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四戦目

約二年ぶりの投稿となります

もう色々と気にしないで

 この空の下で未だに無力な人々が戦火に巻き込まれている。

 ――そう考えると、居てもたってもいられなくなるんだ。

 幼い僕に、父さんはそう語ってくれた。まだ無力の言葉の意味さえ分からないことをわかっているはずなのに、まるで僕にもそんな人間であってほしいと教えるように父は語りかけた。

 僕はひまわりのような笑顔を浮かべてこう言ったんだ。「おとうさんも年なんだから、それはぼくがする」って。すると父さんも子どものように無邪気な笑顔で笑いかけてくれた。

 今思えば、これが僕の地獄の始まりだった。


 授業が終わった。校舎はベルの音波に僅かながら震え、僕たち生徒に「勉強」という束縛から一時的の解放を告げる。

 終わりのベルが鳴ったのはこれで四回目だ。つまり四時限目が終わり、今からは昼食を取るための昼休みとなった。

 やっと、という思いが心中を埋め尽くす。本来農業科で勉強をしようとしていた僕にとって、銃の知識や仲間とのチームワークの取り方なんてどうでもよかったのだ。

 それでも、覚えなければいけない状況に立たされているのだけれども。

「あー。終わった終わった」

 重い腰を椅子から上げる。たった50分のはずなのにまるで二時間も椅子に縛りつけられていたような気がする。

 隣の奴にそれを言えば「軟弱な奴め」とバカにされるに違いないから絶対に口にはもらさない。

 隣で奴が呆れたような視線を向けてくるが気づかない振りをして無視をする。なんとでも思うがいいや。

「ぼっちゃーん! 食堂に行きましょー!」

「あ、うん! わかったよ!」

 声がする方に振り向けば、そこにはカマとヤスが既に僕を待っていた。今から僕たちは昼ご飯を取るために、食堂に向かうのだ。

 この学校の食堂は他の学校よりも断然親切だろう。

 この学校の生徒は皆寮生であり、寮生であるように強制されている。内部の情報を本の少しでも外部に漏らさないためだ。しかも学園からの外出は禁じられている。そのため弁当などの三食は自分で作らないといけない。

 もちろん生徒全員が料理を作れるわけがない。そのための食堂だ。

 食堂は頼めばどんな物でも作ってくれる。しかもテイクアウトも出来るため、朝昼晩三食全て食堂漬けの奴もいる。

 かくいう僕も、生憎朝に弱いので弁当を作るために早起きが出来ないので朝食は食堂ですませている。どんな料理でも運ばれてくるのはありがたいものの、おふくろの味というものは食堂でも作ってくれはしない。そこだけが残念で、ほんの少し心細い。

