マンハッタンは晴れ時々晴れ
好きとか嫌いとかの前に、一緒にいて楽しいって、本当に素敵だとおもう。
あなたが一緒にいて楽しい人とずっと楽しくいられますように。
『えー無理だよ、そんな約束できない。』あっちゃんはいつもの調子でこう言った。
僕はあっちゃが日本に帰る前にこう提案した。
『マンハッタン北から縦断しよや。』
あっちゃんはすんなり、それおもしろそうっと話にノってくれた。
あっちゃんの素敵な所は、全ての物事をプラスに捉えてくれる所だ。
『世田谷区くらいの大きさでしょ?いけちゃうでしょ♪』
『どれくらいか分からへんけど、ほな決まりや、朝はように出るからよろしく!』
『たぶん疲れたりして、けんかしたりするかもやけど、楽しもや!』
『えーけんかやだぁ。』
この縦断に関して、あっちゃんと過ごす時間の縮図になるのではと思った。
縦断が完遂されれば、何か起こるのではと魔法のようなものを期待した。
自分でこういうアホな所は嫌いじゃない。
僕とあっちゃんは英語を勉強する語学学校で出会った。
学校はニューヨークのド真ん中、タイムズスクエアーにある。
僕はあっちゃんの事を初めて見た時から何か惹かれていた。
彼女は不思議な空気感を持つ女性である。人が近づきやすい空気感。
あっちゃんとはクラスが別で、何とか喋リたいなと語学学校の先生デイビットに相談していた。
デイビットはいつも冷やかすように、あっちゃんに話かけたか?と馬鹿にしてくる。
天気予報は雨。出発の前日あっちゃんからメールが来た。
『明日、雨らしいよ。』
『なんとかなると思う。オレもあっちゃんも晴れ野郎やから!』
『私、天気予報通り女だよ 笑』
天気予報通り女って初めて聞いたわ。
天気は何となく大丈夫な気がした。
僕は感覚で生きる人間で、自分の何となくを信じる。
あっちゃんが自分のお嫁さんになるってのを感じていた。
当日午前7時半、窓の外は天気予報通り、いやそれ以上の土砂降りでアスファルトを叩く音が煩かった。
あっちゃんに電話して僕の家で昼から飲もうって言った。
あっちゃんは初めは、え”ーっていう感じだったが、どっちでもいいよと言った。
自分の最寄り駅を伝え、11時半に来てもらう事にした。
家に誘ったものの、どうしていいか分からなかった。
女の子が男の子の家に遊びに来るっていうのはどういう感覚なのだろうか。
僕はYAHOO知恵袋を見ながらベッドによこになった。
二度寝した。目が覚めて携帯を確認した。
『雨上がったよ 笑』
良かったのか悪かったのか良く分からなかったが、喜んだ。
『ほな、あと30分して大丈夫そうやったらLet's Go!!!』
僕たちは、INWOOD-207 Stで待ち合わせした。マンハッタン最北端の駅だ。
スタートはINWOOD HILL PARK。
マンハッタンとマンハッタンの北の街ブロンクスはハーレム川によって隔たれている。
公園からハーレム川を見てからスタートすることにした。そこが実質マンハッタンの最北端になる。
待ち合わせ時間は11時半だったが、地下鉄が送れたせいで12時過ぎに着いた。
あっちゃんの方が先に着いていた。
交差点の向こう側で傘をさして待つあっちゃんに大きく手を振った。
『あっちゃん、お待たせ!待たせてごめんな。』
『うん、全然大丈夫。』
あっちゃんはいつもふんわりした優しさで迎えてくれる。インナーは首元が肩の方に開いた麻生地でできていて、首元にはイヤミのない小さなネックレス。青色のニットでてきたは織物にジーパン生地のショーパンに黒タイツだった。あっちゃんは何を着ても似合う。
長靴生地でビニールになっている黒のハイカットシューズはあっちゃんにぴったりおさまっていた。まるで主人を後ろに乗せた南極の犬ぞりをひく2匹の犬が、“GO”と言われるのを待っているかのように。
『ほな、INWOOD HILL PARKの先っちょいって、最北端立ってからストートでええかな?』
『うん、いいよー。』
時々、あっちゃんが嫌だという時はあるのかなと思う。
マンハッタンの全長20キロで、歩くスピードはだいたい時速4キロやからって話始めると、あっちゃんは驚いた顔で、
『えっ、なんで分かったの??』
『いや、人間の平均時速やから。あっちゃんはこのスピードで歩くから時速4.2キロでオレより早いか、って分かるか!』
『ハハハハハ、何で私の歩くスピードが分かるのかと思った!前遊んだときに測ってたのかなって!』
たまらなくカワイイと思う瞬間はこんな時だ。何か人とは違うセンスの持ち主は、その分何かが欠けている。自分もそうでありたい。
小雨が降っていたが、僕のテンションには関係なかった。お天気は自分の心の中にあると思う。
あっちゃんは、傘をさすか迷っていたが小雨が強くなりだしたので折り畳み傘を取り出した。
それにつられるように僕は背負っていたメッセンジャーバックからハットを取り出し被った。
『えー!!!それ傘なの?ウケるぅ。』
僕は、せやで知らんかったん?と笑った。
『じゃあ学校でもずっと傘さしてたんだね 笑』
せやでニューヨークは何が起こるか分からへんからな、としょうもない返しをしてしまった。
