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なぼし

「え? 星が休み?」


 それは三学期ももう終わりの頃だった。

 朝星から電話が来た時は寝過ごして用意が出来てないから先に行っててくれとの事だったのに、あいつは学校を休んでいた。


「皆勤賞狙いが、どうしたんだ?」

「月何にも聞いてないのか?」

「いやぁ?」

「女どもが煩いから様子見に行くついでにこのプリント持って行ってくれないか?」

「ああ、わかった」


 そう言えば、星が風邪を引いた事なんて見た事なかったなぁ。

 俺は初めて気がついた。

 この八年間毎日ずっと片時も離れず一緒に居たわけじゃないから、俺の知らない所で風邪くらい引いてるかもしてないけど、少なくとも高校に入ってからは初めてだな、と思った。


(無い、と言えば星の両親見た事無いぞ)


 気がついて見ればおかしな物だ。

 俺はこの八年間、星の両親を見た事がない。

 一緒に住んでいるなら、あんなに何度も泊まりに行っているのに一度も顔を合わせないと言うのもおかしい。

 そこから俺の出した結論は何かの事情で星は両親と一緒に暮らせないのだ。

 その結論に行き着いてから、俺は何となしに星に母親の事を聞いて事がある。

 星の答えはこうだった。


『母さんは大分前に星になったんだ』


 つまり、亡くなっていると言う事だ。

 だったら尚更なんで父親と暮らしていないのかが気になった。

 それで、思い切って聞いてみた。


「実は父さんには、会った事無いんだ」

「は?」

「母さんはね、愛人だったんだって。大勢いる愛人の中の一人だけど」

「でも、だけど会った事無いって……」

「書類上の認知はして貰ってるよ。この家も建ててくれたし。でも顔を見た事は無いんだ。父さんは僕の誕生日も知らないんじゃないかな?」

「おいおい……」


 最初にあった頃に確か父親は働いていると言っていた気がするけど、どんなおっさん何だかいっそ見てやりたいぞ。


「だからね、僕は星なの」

「?」

「大勢いる愛人がそれぞれで生んだ星の数ほどいる息子の一人って事」

「けどさ……ひでぇじゃん! そんなほったらかしにしてるくせに学校にも行かせないで家継ぐ為の教育だとか何とか言ってお前の自由制限しといて、高校はレベル高い所じゃなきゃ許さないとか言っといて、顔も見た事無いなんて!」

「大人って勝手な生き物なんだよきっと」

「だったら大人になりたくないなぁ…」

「何言ってんの高校生が」

「だってさ、人の親友そんな目に合わせるなんて親でも許せないだろ!」

「そうかな?」

「違うのかよ?」

「僕はそれなりに父さんに感謝してるよ?」

「なんで?」

「だって、ここの土地を買って家を建ててくれたから月君に会えたんじゃない」


 そう、微笑みながら言われた日には……

 あの時、それ以上何も言う事が出来なかったっけ。 

 そんな事を考えながら帰路についた俺は、自宅に行く前にそのまま星の家に寄った。


   ピンポーン


 家の作りの割にありきたりなチャイム音がしてからニ・三秒かかってやっと応対があった。


『はい。お待たせ致しました』

「あ、あの月です」

『あら、月君。いらっしゃい。今鍵開けますからね』


 声と話し方からしてお手伝いさんの中でも一番古いおばさんだろう。

 いつもインターフォンには星本人が出るのに、やっぱり寝込んでるのか……

 ところで、今さらっと言ったけど、星の家にはお手伝いさんが居る。しかも三人も。三人で色々家事を分担してやっているみたいだけど、前に一番若いお手伝いさんが密かに俺に愚痴をこぼした。


『主人より私達の方が人数が多いなんて…… 一体ここの親は何考えてんのかしらね』


 三人のお手伝いさんは皆住み込みで、俺がよく泊まらせて貰ってる母屋から渡り廊下で繋がっている別館に寝泊りしている。 しかも別館との間にある扉には三つの鍵とパスワードの入力があって、お手伝いさんそれぞれが鍵を持って、三人揃わないと鍵が開かない様になっているそうだ。


 防犯の為と、一応血のつながりの無い男女が一緒に暮らす上でのけじめ、と言う事で星もそのパスワードは知らないんだと。


「…って事は今は? 星寝込んでて動けないんでしょ? 誰か母屋に泊まってんの?」

「いぃえ、星君がいいって。用がある時は部屋にある呼び鈴を押して貰う形になってるんですよ」

「ったく、寝込んでる時くらい甘えればいいのに……」

「ほんと。私は二人の事、本当の息子みたいに思ってるのに…ちょっと寂しいわね…」


 少し寂しそうな表情でお手伝いさんは呟いた。


「きっと心配掛けたくないから平気なふりしてんだろうけどさ。あいつやさしいし」

「そうね。星君は色々と気を使う性格だから、根が本当にやさしいのね」


 今度は嬉しそうな表情だった。

 ほとんど自分が育てた様な物だし、小さい頃からずっと一緒に暮らしている人間が誉められるのはやっぱり嬉しいのだろう。俺は勝手にそう思っていた。


「星君、月君が来てくれましたよ」


 どうぞ、と言う声が室内から聞こえて来た。ドア越しのせいか体調が悪いせいか、何時もより少し低い声だった。

 お手伝いさんはドアを開けてくれた所で部屋には入らず、自分の持ち場へと帰っていってしまった。


「お帰り。ごめんね連絡しないで」

「ほんとだよ。携帯番号教えてあるだろ? 電話して来いよ」

「うん、しようと思ったんだけどね、家で寝てると休み時間が何時からだったかわからなくってさ」

「じゃあメール入れろよ。…って、お前携帯持ってないから出来ないか……」

「パソコンのネットもやってないしねー」

「買え」

「嫌」

「連絡取り辛いだろー?」

「電波嫌いなんだよね。それに携帯電話で話すほど遠い距離に居るわけじゃないし」

「つまりは会いに来いって事か……」

「用事があるならお互いの顔を見て放さないとねー。あ、大丈夫。僕もそっち行くよ」

「いいよ、呼び出せば来るよ。うち狭いし」

「うん。ありがとう」

「風邪か?」

「みたい。熱ももうあんまり無いし、少しだるいだけだから明日には学校行くよ」

「いい機会だからもう一日くらい寝てれば? 一回休んじまったら皆勤賞も狙え無いだろ。サボっちまえよ」

「月君不真面目―」

「おうよ。俺はいかに授業以外の時間に勉強をしないですむかが学生生活の中で一番のモットーだからな」

「確かに授業中だけきっちり話し聞いてれば予習復習しなくて良いもんね」

「だろ? で、その授業のノート」


 数枚のルーズリーフをカバンから取り出して星に渡した。

 こう言う時クラスが同じだと言うのは便利だ。いちいち借りに行ったりしないで自分の ノートを渡せばいいからな。


「月君、自分の勉強は?」

「やらないよ。課題も無いし」

「明日の授業は?」

「ルーズリーフなら貸してもまた他のに書けば良いんだし」

「それじゃあ借りておくね」

「うむ。じっくり読むが良い」


 病人をずっと喋らせるのも悪いので、俺はこの辺で帰る事にした。

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