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魔女の鬼  作者: 御鈴 響華
序章
1/1

01

広大な荒野に謎の群衆がいた。彼等は、特に何をしているわけでもなく、ただただ皆して満月を見上げているだけだった。しかし、皆が直接見上げていたのは、満月ではなく空に浮かぶ一人の男。黒いローブに身を包み、エメラルドの様な髪とルビーの様に真っ赤な瞳をもつ彼は、満月を背に神々しい雰囲気が醸し出されていた。そんな彼の視線が、ゆっくりと下にいる群衆に注がれた。



「……紅き満月の夜、魔女を捧げよ。もし約束を守らぬというのであれば、貴様等魔物を全て滅し、人間だけの世にしてしまおうぞ」


下にいる彼等にとって、男の口から紡がれる言葉は、まるで天より降り注ぐかの様で、魔物達は、ただただ平伏すのみであった。空に浮かぶ男の正体は、魔物と人間を生み出した創造神。天地創造された時から、この世を見守ってきたと言われているが、真実の程は定かではない。そんな彼の要求は、魔女を贄として差し出せというもの。


「そんなっ……なんて横暴なんだっ!」


「俺達から魔女をっ、奪おうというのかっ!」


魔物達にとって、魔女達とは唯一無二の存在。長い時の中で彼女達の存在は、かけがえのない存在となっていった。それほど大切な彼女達を、生贄になど差し出したくない。誰もが頭を抱えて悩んでいた時、一人の女性が神に問いかけた。



「神よ、贄となる魔女は一人で良いのですか?」


「ーーお前は……魔女長か」


「はい、お久しゅうございます。ご尊顔を拝謁できて、恐悦至極に存じます」


「ーーお前にその様な堅苦しい挨拶をされては……」


「今は皆が集まりし公の場、我慢なさってください」


創造神は、魔女長の言葉に顔をしかめたが、直ぐに元の真剣な表情に戻った。そんな彼を見て可笑しかったのか、思わずクスクスと笑ってしまう魔女長だったが、彼女も創造神と同じ様に表情を引き締めた。


「神よ、もしよろしいのでしたら、贄となる魔女は、この私だけにしていただけませんか?」


「!……何故だ、長であるお前がっ……。お前がいなくなってしまったら、俺はっ……どうすればいいのだ……」



魔女長の耳に届いた神の声は、何処か寂しげで泣きそうだった。魔女長は思わず伸ばしたくなった手を我慢し、大人しくその手を引っ込めた。その直後、彼女は神に向かって微笑みを浮かべた。


「神よ、貴方はお優しいのですね……。しかし、私は魔女長……他の魔女達を守らねばならぬ身。彼女達を犠牲にするくらいなら、私は……私自身の命を捧げます!」


堂々と宣言をした彼女を見て、その場にいる皆が感動していた。先程まで皆、大切な魔女を失わずにどうやったら、自分達が助かるかしか考えていなかったのだ。しかし、魔女長である彼女は違った。彼女は、大切な仲間の為に己が命を捧げようとしている。己の保身ばかり考えていた彼等の心に、彼女の言動が響かない訳がなかった。そんな魔女長の姿を見ていて、一人の幼い少女が彼女に飛びついてきた。


「お母様っ!」


「あらあら、千代ったら……。離れなさい、神の御前ですよ」


「嫌ですっ!だってっ……だって私っ、お母様に死んでほしくないっ!!」


「千代、貴方……」


魔女長に飛びついてきた少女は、彼女を母と呼んだ。少女は、母である魔女長に抱きつきながら、盛大に泣き喚いた。その行為は、まるで神に抗議するかの様に見えた。魔女長は、自分の娘の姿を見て心が痛んだ。確かに自分の覚悟は立派だったが、それは本当の意味で皆の事を考えて行った訳ではなかったのではないかと思った。何故なら自分のせいで、大切な娘を泣かせてしまった。可愛らしい顔を泣き顔で歪ませてしまった。


しかし、そう考えていたのは、魔女長だけではなかった。魔女を贄に捧げろと言った、創造神も心を痛めていた。彼は迷っていた、どちらの意思を尊重するべきなのか。魔女長の意思を尊重すれば、確かに皆が助かり魔物達は滅ばずに済む。しかし、そうした時の少女は?彼女は、一体どうなってしまうのだろうか。きっと、ショックを受けてしまうだろう。そう思うと創造神は、二人に声をかけずらかった。