あっちゃんといるといつもの調子で話せない。
きっと恋のせいだろう。
マンハッタンの最北端からの景色は、ハーレム川と川を隔ててブロンクス側に見える絶壁の崖だった。
崖の高さは、ざっと10メートル。なぜか崖いっぱいに白のペンキで“C”と書かれていた。
普段の僕なら、このCって何のCやと思う?って大喜利を初めていたが。この日は違った。
『何のCなんやろな。何か意味あんねんやろなぁ。』
このCをバックにお互いの両手を合わせて輪っかをつくり、その中にCを入れた。
あっちゃんの手に触れる事に躊躇したので少ししか指をくっつけれない。ガッツリ手を握ってやれば良かった。
お互いのソロ写真も撮ったが、あっちゃんは凄く絵になる。
僕は全然キマらない。
あっちゃんは身長172センチくらいで、僕より3センチ高い。
自分より背の高い女の子とデートするのは初めてだ。
『ほな、最南端目指していこか!!!』
『行こーう!!!』
あっちゃんも、僕もノリノリだった。
公園の道ではない芝生をぶった切って歩いた。
マンハッタンを縦断なのに早速どっちが南なのか分からなくなった。
時々、あっちゃんに“あっちだよっ”とか“あそこまでいこうよっ”ってリードされる。
あっちゃんは年上が好きで、年下は自分が色々キメなあかんから嫌いって言ってたから僕がリードしたい。あっちゃんに頼られたい。
公園から、ブロードウェイに出る階段を下った。何となく歩いて気持ちイイ階段。
ブロードウェイはマンハッタンの南北に大きく走っている道だ。
決してミュージカルが行われる場所だけをブロードウェイと呼ぶのではない。
階段を下りながら東南アジアを旅してる時に太陽を基準に東西南北を判断してた事を話すと、
『え、風もよんじゃう人?風もよんじゃう人?』
『いや、風はよめへんわ。』
僕はそんな人になりたいと思った。
あっちゃんは時々2回同じフレーズを繰り返す。そんなあっちゃんに僕はときめく。
『ほな、この縦断の中で言ったらあかん言葉決めよや。』
『え”ーやだぁ。』
『ちゃうやん、テンションが下がったりせんようにバッドワードみたいなん。』
『例えば疲れた~とか。』
『あぁ、そういうのならいいよぉ。』
僕は“疲れた”と“雨だるい”この二つを提案した。
『あと一つはあっちゃん決めてや。』
『“いやだ”にしよっかな。あーでも、本当に嫌な時どうしよ!あ、そん時は“NO”でいいか!』
『いや、NOって嫌だを英語にしただけやん。』
僕らは笑った。結局この3つに決まったが、こんなルール作る必要もなかった。
3回言うとコーヒーをおごる約束をした。僕はコーヒーが飲めないのだが。
『この雨やばない?』
今朝のようにスコールのような雨がまた降り出した。あっちゃんの肩も濡れていた。
“こういうの楽しめる人?”って尋ねると満面に笑って、“うん”っと答えてくれた。
コインランドリーで雨宿りしようとしたが、あっちゃんがもうちょっと歩こうといったので休めそうなところを探した。
レストランやスーパー、色んな店が並ぶ交差点が見えてきた。
『ねーねーこの辺に何かありそうじゃない?』
あっちゃんのトーンから昼飯ターイムって感じだったので僕は言った。
『恥ずかしい話やねんけど、昼飯持ってきてん。』
僕はあっちゃんに食べさせたいものがあった。
奈良に帰った時に買ってきた“焼きねぎ地味噌”を食べさせたかった。ご飯に抜群に合う。
昨日の夜、初めて鍋で白米を炊き、今朝オニギリを握ってきた。
鍋で炊く白米は絶品である。白米だけで食べれる。水の量を手のひらで測ってる時はテンションが上がった。手のひらをとがれた米の上に置き、手を握った時に手の甲に出てくる骨の辺りくらいまで水を入れた。
2号炊いて、オニギリは4個半作れた。
中の具は地味噌以外に、トレーラージョーズで仕入れたバジルソーセージのバター醤油焼き&マスターソースを詰めた。
マクドナルドに着いた。こっちのカフェ、ファーストフード店は持ち込みに関して何も言われない。
私はいつものようにコーヒーを買った。1日に2、3杯は飲んでしまう。中毒だ。
日本にいる時は豆を挽くところから作っていた。流石にこっちでは挽いてもらってるけど。
ゆうすけはオレンジジュースを頼んでいた。
ゆうすけが恥ずかしそうにオニギリを取り出した。
『すごーい!!!』
と、とりあえず言ったが三角に握ったオニギリ5つが2つのタッパーに分けて入れてあるだけで、男の子を感じた。
『あっちゃんに食べさしたいって言うてたヤツこれやってん。』
自慢そうにそう言った顔は子供みたいだった。
ゆうすけが私に気があるのは凄い分かる。デイビットからも“He really likes you”って聞いてたし。
顔を見てたらバレバレ。正直な人なんだなとも思った。
凄く美味しかった。
でもオニギリを握った事があったのだろうか。ゆうすけスペシャルオニギリは握りすぎて少し固かった。
ゆうすけは水色のシャツに黒色の薄いジャンバーを羽織っていたが、雨でビショビショだった。傘代わりに被っていたハットも色が濃くなっていた。
得意そうに、トイレのハンドドライヤーで乾かしたけど、乾かんかったって言われたけど、笑えなかった。
