アイデンティティパラドクス
一発ネタです。
昔から気に食わない事がある。
死ぬのはいい、諦めた。
だがこれだけは納得がいかない。
私は努力してきた。他人より多くの単語を知ってるし、他人より多くの概念を把握している。
運動能力だって若いままを保ってきたんだ。
指の感覚だって様々な工作で鍛えた。最近なら小型の蒸気機関車を造って走らせることにも成功している。
死ぬのはいいだが私の経験が消失するのには耐えられない。
そこで私は研究グループとそしてなにより我が身を削って開発したのが、この記憶の転移装置だ。
これを使えば私の脳は焼き切れるだろう。だが何もかも失ってただ死んでしまうより、私の知識が失われてしまうより・・
「何倍もいい」
私は息子の寝室に向かう。右手で注射の空気を抜き。息子の首に注射を行う。
「うっ」
「安心しろ。お前はもっと素晴らしい人間に生まれ変わる」
私はいつの間にか勃起していた。
「あとは任せたぞ」
私は研究を共にした仲間たちにあとを引き継ぎ『棺桶』の中に身を横たえた。
「うむ、世間で出回ってるどんなものより出来がいい」
私は一抹の不安を手前味噌で拭い去り、来るべき時を待つ。
一瞬の衝撃と光
わ たし の いし きは き え さ・・る・・・
わたしは10才とは思えない知識、経験を備えている。
時折芽生える10才の自我は老成した今の精神でほぼ抑えこまれていた。
10才の同級生を見た時に感じる胸の高鳴り・・・
「どうやら僕はかおりちゃんを好きだったみたいだね。ふふん、わたしに秘密にしてたね」
初恋は実らないというが、今の私には赤子を手をひねるようなものだ。よくキモオタどもが想像上の作品でやってるの同じようにね。ただ今のわたしが彼女に手を出すのは犯罪なのか?
わたしはニヤリと笑い研究室に向かう。
研究グループのみんなは実験の成功を喜んでくれた。わたしは妻とともに私の遺骸をともらった。
妻に関しては不憫に思うこともあるが、まあ何にせよいろいろな問題がある。
とにかくわたしのことはバレないように気をつけるべきだろう。
学校生活は順調だ。わたしはなかなかどうして優等生だったようだ。そのほうが好都合、いまさら義務教育なぞちゃんちゃらおかしい。この若い脳でやるべきことは他にあるのだ。
実験は順調だ。今度は死ぬこともないだろう。サンプルが足りないのがちと不安だが、まあその問題もおいおい・・。
子供は絶対に必要だ。DNAが近いだけで記憶の定着が段違いだし、何よりもろもろの安心感がある。
かおりちゃんとはうまくいっているが数は多いほうがいい。
そしてさらに時が過ぎ
「完成だ」
そうつぶやくと研究グループと笑いあった。あの時はわたしが一番歳をとっていたのに・・周りをみるとみんなだいぶ歳をとっていた。
「安心しろ。最後の実験は僕の体を使う」
わたしとかおりとの間には今年10才になる娘がいた。
「女性になるというのは新鮮な体験だろうな」
「なーに?」
娘を呼ぶとかわいい声で返事をした。
「おまえはもっといい人間に生まれ変われるんだよ」
今度の光と衝撃は記憶にあったものより弱い。改良した成果でていると理解した瞬間強烈な眠気に襲われた。
「やはり、被験者は強烈な疲れと睡魔を感じるようですね」「予想通り、ここまで順調だね」
同士たちの会話を最後にわたしは昏倒した。
目が覚めたとき全てを理解した。
下腹部に違和感を感じた。
「この歳でお漏らしか」
いやまだ若いからな。小さな女の子としてはどちらにしろ恥ずかしいかな。
「やはり基本設計の違う部位ではまだコントロールがうまくいってないか」
実験の成功を伝えるとみんな喜んでくれた。
ワタシには最後にやらねばならない大きな仕事が残されている。
眠っているお父さんを連れて帰るのを仲間たちに手伝ってもらう。
自宅の寝室まで運び終えると彼らを見送ったあと準備にとりかかる。
カチャカチャ
ワタシが注射を首に当てると
「何してる!!マナ!!」
「ワタシはマナなのかな?」
「おまえはわたしなのか?」
「どう思う?」
小首のかしげ方は今期の記憶のものだ。
その仕草をみて恐れおののいたのか。
「違うっ!お前はわたしじゃない!!」
「当たり前じゃない」
クスっとワタシは笑う。
「ああ、でもお前はわたしなんだ・・お前何をするつもりなんだ・・」
「ワタシが自分なら何するかくらいわかるんじゃない?」
「・・ああ体が動かない・・ああそうだ。わたしは二人もいらない」
「そゆこと」
それがわたしの最後の記憶。
今度はワタシの経験を永遠にする研究が始まる。