むつぼし
物語に飲み込まれる様に見入っていたオープニングームービーが終わると主人公がコンピューター操作で勝手に動いてある程度話しが進んだ所で名前の入力画面になった。
「名前…」
「やっぱこれだろ」
俺は二人でゲームをやる時には絶対使ういつもの名前を入力した。
『ソラ』
「この主人公普通の高校生なんだって」
「ほほう。じゃあ巻き込まれ系の冒険の旅ってやつか?」
「だね。月君実際にこんな風になったらどうする?」
「あー? わかんないなぁ……でも、冒険する…かな?」
「月君は冒険者とか勇者とか似合いそうだよね」
「そっかな?」
「うん」
「お前、賢者とか魔法使いとか似合いそうだよな」
「なんか怪しげな職じゃない? 二つとも」
「賢者は怪しくないだろう。大体魔術系の回復ないと勇者も大変だぜ?」
「そうだね」
星が嬉しそうに笑った。
何が嬉しかったのか、相変わらず俺にはわからなかったけど、俺の言った事で星が嬉しそうに笑ってくれるのは、俺もなんか、嬉しかった。
星と二人でゲームやったり、漫画読んだり、ビデオ借りて来て見たりしたダラダラしているようで色々やってるこの時間が好きだった。
第三者が聞いたらきっとわけわかんない凄く実のない会話何だろう、この時間がとても心地よかった。
結局俺がコントローラーを持って、星が説明書を読んでゲームをやっていたと言う事に気がついたのは後日になってか
らだった。
「月、星。明日だって? 展示会」
「おーよ。気合入れて作ったから見てけよ」
「金取るの?」
「アンケートを取る」
「アンケート?」
「来客数を調べる為にも入り口で学年と組、名前を書かせる程度だけどな。出口には感想書いて貰う様の紙置くけど、こっちは強制じゃないし」
「入場者数が多ければ部活に格上げして貰えるんだよ」
「そっかぁ、それでお前ら気合入れて作ってたんかー」
「そう言う事」
「おっし、じゃあ俺も一役買ってやる! 部活とか他のクラスの友達とか色々口コミで広げといてやるよ」
「お、サンキュー」
天文同好会に良く遊びに来てたクラスの奴等は俺達が実は色々活動していた事も知ってたし、何より自分達で企画して何かを作り上げるのが好きな連中だったから、今回の事でも色々と世話になった。
後は明日の展示会が上手く行くのを祈るだけだった。
「あれ? 星、何それ?」
「んー? 工芸部の今村に協力して作ったんだ。簡易小屋、の一部」
「どうするんだよ?」
「やっぱり頑張っても教室二つ分しかパネル埋まらなくて空洞出来ちゃってるでしょ? 今黒パネルで仕切ってあるから一応当初の目標通りな作りは出来たけど、空いちゃってるスペースにこれ入れて、ニ・三人だけ入れるミニプラネタリュウムを作ろうと思ってさ」
「たって、どうやるんだよ?」
「この小屋と同じ円角度の透明な半円プラスチックに星座の形に穴を開けた黒い紙を貼り付けるんだ」
「……で、ライトの上に被せて小屋の中央におくってか?」
「正解。ご褒美にこれ上げる」
「って、星座作りかけの黒紙どっさり渡されても嬉しくないぞ」
「僕これから放送室に行かなきゃいけないんだよ」
「何しに行くんだ?」
「この小屋の中で聞いて貰う様の星座の説明を録音しに行くんだ」
「って事は?」
「うん、動かないし僕も長々喋りたくないし、何より数人しか入れないから長居されるのも困るし五・六分程度だよ」
「一季節オンリー?」
「オンリーだよ。だからそれ頑張って作ってね。月君の好きなオリオン座だよ」
「どうせそれしかわかんねぇよ」
そう、俺は散々星に星の話しを聞いてきておいて、パッと空を見て分かる星座は『オリオン座』のみなのだ。
俺はどっちかと言うと星座よりも神話の方に興味が行ってしまって、ギリシャ神話の方にやたら詳しくなっていた。
星の撮った写真に俺の書いた神話。
星座にまつわる逸話を星がリストアップして、俺がそれを展示用に加工する。
そうしてやっと展示会の当日となった。
「星! そっちまだ空かないのか?」
「まだ。って言うか予約が後三組くらい入ってる」
「なんだとー!」
「叫ばれても仕方ないよ。世の中早いもの順主義だもん」
「こっちも人ごみでゆっくり見れないって苦情が出てるんだよー」
