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老楽記  作者: すのへ
5/8

五 そもそも座間とは

 真市と田坂が座間の訃報を知らされたのは浅野からだった。浅野は座間の兄からの急報を受け、すぐさま真市と田坂に連絡を入れた。クルマを出したのはいつものように田坂だった。四国まで三人で夕闇迫るころに出発したのだが、秋の気を含んだ居残る暑気に窓を開け放って暗闇が辺りを侵すころ、ふと助手席に気配がした。田坂がうるさいと云うので助手席を空けていたのだが、その助手席にふわりと降り立った者がある。座間である。

「!」

 はっとおれたちは息を吞んだ。運転している田坂はおれたち以上に驚いたにちがいない。ハンドルが手を離れて虚空に差し出された。我に返った田坂がハンドルを握り直すまでのほんのコンマ何秒の間に何があったのか。いまとなってはわからない。ただ、なにかが変わった。死と生を分ける境界が崩壊し、死んだはずの座間が現れておれたちと時空間を共生することになったのである。そうなんだ、おれたち三人は互いに気を遣って座間が見えることにしたとト書きのスカタンが言ってたが、実を言うと見えているんだ、座間の姿が。いや、これは真市であるおれだけかもしれん。いずれ他の二人も語り出すだろうから、そのとき確認すればいい。すくなくとも、おれにとっては座間は実在するのだ。

「座間!」

 このとき三人の声はそろって車内に響いた。してみるとおれの他の田坂も浅野の二人も座間の姿を見たのではないのか。それは一瞬のことだったが三人の眼は座間を捕らえたのである。SF小説ならここで生死が入れ替わり、座間が此の世へ環流したのではなく、おれたち三人が座間のほうへ、死者の世界へ踏み込んだことにされるかもしれない、ディックの『ユービック』のように。ほんとうにそうだったら、おれたちはいま、座間の世界、死後の世界で怠惰な生をひきずっていることになる。どちらでもおれはかまわない。こうしてマリカを身近に感じていられるんだったら生きていようが死んでいようが知ったこっちゃない。ああ、マリカがほんの数十センチのところにいてくれる至福の時だ。

「え、おれたち死んでるのか」

 浅野が頓狂な声を出す。聞いていたのか寝ぼけたのか、おれの想念を感じ取ったのか、ともかく浅野はまた眠りに落ちていった。

 座間の葬儀に向かっていたおれたちは、座間が現れたことで混乱した。それが一瞬のことでもう座間の姿がなくなっていたのなら、座間の最期のおれたちへの挨拶だと解釈しただろう。しかし、座間はその一瞬が過ぎたあとも助手席にとどまっていたのだ。耐えきれず田坂は路肩にクルマを停めた。あらためておれたち三人はふたたび助手席を注視した。

「座間・・」

 異口同音に口からもれるのは、やはり同じ固有名詞だった。おれたちの視線を浴びた座間はいつものように余裕綽々でおれたちを見回して言った。

「どした? 幽霊でも見たような顔して。お化けでも出やしないに」

 そしてニッコリと笑うのだった。心底からぞっとしたのはおれだけじゃなかった。座間を囲む三人がそろって強張った笑みを無理くそに浮かべていたのだ。座間は一人ウンウンとうなずいて言う。

「さあ、行こうぜ。おれの所へ来てくれるんだろ」

 それを聞いてまたもおれたち三人は卒倒しそうになった。いや浅野はほんとうに気を失った。田坂は警察官だけあって気をしっかりもってハンドルを握り、アクセルをふかした。

 あとのことは記憶が曖昧になっている。海を渡って四国の道路をどう辿ったのか、深夜から明け方になって、暗がりに曙光が差してくるころにはすでに座間の姿は消えていた。おれたち三人は魂を抜かれたように事の成り行きに身を任せ、座間の葬儀から火葬まで淡々と付き従い、座間の骨もひろってやっとこさ帰路についた。そして、まさかと思った彼は誰時にやはり助手席に座間が現れたのだった。

「ありがとうな。わざわざ来てくれて」

 わ、また出たとおれは身構えた。ハンドルを握る田坂も運転席の後ろの浅野も、はっとして座間が現れた助手席に目を走らせる。座間はそれぞれの視線を捉えてはにっこりと笑い、ふっと姿を消した。おれたちは顔を見合わせて曖昧にうなずくのだった。暗黙の了解があったとすればこのときだ。でも、おれたち三人に座間が会いに来てくれたのはたしかだ。死んでいようといまいと関係はない。いや、死んだのだ、座間は。だからいま、座間はおれたちとずっといっしょにいるんだ。

 座間の女に対する距離感というのか、目で追わざるをえないが、知らぬフリを装わざるをえないのは、座間が死んでいて本体はすでに煙となってわずかに骨の一部を残すのみだからだ。

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