八 宿はどこだ
「おいト書き、いいかげんにしろよ。実況中継が仕事だろ。過去の備忘録とか思い出なんか聞かされる身には、かったるいだけなんだ。それにマリカは見当ちげえだぜ」
「いや、でもまだ田坂のストリップももひき話とか浅野のピンサロホステス説教話とかですね」
「そんなもんは幕間狂言でてきとうに混ぜてきゃいいんだ。肝心なのはライブとリアリティで」
「はいはい。わかりましたよ。やりゃいいんでしょ。やりますよ、ったく」
たしかに真市の言うとおり一行は目的地に到着して降車した。だが今回はいつものような、駅に着けば迎えに来てくれる温泉宿ではない。一興を講じて秘湯中の秘湯をめざしているのだ。これはストーリー展開上の演出でもある。
「ここって、いったい」
「駅前だってえのに真っ暗じゃねえか」
申し訳ていどに街灯が弱々しい光を投げかけているだけで、山影がせまるぽつんとした駅前広場には文字どおりなにもなかった。ただ、なにもないだけで、荒れ野とはちがう人工物の空間だった。
「人の気配もねえな。まだ宵の口だぜ」
「いいから行きましょう。ナビがあるわ」
女はみなの先に立って歩き出す。幽かな月と星明かりを頼りにそろそろと歩を進めるといつの間にか上り坂に足を踏み入れている。
「あら。変ね。ナビが」
スマホの電波が届かないのだ。GPSだけではどこを歩いているのかわからない。
「だれか、オフラインの地図持ってない?」
「あるよ。ほら」
ジジイにしてはスマホにも詳しい田坂が得意げにひょいと画面をだす。
「ちょっと貸してね。あら、これずいぶん狭いわね」
「町内だけで間に合うからな」
「なに、町内エリアしかないの。ダメじゃない」
田坂はペロッと舌を出す。
「迎えに来てもらったほうがいいんじゃねえか」
「ここは圏外よ。駅前で呼べばよかったわ。引き返しましょうか」
「ま、いいじゃねえか。まだ宵の口だし。ほら天の河があんなに」
真市に言われて見上げると『ミルキーウェイ』の名にふさわしく、乳白色に褐色濁色が混じた河がそこに流れていた。
「天の河なんておれは始めて見るぜ。こんなジジイになってからよ」
「冥土の土産だあな。目にしっかり焼き付けておこう」
星明かりを頼りにそのまま一行は進むが、アスファルト舗装はしてあっても山道にかわりない。ガードレールぐらいはあるが、街灯はない。代わるがわるスマホを電灯代わりに行く手を照らす。鬱蒼と茂る山側からはときおり獣の咆哮らしきものが聞こえる。
「だいじょうぶかな。熊でも出やしないか」
「この辺は出るとしても狐や狸よ。しらべてきたわ」
「こっちの方向でいいのか」
「なんだか暗闇に吸い込まれそうだぞ」
おっかなびっくり行くうち、明かりが行く手に見えた。民家など皆無の道筋にそんな光があろうとは夢にも思わぬ展開に、どうも怪しいと訝るのはやはり真市だ。ひねくれ者の面目躍如である。
「あそこで道を聞くべきなんだろうが、化かされやしねえだろうな」
「行ってみましょう」
女が先頭に立って、戸口に近づき中のようすをうかがうまでもなく呼び鈴を押した。すぐに返答があってガラガラと戸が開く。むすっとした初老の男が顔を出す。夕食の最中か、もぐもぐと咀嚼しながら面倒くさそうに「なにか用かね」と目で問いかける。
「ええーと。道を聞きたいんですが、著露摩温泉はこの道でいいんでしょうか」
男は口元をゆがませて薄笑いを浮かべたかと思うと、ああ、それならと大仰な身振りで応え、この先の分岐路を右へ行けと教えた。
岐路に来て、訝りながらも右へ道を取る。しかし行けども行けども険しい山道が続くばかりで温泉の気配さえうかがうことはできない。
「ここいらにはなにもありそうにないぞ。騙されたんでは」
また行く手に光が見えた。こんどはクルマのビームライトだ。近づいてくる。小さなライトバンが現れた。真市が両手をあげて停める。
「なにかね?」
農協だか組合の上着を着た男が、おっかなびっくりウインドーを下げて顔を出した。真市があらためて道を聞くと、やっぱり分岐路を左が正しいという。
「乗りなさい。連れてってあげるよ」
女が助手席に、ほか三人+座間は荷台に腰を落ち着けた。分岐点に戻ると左に進路を取ってライトバンは登り始めた。
「田舎はめんどくせえよ」
そのライトバン運転手氏はさもうんざりしたふうで言うのだった。
「よそ者には意地が悪いんだ。道なんか訊くほうが悪いっていうか認識不足だな」
「そうなの」
女はおもしろがって耳をかたむける。
「そうさ。正直に教えるわけがねえんだ。ウソ言っておもしろがってるのさ」
「ふうん。あきれるわね」
「都会モンからかうのが楽しみなのさ」
この男も数年前に越してきた都会人なのだが、移住してきて始めて田舎人の本性を知ったとか。
「だから気をつけるがいいぜ。田舎ではデタラメしか通らねえのさ」
ライトバンは手慣れたようすで道をたどる。街灯などないのでヘッドライトに照らされる世界がすべてである。どこを走っているのか女にも荷台の三人+αにもわからない。
「さあ着いた」
ライトバンは停まり、女と三人+αは土の道の上に足をおろした。
「じゃあ。よい旅行を」
バタンとドアは閉まり、テールライトの赤い灯りが夜の闇に吸い込まれていった。
「ふう。ひと安心だ。ひとっ風呂浴びようぜ」
「ちょっと待って。この旅館じゃないわよ。名前がちがうもの」
「えーと。ここって、あ、『丸屋』て看板が」
「予約したのは『山正』て宿よ」
「え~、どーすんのさ。ぽつんと一軒しかないぞ」
「いいよ、もうここにしようや。探す元気なんかねえから」
めんどくさがりでいいかげんな真市はさっさと入り口玄関へ進んで、田坂も浅野もそれに従う。女は座間と顔を見合わせて、しょうがないわねとため息をついて光のほうへ足を運ぶのだった。




