後編
乾いた拍手が落ちた。
パチリ、パチリ、パチリ。音は王族専用の二階バルコニーから響いてきた。
全ての視線がそちらへ集まる。
そこに立っていたのは、カイルの実兄——第一王子ライオネル・リンドバーグだった。
冷徹な理知派として知られる男は、静かに笑っていた。
「見事だ、フィオナ嬢。法と論理だけで、この不当な断罪を返した」
カイルの顔が強張る。
ライオネルは、広間に向けて宣言した。
「この場での婚約破棄と追放の宣告は、手続きを欠く。無効だ。——そして、虚偽の告発を行った者については、然るべき捜査と処罰が必要になる」
フィオナは一枚の紙を取り出した。
それは、公爵家の法務部が用意していた明細書だった。
「法的に無効となった婚約破棄、公衆の面前での名誉毀損、そして虚偽告訴による精神的苦痛。違約金および慰謝料として、カイル殿下に金貨三百五十万。虚偽告訴と偽造の実行犯として、アメリア嬢に金貨五百万を請求いたします」
桁が落ちる音がした。
誰の喉からか分からない、短い悲鳴。
「領地追放や幽閉のような感情的な報復はいたしません。法治国家ですから」
フィオナは微笑む。
「ですが、賠償金は一枚たりとも負けません。法的に、きっちり回収させていただきます」
アメリアの仮面が、そこで砕けた。
「嘘よ!私が、金貨五百万ですって? ふざけないで! 全部フィオナのせいよ!あんたさえいなければ——!」
叫びながら飛びかかろうとした彼女を、騎士たちが押さえ込む。
夜会の優雅な音は消え、乱れた息遣いだけが響く。
フィオナは冷えた声で告げた。
「虚偽告訴および私文書偽造の容疑者です。法に則り、逮捕してください」
アメリアの絶叫が遠ざかっていく。
カイルは、その場で膝をついた。
数週間後。
フィオナは王宮の書庫の一角で、判例集に目を落としていた。
紙とインクの匂いは、彼女にとって最も落ち着く香りだった。
「こんなところで、また難しい顔をしている」
背後から、ライオネルの声がする。
彼は机の上の法典に視線を落とし、次にフィオナの手元を見た。
「君の知性は、この国の秩序を守る盾になる。……だから、君に提案がある」
彼は一歩近づく。
「法務顧問としての地位は、すでに用意した。だがそれとは別に、私の隣に立つパートナーとしての地位を、正式に受け取ってほしい」
「ライオネル殿下。その契約、法的に有効な形で承諾いたします」
フィオナは顔を上げ、少しだけ目を細めた。
彼が彼女の手に触れた、その瞬間。
ライオネルの脳裏に、夜会の光景がよぎり、疑問が沸く。
この聡明な女性が、あのような公衆の面前で断罪を素直に享受するだろうか?
もし、ライオネルの介入すら、全てがこの人の掌で転がされていたとしたら……
「フィオナ……どこまでが君の計画だったんだ?」
その問いに、フィオナは一瞬だけ目を大きく開いてみせる。
「さぁ。どこからだと思いますか?」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




