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The World of Tenderness<ザ・ワールドオブ・テンダネス>  作者: にわとり
第一話:迷いの森のジャイアント・ヒル
9/9

本編03 : リトルランタン

 学園の空き教室で、レブンは鉢巻をきつく巻き、ふんすと鼻を鳴らした。

 背筋は不自然なほど真っ直ぐで、やる気だけは誰の目にも明らかだ。


 その視線の先、教壇に立っているのはグレイスだった。

 学園一と名高い才女。放課後の貴重な時間にもかかわらず、彼女は機嫌よさそうに石灰石のステッキを黒板へ走らせている。


 教師の真似事ができるのが楽しいのか、それとも――

 レブンに頼られたのが、思った以上に嬉しかったのか。


「まず、そもそもの話ね」


 グレイスは黒板に五色の円を描きながら振り返る。


「Eランク試験の課題が、どうして《リトルランタン》なのか。分かる?」


「ハイ!」


 レブンは勢いよく手を挙げた。


「赤系統の魔法が、一番簡単だからです!」


「正解」


 グレイスは頷いた。


「五系統の魔法分類の中で、赤と青は構築も操魔も難易度が低い。

 その中でも《リトルランタン》は出力が低くて、マナ負担も少ない」


 黒板を指し示す。


「だから初心者が“魔法の入り口”にするには、最適なの」


 そして、ちらりとレブンを見る。


「……逆に言うとね」


 間。


「レブンが用意してた触媒結晶の指輪とか、配列安定化の整理とか。

 ちょっとやりすぎ」


「やりすぎ!?」


 レブンはがんっと衝撃を受けた。

 ちゃんと撃てなかったのにやりすぎとは?意味が分からず頭を抱える。


「落ち着いて。褒めてるの」


「え?」


「構築そのものは、十分できてるって意味よ」


 グレイスは言い切った。


「問題は、操魔」


「そう、ま……?」


「リトルランタンは、レブンのマナと理論で現実に固定できてる」


 そこで一拍置く。


「――でも、それを狙ったところに当てるには、どうするの?」


「えっと……押す?」


 グレイスは目を細めた。


「……また教頭先生の頭を燃やしたいの?」


「ち、違います!」


「そうじゃないわ」


 ステッキで床を軽く叩く。


「魔法は物理的に投げてるわけじゃない。

 “投げるイメージ”だけじゃ、不十分なの」


「……」


「見てて」


 グレイスは手のひらを上に向けた。

 ぼう、と炎が宿る。


 同じ《リトルランタン》のはずなのに、形は安定し、光も熱も一段階上だ。


「魔法はね、手のひらから目標まで、空間を渡って運ぶ」


 ゆっくりと、炎が前に進む。


「私と、あの的の間には障害物はない。

 あるのは空気とエーテルだけ」


 火球は、教室の中央に置かれた的へ向かって進んでいく。


「軌道をイメージして、燃える場所を少しずつ移動させるの」


「おおー……!」


 レブンは思わず立ち上がった。


 火球は的に触れた瞬間、そこだけを綺麗に焼き抜き――

 床も壁も傷つけることなく、静かに消滅した。


「操魔をきちんとすれば、自分の起こしたい現象だけを選べる」


 グレイスは振り返る。


「レブンはいきなりここまでやらなくていい。

 まずは、魔法を的まで運ぶ集中力」


「……!」


「慎重に。最後まで目を離さない」


「グレイス、ありがとう!」


 感動したレブンは、そのまま抱きついた。


「な、なに……急に……」


 戸惑いながらも、グレイスはレブンを引き剥がし、そそくさと的をスタンドに立て直す。


 今度は、教室の出口近くへ。


「何度も言うけど、集中よ」


「うん!」


 レブンは真剣な顔で頷いた。


 手を前に出す。

 体内の魔力を感覚で捉え、循環させる。


 ――赤系統。

 人の生活に寄り添う熱と燃焼。

 小さな灯火を、この世界に証明する。


 レブンの手のひらに、拳大の炎が像を結んだ。




***


 教頭は、煤に塗れた頭皮をハンカチで丁寧に拭きながら、学園の廊下をずかずかと歩いていた。


 ――仕方がない。


 マジックガーデンは国内随一の魔法学園だ。

 初級魔法すら安定して使えない生徒に、これ以上時間を割く余裕はない。


 (リトルランタンを暴発させたあの娘……)


 脳裏に浮かぶのは、試験の後、目を回しながら半泣きで駆け寄ってきたレブンの姿だ。

 何度も何度も頭を下げて、必死に謝っていた。


 (……悪い子じゃないんだが)


 Eランク試験など、才能があれば数日で突破できる。

 彼女には――やはり向いていない。


 グレイスが、レブンの補修に付き合うと申請していた空き教室の前で、教頭は立ち止まった。


 (時間の無駄だ)


 そう結論づけて、ノックもせずに声を張り上げる。


「レブン、入るぞーーー!」


 勢いよく、扉を開けた。





***




 レブンは、手のひらの《リトルランタン》を、慎重に、慎重に運んでいた。


 的までの距離は、およそ三メートル。

 火球は、空間をなぞるように、ゆっくりと前へ進んでいく。


 ――できてる。

 ――今度こそ。


「レブン、入るぞ!」


 ばたん、と扉が開いた。


「はえっ!?」


 世界が止まった。


 (きょ、教頭先生!?)


 集中が、霧散する。


 次の瞬間。

 《リトルランタン》は、まるで意思を持ったかのように軌道を変えた。


 緩やかな直進から、急激なスライダー軌道。


 一直線に――教頭の顔面へ。


 レブンは、右手を突き出したまま完全に硬直した。


 グレイスは、少し早すぎる勝利を確信したガッツポーズのまま、固まった。


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