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8.大蛇狩りと失策

 休憩はヘンリーが煙草一本を灰にしたことで終わった。行軍が再開される。


 毒蛇が襲ってきたり、狼の群れと遭遇したりしたが、アリスの精密な射撃とヘンリーの盾捌きによって何事もなく切り抜けることができた。血抜きなどの処理は、ほど近い場所にあった清流で行い、帰路の際に屍を回収することになった。


 陽が昇り昼を迎えたところで、不意に先頭のヘンリーが足を止めた。額から流れる汗を手の甲で拭った後、まずいな、と言った。その視線を追えば、背の高い(くさ)(むら)には獣道が続いており、その先には岩山がそびえている。ジャックが後ろを見れば、幹のねじくれた広葉樹が生い茂るだけであった。いつの間にか街道から大きく逸れたところまで来てしまったようである。


「ヘンリー殿、どうしたんだ」

「よく見ろ。草が下の方だけ折れて筒状になっている」


 ジャックが獣道を注意深く見れば、確かにそのようになっている。


「それの何がまずいんだ」

「蛇の通り道だということです」


 ジャックの質問に答えたのはアリスであった。


「きっと、それもただの毒蛇ではありません。草木の状態から察するに、人間ひとりを丸呑みにできるようなとても大きな個体です」

「嬢ちゃんの言う通りだ。そしてこの道の先には狭いが洞窟があるんだ。きっとそいつの(ねぐら)になっていることだろうよ」

「嬢ちゃんは止してください。アリスです」

「悪かったよ。失敬失敬」


 言い合う二人を余所にジャックは突入の準備を始める。毒蛇対策として解毒剤は人数分所持している。四〇〇ルーメン超えの懐中電灯も装備している。抜かりはない――はずである。


「ヘンリー殿。行かないのか」

「まあ待て。そう(はや)るな。毒蛇の皮は、それも巨体となれば良い金になってくれるだろう。放置すれば旅人だって襲うだろうから狩るしかねえのはその通りだ。だがまずは確認だ」

「確認」

「解毒薬はあるな。洞窟を照らす松明も必要だ」

「そのどちらもある」

「良し。ならば閉所での戦闘経験はどうだ?」


 ヘンリーの問いに、ジャックもアリスも首を振る。


「まずはジャックだ。洞窟や屋内なんかじゃ斧槍は長過ぎて役に立たねえ。壁や天井に引っ掛かるからな。洞窟の入口にでも置いておけ。次にアリス嬢だ。狭いから射線は通らないと思え。焦って味方を撃たないように気を付けろ」


 ジャックが頷けば、アリスも頷いた。


「警戒し過ぎていけないことはないんだ。ここはひとつ慎重に行こうぜ」


 そこからはヘンリーを先頭に獣道を進軍する。茂みを抜けた先に件の洞窟があった。


 ジャックは斧槍を岩肌に立て掛けて懐中電動を点灯する。白い閃光が岩肌を撫でるが、肝心の大蛇は見当たらない。


 先頭は光源を持つジャックに交代する。

 左手に懐中電灯を、右手には直剣を持ち、一歩一歩跫音を殺しながら進む。

 進むほどに道幅も天井も広くなり、広大な空間になっていく。その最奥に大蛇はいた。楕円形をした白く柔らかそうな卵を守るかのように蜷局(とぐろ)を巻いている。壁面、天井を照らすも、他に敵影はない。

 皆と協力して蛇一匹を退治すれば良いとジャックが足許に懐中電灯を置いた矢先のこと。


「後ろです。後ろからももう一匹来ます!」


 アリスの叫び声が聞こえた。続いて三発の発砲音も。

 ジャックが反射的に背後を向いた瞬間、抱卵していた一匹がジャックの首許めがけて跳んできた。それをヘンリーが盾で打ち落とす。


「ジャック、交換(スイッチ)だ。お前はアリス嬢を守れ。コイツは俺がやる」

「分かった。後は任せた」


 アリスの許に走り、今にも飛びかかろうと鎌首をもたげた一匹に直剣で切りかかる。だが攻撃は当たらなかった。アリスも発砲するが、焦りゆえにか外してしまう。

 それならばとジャックは思い切り直剣を振り被り、渾身の大振りを放つが、それすらも当たらない。それどころか蛇は俊敏な動作で剣に絡みつくと、大口を開けてジャックの顔面に噛みつこうとする。

 ジャックは反対の手で握り拳を作って迎撃するが、それでも蛇の牙が革手袋を貫通して皮膚を穿つのが分かった。手の甲に火傷にも似た痛みと痺れが広がる。

 大蛇は依然ジャックの腕に巻き付いたままであった。再度口を開けた瞬間、その頭部にアリスが拳銃を押し当てて発砲する。ゼロ距離での発砲であり、今度は外しようがなかった。

