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17.仲間と抱擁

 敷地を出れば、門前では未だに司祭と修道女が立っていた。


「ジャック殿、ご無事で何よりです。ヘンリー殿。この度は事を取りなしていただき、まことにありがとうございます」


 司祭は(うやうや)しく(こうべ)を垂れる。


「なあに、これくらいお安い御用だ。こっちも助かったぜ。あんたが傷薬を渡してくれなかったら、こいつも騎士サマも死んでいただろう。それと、しばらくは騎士サマから目を離さない方がいいだろう。あれは復讐に取り憑かれた者の目だ。なにをしでかすか分からねえからな」


 ヘンリーはそこまで言うと、手をヒラヒラと振ってその場を去る。

 ジャックはヘンリーを追いかける。


「ヘンリー殿、教えてくれ。なぜ私が決闘をしていると分かったのだ」

「通報があったんだよ」

「通報だと」

「そうだ。表通りに住む石屋の爺様曰く、血塗れの斧槍を持って通りを闊歩している不審者がいるから捕まえてくれってな。折角人が詰所でゆっくり寝てるというのにそれで起こされちまった。この村の冒険者で斧槍を得物にしている奴なんてお前くらいだろ。嫌な予感がして教会に行けば、あの司祭と修道女が事情を話してくれたというわけだ」

「なるほど、そういうことだったのか」


 そこでジャックは、己の武器が長らく血で穢れていたことを、通りがけに村民とすれ違ったことを思い出す。


「俺からも聞かせやがれ。お前、どうしてあんな無茶をした?」

「聞いていなかったのか。手巾を渡すのは私の利己(エゴ)で行ったのだ。その利己から発展した決闘だ。ヘンリー殿を巻き込むのは筋が通らない」

「そりゃ確かにそうだが、だからといってお前が俺の代わりに戦うのも違うだろうが」

「それを言われたら返す言葉もない。だが巻き込むなと言ったのはヘンリー殿だ」

「確かにそんなことを言った気もするが、それとこれでは話は別だ」

「別とは一体」


 何がどう別なのだ、とジャックが聞けば、色々だよ馬鹿、とヘンリーは曖昧な罵倒をする。

 続けて。


「俺のせいで仲間が死んだら良い気分にはならないだろうが」


 と言った。


「仲間か」

「何だよ神妙な顔をして。まさか俺と仲間扱いは嫌だっていうのかよ」

「まさか。自分には仲間ができるとは思ってもいなかった。だから意外に思ったのだ。独りで生き、独りで死んでいく覚悟を決めていただけに、余計に驚いたのだ」

「なに年寄り臭いことを言ってやがる。第一お前には一番の仲間がいるだろう」

「誰だ」

「自覚ねえのか。アリス嬢だよ」


 呆れ混じりにヘンリーは言った。


「……アリスが仲間か」

「そういや、お前、アリス嬢には何と言って出てきたんだよ」

「いや、特には何も」

「は? 正気か」

「失敬な。私は正気だ。あれこれ伝えたところで余計な心配を掛けるだけだろう」


 だから何も言う必要がなかった、とジャックが言えば、お前はもう少し他人の気持ちを考えやがれ、とヘンリーが苦言を呈する。


「あのな、一度しか言わねえからよく聞け。俺達は誰が何と言おうと仲間だ。俺とお前、アリス嬢、ついでに聖女サマも加えてやろう。美男子ふたりに美女ふたり。誰もが(うらや)む特別な一行だ。だから、別にいいんだよ」

「何がいいのだ。そもそも、私もヘンリー殿も別に美男子でもないだろう。喋って恥ずかしくはないのか」

「水を差すんじゃねえ。一行は互いのことを気に掛けるもんだ。そこには奴隷も稀人も、門番も聖女も関係ないんだよ。だから変な遠慮なんかするもんじゃねえ。分かったな」

「ああ、分かった。分かったとも。今度から、何かあれば頼らせてもらう」

「ふん、なら良いんだ。お前は鍛冶屋にその折れた斧槍を持っていって修理してもらえ。明日こそ渓谷の攻略完了日にするぞ。――いや、その前に帰ってアリス嬢に無事な顔を見せてやれ。きっと心配しているだろうよ」

「それはどうだろうか。私が出た時には眠っていたから、きっと今も寝ているだろうさ」

「お前は変わらねえな」

「人間、生き方はそう変わらないものだ」

「せいぜいアリス嬢にこってり絞られるといいさ。じゃあ俺はこの辺で詰所に戻るぜ」

「改めて今日は助かった。またな」


 ヘンリーと別れたジャックは早速鍛冶屋に立ち寄り、銀貨五枚と煙草三本で武器の修理を依頼する。傷だらけになった腕部と脚部の防具も二束三文で売り払い、鉄でできたものに買い換える。