それにしても、ゆうすけは服装がダサイ。この前は、日本にいた時のバイトTシャツを着ていた。別に友達だから何でもいいけど。でも、何を着ても似合うと思う。
私は席から何度も外の雨の様子を伺った。
『このままやったら厳しいし、延期してオレんちで飲もか。』
『じゃあ、私が住んでたうちまでいっていい?そこまで頑張れるぅ?』
『もちろん!』
今日雨であかんかったら縦断は次のお楽しみにしよって、ゆうすけは言うけれど次アメリカに戻って来れるのは来年だし見えない約束はしたくなかった。
ここから30St程下ったところにある私の家まで付き合ってもらう事にした。
マンハッタンの道はStAveとに分かれている。
東西を結ぶ道が“St”で南北を結ぶ道が“Ave”だ。大阪では東西は“通り”で南北は“筋”と呼ばれる道で結ばれている。StとStの間は歩いて約1分なので、今から30分歩けば私の前の家。
私はあの街を出る前に、家の前で写真を撮っていなかったので寄りたかった。
私は日本で自分が凄く嫌いで、この街に来た。そんな私が初めにちゃんと住んだ街がハーレムだ。世間一般的には黒人ばかりが住む街で危ないって言われてるし発砲事件もあるみたいだけど私はここが一番落ち着く。ニューヨークの実家みたいな、そんな感覚。
ルームメイトは黒人のおばさんジョージア。ニューヨークではルームメイトがいるのが当たり前。きっと物価が高いからかな。ジョージアには凄くよくしてもらった。
この家に住んだ初日に鍵を部屋の中に入れたまま閉めちゃって初対面のジョージアにお金とコートを借りた。ジョージアは初めからあったかくて私から不安という感覚を忘れさせてくれた。もちろん引越しで彼女との別れの時にはお互い泣いた。
マンハッタンの西側を歩いていたので、ちらちら西側に川が見えた。
マンハッタンの西側にはハドソン川を隔ててニュージャージー州がある。
州が変われば法律も変わるみたい。ゆうすけがそう言ってた。ニューヨークでは銃を買えないがニュージャージーでは買える。
『わードキドキする!!!』
久々に戻る実家はやはり緊張する。あれもこれも懐かしい景色が頭に飛び込んできた。
まるで今もずっとここに住んでいるかのように普通にも感じた。
ゆうすけにこの街で使ってた店とか地下鉄の場所を説明しながら歩いた。
明日ジョージアと久々に会うのに今日会ったらどうしようと思った。
住んでたアパートの前で写真をゆうすけに撮ってもらった。一枚は普通に。
もう一枚はジョージアー!!!って叫んでる風に。明日ジョージアにこの写真を見せる事にした。
ゆうすけも記念に写真を撮るというので撮ってあげた。何の記念だろう。
両手を広げて首を後ろに倒して上を見上げたので、首が無いように写ったけどゆうすけは喜んでいた。
『ちょっと待ってオレこの道通った事あるわ!コロンビア大学寄った帰りに!』
『え、いついつ?私住んでるの1月からだよ。』
『12月の頭やわ。まじかぁ凄いなぁ、あっちゃんがここに住む1ヶ月前にオレはたまたま家の前を歩いてたんか。』
ゆうすけはすぐに縁がある縁がると言ってくる。でも確かにそうかもと思う瞬間もある。
ゆうすけは見えない力の話が好きだ。私もそんなに嫌いじゃない。
街を下ってる間に雨も止み、結局最南端を目指す事にした。やったぁ。
ニューヨークには地元のおっちゃんがやってそうな床屋がやたらとある。私の友達はニューヨークに来てすぐにこんな床屋でハーレムカットにして下さいって言ってとんでもない髪型になっていた。そんな髪の話から私の髪の長い写真をゆうすけに見せたら、長い方がイイってはしゃいでいた。髪が長いのがゆうすけのタイプなだけでしょって言ってやった。
140Stまで下って来たから、スタート地点が220Stくらいだったので大体80St下った事になる。南に下れば下る程Stの数字は小さくなる。
マンハッタンは歩き慣れたはずだったけど、こんな風に歩くのは初めて。
ゆうすけが川沿いが好きだっていうからハドソン川沿いを歩いた。
ゆうすけは別れ道でこっち行こうというスピードが早い。きっと彼の好みの道なんだろう。
景色が街の公園から突然森に変わった。
『ここどこ?ニューヨークじゃないみたい!』
『ほんまやなぁ。めっちゃ雰囲気ええやん。ほな、突然森に迷いこんだって感じで写真撮ろや!』
ゆうすけの提案にのったけど、どんな風にしていいか分からなかった。
ゆうすけが切り取った私の写真は“え、分かんない”の顔だった。
『見本見せてよ』
私が切り取ったゆうすけの写真は、ポカンとして締りのない顔だった。
公園の中にあった突然の森は、どこかの山を登って途中で現れた平坦な道って感じがした。
私はゆうすけの少年みたいな所が好き。リバーサイドパークを歩いている途中で見つけた地下に繋がる網を見て、この下って多分地下鉄やでって言いながら覗き込んだ。
『ほら、やっぱり地下鉄や!!!』
『アハハ、少年みたい!』
私は覗き込んでるゆうすけの写真を撮って笑った。
少年すぎるのも困るけど、たまに見えるそういう所はおもしろい。
ゆうすけと話をしていると、話の端々で私に興味あるんだろうなってのに気づく。
