【前編】赤ずきん
こんにちは。ミゾレです。初めましての方も他作品読んでいただいている方も是非読んでいってください〜
むかしむかし、あるところに"赤ずきん"と呼ばれる少女たちがいました。
彼女たちは赤ずきんと呼ばれていますが、赤い頭巾を被っているわけではなく、白いローブに身を包んでいました。
決まって満月の日に現れる"赤ずきん"ですが、彼女たちがどこに住んでいるのか、なぜ満月の日に現れるのかは誰も知りませんでした。
しかし、満月の日、少女たちを見た人は必ず言うのです。
――「赤ずきんがいた」と。
▶︎▷▶︎
「マッチはいかがですか」
一人の少女がか細い声で道ゆく人に声をかける。しかし、誰も少女の声に耳を傾けない。
ここ"ルルハンス"は寒い日が続いている。今日もこんこんと雪が降っており、街路の端には少し汚れた雪が積まれていた。
そんな寒空の下、マッチを売る少女の格好はその環境に耐えるにはあまりにも見窄らしく、隠したいところがギリギリ隠れているようなボロボロなシャツ一枚に短いスカート、そして、唯一寒さが凌げそうな赤い頭巾を深く被る。
少女の名前はスオル・フレイデルセン。今年で十三になるが、十三の少女にしてはかなり背が低かった。
「あの、マッチはどうでしょうか?」
「要らないよ。今どきマッチなんて誰も使わんさ」
スオルが道ゆく老人に声をかけるも、老人は首を横に振ってはそそくさとその場から立ち去っていった。
「そうだよね……マッチを使うよりライターを使った方がいいもの」
彼女は決して裕福ではない家庭で生まれた。だがそれでも人並みの幸せがそこにはあった。優しい父と母に育てられ、寒い時期にはケーキだって食べられたし、こんな布切れを着ることなんてなかった。
――それが崩れ去ったのは彼女が十になった頃のことだ。
「いってくるよ、スオル」
「明日の朝には帰ってくるからいい子で寝ているのよ」
満月の夜。父と母はスオルを置いて出かけていった。何でも仕事に空きが出てしまったらしく、急遽代わりが必要になったのだという。
「うん。私、早起きして二人のご飯作っておくね!」
スオルが元気良くそう言うと、父と母は互いに目を合わせ、そして、二人とも満面の笑みを見せた。
「火は使わないようにな」
「トースターでパチンってするだけだよ!」
「じゃあ楽しみにしてるよ」
父はそう言うとスオルの頭を優しく撫でて、母はスオルのおでこにキスをして、二人仲良く出ていった。
その二人の後ろ姿を見届けると、スオルはニッと口角を上げた。
しっかりと施錠をして部屋に戻ると、棚の中から本を取り出しては寝床まで持っていく。
「お父さんとお母さんがいないから、今日はいっぱい本が読めるぞー」
その本は父が読んでいた小説であり、「難しい字が多いからきっと読めないよ」と言われていたものだった。
だが、もう十になるのだ。スオルだってそれなりに文字は覚えているつもりだし、このくらいささっと読んでやるとページを捲り出した。
「――――」
どれだけ時間が経った頃だろうか。とっくにいつも寝ている時間は過ぎており、スオルはコクコクと船を漕いでは小説に目を移し、また気を失うのを繰り返していた。
「ウォーーーーン」
狼の遠吠えが耳に届く。そう言えば今日は満月だったと脳裏をよぎる頃には、スオルの意識は遠く……遠く……
「ああ!」
スオルは日が昇っていることに気づいては慌てて飛び起きた。焦ったのも束の間、スオルは辺りを見回すと、どうやら父と母は帰ってきていないようでスオルはホッと胸を撫で下ろした。
「よかった。まだ……」
「まだ帰ってきてないから朝ごはんが間に合う」と、寝床から立って時計を見る。
だが、時計は11時を過ぎており、もう朝というよりは昼になっていた。
「あれ? 朝には帰るって言ってたのに」
スオルは首を傾げたが、仕事が長引いているだけだと自身を納得させる。普段も遅いときだってあるし、そもそもイレギュラーのために呼び出されたのだから、何かあったっておかしくない。
――だが、時が過ぎれども、両親は帰って来なかった。
七日ほど経って、ようやく玄関の扉が開いた。
その頃には家にあった食糧が尽きていた。火は使わないという父との約束を守り、肉や魚には手を付けず、ありものだけ食べていたため、スオルは空腹のまま座り込んでいた。
開いた扉に反応するも、そこには長身の男が立っており、期待した人物ではないことに気づいてスオルは顔を俯かせた。