 手甲の感触を、拳を握ったり開いたりして確かめていれば、すぐに柄の交換は終わる。在庫があったらしい。今度は黒一色に塗られたものであり、(えん)()(いろ)の房飾りまでついている。

 先端に付着していた血は綺麗に拭われ、錆止め油まで塗布されているのはサービスであるらしい。


 ――アリスが仲間か。


 鍛冶屋からアリス邸までの帰路を歩きながら、ジャックはボンヤリと考える。

 ヘンリーの弁に異論はなかった。自身とアリス、ヘンリーとソフィアの四人は均衡の取れた集団であるとも思うし、互いの相性だって悪くない。信用もできる。


 だが、ジャックは己とアリスの関係が仲間の一言で片付けられてしまうことに僅かながらも抵抗を覚えた。一行の仲間であることは紛れもない事実なのだが、一方は生きるだけで苦役を強いられる奴隷であり、一方は常識もままならない稀人である。相互扶助なしには生きていけぬ関係にありながらも、家族でもなければ友人でもない。当然恋人でもない。だが確かな情だけはある――ジャックの持ち得る()()では表現のできぬ仲であった。


 修理したての斧槍をいつも通り車の荷台に固定していれば、その物音に気が付いたのだろう。アリスが家の中から出てくる。だが妙であった。目の周りは泣き腫らしたかのように赤く、不安げな顔をしていた。アリスはジャックを認めた途端、駆け寄ってその腕にしがみ付く。


 アリスの調子に戸惑ったのはジャックだった。


「アリス。一体どうしたんだ」


 ジャックが尋ねるも、アリスはすぐに答えなかった。


「どこに行っていたんですか。とても寂しかったです」


 とだけ言った。それを見て、ジャックは己がとても罪深い行為をしたのだという気にさせられた。仮にヘンリーがあの場に駆け付けていなければ。自分が死んでいれば、今以上にアリスを悲しませていたのかもしれないとジャックは思う。そのようにならなくて良かったとも。


「済まない。野暮用で教会に行っていたんだ」

「野暮用とは何ですか。ごまかさないでちゃんと教えてください」


 腕を絡めたままアリスは問うた。()()でも動かないという具合であり、観念したジャックは事の次第を包み隠さずに伝えることにした。


 シリウスに騎士の遺品である手巾と手紙を渡したら決闘を申し込まれたことを。他人を巻き込みたくなかったがゆえ独りで教会に出向いたことを。聖女の護衛であるシリウスを殺すわけにもいかず、防戦一方であったことを。首を斬られて死にかけたことを。司祭が寄越してくれた傷薬で助かり、そこにヘンリーが駆け付けてくれたことを。ヘンリーがいとも容易にシリウスを負かしたことを。そのヘンリーに、自分達一行が仲間であり、仲間なら心配しあうのが当然だと諭されたことを。その教えは、独りで生き、独りで死んでいくと覚悟していた自分にとって新鮮であり、嬉しさと同時に戸惑いを覚えたことを――。


 ジャックの弁明は決して(りゅう)(ちょう)でも(めい)(ろう)でもなかった。だが、アリスは余計な口を挟まず最後まで話を聞いてくれた。


「――以上だ。鍛冶屋で得物を修理してもらって、こうして車に積んでいるところを君に見付かったというわけだ」


 ジャックが話を終えても、アリスは何も言わずにいた。

 ジャックの胸板に頬を擦り合わせるように凭れ掛かり。


「本当に心配しました」


 と言った。その顔は見えなかったが、声色から察するに泣いているようであった。


 ジャックはアリスの肩に手を置き、やんわりと引き剥がそうとするが、磁石のようにアリスは離れない。


「ジャックさんは独りじゃありません。私がついております。それとも私じゃ駄目ですか?」


 震える声でアリスは問うた。


「駄目なんかじゃない。私はきっと、君がいなければこの世界で生きていけないだろう」


 ジャックが本心を()()すれば、アリスはジャックの背に腕を回す。ジャックも抱き返そうとして――手が止まった。他者を殺害した穢れた手でアリスに触れるのは良心が咎めたのだ。

 そう思う程度にはアリスを神聖視していたし大切に思っていた。己とアリスは無事を確認して抱き合う関係ではないという自戒も働いた。かつて死別した女に対する少々ばかりの申し訳なさも。


 結局ジャックはアリスの気が済むまで、人形のように立ち尽くしていた。

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