例えば、一般的な女の子ってどうなん?って聞きながら、最後には“で、あっちゃんは?”って聞いてくる。私のタイプと自分を照らし合わせてる感じがする。不器用な人。でも私は“で、ゆうすけは?”とは聞かない。だって、結局付き合う人ってタイプとは違うから。話をしてて楽しいかどうかが一番大切だと思う。私は好きな人ができても相手のタイプに合わせない。私は私。誰かが“誰かのサイズに合わせて自分を変える事はない、自分を殺す事はない、ありのままでいいじゃないか”って歌ってた。
公園の水たまりで遊ぶ白人の女の子を写真で撮った。水たまりと言っても膝くらいまで深さがあり、幅が10メートルくらいある。そしたらゆうすけがオレも撮ってとはしゃぐのでカメラを構えた。大きな水溜りの真ん中には8メートルくらいの1本の木がたっていた。そこのふもとは水溜りになっていなかったので、ゆうすけはそこまで走り幅跳びでジャンプしようとしてた。
『ちょっと待ってな。』ゆうすけは振り返ってそう言った。
撮ってOKよと言わんばかりに、木に中腰でもたれかかった。
『中腰じゃなくて、普通に木にもたれてみて。』
私のアドバイスとは裏腹に、ゆうすけのポーズは決まらなかった。
私が撮った写真を見て、
『なんかきまらへんなぁ。』
ゆうすけのブチブチ言うのをスルーした。
結局ゆうすけがジャンプして空中に浮かんでる瞬間を撮った写真が一番よかった。
公園の途中で海の家みたいなバーがあった。でもシーズンオフか店はやってなかった。
『バーテンダー風に写真撮ってや!』
顔の3倍くらいあるビニールで出来たコロナビールの風船を横にかかげ写真を撮ったが逆光で、コロナビールだけが光っていた。
『じゃぁ、あっちゃんはお客さん風に』
カウンターの椅子に座って、コロナビール風船を持って飲んでる風に写真を撮ってもらった。
ゆうすけが私を写真で撮る時、少し気持ち悪い。褒めすぎなんですけど。
ベンチがあったので少し腰掛けた。私たちの向かう方向は晴れていて、真上は曇っていた。
『雲があっちに流れてるから、あっちゃん大丈夫やわ、もう雨降らへんと思う』
『えぇー、ねぇねぇ今風よんでた風よんでた? 笑』
『いや、風よんでへんよ 笑』
私は少しはしゃいだ。
ゆうすけが、どうやったら写真でキマルのかぼやいていたので、じゃあ何か撮ってみようよって、そうする事になった。
『私に撮られた時に自分はどう写ってるのかって想像できてからポーズしたらいいかもよ。』
アドバイス通り、ゆうすけはイメージできたのかベンチの前にあった喜劇になりそうな面白い形をした木に登った。しゃがんで、左手をオデコにあてて遠くを見るようにゆうすけはポーズを撮った。冒険王みたいじゃんと私ははしゃいだが、撮った写真を見てゆうすけは不満そうだった。
『じゃぁ、次はあっちゃん!』
地面と並行に肩の高さくらいを伸びる幹の上に座った。登るのに少し手間取った。普通の女の子なら登らないだろう。私は、ゆうすけを少年と思うが私は少女なのかもしれない。
ゆうすけは私を撮った後、
『やっぱあっちゃんはキマるなぁ、そこにいるだけで絵になるもん』
『この木に住んでるみたい』
『それ全然嬉しくない!』
『ごめん、この木に住んでたらホームレスやでな。』
私たちは笑った。
『なんか一緒に撮れないかなぁ?』
周りに撮ってくれそうな人もいなかったので、木の上にゆうすけがカメラをセットしてくれセルフタイマーで2パターン撮った。今日で一番良い写真が撮れた。私はちょこんと足を伸ばして嬉しそうに登った木に座り、ゆうすけは私の後ろでカーブする幹に右手でぶら下がりながら左手を広げている。
この写真には二人で絶賛した。
私は自然とゆうすけの普通より少し近いそばを歩いていた。ゆうすけは私を楽しませてくれる。少し変わってるけど、私もそうだから。時々、肩や指が触れ合う。でも、ゆうすけは私に触れてこない。気があるんだったら少しくらい手を握って引っ張ったらいいのに。男は少し強引なくらいがイイ。
あっちゃんの手を握ってやろうかと何度も思ったが、断られて気まづくなるのをビビってできなかった。あっちゃんとの時間は、僕とあっちゃんだけ時間であった。あっちゃんの空間に吸い込まれていって、別世界を歩いてる感覚だった。そこでは戦争や憎しみがうまれないそんな世界。
でも僕はあっちゃんを自分の空間に引き込めなかったら、この恋はうまくいかない気がした。あっちゃんが好きになる人ってどんな人なんだろうか。話でたまに出てくる元彼たちに嫉妬した。
場所や匂いって記憶が張り付くよなって僕は言った。
『匂いはそうってよく言うよね。ハンカチに香水しみこませて、その匂いかぎながら勉強してテスト当日そのハンカチかいだら勉強してた内容思い出すらしいよ。』
あっちゃんから聞くトリビアは楽しい。
『女の人は自分が好きな匂いの人が好きになるみたい。女の人は自分のお父さんの事、臭いって言うじゃん。それってお父さんの事、好きにならないようにだって。』
『え、ほなオレの匂いどないよ。』
と僕は冗談で顎を上げて首筋を差し出した。
『匂っていいの?』