彼が迷っていると、魔女長は顔をあげて言った。


「神よ!!私を贄にするのならば、紅き満月ではなく今すぐに!!」


「……何故死に急ぐ。贄となるのであれば、仲間との別れを済ませてからでも遅くはない。それに紅き満月まで、まだ日はある……。贄となるのは、それからでも……」


「それでは、駄目……なのです。紅き満月まで一週間程あります……。そんなに時間があっては、決めた覚悟が鈍ってしまいますっ……。……それに私は魔女長です。皆を守る使命があります!」


「そのような使命っ、何故そなたが背負うのだ!!お前がいなくなってしまっては、私は私はっ………」


「ーー私は、皆の笑顔が見たい。だから魔女長を引き受けたのです。お願いです、神よ……我が命を糧として、新たなる同胞達を!!」


自分を犠牲に他者を助ける、という他では真似出来ない覚悟を示した彼女は、この世の終わりというような表情はせず、にこやかに笑っていた。そんな堂々とした彼女の姿は、誰もが見惚れる程に輝いていた。



「……本当に良いのか。贄になるということは、死んでしまうということだぞ」


「ーー構いません。私一人の命で皆が助かるのならば……」



神には、魔女長の思いが理解できなかった。どうして自分の命を放り出してまで、他人を助けようとするのか。いや、他人といっても仲間や家族、そこまでならまだ分かる。しかし、それ以外の者はどうだろう。ましてや彼女達にとって、殆どの魔物達は普段関わらない見知らぬ者の筈。そのような者達まで助けようとしているとは、魔女長の心はなんて優しいのだろうか、と神は思っていた。



「神よ、私の最後の願いをっ……聞いてくださいますか……っ?」


「……何だ、申してみろ」



魔女長の口から出た“最後”とあう単語は、彼女の覚悟が本気であるということを、改めて皆に感じさせた。しかし、その表情を見るとそうは思えなかった。笑ってはいる、笑ってはいるのだが、目から涙が溢れていた。


「最後、最後なのですからっ……貴方の姿を、是非近くで拝見させてくださいっ……“愛しい人”」


「……良いだろう」



神がそう言った瞬間、彼が背にした満月がまばゆい程に輝きを放った。それは、神と魔女長の間に光の階段を創り上げた。一段一段踏みしめる様に、彼は降りていった。階段を降りながら、神は魔女長について考えていた。


魔女長の懇願する様な声を聞いて、神は受け入れるしかなかった。彼女の最後の願いと聞いて、拒絶する理由が見当たらなかったのだ。あのように愛らしく、切なそうな表情と声音で懇願されれば、神が断れる筈がないのだ。


神が階段を降りていくと、彼の姿が皆の眼前に明らかにされた。美しいエメラルド色の髪、ルビー色の瞳に雪の様に白い肌。しかし、鍛え抜かれた身体には、肌の色にはあわぬ醜い傷が、服から露わになっている部分だけでも、かなりの数が確認された。しかし、誰も目を逸らそうとはしなかった。確かに醜いかもしれないが、それを己の一部として取り込んでいる彼は、誰から見ても魅力的に見えた。


暫くして神は、漸く階段を下まで降りて魔女長の前まで来た。魔女長は、あまりの嬉しさに涙を流しながら、彼に飛びつく様に抱きついた。



「あぁっ……やっと貴方に触れたっ、“愛しい人”!!」


「……久しいな、こうして触れ合うのは。我も嬉しいぞ、“翡翠”」


抱き合った二人は、互いの顔を見て嬉しそうに笑った。久しぶりに抱き合い、言葉を交わす。些細な事でも二人は嬉しかった。しかし、そんな状況に不満のある人物が一人。魔女長ー翡翠の娘、千代である。



「お母様っ!!」


「千代、どうしたの?」


「どうしたんだ、千代」


いきなり声を荒げた千代を、母である翡翠だけではなく、神までもが当たり前の様に心配をしてきた。そのせいか、千代は更に不機嫌になった。何も知らぬ者が見れば、別段疑問に思わないだろう。しかし、知る者が見れば不思議な光景だった。誰が納得できようか。天地を創造した神が、魔女長とまるで夫婦の様に見えてしまうという光景を。



