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イーギスプライド  作者: 生雪京
第五章 仮初の玉座
33/50

#33 序列の最後尾から

「はあ?!」


普段感情を露わにしない同級生の統士長とうしちょうがこれでもかとばかりに目を見開き、喉の奥が見えるくらいに口を開けている。

耳を疑う、いやそんな表現では生ぬるい。

何が起きようとも耳に蓋をしてきたのに何かの間違いで耳に入ってしまったかのような、例えるならそんなヒドイ顔色だ。


「な、なによ。そんな声出さなくても」

ノエルは勢いにびっくりするが、いかんせん声が小さい。

「あの四人がお前の知り合い?!」

そしてもちろん耳を通過し脳に刻まれてしまった以上、都合よく忘れ去ることなどできやしまい。

以後マクシミールは人生に起きる偶然という素晴らしき可能性を信じなくなったという。


「ええ、まあそんなとこ」

「ほ、ほんとですか?ノエルさんその話は」

こちらもやはり驚愕に満ちた顔つきでデュオが割って入ってくる。

彼よりもマクシミールの方が受けた衝撃は大きいようだが、それは単に取り乱しているかそうでないかの違いにすぎない。


「む、何よデュオまで。作り話とか思ってんでしょ。でも、違うよ。マジだよ。嘘だと思うなら、本人に聞いてみたらいいよ」

「う、嘘だろ。なんでお前が」

若き統士長の声はいっそ気の毒なくらいに打ち震えている。

このまま倒れてしまうんじゃないかという青ざめっぷりだが、ノエルはその発言の真意を許すつもりはなかった。


「ちょっとマクシミール。あんたそれ、失礼なこと言おうとしてるでしょ!」

流石にノエルが席を叩いて憤慨するが、当惑顔を瞬時に立て直したマクシミールはもっと憤慨していた。

椅子を背後に倒す勢いで席から立ちあがった彼はノエルを見下ろし大きく息を吸い込む。


「当たり前だろうが!ルカ先輩と言えば《銀獅子》という二つ名があるほどの凄腕の本格派だ。斬剣のルカ先輩に対して、瞬剣の使い手である《残閃》の名を持つライ先輩にしてもそうだ。二刀使いの二人に憧れ入学した人間は数多い。ロキ先輩は学長の秘書を務めるほどの人物で歴代最高クラスの魔術師に与えらえるオーダーレギオンの栄誉に預かった《百識》。そして《紅塩》のミロ先輩はレギオンこそ授かっていないが、超難易度の高速魔術の使い手として名高い。もう一度聞く、その四人がお前の知り合い?!ウソだろ…嘘だと言ってくれ」