 弾丸は見事大蛇の頭部を砕き、射出口からは白い脳が()ぜたように飛び出ている。


「助かったよ、アリス」

「いえ、助けられたのは私の方です。それよりも大丈夫ですか」

「ああ、問題ない」


 噛まれた左手を庇いながら蛇を振り解けば、懐中電灯を持ったヘンリーがやって来る。剣と盾を背負い、反対の手には頭部のない蛇の死骸を平然と引き摺っているあたり、大して苦戦もしなかったのだろう。


「お前ら、大丈夫だったか?」

「ああ。だが左手を噛まれた」


 ジャックが答えれば、ヘンリーの顔つきが真剣なものになる。


「傷口はどうだ。見せてみろ」

「待て。今手袋を外す」

「アリス嬢は解毒薬の用意だ。急げ、余裕はないぞ」


 指示されたアリスは、ジャックの腰袋から勝手に解毒薬の包みを取り出すと、飲めと言わんばかりにジャックの顔へ突き出す。仕方なしに受け取ったジャックは粉末状の薬を腔内に含むと、ペットボトルにいれた水で流し込む。木の幹を削って精製されるというそれは漢方薬にも似た味と臭いがした。


「不味いぞ。想像の三倍は不味いぞこれは」

「お前の感想なんぞどうでもいいんだよ。飲んだな。あとは患部を消毒だ」


 ジャックが手の甲を見れば、二本の牙が突き立てられた噛み傷は血膨れとなって腫れ上がっていた。出血こそしていないものの予想以上に酷い具合であった。

 またもアリスは勝手に取った消毒液を振り掛け、包帯をグルグルと手際よく巻き付ける。


「良し。今日はもう撤収だ」

「いいのか。私はまだ動けるぞ」

「馬鹿言うんじゃねえ。あの蛇は猛毒持ちだ。今は良くてもすぐに意識が怪しくなるはずだ。そうなる前に教会に行って診てもらえ。あそこの修道女なら解毒の奇跡を使えたはずだ。もう一度言うぞ。村に戻ったらすぐに教会だ。アリス嬢は教会に入れないから、お前の口からちゃんと伝えるんだ」

「ああ、分かった。教会に行けば良いんだな」


 ジャックは剣を鞘に収め、受け取った懐中電灯を腰袋にしまう。アリスが撃ち抜いた大蛇は斧槍に巻き付けて担ぐことにした。


 体調の変異はすぐにやって来た。血抜きした狼の屍体を回収している最中、頭痛と目眩、嘔吐感と腹痛が一斉に襲い掛かってきた。傷口も熱く疼いている。意識が正常なのが唯一の救いであった。


 車を置いた三叉路に戻った時には全身から冷や汗が溢れ出し、屋根の荷台に斧槍と二匹の蛇を括り付けた時、足を滑らせて転倒してしまう。起き上がろうにも身体が言うことを聞かない。


「ヘンリー殿。毒蛇に噛まれるというのはこれほどまでに辛いことなのか」


 解毒剤も飲んだし消毒だってしたぞ、とジャックが恨めしそうに言えば、それをやったからその程度で済んでいるんだよ、と後部へ狼を押し込んだヘンリーが答える。


「何もしていなかったらお前、今頃死んでいたぞ」

「そういうものか。認識を改めよう。そして私は今後一切蛇には近付かないことを誓おう」


 ジャックが這うように運転席に入れば、助手席に座っていたアリスが手巾(ハンカチ)で甲斐甲斐しく額の汗を拭ってくれる。


「アリス。私はもう駄目だ。ギルドへの買い取りはヘンリー殿に同行してもらってくれ」

「ジャックさん。しっかりしてください。大丈夫ですか?」

「あまり大丈夫ではない。だが意識は明瞭だ。運転には問題ない」


 ハンドルにしがみ付くようにして答えれば、積載を終えたヘンリーが後部座席に乗り込む。


「アリス。ヘンリー殿。準備はいいな。出発するぞ」

「おう、頼むぜ」

「……先に謝っておく。荒い運転になる。舌を噛まないように注意してくれ」


 ジャックはアクセルを踏み、クラッチを繋げて急加速させる。燃費も、同乗者への配慮も一切考えない乱暴な運転であった。前方に荷引きの馬車があれば追い越し、相乗り馬車を待つ旅人も無視してただひたすらに車を飛ばした。車が凹凸で揺れる度、屋根に括った二匹の大蛇が天井に叩きつけられる音がしたが、今のジャックに気にする余裕はなかった。


 ネイロ村の門を抜け、アリス邸の前に駐車した時には、頭痛も痺れるような患部の痛みも増すばかりであった。一向に治まる気配もなく、今までハッキリしていた意識すらも怪しいものになっていた。

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