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ここほし

「で?」

「何? 月君」

「なんで学校にいるんだよ」

「登校したから?」

「いつ退院したんだよ?」

「一昨日」

「『退院する日教えろよ?』『うん』って会話を一週間前にしなかったか?」

「したねぇ」

「で?」

「何?」

「何じゃねぇだろ! お前はぁ!」

「わーーーーー!」


 にこやかに話をはぐらかし続ける星の髪の毛を両手で思いっきりぐしゃぐしゃとかき乱すと、星から悲鳴に近い叫び声が上がった。 こいつの髪がよく絡まる性質なのを知っててわざとやってみる俺。


「うわー! すっごい凝っちゃってるじゃないかー! 月君のばかー!」

「何時も人を笑って裏切るお前が悪い!」

「だからってこんなにぐちゃぐちゃにしなくても良いだろー!」

「報復だ」

「もー! 展示会の準備こき使ってやる!」

「あんだと…!」

「皆―、酷いんだよ。月君ってば病み上がりの僕に展示会の用意は全部自分でやれって言うんだよー!」

「言ってねぇだろ! んな事!」

「じゃぁやってくれるんだ! ありがとー」

「ああー、やってやるのは構わないのになんだか腑に落ちない~」

「男だったら一度言った事は翻さないよね? って事ではいこれ」

「なにこれ?」

「買い物メモ。今から買って来て」

「何―!」

「行ってくれないの?」

「行くよ! ああ、行くともさ!」

「早く帰ってきてねー。準備まだまだあるからー」


 にこやかに手なんぞ振りやがって! ほんとにあいつは病み上がりか! 前にもましていい性格になってるじゃねぇか! くそ、他の天文部員も引きずり込んでやる。


「ただいま」

「お帰り」


 って、あれ? 天文部員全員いる。


「月…星が怖い……」

「なんかキャラが違うよう…」


 買い物帰りの俺を見るなり天文部員達がそう口を開いた。


「そりゃそうだろ、お前等今までホワイト星しか見た事なかったからな」

「こっちはブラックなのか……」

「月く~ん? 何かなそのホワイトとブラックってのは」

「お前の裏と表」

「心外だなぁ、僕は今までも誰の前でもずっと自分を見せてたよ? ただ月君への扱いが酷かっただけだよ」

「なお悪いわ!」


 そんな雑談を交わしながらも星は作業の手を止める事は無かった。どうやら解説用のスライドを制作しているみたいだ。


「なぁ星、それどれくらいやるんだ?」

「まだまだ。最初上手く行かなくてさ、今完成に近づいてるこれが一個目なんだ。月君も手伝ってよ」

「いや、手伝うの明日にしねぇ?」

「なんで?」

「外見てみろよ。もうとっくに施錠時間過ぎてんだぜ?」

「あれ? ほんとだ」

「今日はここまでで、明日にしようぜ」

「そうだね。仕方ない、皆帰ろうか?」

「賛成―」


 ガタガタと席を立ちながら各々作りかけの展示物を混ざらない様に片付けて帰路についた。

 そんな風に施錠時刻を過ぎてからやっと帰ると言う事を繰り返す事三回。


 今日は木曜日だ。


 展示会は金曜の放課後と土曜の授業終わり次第から施錠時間までいっぱいかけて行なうので、今日の放課後が展示物を作れる最後の時間となる。


「星、お前大丈夫なのか?」

「何が?」

「体調。学校で終らなかった分家に持ってって毎日遅くまでやってただろ? 病み上がりに寝不足はヤバイんじゃないのか?」

「平気だよ。ちゃんと五時間は寝てるもん」

「そりゃ寝不足ってんだよ。しかも病み上がりなのに、ぶり返したらどうすんだよ」

「大丈夫、絶対ぶり返さないから」

「なんで断言出来るんだよ」

「そう言う病気だったから」

「病名は?」

「忘れちゃた」

「あのなぁ……」


 またもや病名を聞き損ねた所で、やっと展示品が完成した。

 なんだ、凄いじゃん俺等……


「綺麗だねぇ………」

「だなー、宇宙にいる感じ?」

「ちょっといびつだけどね」

「手作り何だから仕方ねえよ」


 慣れない大工仕事の真似事をしたせいで背中の方が痛くなっていた俺は座り込むのと同時に仰向けに寝っ転がった。

 すると星も隣に転がった。


「他の奴等はー?」

「完成と共に帰られちゃった。皆忙しいみたいよ?」