「君のお父さんとお母さんは君を置いて逃げ出したらしい」
長身の男のその言葉を聞いてスオルは目を見開き、その場に立ち上がった。
「そんなわけない! お父さんとお母さんが私を置いてどっかにいくはずなんて――」
だが、酷い立ちくらみと空腹によってスオルはその場に倒れ込んだ。
「……連れて行け」
そう男の声がかすかに鼓膜を揺らし、次にスオルが起きた時には、また知らない男の家にいた。
いや、顔は見たことあるが、父に忘れるようにと言われていた人物だ。
「やっと起きたのかお前」
男はそう言うと、ソファから立ち上がり、テーブルの上に置いてあったパンを持ってスオルに向かって投げつけてきた。
「痛っ……」
勢いよく投げられたパンはスオルの腕に当たって床を転がった。それを見て男は舌打ちをする。
「ちゃんと取れよ。それを食ったら働いてもらうぞ」
「……働く?」
「あぁ、そうだよ! 兄貴が逃げたせいで俺が借金する羽目になったんだよ! だからテメェにはその分働いてもらわないと割に合わねぇ!」
男は怒号を飛ばして、スオルを威圧する。
そう、この男は父の弟であるイガルド。温厚な父とは違い、狂暴な性格であり、安定して職にもつかない、だらしない男だ。
何度か父のところに来てはお金をせがんでいた姿をスオルは見ており、喋ったことすらないが、スオルはイガルドのことが大嫌いであった。
「違う! お父さんは逃げたりなんてしてない! すぐに迎えにくるもん」
「ああ、そうかい。じゃあ早く起きて働け!」
――そうして三年の月日が経った。
スオルの持つ木のカゴにはたくさんのマッチの箱が入っていた。カゴはたくさんのマッチを持つために自身で作ったのだが、ヤスリなどは当然ないため、木の持ち手がガサガサしており、スオルの細い腕を傷つけていた。
格好からもわかる通り、イガルドのスオルの扱いは酷いものだった。朝から晩まで働かせては食事は最低限の物しか与えられず、衣服も連れて来られた時のモノを使いまわしている。加えて、酒癖が悪いイガルドは、寝ているスオルを叩き起こしては蹴る殴るなどの暴行をすることがあり、綺麗な装飾がされていたはずのその服はただの劣化だけでなく、見るも無惨な状態へと変わり果てていた。
「なんで……私は生きているんだろう」
たまにそう口にしてしまうのも仕方がなかった。三年も音沙汰ない父と母。その帰りだけを待って、スオルは生きているのだ。
瞳から溢れ出る涙を細い腕で拭き取ると、スオルは街を歩き出そうとする。
まだ涙で濡れた視界のまま歩き出したのが悪かったのか、スオルは向かいから来ていた人影に気づかず、ぶつかってその場に倒れ込んだ。
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に謝罪をすると、スッと手が差し出された。
「私の方こそごめんなさい。大丈夫?」
優しく、柔らかい声音。久しく忘れていた優しさにスオルは驚きながらも、差し出された手を握ると、グイッと引っ張られて起き上がらされた。
相対した人物はスオルよりも少し歳が離れた女の子であり、おそらく十五か十六と言ったところだろう。
白いローブのフードを取って女の子はニコッと笑う。茶色の髪に青色の綺麗な瞳。素肌はローブでほとんど隠れているが、学園に通う制服のようなモノを着ているようだった。
「貴方……そんな格好で寒くないの?」
女の子はスオルを見てそう言うと「ちょっと待ってて」とスオルに背を向けてガサゴソと何かを探し始めた。
「あの――」
「これ、着なさい!」
スオルが声をかけようとすると、女の子が振り返り、一体どこから取り出したのか、セーターとズボンを差し出された。
「……え」
「こんな雪の中。死んじゃうわよ。良いからコレを着て」
女の子に言われるがままにスオルは服を着せられる。痩せ細ったスオルにはブカブカではあったが、先ほどよりもずっと暖かいのは確かだった。
スオルはセーターに顔を埋め、赤い頭巾を深く被ると女の子にお辞儀をする。
「あ……ありがとうございます」
「いいのよ。それより、今日は満月よ。暗くなる前に帰りなさい」
「えっと……」
「いいから。早く帰りなさいよね」
スオルが言い淀んでいる間に女の子はその背を翻して去ってしまった。
満月だから何なのか、スオルは不思議であったが、地面に落ちているマッチを拾い上げてはカゴに入れ直した。
「よし、これで頑張れる」
そう言ってスオルはマッチ売りを再開した。