「う~ん。仕方ないね」
そう言って星が取った行動は、説得だった。順番待ちの列に向かってにっこり微笑み、よく通る綺麗な声で声を掛けた。
「大変お待たせしてすみません。申し訳ありませんが僕達はゆっくり楽しんで頂ける空間を提供出来れば、と思っていたん ですが予想を上回るご来場でこちらも対応しきれず困惑している所です。宜しければ明日、明後日も開催いたしますので日を改めてご来場していただけないでしょうか?」
怒鳴るでもなく、強制的に列を切ってしまうでもなくただ自主性に任せたお願いをしているだけ。
それでも効果は覿面だった。
十人程を残して後の連中は明日以降に来る事を約束して帰っていった。
「相変わらず凄いな、お前の人徳とやらは」
「きっと皆も待ちくたびれてたから帰ってくれただけだよ。でも良かったね。皆明日も来てくれるって言うしきっと部活に格上げして貰えるよ」
「ついでに部員も増えると嬉しいけどな」
「そうだね」
希望形で言ったその言葉は数日後、顧問の悲鳴と共に現実の物となり、天文同好会は一気に天文部へと昇格を成し遂げた。 部活の発足で仕方なく部長に星。副部長には俺が就任し、細かい部活の活動内容やら方針やら部室決めやらで慌しく過ごした二学期にもやっとの事で終わりを告げ、俺達は冬休みに入っていた。
「やっと終ったぁー!」
「二学期って言っても展示会からだから一ヶ月くらいで全部やったからねー。流石に大変だったね」
「もー、なんか授業よりそっちの方やりに学校行ってたみたいだぜ」
「でも楽しかったね」
「そうだな。でも楽しいのはこれからも、だろ? 観測会だってあるし、お前念願の部活になったんだから」
冬休みに入って、天文部は星の家で観測会をやる事になっていた。
単に皆で集まって騒ぎたいだけなんだが、観測会という事にしておけば部費から飲食代も出せると言う事でこうなった。 後で多少の写真とその星に関する文章を添えて提出すれば文句は言われないだろうし、俺と星はそんな物作るのに苦も感じないし、一日あれば出来るしな。
「でも結局部員になったのってクラスで展示会手伝ってくれた人たちばっかりなんだよねー」
「顧問の話しじゃ後は単にお前目当ての女とか冷やかし半分の奴とかばっかりだったみたいだぜ?」
「月君目当ての子も結構いたみたいだよ?」
「うそ! マジで? 俺聞いてないよ」
「勿体無かったねー」
「あーあ、せっかくの出会いのチャンスが… 年越しも野郎ばっかり集まって……」
「月君は僕と年越しするの嫌?」
「嫌なわけねぇだろ? 何言ってんだ急に」
「今嫌そうだったから」
「嫌って言うか…華がないなぁ…と」
「皆、普通は彼女とかと年越しする物なのかな?」
「彼女持ちは皆そうだろうなー」
「って事は、天文部員は皆彼女いないって事だね」
「うわ、寂しー」
「僕は月君とまた年が越せて嬉しいけどな」
「あー、そういや毎年一緒にいるよなー。二人だったり、うちの家族と一緒だったり、日の出見に行ったり、家の中でごろご ろしてたり色々だけど」
「今年は賑やかだね」
観測会は一泊二日で年をまたいで行なわれる事になっていた。
星も見るだろうけど、きっと皆で星の家の巨大テレビでゲームやったり特番見たりして騒いでる時間の方が長いんだろうなー。
そう思っていた観測会は、家主星の提案で、本格的に星の観測会に変わりつつあった。
星は、外でバーベキューをしよう、と言っただけなのだが、皆が星の家に着いて、荷物を置いてからの提案だった為、それから買出しに行き、準備しているうちにもう辺りは暗くなり始め、食ってる時に誰かが
「キャンプしてるみたいだな」
と言い出した事によって、みたい、ではなく、本当にキャンプをする事になったのだ。
「星。お前んちなんでシェラフこんなに大量に持ってるんだ?」
「う~ん。何でだろうね?」
「って、お前が俺達に聞くなよ」
下らない話しはいつまでも尽きず、夜中までひとしきり騒ぎ、カウントダウンをして、写真も各自適当に撮り、深夜三時を回った頃には人数分の寝息が聞こえてきていた。
ふっと目が覚めた俺は星の姿が無いのに気がついた。
(トイレかな?)