「くそう、彼女持ち共が…」


 そう、年末には彼女のいなかった天文部員達に何時の間にか彼女が出来ていた。


「まぁ、今日まで手伝ってくれてたんだからいいじゃない」

「ま、そりゃありがたいけどよ」


 でも…

 俺も、気がついている。

 天文部の奴等でさえ気がついている。


 星の様子が、おかしい……。


 星は気が付かれていないと思っているみたいだから俺達も今まであえて聞かなかったが、時々俺達から隠れた場所で薬を飲んでいた。

 頭痛に耐えていた……

 きっと聞いてもたいした事無いと笑うだろう。

 だから聞かなかった。

 聞いて答えてくれたとしても、俺達には何も出来ない(医療関係で協力してやれるのは献血だけだ)のは分かってたから、だったら星がやりたがってる展示会の準備を一生懸命手伝ってやろうと、俺達は暗黙のうちに決めていたのだ。


「あのね、月君」

「あ?」


 この問いかけの後、しばらくの沈黙の後に、

 星はポツリと呟く様に言った。


「僕、脳腫瘍なんだって」

「……は?」

「後、三ヶ月持つか分からないんだって」

「な……」


 冗談だろ? 


 そう言おうとして、俺は言葉に詰まった。

 星は、凄く穏やかな顔をしていた。

 星は……驚いて起き上がった俺に会わせて体を起こし、何時もの様に笑った。


「発見が遅くて、進行もかなり進んでて、手術しても取れるかどうか分からない難しい場所にあるって悪条件揃っちゃってさ。もう、どうし様もないんだって」

「だって……、だってお前こんなに普通じゃないかよ! 何時も通りじゃないか! それなのに、いきなり…そんな……」

「ごめんね。言おうか悩んだんだけど…やっぱり月君には、言っておきたくて…」

「当たり前だ! それより、今まで何で言わなかった!」

「…特別扱い、されたくなかったんだ。大事に扱われるのは、疎外感を感じるんだよ…『あの子は他の子と違うから大事にしなくちゃ』『あの子は自分達とは違うから一緒に遊んじゃいけないんだ』…そんなのは、もう嫌だったんだ……」

「星……」


 昔、ほんの少しだけ星のうちのお手伝いさんに聞いた事がある。 金持ちのお坊ちゃんで、専属の家庭教師が家にやって来る様な『特別』な子は自分達と合わないから遊びに誘っちゃ駄目だと、子供なりの配慮が星を孤独にしたんだと。


 星は、せっかく出来た友達に『病気』と言う理由で『阻害』されたくなかったんだ…


「それでも、俺にくらい言ってくれても…」

「ごめんね…」


 いや、言っていた。

 星は、自分の命が短い事を、星を例えにして俺に伝えていた。

  【僕は赤い惑星なんだ】


 赤い惑星は、死の近い星……


「何時くらいから、分かってたんだ?」

「最初に休んだ時に、病名は。だけど、もう手術しても難しいって分かったのは割と最近なんだ。だから、月君が僕の事『青い星のイメージ』って言ってくれた時、凄く嬉しかった」


青い惑星は、生を受けた星……


「手術すれば、助かるのか?」

「可能性は、低いみたい」

「受けるんだろ?」

「うん」

「星」

「ん?」

「明日の展示会、成功させるぞ」

「うん」


 微笑む。


 何時もの様に……


 展示会の司会をしている時も星は…


 にこやかに

 嬉しそうに

 楽しそうに

 元気そうに

 一生懸命に

 愛想よく


   笑って、笑って、笑って………



 そして笑顔の記憶だけを俺達の中に残して、星は姿を消した。



 展示会翌日の日曜日に、星の家に行った……


「なんもない……」


 元々広すぎた家の中から、家具のいっさいが無くなって、余計その広さが身に染みた。

 なにか、何か無いかと、俺は家の中を歩いて、星のお気に入りの部屋にやって来た。


「……手紙も無しかよ」


 大きな天窓を仰いで、床に転がった。



  『ねぇ、僕達ふたご座みたいかな?』



「そうだな……」


  でも

 決して、カストルとポルックスの様に後を追ったりなんてしない。


「どっかで、同じ空を眺めているんだろ?」



  『うん』



 青い星が微笑む。


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