とあっちゃんは言って、すごいスピードで僕の首に近づいた。まるでキリンがお気に入りの葉っぱを見つけてそれを目がけて首ごと顔を動かすように。
『むしゅう!』
僕は香水をつけない。自分が鼻が効くから匂いの好き嫌いがあるからだ。自分が好きって思ってても、周りから臭いと思われてたら嫌だからだ。そんな僕は、意外に周りを気にする人なのかもしれない。
“じゃあ、あっちゃんはどんな匂い?”と言って彼女の首筋に近づく事はできなかった。
でもきっと、脳みその後ろの方がとろけてしまう程イイ匂いなんだろうなと思った。
右手に広いコートのようなモノが見えて来た。ラクロスをやっていた。
あっちゃんは嬉しそうにラクロスをやった事があると笑った。
あっちゃんが笑うと空気が柔らかくなる。
きっと人は彼女を天使だというのだろう。でも僕は言わない。あっちゃんはあっちゃんだから。
友達のギターリストマーシーと僕は、白人の美女を見ると『天使や!』という。
マーシーは言った、
『でも、天使期間は短いからね。長期的にみるとやっぱ日本人がいいよ。』
白人は肌が弱いので、美女である全盛期18歳~26歳を超えると肌にシミが増え皮膚がブヨブヨになってくる。僕もマーシーも肌が綺麗な女の子が好きだ。マーシーの発想は面白い。もし、あっちゃんが天使だとしたら僕はハエだ。あっちゃんを天使と呼んでしまうと僕はハエになってしまう。
あっちゃんは日本でモデルをやっている。今回の学校はテレビの企画で来たのだ。4ヶ月の密着。テーマは“自分が嫌で自分を変える為に留学する”学校内で少し“日本のモデルが来るぜ”って騒がれていたが、僕は特に何も思わなかった。でも、そのモデルであるあっちゃんを見た時、仲良くなりたいっと思った。学校の友達はあっちゃんの事をネットで調べたり、YOUTUBEで番組内容をチェックしていたが。僕はしなかった。テレビに出る人と、テレビを見る人に分かれたくなかったからだ。対等でいたかった。
僕があっちゃんと初めてちゃんと話た時、あっちゃんがモデルをしている事、テレビ付きで学校に来ている事を知らないと言った。
『えー知らなかったんだ。みんな知ってると思ってた。』
あっちゃんを“モデルあっちゃん”じゃなくて、一人の女の子“あっちゃん”として接したかったからだ。
『大学の時にラクロスやってる友達がいて、人数足りてなかったからたまに参加してた♪』
『すごい難しいんだよ、あの持ってる棒でボールを持っている人の棒をたたいてボールを取るの。』
『そんなん、めっちゃムズイやん。顔当たったらめっちゃ痛いしな。』
普通の返ししかできない自分が愛おしくもあり、憎くもあった。
『で、ちゃっかり卒業アルバムにラクロスのチームの中にちゃっかり入ってるの♪』
『でも私、シューズ持ってなかったから靴下で写ってるの、遠くからみたら白いから靴履いてるみたいに見えるけど 笑』
彼女の周りには人が集まってくる。昔からそうなんだろう。きっと彼女が作り出す空気感が心地よすぎるから、みんな彼女にまた会いたくなる。
僕は勝手に自分の信じている“感覚”をあっちゃんに質問する。僕の感覚を受け入れて欲しかった。そして“それ分かるっ”って言って欲しかった。
天邪鬼という言葉は僕の為にあるのであろう。自分は変わってる。へんこつだ。素直になれない。
でも彼女の前では素直になれる気がした。リアルな自分を好きになってくれそうな、そんな気がした。
あっちゃんの感覚は凄く分かる。あっちゃんの好き嫌いはすごいはっきりしている。あっちゃんは色んなくせがある。癖は英語でハビットっていうらしい。あっちゃんが教えてくれた。あっちゃんのくせはお腹をさする所、ウケるってよく言うところ、考える時に顔を指でトントンつつく所。曇ってた空が青空に変わり出した。
あっちゃんは色んな話をしてくれた。地元の仲間まいこちゃんの話。仲のイイ韓国人の話。家族、妹はずみちゃんの話。
あっちゃんは人の話をする時、まず初めにその人を名前で言って、その名前の主はこんな人って説明してくれてから話が進む。そういう所に僕は惹かれる。例えば、
『この前、はづみがね凄くおもしろくて。はづみは私の妹ね。そうそう、はづみと韓国に行ったときに・・・』
だから僕は彼女の話に出てくる登場人物の名前を自然と覚えた。きっと彼らに会っても初めての気がしないだろうと思う。
あっちゃんは自分が嫌いで何か変えたくてこっちに来たって言ってたけど、僕にはあっちゃんの欠点が見つからなかった。
移り変わる景色の中、僕らの会話は止まる事がなかった。
犬を5匹くらい引き連れて歩くアメリカ人の姿を良く見かけるが、脚の短い薄い茶色の小型犬が前を歩いていた。
『何あの子、すごいかわいいぃ。あのお尻欲しいぃぃ。』
『お尻欲しいっておかしいやろ。』
『それ以上私にお尻を見せないでぇぇ。』
何を言ってるのだと思ったが、カワイイお尻に喜んでる君が一番カワイイでって言いたかった。
『これ以上見れなかったから追い越してやった。』
僕に聞こえてないと思ったのか、あっちゃんはもう一度同じフレーズを言った。
『これ以上見れなかったから追い越してやった。』
僕は特に反応しなかった。
