やつぼし
次の日、俺は学校で星に対するお見舞い品を受け取るのに苦労した。
「俺の机は受付カウンターか」
「別の場所にカウンター作るか? いっその事」
「そうしようぜ。これじゃノート取れない」
お見舞い品の数々は種類も豊富で、風邪薬から雑誌、漫画、メッセージカードなんかもある。
「うーわ、ゲームソフトまであるぞ」
「皆、お返しの事とか考えてないよなー。このままじゃ星お返しだけで破産しちまうんじゃねぇの?」
「言えてる」
多分皆お返しや見返りを期待しているわけではないのだろうが、貰いっぱなしは星が一番気にする所なのだ。
誕生日のプレゼントを上げれば、必ずそれと同等か、それ以上のプレゼントをこちらの誕生日に返してくれる。バイト代が入ったからとおごれば数日後に自然な形でおごられ返されている。
星のやる事は何時も自然な流れの中にあって、もしかするとこっちが気がつかなくて、必要以上に色々と返してくれているかも知れない。
でも、それを星に言うと
「そんな事無いよ。皆の気のせいだよ」
と微笑んで誤魔化されてしまう。
余りしつこく食い下がる問題でもないし、またなんかおごるか、貸すか、買ってやるか、なんかしてやればいいや、と何時も思っては機会を逃していたので、今回のノート代筆とプレゼントの受付カウンターは良い機会だと月は思っていた。
「星の事だから絶対全員になんか返すんだろうな」
「品物じゃなくて、また展示会やるとかでもいいんじゃないか? あれ好評だったし」
「そうなったら俺らは手伝いに借り出されるな・・・・・・」
「ま、それも一つの学園ライフってか?」
「青春だねぇ・・・・・・」
この時点で俺達は誰も星がなんで学校を休んでいるか、と言う本当の理由を知る事はなく、知ろうともしていなかった。
皆が皆風邪だろうとおもっていたからだ。
「まだ治らないのかぁ? ちゃんと医者行ってるか?」
俺がとうとうそう口にしたのは星が体調を崩してから一週間目の事だった。
「なんか、長引いちゃったみたいで。ごめんね毎日ノート大変でしょ?」
「いや、自分のノートコピーしてるだけだし、それより例のお返し、どうするよ?」
「そうだねー、月君の言ってた展示会の再展示アレンジバージョンを考えてたんだけど、どうにもまだ長引きそうでさ……」
「医者はなんて言ってんだ?」
「うん、色々一定期間ごとに一番いいお薬を出してくれてるから大丈夫だよ。いいお医者様だよ」
「ほんとか~? 実はいい人なだけでヤブなんじゃねぇ?」
「そんな事無いよ」
何時ものように星は笑うが、その笑顔には心なしか力が無かった。
一週間くらい長引く風邪も、あるかもしれないが、それでも治らない風邪は滅多に無いだろう。
しかも、学校に来ながら長引いてるんじゃなくて、家で寝てるのに長引いてるんだ。
ちょっとおかしい……。
「とにかく、後何日か通って治らない様なら医者変えてみろよ?」
「うん。心配かけてごめんね」
「気にすんな。そだ、お返し展示会ってどんな風にするか雰囲気だけでも書いといてくれれば俺等で準備しておくぜ?」
「ありがとう。じゃあ書いておくよ」
「おう、んじゃまた明日な」
「うん」
紺色で統一されたベットカバーの中に埋もれる星がとても白く…いや、青い星に見えた。
「? どうしたの?」
「…いや、お前って昔っからそうだけど、青白い星のイメージだよな」
「僕が『青い星』?」
「ああ。イメージがな」
そう言うと星は嬉しい時の、あの満面の笑みを俺に向けて『ありがとう』と言った。
嬉しそうな笑みだった。
なのに俺には泣いている様にも見えた。
だからもう一度まじまじと星を見返したが、星はニッコリ笑うだけで、別に泣いてなんかいなかった。
「どうしたの?」
さっきと同じ質問をされて我に帰った。
「いや、なんでもない。おやすみ」
「うん。おやすみー」
返事を返す星を振り返るようにドアノブを掴み、余り音が立たない様にドアを閉めた。
「あら、月君もう帰るの?」
階段を下りると何時ものお手伝いさんが廊下を通り過ぎようとしている所だった。
「ああ。課題あるから」
「あら、じゃあ星君の課題は大分溜まってるんでしょうねぇ?」
「大丈夫だよ。病人相手に課題出す程ウチの学校も鬼じゃないって」
「それならいいけど」
微笑むお手伝いさんに、俺は答えて貰えないの覚悟で星の事を聞いてみる事にした。
このお手伝いさんは何時も俺の大抵の質問には答えてくれたが、星に関しては星自身に聞きなさい、と言って答えてくれない。
「本人が話したがらない事を他人の私が話してしまう訳にはいかないでしょう?」
それが彼女の持論だ。
しかし例外もある。
誕生日のプレゼントなんかだ。
星は何が苦手で何が好きか、聞いても『月君がくれるなら何でも嬉しいよ』と言って、質問にちゃんと答えてくれないので、そう言う時にお手伝いさんは星に変わって質問に答えてくれた。
今回は…どうだろう?