そんなにか。


余程認めたくない事実だったらしく、尻切れに迫力をなくしていったマクシミールは今や死にそうな顔をしていた。

数日前ライムにも同じ内容で驚かれたが彼女に悪意はなかった。

だが目の前のこの男はその悪意を欠片ほども隠そうとしない。

実際のところ驚きすぎてその悪意をオブラートに包む努力すら忘れているのかもしれないが。

「マックス、そこまで言わなくても。…でも、なんでそれを早く言ってくれないんですか、ノエルさん!」

その点デュオはまだマシだが、ノエルと四人の繋がりは彼としても放っておけない事柄ではあったらしい。


イーギスで積み上げた四人の実績を考えれば、今の自分など天秤にも乗らない。

まるで天と地、もしくは威風堂々とした巨像と道端のありんこも同然で自分で言ってて萎えてくるが、ハッキリ言って二人の反応は理解できなくもない。

それは分かる。ただ春夏秋冬季節を問わず何年もの間ずっと一緒に同じ時間を共有してきたノエルとしてはそんな感覚は湧いてこないので、どうしようもない。

こんなことを言ったらまた怒るだろうが、周りは彼らを畏怖の対象として見ても、ノエルにとっては近所に住んでた幼馴染以外の何物でもないである。


「え、だって大したことじゃないでしょそんなの。聞かれなかったしさ。それに二人にも幼馴染とかいるでしょ、それと同じじゃん」

「どこの世界に呑気なお前と我がイーギスが誇る歴代最強の戦力の四人を結び付けられるやつがいるか!」

テーブルに身を乗り出したマクシミールが吼える。

「な!あんた失礼ね。それすっごい失礼ね!あー、人格否定するつもり?訴えてやる!」

「ない知識をひけらかすな、阿呆が!それが事実だとしても、俺は断じて認めんぞ!」

「だから事実だっつってんでしょうが!」


これ以上この話題を続ける気はないらしく、マクシミールは力なく首を振った。

「いいか、このことは決して知られてはならない。繋がりが露呈すれば、イーギスのイメージを毀損しかねない」

一年代表様を今ここでグーパンで殴ったら、やっぱり自分も一日寮謹慎の処分に預かるのだろうか。

もう一人の自分が目の前の眼鏡男を「ぶん殴れぶん殴れスカッとするぞ」と耳元で囁いており、なかなか魅力的な甘言に心が持っていかれそうになる。

「デュオ、この眼鏡男を殴る時は証人になってね」

「…頭に血が上り過ぎて、悪気は多分ないと思うんですけど」




頭を抱えるマクシミールの背後に数人の男子生徒たちが群がってくる。

騒ぎすぎたせいで余計なものを呼び寄せてしまったらしい。

元凶はほとんど目の前のマクシミールなのだが、ノエルに彼らの見覚えはなかった。どうも友好的とは言い難い雰囲気が顔に貼りついている。

「うるせえぞお前ら、静かにできねえのか」

「あ、ごめんね。もう食べ終わったらから出ていくよ」

退散する前にノエルが一応真面目に受け答えする。

よく見れば同じ一年生のようだが恐らく魔術科だろう。


「ふん、おいマクシミール。武芸科のやつらなんかと仲良くしてんじぇねえ」

やっぱりか。

もう何度目かという無益ないざこざだ。

今度こそ席を立って出ていこうとした時に限ってこれだから、間の悪さといったらない。

彼らが何を考えているのかはもう容易に想像がつくノエルである。

げんなりしたデュオの表情が視界に入った。

やはりこちらも同じ気持らしい。

また難癖付けられて絡まれるのも面倒なので、デュオに目配せしたノエルはトレイを抱え無言で席を立つ。


「どうでもいいことで俺に声をかけるな。以上だ」

いつもの気難しい顔になった統士長が何事もなかったように立ち去ろうとする。

どうやら彼も考えていることは同じらしいが、出来れば後始末はしていってもらいたい。

でないと、こちらに被りたくもない火の粉が降りかかる。


「おい、待てよおい!まだ何も話してねえだろ!」

状況に取り残された男たちが背を向けて会話を拒絶するマクシミールの肩に手をかけた。

「…話してなくてもお前らが話す先など分かっている。どうせあの人の下につけというのだろう」

清潔感のある端正な顔を不愉快に歪めたマクシミールが容赦なく男たちを睨みつけた。


