ、おそらく嶋野は有罪判決を受けただろう。自分の死でここまで嶋野を追い詰めたみどりに、藤尾は不謹慎にも畏敬の念を抱いてしまう自分に戸惑いあわてて打ち消した。

 藤尾は読み終わった紙を前田に渡して顔を上げると、待っていたように木村佳奈子が泣きはらした眼で藤尾を見詰め、か細い声で言った。

「あの、お願いがあるんですが」

「何でしょうか」

「起訴されるまで警察に言わないでって書いてあったのに、嶋野逮捕ってニュースを見て混乱しちゃて、言う通りにしてあげられなかった。みどりちゃん、いえ村井さんはもっと嶋野に辛い思いをさせたかったと思うんです。もう少し嶋野を苦しめられませんか。そうしないとみどりちゃんに申し訳ない」

 佳奈子が再び嗚咽してぽろぽろと涙のしずくを膝に落とした。

「この手紙と、日記とメモの信憑性とか細かい検証が必要ですから、すぐには釈放させませんよ」

 させないと言う言葉に藤尾の意思がくみ取れた。

「それから嶋野を横領罪で捕まえてもらえるんですか」

「業務上横領罪ですね。部署が違うんで相談して見ましょう」

「もう一つ。手紙と日記は秘密にして下さい。メモだけを持って来るつもりだったのですが、メモだけじゃ意味がわからないと主人に強く言われて、仕方なく持って来たんです」

「公的以外には使いませんが何とも申し上げられませんね。ご了解ください」

 木村夫妻は連絡先を書き残し、前田が開けた応接室のドアの所で頭を下げ、会釈をして帰って行った。 ドアを閉めソファーに戻った前田が顔をしかめて言った。

「驚きましたね。自殺だったなんて晴天の霹靂ですよ。これ本当に村井みどりが書いたんですかね。筆跡鑑定すれば分かるか。まあ間違いないでしょうね。まいったな。俺達若作りのおばさんに踊らされていたんですかね。頭に来るな」

 藤尾は黙っていた。

「自殺の方法書いてありませんでしたが、自分で胸刺したんですかね。相当勇気いりますよ」

「遺書に死に方なんか書くか。前田の言うように自分で胸を刺したら女の力だ、失敗する恐れがある。おそらく包丁の切っ先を上に向けて何かで固定して床に置いて、胸目掛けて倒れ込んだんだろう」

「固定出来る物なんてありませんでしたよ」

「塩田さんの遺体の横で死んでいただろ。遺体の体と腕の間に包丁を挟む。刺してから、最後の力であお向けになった。推測だ」

「そうだとしたら凄い死に方ですよね。凄い死に方と凄い執念。ああ、女は怖いな。嶋野は下手をすれば死刑だったんですよ。捜査に間違いはなかったからいいようなものの、誤認逮捕とかで騒がれませんかね」

 藤尾は険しい表情で言った。

「村井みどりと言う女性は、切腹にも似た壮絶な死で自分の意思を貫徹しようとした。最後に自分の優しさが自分の過ちを止めた。俺達が冤罪を阻んだ訳ではない。自分で終わらせたんだ。少しは死者をいたわったらどうだ。ぐずぐず言ってないでこの書類を検察に持って行け」

 前田は書類を持ってあわてて出て行った。

 藤尾は拓馬を殺した奴を見付けたいと言っていた一途なひとみのことを思った。犯人は村井みどりと報道されるだろう。拓馬はみどりを好きではなかったようだと知らせてやろうと思った。






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