本編03 : リトルランタン
学園の空き教室で、レブンは鉢巻をきつく巻き、ふんすと鼻を鳴らした。
背筋は不自然なほど真っ直ぐで、やる気だけは誰の目にも明らかだ。
その視線の先、教壇に立っているのはグレイスだった。
学園一と名高い才女。放課後の貴重な時間にもかかわらず、彼女は機嫌よさそうに石灰石のステッキを黒板へ走らせている。
教師の真似事ができるのが楽しいのか、それとも――
レブンに頼られたのが、思った以上に嬉しかったのか。
「まず、そもそもの話ね」
グレイスは黒板に五色の円を描きながら振り返る。
「Eランク試験の課題が、どうして《リトルランタン》なのか。分かる?」
「ハイ!」
レブンは勢いよく手を挙げた。
「赤系統の魔法が、一番簡単だからです!」
「正解」
グレイスは頷いた。
「五系統の魔法分類の中で、赤と青は構築も操魔も難易度が低い。
その中でも《リトルランタン》は出力が低くて、マナ負担も少ない」
黒板を指し示す。
「だから初心者が“魔法の入り口”にするには、最適なの」
そして、ちらりとレブンを見る。
「……逆に言うとね」
間。
「レブンが用意してた触媒結晶の指輪とか、配列安定化の整理とか。
ちょっとやりすぎ」
「やりすぎ!?」
レブンはがんっと衝撃を受けた。
ちゃんと撃てなかったのにやりすぎとは?意味が分からず頭を抱える。
「落ち着いて。褒めてるの」
「え?」
「構築そのものは、十分できてるって意味よ」
グレイスは言い切った。
「問題は、操魔」
「そう、ま……?」
「リトルランタンは、レブンのマナと理論で現実に固定できてる」
そこで一拍置く。
「――でも、それを狙ったところに当てるには、どうするの?」
「えっと……押す?」
グレイスは目を細めた。
「……また教頭先生の頭を燃やしたいの?」
「ち、違います!」
「そうじゃないわ」
ステッキで床を軽く叩く。
「魔法は物理的に投げてるわけじゃない。
“投げるイメージ”だけじゃ、不十分なの」
「……」
「見てて」
グレイスは手のひらを上に向けた。
ぼう、と炎が宿る。
同じ《リトルランタン》のはずなのに、形は安定し、光も熱も一段階上だ。
「魔法はね、手のひらから目標まで、空間を渡って運ぶ」
ゆっくりと、炎が前に進む。
「私と、あの的の間には障害物はない。
あるのは空気とエーテルだけ」
火球は、教室の中央に置かれた的へ向かって進んでいく。
「軌道をイメージして、燃える場所を少しずつ移動させるの」
「おおー……!」
レブンは思わず立ち上がった。
火球は的に触れた瞬間、そこだけを綺麗に焼き抜き――
床も壁も傷つけることなく、静かに消滅した。
「操魔をきちんとすれば、自分の起こしたい現象だけを選べる」
グレイスは振り返る。
「レブンはいきなりここまでやらなくていい。
まずは、魔法を的まで運ぶ集中力」
「……!」
「慎重に。最後まで目を離さない」
「グレイス、ありがとう!」
感動したレブンは、そのまま抱きついた。
「な、なに……急に……」
戸惑いながらも、グレイスはレブンを引き剥がし、そそくさと的をスタンドに立て直す。
今度は、教室の出口近くへ。
「何度も言うけど、集中よ」
「うん!」
レブンは真剣な顔で頷いた。
手を前に出す。
体内の魔力を感覚で捉え、循環させる。
――赤系統。
人の生活に寄り添う熱と燃焼。
小さな灯火を、この世界に証明する。
レブンの手のひらに、拳大の炎が像を結んだ。
***
教頭は、煤に塗れた頭皮をハンカチで丁寧に拭きながら、学園の廊下をずかずかと歩いていた。
――仕方がない。
マジックガーデンは国内随一の魔法学園だ。
初級魔法すら安定して使えない生徒に、これ以上時間を割く余裕はない。
(リトルランタンを暴発させたあの娘……)
脳裏に浮かぶのは、試験の後、目を回しながら半泣きで駆け寄ってきたレブンの姿だ。
何度も何度も頭を下げて、必死に謝っていた。
(……悪い子じゃないんだが)
Eランク試験など、才能があれば数日で突破できる。
彼女には――やはり向いていない。
グレイスが、レブンの補修に付き合うと申請していた空き教室の前で、教頭は立ち止まった。
(時間の無駄だ)
そう結論づけて、ノックもせずに声を張り上げる。
「レブン、入るぞーーー!」
勢いよく、扉を開けた。
***
レブンは、手のひらの《リトルランタン》を、慎重に、慎重に運んでいた。
的までの距離は、およそ三メートル。
火球は、空間をなぞるように、ゆっくりと前へ進んでいく。
――できてる。
――今度こそ。
「レブン、入るぞ!」
ばたん、と扉が開いた。
「はえっ!?」
世界が止まった。
(きょ、教頭先生!?)
集中が、霧散する。
次の瞬間。
《リトルランタン》は、まるで意思を持ったかのように軌道を変えた。
緩やかな直進から、急激なスライダー軌道。
一直線に――教頭の顔面へ。
レブンは、右手を突き出したまま完全に硬直した。
グレイスは、少し早すぎる勝利を確信したガッツポーズのまま、固まった。




