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とぼし

「さみ・・・」


 1月の夜。

 久しぶりの実家への道。

 俺、(ユエは高校を卒業して大学生になっていた。

 大学でなにを勉強してるかって? もちろん『天体学』


「こんな時間に帰ったら、驚かれるより怒られるかな?」


 夜の街をテクテク歩きながら一人ごちる。

 今の時間は午後9時40分。

 家に着く頃には10時になっているだろう。


 年末からずっと、大学の天体観測合宿と研究で家に帰っていなかった俺は、今日やっとそれらから解放され、帰路についたのだ。


 自宅の前に着くと、電気が点いているのに少しホッとする。

 帰って誰も起きてなかったらカギが開かないからだ。


「ただいまー」


 ガラリと引き戸を開けると、丁度玄関を通りかかっていた母と目が合った。


「え? 月??」

「なに? 月だと?!」


 驚く母の声に玄関横のリビングから父も顔を出した。


「ただいま」


 一瞬の沈黙


「月ぇ~~~~~~~~!!」

「痛っ! いた! いたたた! 痛いって!! なんだよ! イテっ! 久しぶりに帰ってきた息子に対して、いきなりヘッドロックかます母親なんて聞いた事ないぞ!」

「久しぶりだからよ、このバカ息子!! 電話もよこさないし、かけても研究所の電話何時も留守電だし、あんたの携帯は電波届かないし!」

「俺等は夜起きて昼寝てんだから、電話は留守電で当たり前じゃんよ」


 星の観察を行うには、やはり夜が条件としては好ましい。

 だから、俺達の合宿中の生活は通常生活の真逆だった。


「だったらそれを言っていけば良かったでしょう!」

「悪かったって!」


 謝罪を口にした所でやっと解放され、首やら肩やらを擦っている俺に、リビングで静観していた父が、いきなり『明日はどうするんだ?』と聞いてきた。


「明日? なんかあったっけ?」

「・・・成人式だろう」

「ぁあ~、そっか」


 盛大な溜息とともに父が言った言葉に、そんな一大イベントも忘れていた自分に少し驚いた。

 だから、母はあんなに連絡が無かった事を怒っていたのか。


「式に出るなり、なんかするなら今からスーツ出しとくわよ? 着物は無理だけど」

「う~~、どうすっかなぁ」


 成人式事態はどうでも良かった。ただ、中学高校と地元の人間が多かったので、きっと成人式場は、同窓会と化すだろうと予想はついた。

 高校を出てから会っていない友達も結構いたし、会いたいとも思ったが、今から準備するのはもっと面倒だった。


「いいやぁ。行かない。散歩ついでに式の時間に会場の方まで行って来るから、それで良いよ」

「明日、休みなのね。じゃぁ」

「うん。三日休み」

「そうか。じゃ、今日はもう風呂入って寝ろ」

「そうする。おやすみー」



 翌日はバカみたいに晴れた。

 綺麗な青空が広がっている。きっと着物が綺麗に栄えるだろう。

 風が少しあったけど、それはそれで気持ちよかった。


「おし、散歩行くか」

「ワン!」


 白い犬が、俺の足にバフバフと尻尾をぶつけつつ喜んでいる。

 父や母の散歩だと、距離は少し短めな上走ってくれないのでこいつは俺と散歩に行きたがる。


「今日は少し遠くまで行くぞー。成人式の会場は、裏の方に散歩コースがあってな、犬の綱外して走らせていい所があるから、そこで放してやるからな」

「ワウ!」


 タッタカ歩きながら尻尾を振り続けているでっかい犬に、なんだかんだと話し掛けながら歩く。

 道行く子供に構われつつ、犬友達に挨拶しつつ、マーキングもしつつのんびり一時間の散歩だ


「おー、結構いるなぁ」


 会場に着くと、着物やらスーツやら袴やらの集団がワラワラいた。

 市会議員やらを呼んで、新成人としての心構えなんぞを語っているはずの会場内に、殆どの人間が入っていないのが笑えた。皆会場の外にある広場で写真を撮ったり話をしたり、同窓会気分を満喫中だ。