「いや、さっきの授業はダルかったな」

「ヤスちゃんにすればどれも授業はダルいものでしょう?」

「まぁな。朝飯前だぜ!」

「褒めてはいないのだけど」

「それが馬鹿(ヤス)さ」

「ハーッハッハッハッ! ん?」

「どうしたヤス?」

「いや、あれ……」

 そう言ってヤスは廊下の向こうを指差した。まだ見えない先から地響きのような足音が聞こえてくる。まるで誰かがこちらに向かって全力疾走をしているようだ。

 いや、"ようだ"ではなく、本当に誰かが全力疾走で来ている。

「なにかあったのかしら…。とりあえず端に避けましょうか」

 カマはそう言ってヤスと僕を引っ張って廊下の端に移動した。その力強さに少し驚いたが、すぐに納得できた。さすが男の子、それぐらいの力はあるみたいだ。

 そもそもなかったらこの学校に入れないか。

 廊下からは未だに全力疾走している足音が聞こえる。他の生徒たちは少し焦ったような素振りを見せたが、すぐに無表情に戻った。

 全力疾走している生徒の姿が見えてくる。制服から見ると女の子ようだが。速すぎる気もする。

 女の子ってあんなに速く走れるのだろうか。50m7秒フラットの勢いだ。

「――おい。こっちに近づいてきてなくね?」

「僕の目がおかしくなければ、僕にもそう見えるよ」

 迫ってきている。鬼の形相をした女子生徒がものすごいスピードで近づいてきてる。

 自分の目がおかしくなったのだろうか。眼は赤く光輝き、通りすぎた後には閃光のように光が宙に舞っているように見える。

 できればおかしくなっていてほしい。

 僕らと彼女がすれ違うのはほんの一瞬だった。そのほんの一瞬の出来事

 視界に入っていた風景が線に変わる。それと同時に、とてつもないGが体を襲い、浮遊感が脳を支配する。

 すれ違った女子生徒に引っ張られている。僕がそう認識したのは、廊下に足がついた時だった。

「ちょっと付き合ってほしいッス」

 女子生徒がそう言ったように聞こえた時には、僕の制服が廊下と擦れあい、ぼろ雑巾になろうとしていた。


 桜の花は完全に風によって散らされ、葉桜が往々と繁る五月の日光はとても朗らかで、和やかなものだった。雲一つない青空が、僕を向かえてくれた。

 ぼろ雑巾となった僕を、哀れむように。

「ふぅ、ここまで来れば安心ッスね」

「ねぇちょっと言いたいことがあるんだけどいいかな?」

「その前にうちの話を聞いてほしいッス」

 なんという暴虐武人っぷりだろう。この学校にまともな女子生徒は存在しないのだろうか。残念ながら、この子とも仲良く出来そうにない。僕の学生生活に華はいつ咲くのだろう。

「まず、説明もせずにここまで引きずってきたことをお詫びしたいッス。サーセンっした」

 若干の早口で伝えると、頭を下げてその子は謝ってくる。どうやらそれなりの常識はあるようだ。前言撤回、この子とは仲良くなれるかもしれない。

「うん。ここまでぼろ雑巾にされたのは久しぶりだけど、まぁいいよ。僕の心は寛大だからね」

 少しでも友達は欲しい年頃な僕は、先の無礼を許すことにした。本当は一度頭を叩いてやりたいのだけれども、ここでスパッと終わらした方が後腐れなくていいはず。それに、早く帰れるかもしれない。

「……さすがうちが見込んだ男ッス……! あなたこそうちの師匠に相応しいッス!」

「師匠だなんてそんな照れるなぁ。……ん?」

 この子は今なんと言ったのだろうか。いや言葉は一字一句耳に入ったし、理解もした。ただ、どこか認めたくない単語が入っていたような気がする。

「……師匠? 今師匠って言った?」

「うッス。うちをあなたの弟子にしてほしいッス!」

「で、弟子ぃ!?」

 訳が分からない。この子とは面識がまるでないはずだ。いや問題はそこじゃなくて、この僕が師匠になって弟子をだなんて、そんなことありえない。

「ちょ、ちょっと待って。僕と君は初対面だよね? そんないきなり……」

「初対面ではないッス! 入学テスト……。あの時うちと出会ったはずッス。あんなに近くでふれ合ったんスから!」

 触れあった、とはどういう意味だろうか。あの時体がぶつかったりした受験生は……。

 その時に、ふと思い出したのは、神風のように特攻をかけてきた一人の女子。片手の銃で威嚇し、確実に懐に潜り込んでナイフを振るおうとしていた。確かあの子は僕が投げ飛ばしたはず。

「……もしかして、あの時投げ飛ばした?」

「思い出してくれたッスか! 恐縮ッス」

 目を輝かせる彼女の眼は嘘をついているようには見えなかった。ただ投げ飛ばしただけなのにここまで尊敬されるものかなぁと不思議に思う。

「うち、銃の扱いはからっきしなんスけど、白兵戦にだけは自信があったんスよ。でも、所詮は井の中の蛙だということを知ったッス…。師匠の荒々しくも流れるような美しい投げに、うちはほれたッス!」

 つまりは、こういうことだ。あなたの体術を習いたいと、弟子にしてほしいと。彼女は最初からそう言っていたようだ。色々と混乱していたが、ようやく把握できてきた。

 純真な子だ。負けたというのに、学ぶ意欲が出てくるなんて。

「……ええっと、悪いけど師匠なんて柄じゃないよ。僕だってまだ未熟な身なんだし……」

「そんなことないッスよ! 師匠は素晴らしい技術を持ってるッス!」

「ありがとう。でもやっぱり人に教えるなんて得意じゃないし……」

 昔からそうなのだけれど、僕は人に教えるというのが苦手中の苦手だ。言葉が思い付かないというか、感覚を言葉にできないというか、そんな感じだ。僕の父親もそうだった。だからきっとこれは、父親譲りということだろう。

 なるほど、父親が痛めつけた理由はこれだったのかもしれない。

「得意じゃないから、勝手に盗んでよ。友達としてなら、盗まれても何にも思わないからさ」

「し、しぃぃぃしょぉぉー!」

「だから師匠はやめてよっ! って引っ付かないで!」

 突発的に泣きながら抱きついてくる彼女。端から見れば絶対に誤解されてしまうであろうこの状況、どう納めようかなぁ。

「ちょ、ちょっと鼻水! ついてるから! ああああもう!」

 おじいちゃん、僕の学園生活はまだまだ騒がしくなりそうです。

 あ、昼食食べてないや。

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