トイレに行きたくなったのでチェーン店でなさそうなカフェに立ち寄った。そこで僕はホットチョコレートを、あっちゃんはヴァニララテを頼んだ。
カフェの中、お母さんが赤ちゃんを抱いた時にその子が落としたであろう靴が片方だけ落ちていたので、あっちゃんに、
『あっちゃん靴忘れてんで!』
『あぁ、こんなとこに』とあっちゃんは外に出ようとドア付近にいたが戻ってきた。
そして、その靴を履く真似をして、
『て、おい』
とノリ突っ込みをした。
僕はたまらなく抱きしめたくなった。
あっちゃんに一口もらったシナモンが少し効いたヴァニララテが、歩き続けた体に優しく溶け込んだ。
コーヒーの飲めない僕でも美味しく飲めた。
ラテって何なのかを聞くとエスプレッソコーヒーを牛乳で割ったものが“ラテ”で、普通のコーヒーを牛乳で割ったものが“カフェオレ”らしく、でも人に聞いた話だから合ってるか分からないと言った。
僕はどっちでも良かった。あっちゃんが楽しいそうに話てるのを聞くのがとても心地よい。
人の話を集中して聞けないし、一瞬で聞いた内容を忘れる僕であったが彼女の前だけは違った。
『ほな、オレも誰かに聞かれたら、~らしいでって伝えるわ 笑』
『風の噂で聞いたって言って♪』
『うん、ニューヨークの風の噂で♪』
ひたすら僕らはマンハッタンの西側を歩いた。
『今日は街じゃない感じで~』
あっちゃんはこう言ったが、本当にその通りだった。
マンハッタンを大体行きつくしたと言ってたあっちゃんが、こんな街の歩き方したの初めてと言った時僕は、よっしゃと思った。僕は自分が新しくする経験を同時にあっちゃんもしてくれている事をとても嬉しく感じた。
あっちゃんがアメリカにずっと住んでもイイ、せっかくこっちで結婚するんだったらアメリカ人の方がいいかなって思ってる、と話した時、僕は腹が立った。グリーンカードも取るの楽じゃんって。
今日初めて、こいつしばいたろうかと思った。と時に僕に興味が無い事を悟った。
僕があっちゃんに質問した後、あっちゃんは“じゃぁ、ゆうすけはどうなの?”って聞いてこない。特に恋愛系の話はそうだ。
『あっちゃんてどんな男の人が好きなん?』
あっちゃんのタイプを聞くが、返答した後“ゆうすけは?”とは聞いてこない。
僕はあっちゃんの言葉の端々に嫉妬する。僕の知らない彼女を知ってる誰かに嫉妬する。
自分は彼女と出会ったばかりで、彼女の何でもないのに。
左手にはハイウェイが見えた。当初歩く予定だったが、そんなのはどうでも良かった。
チェルシーウォーターサイドパークに差し掛かった時に自動販売機を発見した。
『ここに自販機があるって事は、安全っちゅう事か。』
ごくごく普通のフレーズを放った。この街には自販機は無い。夜中に壊して金を取るヤツがいるからだと聞いたことがある。
『でも変だと思わない?ATMは路上にあるよ。』
確かに変だ。ニューヨークは良くわからない事や人が多い。
港のようなモノが見えてきて、そこには1000人は乗るんじゃないかというばかりの豪華客船が鎮座していた。なぜか船の一番上には滑り台のようなモノが見え遊園地っぽく見えた。
『なんやねんあの船。どこ行くんやろな!イギリスとか行くんちゃん!』
あっちゃんはあそこの上に上りたいと、高い位置から豪華客船を眺めれそうな高台を指した。
僕は東京から沖縄まで4日かけて船で渡った話をした。一年半前の話だ。サラリーマンを辞めて旅に出た時の話。あっちゃんは、へーとかウケるとかいいながら話を聞いてくれた。空は完全に青空に変わっていた。天気予報は外れた。雨が染み込んで濡れた僕の両足が“何で僕たち濡れてるの?”って聞いてきた。
もう14Stまできた。
『ちょっと待って、めちゃめちゃ早いやん、もう終わってまうやん。』
ストリートの数が増えて、時間も24時間じゃなくなったらいいのにと僕は思った事をあっちゃんに伝えた。僕は終わってしまうのが寂しいと言ったが、あっちゃんは別にどうでもよさそうだった。
『ここって、前に通った事ある公園だよね?』
『正解!』
あっちゃんとの初デートで夕日を眺めた場所だ。その時の二人が嬉しそうに手を振ってきた。
この公園は僕のお気に入りの公園。歌の練習をしたり本を読んだり、昼寝をする。この辺の芝生に腰掛ける事を提案した。
時間は7時だった。空はまだ明るい。家から持ってきたバスタオルがようやく活躍した。バスタオルを敷いて僕らは座った。
今日撮った写真を見直した。あっちゃんもあぐらをかいている。両手でカメラを操作するあっちゃんの左肘が僕の右太ももにのっかっている。
こんなスペシャルな一日を送った事があっただろうか。今までに無い時間が流れていた。
“人生は1冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれをパラパラとめくっているが、賢者はそれを念入りに読む。賢者はただ1度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。”
誰の言葉だったか忘れたが、いつも馬鹿者の僕だがこの日は違った。
ゴールは『Battery Park』。ここからは自由の女神が小指くらいの大きさに見える。