あの人が誰のことを指しているのかノエルには分からない。

ただ今のこの状況に置いて、蚊帳の外は大いに結構である。

ノエルにとってはどうでもいいし全く興味がない。

むしろ先日の件を思えば、これ以上無駄に巻き込んでくれるなという心境である。

「…分かってんなら話は早え。そういうことだ。先輩はお前に目をかけてるんだ。羨ましいぜ」

「くだらんな」


持って行かれそうになる流れを力ずくで引き戻そうとするが、マクシミールは眼鏡を押しやるお決まりの仕草でそれを冷たく一蹴する。

ノエルは何となく立ち去る機を逃したので、やり取りを静観することにした。

どうやら非友好的な矢印は自分に向けられているのではなく、不機嫌を通す統士長に向けられているようだ。

自分事ではないと分かればお気楽なノエルである。

「何だと?!」

「くだらんと言ったんだ。俺は誰かに評価されたくてやってるんじゃない。軍団でも作りたいなら他を当たれと言っておけ」


「何だその態度は、てめえそれでも知事の息子かよ!」

「なぜ俺と親が結びつく?適当な先入観でモノを語るな阿呆が」

一気に不機嫌の色を濃くした様子はノエルにも見て取れた。

本気でキレる一歩手前の表情と口ぶりだ。

彼のただならぬ気配に気付いたデュオがマクシミールを止めようとしたが、それを手で制した統士長は感情を交えずに冷静に口を開いた。

「バラミストのやつの下に下れと?世迷言を述べたいなら、政治家にでもなれ。馬鹿馬鹿しい。そんなものをイーギスに持ち込むな。ここで俺がやることはただ一つ。学校運営を遅滞なく円滑に進めることだけだ。それ以外に興味はない」


男たちは再び臆したようだが、ここであっさりと引き返すわけにはいかないからか、マクシミールに向けて途端に弱弱しい愛想笑いを浮かべ始めた。

「だったら俺たちと一緒にお前の目的を果たせるだろ」

「付和雷同するしか能がないお前らと俺を一緒にするな」

真正面から堂々と切って捨てた表情に濃い侮蔑の色が灯る。

マクシミールが何やら難しい言葉を言っているがノエルには分からない。

ただ何となくの意味は分かるので、案の定男たちの表情が見る見るうちに赤くなっていった。

なにやら逆上させてしまったのは間違いないようだ。


「この野郎、調子に乗りやがって!」

「統士長は例外的に魔法の使用を認められているのはお前たちも知ってるだろう?許可も不要だ、最も説明責任は伴うが。勝手な価値観を押し付けようとする野暮で悪趣味な手合いにはお灸を据えるのも統士長に任命された俺の役目だろう」

丁寧に説明しているが、マクシミールの語気は鋭い。

彼の右手に薄赤い光が集積していく。


魔法にはそれぞれ固有の色が存在するがその原因は今もって解明されていない。

俗に三次元化学式と言われる魔術式を複雑に脳裏で組み上げる過程で色素が混入するらしいが、ノエルはそれをイーギスの教科書で知った。

武芸科でもメニフィス教官の初級魔法講義があるのだ。

彼の手に宿る色は、雷圧ボルティアの輝きだった。


「だからこそ一般生徒以上の高潔さが求められるわけだが」

「な、なんだよ、やる気かよ?」

「特別に出力は絞ってやるがどうする?まだ不毛な議論を続けたいなら、血を流す覚悟は決めておけよ」

元々目指していたから、彼が一年にしてすでに相当のレベルであることがノエルには分かる。


そしてそれが分かるからこそ、男たちも恐れをなしているのだろう。

同じ魔術科なら魔術訓練中のマクシミールを嫌というほど目にしているはずだ。

「舐めやがって。この野郎が!」

「いい加減そういうのはやめろ。俺たちが変わらないと来年入学する新入生も派閥に別れてしまう。不毛だ。俺の目指すところじゃない。自浄作用を促すには停学も必要かもな」

ノエルはマクシミールを少しだけ見直した。


校内での生徒同士の乱闘、私闘は厳禁である。

罰則は軽めなら厳重注意、一日寮謹慎に留まり、最悪なら強制退学もありえる。

先日までアリアンに言い渡されていた停学処分はほぼ二十日間に渡り、この間に編入してきたノエルは道理で彼女を見かけたことがなかったわけだが、停学以上退学未満だとすれば、余程の騒動を起こしたことは容易に想像がつく。

