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かんかんしょかん

山では静かに大変なことが起こっていました。

かんかんしょかん。

かんかんしょかん。


森の奥へ。


かんかんしょかん。



かんかんしょかん。

かんかんしょかん。


もっと森の奥へ。


かんかんしょかん。



かんかんしょかん。

かんかんしょかん。


お宝たくさん。


かんかんしょかん。



春になったら、お宝こぼれる。



 ☆☆☆



 山に初雪が降りました。

 いつもよりも何日か早い。

 本格的な冬の到来です。


 この山の奥には動物たちが“ぬし様”と読んでいる大木が一本ありました。

 今は大木の方は朽ちてしまい、その脇にひこばえが出ています。

 その木の前で狐と狸が話をしています。

「狸さん、初雪が降りましたね」

「そうですね。寒い季節がやってきました」

 狸は若木を見ます。

「子狸たちから、若ぬし様が引っ越しを考えていると聞かされました。本当でしょうか? 狐さん」

 すると狐は困ったような顔になりました。

「どうもその話は本当のようです。ご自身で種を作れるようになったら、風に乗ってこの地を去るつもりのようです」

 でも、そうなったらこの山はきっと荒れてしまうでしょう。草花たちは全て若ぬし様に付き添って、移動してしまうからです。

 狐はそう言ってため息をつきました。

 そうなればこの山に住む動物たちは住処を失います。

 餌のとれない場所では、彼らは生きてゆくことが出来ないのですから。

 今もこの場から若ぬし様の気配を感じません。

 眠っているのか、大地を伝ってどこかへ魂だけ出かけているのか。



「こんなにも春のくるのが怖いことはありません」

 狐と狸は、どうしたらよいのかわからず、途方に暮れました。


 ☆☆☆


 初雪は山のふもとにある人間たちの住む村も白くします。

 その村の外れには小さな駅がありました。

 先程、二人の乗客を降ろし、電車は時刻表どおりに出発。

 駅のホームに残された二人のうち片方は老人。

 そしてもう一人の乗客は眼鏡をかけた小学生の男の子。

 老人はあまりの寒さに、駅舎の方にさっさと移動してしまいました。


「じいちゃん、雪だよ!」

 男の子は降り始めの雪をつかまえようと、ジャンプします。

「ワタル、ここで雪と戯れていると風邪をひくぞ」

 じいちゃんがくしゃみをしたことで、ワタルと呼ばれた男の子はすぐに自分の役目を思い出しました。

 自分が今回、じいちゃんとこの村に来たのは、両親からじいちゃんのお守りというか、お目付役を言いつけられていたからです。

 もし無事にそれを成し遂げれば、父親が今度発売されるゲームソフトをかってくれる約束です。

「は~い」

 ワタルは駅舎に駆け込みました。


 じいちゃんはというと、この村に住む知り合いのところへ電話をかけていました。

『トクちゃん』は話だけは聞いたことのある、じいちゃんの幼なじみ。

 ワタルはどんな人なのか、じいちゃんの話でしか聞いたことがないので少し緊張していました。

 ところがじいちゃんの電話の様子を聞いていると、トクちゃんはすぐに迎えにはいけないとのこと。

 駅のそばに村人たちが利用している図書室も兼ねている公民館があるので、そこで待って欲しいということでした。


「仕方ない。あいつのところは山奥の一軒家じゃから、タクシーを呼んだところで家に居なかったら凍えてしまう」

 二人は駅員さんに公民館の場所を聞くと、そちらに移動しました。

 雪はまだチラチラと降っています。


 ☆☆☆


 駅から二分もかからないところにある公民館は、とても近代的でした。

 自動ドアが開くと、急に背後から冷たい風が吹きました。

 そして中の温かい空気に反応したのか、ワタルの眼鏡が少し曇ります。

「あれっ?」

 このとき彼は何かモジャモジャしたものを見たような気がしました。

 でも、公民館の利用客に、そんな雰囲気の人はいません。


 二人は図書室の方に入ります。

 トクちゃんがいつごろ来てくれるのか分からなかったのと、公民館の休憩所よりも図書室の方が温かかったからです。

 ワタルは何か面白い本があるかと、本棚を見て回ります。

 でも、小学生でも読めそうな本はあまり多くなさそうです。


(ゲーム機、なんで忘れたんだろ……)

 出かける直前まで用意はしていました。

 玄関にそのまま置き忘れてしまったのです。

 気がついたのは電車に乗る直前。引き返すことは無理でした。

 ということで、ワタルはとにかく何か面白い本はないか、これは何かと図鑑などを見たりします。


 このとき彼は目の端っこに、再びモジャモジャしたものを見かけたような気がしました。

 どんな人だろうかと、再び視線を向けてみましたが誰もいません。

(あれっ?)