マンハッタン最南端は港だった。
三脚を立て夜景を取る白人の男に写真を撮ってくれと頼みマンハッタン縦断記念写真を撮った。僕はチラッとあっちゃんの方を見て、彼女が左手を高々と上げてVサインをしていたので右手で真似をした。
マンハッタン縦断って時間をあっちゃんと共有できた事をとても嬉しく思う。僕は南に向かって歩いている途中で最南端で好きだと伝えようと決めていた。あとキスしようと。
最南端で写真を撮り終えた後、あっちゃんが早々と地下鉄の方に向かうので、そこへ向かう途中で、
『あっちゃん今日はほんまにありがとう、めっちゃ楽しかった!』
『こちらこそありがと。けんかしなかったね♪』
『ほんまやな、オレこの縦断人生の縮図やと思っててん。あっちゃんと何回か遊んで、すごい心地よかってんけど、マンハッタン縦断しても同じように感じるかなって。』
『あっちゃんといたら凄い楽しいし心地イイ。だからあっちゃんが好き。』
『ありがと。』
『だから、またニューヨーク帰ってきたらオレの彼女になってよ。』
『えー、無理だよそんな約束できないっ』あっちゃんはいつもの調子でこう言った。
『だってずっとアメリカにいないでしょ。』
『とりあえず、来年の3月まではいるけど。その後はどうなるか分からん。』
『どうすれば、こっちにいるの?』
『来年の3月の時点でこっちで働く事になったり、こればっかりは縁の問題かな。』
『ごめん、そんな約束できない。』
『ほな考えといてや。』
あっちゃんは渋々うなづいたのか、困惑してうなづいたのか分からなかったが一通り保留になった。
でも、僕がずっとアメリカにいない事が断った理由でない事は分かった。
“Just friend”の枠から飛び越えれなかった。
僕らは32Stにある韓国料理屋でディナーする事にした。
地下鉄に乗ってから、
『オレってもしかして、マンハッタン縦断してマンハッタンの最南端で告白して自由の女神バックにふられた?』
後ろで自由の女神が右手に持ったたいまつと、左手に持った銘板を落とさないように笑っていたのを思い出した。
『んーカインド、オブ』
あっちゃんは右手でアメリカ人がするジェスチャーで、開いた手をデンデン太鼓のように揺らした。
カインド、オブとは“ある種”とか“そんな感じ”とかそんな意味だ。
『意外やった?』
告白した事に対して質問してみた。
『いや、だって分かってたもん。デイビットからもHe really likes youって聞いてたし。。』
『でもそこまでとは思わなかった。いつから?』
『初めて遊んだ日にすごい心地よくて、この人がパートナーになるんかなって思ってん。』
『うそぉ?』
『ほんまやで。ほんで、マンハッタン縦断してどない感じるかなって思っててんけど、やっぱり同じやわ。』
『でも、なんでオレが好きやって分かってたん?』
『そりゃ分かるよ、だってバレバレなんだもん。態度に出てるよ。恥ずかしぃでしょ~。』
『全部分かっとったんかい、照れるなぁ。』
お互いに、実はこうだったっていう話で少し盛り上がった。
実はこうだった話って照れるなっていうと、無理してしなくていいよとあっちゃんが言った。
僕はもう少し続けたかったが止めた。
3ヶ月前に友達に連れてってもらった韓国料理屋に入った。少し並んでいたが10分くらいやというので並んだ。並んでる間に注文は済ました。スンドゥブ、チャプチェ、サムギョプサル、サッポロビールとOBビール。
並んでいる間にトイレにいって髪をワックスでセットし直したがキマらなかったので、もう一度ハットを被った。
テーブルに着くと、すぐに料理がきた。韓国料理屋にいくと、注文したご飯以外につまめるような珍味やキムチが小皿でついてくるのが嬉しい。
乾杯したビールは意外に染み渡らなかった。
告白してからは隣に並んで歩いていたので、正面に座られると少し気まづい。僕の顔は引きっつっていただろうし、会話を探そうとしているのにバレたに違いない。
僕はあっちゃんの好きな所を沢山話した。優しいところ、感受性豊かななところ、顔、癖、雰囲気、あっちゃんが作り出す空気感。笑い方。一緒にいて落ち着く所。伝えなかったが彼女の声が好き。電話の声は好きではない。
『オレばっかりさ、あっちゃんの好きなところ喋ってさ、何かないんゆうすけのこんなとこええみたいな』
こんな事は最速するものでは無いのは知っていたが、言葉で聞きたかった。
『うーん。。』
『え、あらあへんの?ちょっとはオレの事興味持と!オレはあっちゃんの事好き言うてんねんから興味持と!』頑張って明るく振舞ってこう言った。
“僕が君の事が好きだから、僕の事を興味持って下さい”と言うのはおかしな話だが、素直に言った。
あっちゃんが少し考えた後にこう言った。
『私を褒めてくれるところ。』
『歌がうまいところ。』
『あ、話をよく聞いてくれるところ!』
自分で聞いといて恥ずかしくなった。
『ありがと。』
僕がとってきた行動は間違いじゃないと感じた。
『あっちゃんの前で歌うたってよかった。オニギリも握って良かった。』
あっちゃんの卒業式であっちゃんの為に歌ったのだが、どうやら喜んでくれていてようだ。