上級生であろうがお金持ちのお嬢様だろうが、気に食わなければアリアンは容赦しない。

普通の人なら尻込みしたり遠慮したりする肩書や地位を歯牙にもかけない。


彼女の生き方はアクセルを踏みっぱなしなのだ。

全くもって彼女らしいが、一歩間違えれば退学もありうるとなるとむざむざ放っておくわけにはいかなかった。

長期にわたる停学も何やら因縁を感じさせるジャス絡みである可能性が高く、あまり度を過ぎるともっと厳しい罰則を食らうことになりかねない。

停学明けでいきなりジャスを殴りつけるのは流石に心証が悪いが、そこはマルコ教官とジェフレン教官が寛容だった。

それにフランの悲しむ顔も見たくなかった。

そうなると、同じ剣術科の自分が彼女のブレーキ役になるしかないだろう。


まったく関係のないことを考えていたノエルはデュオの声に意識を戻された。

「彼はすでに一年の魔術科では最高評価を得ています。魔術専任のメニフィス教官達からの評価も高く、名実ともに統士長の器なのは誰もが認めるところです。魔術以外の成績もほとんどダブルエーですし」

「いるんだよね、そういう何でもできるやつって。あたしなんてビー取れたら嬉しいくらいなのに」

エーやビーという言葉が成績への評価基準なのは分かる。

地元の学校とは評価の仕方が違うようだが、イーギスに来るまでの成績では保体以外は良くて星三つだった。


「先週の試験では座学以外、僕はほとんどビーでした」

「外国から来たんだしデュオはしょうがないよ。問題はあたしだよ。テストのときとかノート見せてね。写させて」

写させての部分だけマクシミールに聞こえない様に小声で伝えた。

真面目で実直な彼が不正を見逃してくれるわけがない。

罪の意識が希薄なノエルの言葉にデュオの表情が見る見るうちに喜色満面になっていく。


「僕で良ければ喜んで!」

ノエルは首を捻るが、爽やかな同級生は力いっぱいにガッツポーズを決めた。

「…?助かったー。まあ、マクシミールはね、細かいところをぐちゃぐちゃ言わなきゃ尊敬できるんだけどね」

「決して間違ってはいないと思うんですよ彼は。少し頑な気はしますけどね」

ただの口煩い頭の固いやつではなかった。

それはよく理解できた。


ノエルとデュオの視線の先では、ネクタイを締めろとか制服を着崩すななどと親切に指摘しているマクシミールがいる。

最初は居丈高だった男子生徒たちが今や大人しくなっているのは、これでもかとばかりに眉根を寄せた不機嫌な統士長に逆らうのを恐れたからだろう。

何かにつけ粗探しみたく小言を言ってくるが、決して自分だけが標的ではなかった。

速射砲のように矢継ぎ早に放たれるマクシミールの正論。

それにズタズタにされていく彼らの心はきっと今ごろ後悔の念で一杯に違いない。


「まあねえ。てことは剣術はデュオとアリアン、魔術はマクシミールってことかあ」

「僕は分かりませんが、確かに彼女も有能な使い手のようですね」

「や、謙遜しなくていいよ」

デュオの強さはよく分かっているつもりだ。

「あの子もかなり強い。多分あたしじゃ敵わないかな」

顎に手を当てたデュオが呟くように言葉を吐いた。

「…ノエルさんのすごいところはたぶん試合では活かせないものだと思います。それが何なのかうまく言えないんですけど」

「ん、自分より強い人にそう言われると素直に嬉しい。でもまあ、それにさ、一番後ろから追い越してくほーがあたしにゃ向いてるよ。てっぺんなんて居心地が悪いわ」


マクシミールの方もひと段落しつつあるようだ。

ボロ雑巾にされた男たちが一斉に肩を落としている。

「アリーを探してくるよ。多分調理室にいるかもしんないし」

誰とも話をしたくないのなら調理室ほどもってこいの場所はないだろう。

なにせ離れにあるので誰も来ない。


同級生でありながら家庭料理研究会の代表を務めるフランも授業の時間以外は大抵そこにいることが多く、もう少し後で顔を出すつもりだったが、別に早めてもいいだろう。

「分かりました。じゃあまた後で」

手を振るデュオに笑顔を返し、ノエルはマクシミールの追撃を受ける前に足早にその場を退散した。

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