キャンプ、と言ってもここは星の家の庭。
トイレは家の中に戻らなきゃならない。目が覚めたついでだ、と俺は家の中へと入って行った。
(あれ? トイレ空いてる。どこ行ったんだ星は?)
そう思いつつ用を済ませ、なんとなくあの部屋に星が居る様な気がして階段を上った。
「やっぱりここに居たか」
「月君。よくわかったね」
星お気に入りの『星の見える部屋』だ。
「……なぁ星」
「んー?」
「お前、もしかしてあいつ等家に入れたく無かったのか?」
「どうして?」
「いや…なんとなく」
「そっか、分かっちゃったか」
「嫌だったなら、合宿って事にして他の施設とか使っても良かったんだぞ?」
「うん。でも今年は家で年越ししたかったんだ」
「…じゃあ観測会の日にちずらすとか、言ってくれれば出来たのに」
「ありがとう。でもね、皆と一緒にも過ごしてみたかったんだ」
「ふぅん……」
「ごめんね、我が儘な事言ってて」
「別にいいよ。お前いつもこっちに気ぃ使うし、たまに我が儘言ったって。あいつ等も気がついてないみたいだし」
「こんな事言うのも変かもしれないけどね、なんとなくね、嫌だったんだ。あのテレビでゲームやるのも、この部屋で星を眺めるのも、いつも月君と二人だったから。そこに他の人が入るのが」
「………」
「ごめんね。変だね」
「いや……なんか、そんな風に言って貰えて、微妙に、嬉しかった…ぞ?」
なんで嬉しかったのかは分からない。 でも、友達に大切にされてるって、嬉しいものだよな。
素直な感想を口にした俺に、星はいつもの様にニッコリと笑顔を向けた。
その笑顔は、嬉しそうな何時もの笑顔だったのに、なぜだろう?
星明りのせいかもせれない。星の姿がとても青白く、儚げで、頼りなく…壊れてしまいそうに見えた。
「ここに来ないと見えないんだ」
「え?」
「庭でもね、星座は沢山見えるんだけど、ここに来ないとこの家が邪魔で見えない星座があるんだ」
「何座?」
「ふたご座」
そう言って星が指差したのは同じ一等星と言う一番明るい星の階級を貰っているのにも関わらず、輝きの違う双子星だった。
「仲の良い双子、カストルとポルックス。でも兄カストルは元気で弟ポルックスは病弱に産まれついてしまった。だけど、兄が外であった事を弟に話してやり、弟はその話しを聞くのがとても楽しみだった。だけど、ある日突然の発作で弟ポルックスは死にいたり、兄の深い嘆きを不憫に思った神が、二人を永遠に離れぬようにと星にした。って言うのがふたご座 の逸話なんだよ」
「へぇ~。じゃあ同じ一等星なのに光り方が違うのはその産まれ付きの体力の差って事なのか」
「天文学的に言えば違うんだろうけど、そう言う事になるよね。ね、僕達双子じゃないけど、カストルとポルックスみたいに仲良いかな?」
「どうだろう? その双子がどれくらい仲良しだったかわかんないから何とも言え無いけど、俺はお前が友達で良かったと思ってるよ」
「……ほんとに?」
「こんな恥ずかしい台詞、嘘でも言わないよ。だけど、お前だから、言った。星と一緒にいるのは楽しいだけじゃなくて、な んか、安心するって言うか、そんな感じがして、すごく好きなんだ。星の考え方とか、感性とか、そう言うのも好きだしさ」
「嬉しいな」
「あー、なんか女に告白してるみたいに恥ずかしくなって来た! そろそろ戻ろうぜ。眠いし、俺等だけあったかい家の中に居たら後であいつ等にどやされる」
「うん」
「うわっ、さみー! 中にいたから余計寒く感じるわ」
「そうだねー……、月君」
「あ?」
「月君がカストルで、僕はポルックスだね」
「……なんだそれ?」
「うるさいカストル物静かなポルックス」
「なんだとー? うるさくて悪かったなぁ」
冗談だよ、と言って星が笑う。
俺も笑った。
その笑い声がうるさいと他の天文部員達が目を覚まし、こんな夜中に近所迷惑となるのは分かっていたが、また一騒ぎした後やっと俺達は寝静まった。