 その中に、見知った顔を見つけて近づいていく。


「あ! 月!」

「え? 月君? どこにぃ?」

「よー。久しぶり―」


 高校の天文部だった奴等だ。

 そばにはクラスメートだった女子達の顔もある。


「久しぶり―って、月! お前なんで私服なんだよ!」

「え、散歩がてら寄っただけだから」

「散歩?」


 と、元天文部員が俺の手から伸びるリードを辿って視線を動かした途端


「バウ!」

「うわー! スーツに、スーツに毛がつく!」


 飛びつかれた。

 あ~ぁ。黒いスーツに白い毛がたんまりと……

 あ、足跡もついた。


「こーら、おすわり!」


 俺の言葉に従って、ちょこん、とおすわりをして尻尾をぱたつかせる犬に、女子達の黄色い悲鳴が上がる。が、着物を着ている為迂闊に近づいては来ない。うん。懸命だ。


「おっきいねー。何歳?」

「もーじじぃだよ。16歳とか、そのくらい」

「えー、じゃぁおじいちゃんなんだ」

「そ、人間に直すと100歳超えてんじゃないかな?」


 雑談を交わす間に、着物の袂を押さえて頭を撫で始めた女子達の手が、気持ちよかったのか、何時の間にかおすわりの体制からリラックスした物に座り直している。


 大学の話や就職先の話、色々な雑談をしていると、天文部以外の友達も何人か増えて来て、俺のまわりはちょっとした人だかりになった。高校の時のクラスメートがほとんど集まっている感じだ。


「この後、駅前の飲み屋に予約とってあるから同窓会やろうぜ。今ここに居ない奴も同窓会の方には結構来るから、ほんとにクラス全員そろうぜ! 担任も呼んでるし」


 高校時代も、そう言った飲み会の幹事をやるのが好きだった男が言う。

 皆、口々に『楽しみだね』とか『皆に会えるね』とか言っている。


「人数確認し直して電話したいんだけど、ここに居る奴全員出席? そうすればクラス全員なんだけど」

「参加でしょ。月も来るだろ? 犬は置いてな」

「あぁ。行くよ」

「じゃぁ、うちのクラスは41人クラスだったから、先生居れて42人予約だな!」

「41人予約だよ」


 まとめのその言葉に、俺は思わず口を出してしまった。


「41人だよ。先生入れても。・・・星がいない」

「あ・・・ そっか・・・」


 その言葉に、場の空気が悪くなった。

 しくじったとは思ったが、余計な予約を入れるのもどうかと思ったから・・・。


「ま、まぁ。41でも42でもたいしてかわんねぇけどな! 50人入る部屋借りるからさ!」

「そうだね。ギリギリの部屋じゃ狭いもんねー」


 幹事が、殊更に明るい声で場の空気を壊してくれた。

 視線でそいつに『悪い』と言うと『気にするな』と言う感じの笑みが返って来た。


「じゃ、6時に駅前集合な! 遅れた奴は会費余分に貰うからな!」


 話がまとまったところで、パラパラと散って行く皆を、大人しく寝っ転がった体制で見ていた犬が、突然飛び起きて吠え始めた。


「お、おい。なんだよ? どうしたんだ?」


 俺の声なんか聞いても居ない状態で、吠え続ける。

 少し散らばった友人達も、その吠え声に振り向き、帰って来る。


「なんだよ? なんかあったのか?」


 顔を覗き込む俺を、一度振り返ってから犬は会場の入り口目掛けて走り出した。

 油断してリードをゆるく持っていた俺の手から離れて走り出す。


「止まれ! アース!」


 道路に飛び出す前に止めないと!

 俺は大声で犬の名前を呼んだ。


「アース! 止まれ、アース!」


 追いかける俺を見向きもせず、アースは走る。

 そして、アースの目指す道路に、一台の車が止まっている事に気が付いた。


「アース」


 車は走り去ったが、車の前に立っていた人物が、アースを呼んで、飛びつくアースを抱き止めた。

 抱きつきながら、アースは尻尾をちぎれんばかりに振って喜んでいる。


「……お前」


 車の去ったそこに居たのは


  いたのは……

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