「なぁ、星って本当に風邪なの? なんかヤバイ病気だったりしないの?」
単刀直入に聞いた俺に困った様な表情を浮かべてお手伝いさんは答えをくれた。
「それがね、星君は『もう子供じゃないんだから平気だよ』と言って、私達が病院に付いて行くのを拒むのよ。帰って来てから結果や薬の種類についてお聞きしても曖昧な答えでかわされてしまって…」
「怪しいじゃん」
「ええ。でも、小さい頃からただの風邪でもそうやって誤魔化す子だったから、今回のも本当に風邪かも知れないし」
「う~ん……」
この時俺は病院に無理やり付いていくか、病院の所在地を聞き出して抜き打ちで来訪するか、医者に聞き出すか、どれを実行しようかと悩んでいた。
しかし……
「お医者様もお父様のお知り合いの方で、私如きが訊ねた所で答えて貰えないでしょうしね」
「そうなんだ………」
きっと大学病院とかなんか偉そうな病院の医者なんだろう。
そうなるとさっきのプランは全部使えないな……どうするか…
「月君もそろそろ期末試験でしょう?」
「うげっ」
「星君は試験までに治ったとしてもちょっと難しいかも知れないけど、月君は追試なんかにならない様にしないとね」
「大丈夫っしょ。俺頭良いから」
「自分で言う子程危ないのよ~」
「ひで~!」
お手伝いさんにはこう言われてしまったけど、実は今回の試験かなり自身があった。
なんたって星の分と二回ノートを取ってるんだ。しかも星の方は分かり易いように解説なんかをつけて、だ。そら覚えるわ。
「何で…?」
「どうした?」
「どうしてだ! 月!」
「だからなんだよ!」
試験の返却後、俺は友達になんだか分からない疑問を向けられながら、掴みかかられていた。
「どうしてお前が合格点で、俺達が赤点なんだ~!」
「知能指数の差」
「むかつく~! むかつく~!」
「休んでた星でさえ合格してんのにな」
「え? 星試験何時受けたんだよ?」
「入院先。星がどうしてもって言って受けたんだと」
そりゃそうだ。
この試験は期末試験と言う名の進級試験。赤点だった奴も追試を受ければどうにか三年になれるシステムだが、全く受けない、しかもずっと学校を休んでいたとなると落第は必至だ。星が入院先ででも試験を受けたいと言うのはあたりまえだろう。
そう、入院先……
星はあれから急に高熱が出て、それが長く続いたせいで体が衰弱し、その為入院となってしまっていたのだ。
「大丈夫なのかぁ? 星」
「わかんねぇ。俺も最近会いに行ってないから…」
「冷たいなぁ。試験が大事かよ」
「ちげーよ! 星が試験終るまで来るなって言ったんだよ。自分のお見舞いに時間割いたせいで落第なんてごめんだからねって」
「あー、星らしいお言葉」
そんな訳で最近星の様子を見に行かせて貰えなかったのだが、試験結果発表も終った事だし今日から早速病院に行ってみようと思っていた。
「じゃあさ月、今日はお前一人で行って、平気そうなら俺等も今度行くよ。お前でさえ駄目なら俺等なんかもっと駄目だからな」
「なんだそれ? お前等が居てもいなくても面会謝絶なら謝絶だろ?」
「そうじゃなくて、心休まる気を使わずに話せる友達のお前なら平気だけど、気を使う友達の俺達が居たんじゃ余計疲れるかもしれないだろ? だからお前が先に様子を見て、意外と元気そうなら俺等が行っても平気だろって事」
「お前等……意外と星の事見てるな」
「まぁね。人当たりはいいんだけど根底では人見知りっぽい感じだからな」
「ん~、っつうかお前等は『友達』俺は『親友』って事かな」
「自分で言ってるよおい…」
「そりゃそうだ。少なくとも俺はあいつを親友だと思ってるからな」
なのに、その俺にまでいまだ詳しい病名を説明しないのはどう言う事だ! 今日こそは絶対聞いてやる!