オニギリが握りすぎだった事を聞いて僕らは笑った。
2本目のビールが僕らをほぐしてくれる。
僕は面白いのかどうか聞いてみた。それは関西人として必要不可欠なものだ。
『面白いって言うより楽しい人かな。楽しい事してくれるじゃん。今回の縦断も凄い楽しかったもん。だから楽しい人』
『楽しい人か!初めて言われた。楽しい方が、面白いより上やもんな!』
『どっちが上とかじゃなくて、ゆうすけは楽しい人』
あっちゃんは、その角度から来るかって感じでいつも返事が返ってくるから楽しい。
そう伝えると良く言われると言った。
僕は、“あっそれ良く言われる”と言われるとムっとする。他のヤツとは違うってどっかで思ってる天邪鬼がそうさせるのだろう。
『じゃあ、あっちゃん帰って来るまでにオニギリ握んのうまなってかっこよくなっとくわ。楽しさレベルも上げとくわ。』
『あとオシャレになっててね。ちゅらぢゅらのTシャツは着ないで欲しい。』
ちゅらぢゅらは僕がこっちに来るまで働いていた南国料理居酒屋だ。
『えっ、ダサイ思ってたんや!ちゅらぢゅらに連れて行きたいと思ってたのに。』
『ちゅらぢゅらには行きたいけどさ、バイトTシャツを普段着るのはないよ。友達だったから別になんとも思わなかったけど、いやだ。』
言葉の端々が、あっちゃんへの可能性があるのかって思わせる。
あっちゃんの言葉には説得力があった。それはカワイイからだ。
友達の変態つよしが言ってた。カッコイイ人が言う言葉には説得力があるって。本当にその通りだ。だからカワイイ人が言う言葉にも凄く説得力を感じる。つよしが言ってた“男はカッコイイだけじゃダメなんですよ、カワイイ要素も必要なんです。”僕は今そんな男を目指している。
あっちゃんが優しい、いや優しすぎるのでは、と話している流れで元彼の服がダサかった話になった。服買いに行こって言って何気なくメンズコーナーに行って、こんなんいいんじゃない?ってさりげなく彼に合う服を勧める話を聞いた。
『この話、この前したよぉ!忘れたのぉ?私の事、好きなんじゃないのぉ?』
『ごめん、あっちゃんの事は好きやけど、この話は忘れてた。』
正直に話すと、あっちゃんは、もぉっって感じで納得した。
さっきまで満席で列もできていたのに、いつの間にか店はすいていた。
話に夢中になって、ゆっくり食べていたせいかお腹が一杯になった。あっちゃんの顔は赤くかわいかった。眠たそうにアクビをする表情は小学2年生みたいだった。朝6時半に起きたって言ってたから、それは眠いだろうと思った。
マンハッタン縦断ツアー最後のディナーはご馳走した。本来なら今日があっちゃんのニューヨークラストナイトだった。でも帰る日が伸びたのでラストナイトではない。あっちゃんとこうしてディナーをする事はしばらくないだろうから僕はご馳走したかった。
お会計の時に初めて、ずっと財布に入れてある死んだばぁちゃんの髪1本を包んだラップが飛び出して来た。
あっちゃんを見たかったのか、何なのか。僕の後ろには死んだばぁちゃんがついてる。
あっちゃんは、ご馳走するのに対して、やだやだと言ってたが最終的にはありがとって言ってくれた。
次あっちゃんが帰って来る時にはオレ金ないやろうから、そんとき奢ってくれと言うと、
『じゃぁ、何か作ってあげる。安いやつだけど。』
時々、彼女は冷たい女なのかと思う時がある。
今日は朝まであっちゃんといたかったけど、何かがそれを止めさせた。
『あっちゃんどこから乗るん?』
特に、この後どうするかと聞かずに当然のように地下鉄に向かった。
あっちゃんはホッとしたのか、どう思ったかは分からない。
あっちゃんが、もう1軒行こうよって言ってくれるのを期待したが、あっちゃんにこんな事を言うとそれは男から言うもんでしょって言われるだろう。
改札をくぐり、ここでマンハッタン縦断ツアーは終了。
遠足は家に帰るまででーす。校長先生が笑っていた。
あっちゃんはダウンタウン。オレはアップタウン。
あっちゃんにありがとうを告げると、あっちゃんは全力で手をふっていた。僕はあっちゃんのこういう所が好き。でも僕は恥ずかしそうに3回程、頷く事しかできなかった。
あとがき
僕はこの小説を書き上げる事によってもう一度マンハッタンを縦断していた。あっちゃんからの視線も入れたが、彼女がどう思っていたかは分からない。いつか彼女に聞いてみよう。きっと、君との出来事を小説にしたよって伝えると、ますます嫌われるだろう。
小学生の頃友達と遊ぶ時、雨だろうと何だろうとはしゃいで遊んでいた。いつからだろう、天気に左右されるようになったのは。天気は自分の心の中にあると綴ったが、それは間違いない。凄くイイ事が起こったときは外の天気が何であろうと一日中楽しい。いつでも心の中が晴れてたら最高だが中々うまくいかない。でも逆に心の中が大嵐でも、今の感情はお天気みたいなものそのうち晴れるわ、と思っていれば気楽でいられる。あと、晴れ男晴れ女とよく一緒に入れば心の天気は晴れやすいと僕は思う。この小説を書き上げるにあたって僕とデートしてくれたあっちゃんに感謝申し上げます。結局縦断に8時間も歩いたのにケロってしてたあっちゃんにますます惹かれた。