「どうしてっ……どうして、そんな男と……だ、だだだっ……」


「抱き合っているのか、ですか?」


「そう、それ!!」



顔を真っ赤にして怒っている千代を見て、翡翠は悲しそうに表情を歪めた。しかし、先程彼女をフォローした赤髪の女性を見て、その歪みは消えた。赤髪の女性の正体は、魔女長直属の騎士の一人。そして、最強の騎士の称号を持つ、唯一の魔女である。その称号とは――――――“THE KNIGHT”


魔女というのは、本来ならば呪術等を使用して戦う者達だと言われている。しかし、魔女騎士達は違う。魔女として生まれたが、呪術の才能に恵まれなかった為に杖を握ることができず、代わりに剣や槍を握る事を選んだ者達。その中で最強になった魔女、それが先程の赤髪の女性だ―――


翡翠が彼女を見て安心した理由は、彼女を心から信頼しているから。しかし、まだ彼女は不安を全て拭いされていなかった。千代が、神に対して怒りを示している事。こればかりは何とかせねば、と彼女は焦っていた。絶対に千代の誤解を解くんだと、とても必死になって――-―



「千代、何故そんなに怒って……」


「そうよ、千代。貴方が怒る理由なんて……」


「……さい、うるさいうるさい、うるさぁーいっ!!」



いきなり千代は、辺りに響き渡る様な声で怒鳴り散らした。千代は嫌だったのだ。自分だけの母を、他者にとられてしまうのが――――――恐かった。


目の前にいる男が、本当に神―――――創造神だというなら、母を連れ去ってしまうのではないか。しかし、生贄だというなら、この場で殺されてしまうのではないか、等の多数の不安が胸中を渦巻いていた。そのせいで先程千代は、いきなり怒鳴ってしまったのだ。自分にとって、たった一人の母親を失いたくないが為に。こんなに母想いの少女、千代の姿を見て―――神は罪悪感に苦しめられていた。考えれば考える程、胸が張り裂けそうになる神。しかし、このままではダメだと思ったのか、自分から彼女に歩み寄った。



「千代、君が怒る理由も分かる。しかし、その必要はないんだ」


「うるさいいるさいっ!!いい加減な事を言うな!!」


「……やめなさい、千代。この人は、貴方の――――――
















 お父さんなのよ!!」



翡翠がそう告げた瞬間、皆が静まりかえった。そして、すぐに騒ぎ始めた。無理もない。そもそもこの二人が結ばれる事自体、ありえないのだ。本来であれば、交わる筈のない―――交わってはならない、天界の住人と下界の住人同士が、夫婦となって子供までつくっていた。その事実を知った、この場にいる全員が、首を傾げながら騒いでいた。当人達と傍に立っていた赤髪の女性以外は。その女性は、目元に赤い楓の葉の様な刺青が刻まれていた。彼女は、ざわめく魔物達を一喝した。



「静まれ!!静まらねば、キサマら全員を斬るぞ!!」


「やめなさい、楓」


「楓おばちゃん、やめてっ……!母さんが嫌がってるからっ……」



「――――――――下がれ、楓」


「っ……神と長の仰せのままに」



主である長と神に加え、彼等の子供である千代にまで言われては、その手を引っ込めるしかなかった。千代におばちゃんと呼ばれた、赤髪の女性―――楓は、彼女の言葉に顔を歪めた。しかし、彼女の絶対的存在である二人に言われた為、斬りかかろうとしたのを止めて、大人しく彼らの前に跪いた。直後に彼女は顔を上げ、長である翡翠に視線を向けた。目があった翡翠は、彼女の顔を見て目を見開いた。


―――泣いている


普段から鉄仮面かと思う程に無表情な彼女が、感情を表に出しているという、この事実。この場にいる全員が驚いていた。喜怒哀楽の内、哀しいという“哀”を表に出している。普通ならば、何の変哲もない事なのだが、それが彼女にとって、異常なのだとでもいうかのように、周りは騒いでいた。



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