「テストどうだった? 月君」
「第一声がそれかい」
「だって気になるじゃない」
ニコニコと何時もの笑顔を浮かべながら、星が勧めた椅子に座ると、俺は二人分の結果表をカバンから取り出し、星に渡した。
「二人とも合格。お前にいたっては学年五十番以内だ」
「月君は百番以内だね」
「やな奴」
「仕方ないよ、元が違うんだから」
「さらっと凄い事言うなお前」
「そう?」
すげー嫌味な事を言われても、俺は内心嬉しかった。 星の顔色が思ったより悪くない。
喋ってもつらそうじゃない。
実は物凄くひどい病気なんじゃないかとついさっきまで心配していたもんだから、そうたいした事無さそうな星の様子を見てかなり安心した。
「クラスの奴等が見舞い来たいって言ってるけど、大丈夫そうか?」
「なんだ、今日一緒に来れば良かったのに」
「大勢の人間と喋るの大変かもしれないから、お前先発で言って来いと言われた」
「なにそれ?」
「つまりはお前の体を気遣って俺に様子を探らせたわけ。お前学校じゃかなり重い病気だと思われてるからな」
「そうなんだ。皆に心配かけちゃったねー」
「何時頃退院出来そうなんだ?」
「ん~、ついでだから春休みも病院に居ようかなって。だから新学期は頭から行くよ」
「そっか、じゃあ例のお騒がせしました展示会は三年になってからでいいな?」
「うん。今の内に会場押さえられる様なら押さえて欲しいけど」
「どこがいい?」
「各議場!」
「はぁ? あんなだだっ広い所でどうすんだよ? そんなにどうやって飾るんだ?」
「この間のミニプラネタリウムの応用編だよ。あれと同じのを上下に設置して僕が生で星座の説明するから、それに合わせて月君達に星座を線じゃなくてギリシャの人物とか絵も描いたスライドをその方角に投影させるの」
「よく考えるなそんな事……」
「暇だったし。それに星座を別に投影させるならミニプラネタリウムの元になる星の紙は適当に大きさ変えて穴あけるだけですむでしょ? 各議場って電気いっぱいあるからその個数分かける2で作らなきゃならないから簡単な方が良いし」
「でもさ、暗い場所の足元に装置が転がしてあるのはいくら光ってても危なくないか? 絶対誰かつまづくぞ」
「う~ん、そっかぁ。やっぱりそうだよね…回避する方法はあるんだけど、ちょっとお金かかっちゃうんだよね……」
「どんなんだ?」
「床を底上げするの」
「あ?」
「床の上に装置を置いて、装置のまわりに柱を立てて、その上に透明の板を乗せて、お客さんにはその透明の板の上に乗ってもらうの。でもそうすると板のお金がかなりね」
「かかるな…しかも各議場の広さ分って言ったらかなりあるぞ」
「安いのじゃ強度が心配だしねぇ」
「カンパは?」
「心配させてごめんなさいの展示会なのにお金貰っちゃ駄目でしょう?」
「だよなぁ…部費一年分使い込むとか?」
「う~ん……でも、僕の私用だしね…部費で出せる限度以上は自腹切るよ」
「マジでぇ? 相当行くぞ?」
「平気だよ。僕あんまり買う物無いからおこずかい減らないし。割と溜まってるんだ」
「そっかぁ? 星がいいなら、止めはしないけどさ、あんま賛成できない…」
「いいじゃない。僕は好きな事にお金かけてるんだから。他の子達がCDとか雑誌とかにお金かけるのと同じだよ」
「それが学校でやる催し物ってどうよ?」
「皆に見て貰うのが楽しいの」
そう言って星はまた笑った。
ほんと色々企画するの好きだよなぁ。
「細かい事は書いておいたから、約束どおり準備しておいてね」
「へーいへい」
雑談が続く中で、星の機嫌も良いし、体調も良さそうなので俺は自然な流れの中で星に病名を問いただした。
「で? 病名は?」
「僕は“赤い惑星”なんだよとだけ言っておくよ」
「それ某アニメキャラのパクリじゃん」
「病名に近い物はあるよ」
「わけわからん」
「何時もの事じゃない」
「笑って誤魔化そうとしているだろ?」
「わかりますか?」
「わからないでか! 吐け! 病名は一体なんなんだ?」
「草津の湯でも治せない病気」
「…恋の病で知恵熱が続いてるってか?」
「そうかもね」
「マジかよ?」
「どうでしょう?」
「おまえなぁ……」
こいつ絶対言わない気だ。
こう言う時星の頭の良さが嫌になる。語彙が多い分、絶対に真意を見抜けない様な曖昧な言葉を続けられて『言いたくないならもういいや』って気になって来る。
「退院する日時決まったら教えろよ」
「うん」
そう言ってその日は帰る事にしたが、その日の最後に交わした会話が裏切られるまでに一週間とかからなかった。