 モジャモジャの人がどこに消えたのかとワタルはその場に早足で近づきます。

 すると床に『林々』という題名の雑誌が落ちていました。

 拾って中身を見てみると、なにやら難しい内容のようです。

 ただ、ワタルにもそれが林業についての特集らしいということは分かりました。

 


 雑誌を元に戻して再び本探しをし始めた時、ワタルはじいちゃんに呼ばれました。

 トクちゃんが迎えに来てくれたのです。

 トクちゃんは丸い顔をした小太りの老人でした。

「お世話になります」

 ワタルが挨拶をすると、トクちゃんは「ゲンちゃんの孫かぁ。利発そうな子だな」と笑いました。

 じいちゃんは苦笑いをしています。

「ワタル君、ゲンちゃんが雪山に登ると言い出さないよう、見張りを頼むよ」

 その言葉にワタルは目を丸くしました。

 雪山登山など、この間まで風邪を引いて両親や親戚一同を心配させたじいちゃんにさせるわけにはいきません。

 でも、今でこそ書道家として名も知られているけど、感性の赴くままに動いて行方不明騒ぎを何度かしたこともあるので油断は出来ません。

「孫の前では無茶はやらんよ」

「まぁ、それがいい」

 トクちゃんはじいちゃんの言葉をあまり信じていないようでした。



 その日の夜、二人はトクちゃんの家に泊まりました。

 トクちゃんが貸し布団屋さんに頼んで、二人の布団を用意してくれていたのです。

 少し古めかしい作りの民家に泊まることになって、ワタルはドキドキしています。

 部屋の暗い場所から、何かが出てきそうな雰囲気があったからです。

 じいちゃんはというと、隣の部屋でトクさんと酒盛りです。

 二人の年寄りの久しぶりすぎて積もる話の多さに、ワタルは途中で飽きてしまい、先に寝ることになりました。


 布団の中にもぐり込むと、ぼそぼそと人の話し声がします。

(じいちゃんたち、まだ話をしている……)

 瞼を閉じると、今度は別の声が聞こえてきました。


(若ぬし様、本当に引っ越しをするの?)

(それはよく分からない。でも、人の土地へ行ったらしい)

(なんで?)

(知りたいことがあったようだ)

 妙にはっきりした会話です。

(かんかんしょかんにはなかったの?)

(あそこはもう古い本しかない)

(人が離れたからね)

(もう、ここも終わりだな)


 ワタルはこの夜、夢の中で、葉が落ちて幹と枝だけになった森を歩いていました。

 奇妙なことに森を出るとそこは春の風景だったのです。



 ☆☆☆


 かんかんしょかん。


 この奇妙な言葉がワタルの中でグルグルと回っていました。

 そこで、朝食の時にじいちゃんに尋ねます。

 じいちゃんとトクちゃんは、びっくりしたらしく、目をまんまるに見開いていました。

「やはり、かんかんしょかんは在ったではないか!」

「あ~っ、やっぱりあの人はいい加減なことを言っていたんだなぁ」

 なんの事だか、ワタルにはさっぱり分かりません。

「じいちゃん、どういうこと?」

 すると説明してくれたのはトクちゃんでした。


「わしらが子供のころ、かんかんしょかんに本を納品するしきたりがあったんじゃよ」


 かんかんしょかんとは“寒間書館”と書いて、この地方に伝わる冬にだけ現れる山のぬし様の図書館。

 元々はぬし様に五穀豊穣を願い、春から村で育てる農作物を報告をしていました。

 このとき、どんな風に育てるのかなどを和紙に墨で書いて火で燃やすと、ぬし様が煙になったそれを読んで力添えをしてくれると信じられていたからです。

 実際に昔は村人の何人かが、かんかんしょかんに入って、過去に燃やされたはずの書物を見つけたという話も伝わっていました。

 ただ、近年、それらはただの迷信として、村では徐々に廃れていきました。


「トクちゃん、ワタル。わしはかんかんしょかんに本を納めたい。手伝ってくれ」

 じいちゃんの頼みにワタルはびっくり。

 でも、トクちゃんは「わかった」と頷きました。

「ゲンちゃんが書道の道に入ったのも、かんかんしょかんのおかげじゃろ」

 その言葉にワタルは、またまたびっくり。

 詳しく話を聞くと、じいちゃんは幼いころ“かんかんしょかん”にひょんなことで入り込んでしまい、そのときに見せてもらった和本に書かれた字の美しさに心を奪われてしまったのです。

 あのような字を書きたい。あれは誰が書いた字なのだろうか。

 とにかくその字をもう一度見たくて、書道をやるようになったというのです。

「初めて聞いた……」

「そうじゃろう。わしもワタルには初めて言った」

 じいちゃん曰く、昔、そのことを他の人に言ったら、旧家の蔵に迷い込んだのかと、話が別方向にズレて面倒なことになったそうです。

 平安時代の絵巻物っぽいものが、とにかくたくさんあった気がすると言ったことが原因でした。


 嘘はついていないのに嘘つき呼ばわりされたじいちゃんは、それっきり“かんかんしょかん”のことは口にしなくなりました。

 ですから教えていないのにワタルが“かんかんしょかん”と言ったことに驚きつつも、嘘を言っていないと判断してくれたのです。


「じいちゃん、僕も本を納めたい」

 古い本しか置いていないのでは、ぬし様もかんかんしょかんの本を読み飽きているかもしれない。

 孫の気持ちを察したじいちゃんは、「わしも行きたいから、勝負じゃ!」と、大人げない発言をしました。

 トクちゃんから見れば、そもそも読んでもらえるのかわからないのですから。


「かんかんしょかんに納める本は、和装本で中身は筆で書いたものじゃ。鉛筆やマジックなどではダメだぞ」

 これも昔、かんかんしょかんに本を納めていた老人が教えてくれたことでした。

 当時、万年筆で書いたものを納めたら、その年の作物の実りがイマイチで、やはり神様に納める本は墨と筆を使ったものだと説明されていたのです。


 ぬし様に読んでほしいのなら、人はぬし様の読めるもので本を納めないとなりません。


「わかった」

 ワタルは筆で字を書くのは苦手でしたが、もしかしたら不思議を見ることができるかもと思うと、逸る気持ちを抑えることが出来ませんでした。



 ☆☆☆



 その日の夕方、山ににぎやかな人の声が響きます。


 かんかんしょかん。

 かんかんしょかん。


 ぬし様、元気かな。


 かんかんしょかん。


 声だけではなく、鈴や笛などでも音を出しているので、森の動物たちはびっくり。

 当然、人の地へ行って戻って疲れて眠っていた若ぬし様も驚いて起きてしまいました。


 若ぬし様は気がつきます。

 目の前には二冊の本。

 一冊は綺麗な字で描かれた、村の田んぼの稲作の計画報告。

 村人たちはどうも、昔と違う品種の米を作っているようです。

 若ぬし様はそれを読み始めました。

 二冊目は元気な字で書かれた本。子供の字のようです。

 中身はドングリの種類と、それを餌にする動物たちのことが書いてありました。

 字は上手とは言えませんが、挿し絵まであります。

 子供の名前も最後に書いてありました。

 若ぬし様は考えます。

 人が力を貸してほしいといっているのです。

 

 ここ数年の間、若ぬし様は何度か山のふもとの図書室に行ってみました。

 人の書いた本が読めるかと思ったのです。

 でも、一度も一冊も若ぬし様には読めませんでした。

 和紙と墨で出来たものがなかったから。


 若ぬし様は、久しぶりに寒間書館の扉を開けました。

 新しい本が来ました。

 新しい風が入ります。


 若ぬし様は、引っ越しするのを延期しようと思いました。


 ☆☆☆


 山に冬が来ています。

 動物たちは若ぬし様が引っ越しを取りやめたことにほっとしました。

 狸は言います。

「やはり、あの子供は私らの声を聞いてくれましたね」

 狐も答えました。

「危ない橋を渡りました。人の家の近くまで来たのは久しぶりです」

 見つかれば捕まってしまうかもしれません。

「ようやっと春が待ち遠しくなりました」

「ええ、待ち遠しいです」


 二匹は山の奥へと戻ってゆきました。


 ☆☆☆


かんかんしょかん。

かんかんしょかん。


生き物たくさん。


かんかんしょかん。



春になったら、遊びに行くね。


  ~了~

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― 新着の感想 ―
[一言] 宮沢賢治のような柔らかな話。綺麗です
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