16.窮地の救援
ジャックが教会を去ったのはヘンリーと、ヘンリーが呼んだ町医者が到着してからであった。
医者は頭を丸めた皺だらけの老人であった。ヘンリーが余程急かして走らせたらしい。身体を折るように息を切らして咳き込んでいる姿は、一体どちらが病人か分からなくなるような光景であった。
「ジャック殿。あとは面倒は我々にお任せを。貴方は貴方のすべきことをなすべきでしょう」
ソフィアが医師とともに寝室に下がった後、気を遣った司祭が言った。
「そうだな。私達が残ったところでやれることはもうないな。では私達はこれで」
「どうかご武運を。貴方に女神の加護があらんことを。私からも彼女を説得してみましょう。ですが期待はしないでください」
「そう言ってくれるのは司祭殿だけだよ。よし、ヘンリー殿。行こうか」
きっとアリスも心配しているだろう、とジャックが立ち上がれば、ヘンリーは怪訝そうにジャックを見遣る。
「どうしたヘンリー殿。妙な顔をしているぞ。何かあったのか」
「それはこっちのセリフだ。何だよご武運って。説得って。お前、何かしくじったのか?」
ヘンリーの疑問に、実は――と司祭が説明しようとするが、ジャックは手を挙げて制する。
「別に何もしくじってなどいない。ヘンリー殿には関係のない話だ。気にしないでくれ」
「ふん。何があったのかは知らねえがお前に話すつもりがないことだけは分かったぜ」
「それなら十分だ」
「本当に大丈夫なんだな。あとから泣きつかれても困るからな」
「心得た。そして心配は無用だ」
ジャックはヘンリーと共に教会を出た。停めた車を見れば、車の前に立ったアリスが警戒するように視線を配っている。ジャックを認めれば拳銃を収めて駆け寄ってくる。
「済まない、アリス。待たせてしまったな」
「私なら大丈夫です。それよりもあの子は――聖女様の具合はどうですか?」
「今ヘンリー殿が呼び付けた医者が診ているところだ。風邪か熱病かは分からないが医者が間に合ったのだ。きっとすぐ元気になるだろう」
「そうですか。それなら良かったです」
お疲れ様ですヘンリーさん、とアリスが言えば、本当に疲れたもう当分は走りたくないぜ、とヘンリーは肩を竦めてみせる。
「今日の活躍は間違いなくヘンリー殿だな。車に乗ってくれ。家まで送るぞ」
「いや、それには及ばねえ。戻るのは詰所だから歩いて行くさ。酒でも飲んで寝るとするかね。お前らもすぐに休めよ。渓谷の怪物退治は完了したわけじゃねえ。疲れを残さないのが冒険者を長く続けていく秘訣だぜ」
「ああ、そうするよ。ではまたな、ヘンリー殿」
「おう、じゃあな」
欠伸を噛み殺しながらヘンリーは去って行った。
「アリス。私達も帰ろうか。――アリス?」
ジャックが呼び掛ければ、アリスは我に返る。
「どうした。何かあったのか」
「――いえ、あの。教会で何かあったんですか?」
聞き返されると思っていなかったジャックは答えに迷ってしまう。
「特には何も。どうしてそんなことを」
「ジャックさんがおかしいからです」
「私がおかしい」
ジャックが鸚鵡返しに尋ねれば、アリスは頷く。
「胸騒ぎがします。何か私達に隠していませんか。とても大事なことを」
「……いや、そんなことはないよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
ジャックはアリスの追求を逃れるためだけに、アリスの頭に手を遣り、その前髪を梳る。手触りの良い髪質であった。自身の掌によってアリスの視線を遮ることに成功する。
「もう、子供扱いしないでください」
アリスは抗議するが、言葉ばかりで反発らしい反発はなかった。ジャックが撫でるのを止めれば、アリスは捨てられた小動物のような顔をしてみせる。
「さあ、乗り給え。君も疲れただろう。ヘンリー殿の言う通り、今日はもう休息に充てることにしよう。鳥女の羽根や討伐証明の換金は一休みしてからでいいだろう」
「……はい」
アリスは気が進まないとばかりに車に乗り込む。ジャックも運転席に座りアリス邸に向かう。到着した時には朝の良い時間になっていた。助手席のアリスもしきりに目を擦り、眠そうにしている。
「着いたぞ、アリス。早く寝台に行きなさい。車で寝ては疲れが取れないぞ」
「ジャックさんはいつも車で寝てますけど平気なんですか?」
「ああ。私なら問題ない。車中泊にも慣れてしまったからな」
「今日は。今日だけは一緒に眠りませんか?」
不意の提案であった。
「どうしたんだ突然。君らしくもない」
「ジャックさんがどこかに行ってしまうような気がするからです」
アリスは訴える。
「知っていましたか。元聖女の勘はよく当たるんです。ジャックさんが何を隠しているのかまでは分かりませんが、嘘を吐いていることだけは。嫌な予感がすることだけは分かるんです」
「……心外だな。私は何も隠していないし、嘘も吐いていないよ」
「それなら――お願いします。寂しがり屋な私を安心させてください」
「分かったよ。そこまで言われたら断れないな。早速寝室に向かうとしようか」
車を降りたジャックは、アリスに導かれるまま寝室に入る。ここで寝るのは鬼に襲われて以来だなという奇妙な感慨を抱いた。
先に寝転んだのはジャックであった。安全靴を脱ぎ、防具を化粧台の上に置く。寝台の隅に、肘を枕にして横になれば、同じように小さな革靴を脱いだアリスはジャックの胸元に蹲るように寝台に入る。毛布をかけてやれば、一分もしないうちに、小さな寝息をたて始める。余程疲れていたのだろう。
無理もないことだとジャックは思う。昨日の真夜中から、騎兵の襲撃にソフィアの異変と、立て続けに気が休まる隙がなかったのだ。連日の疲れもあることだろう。
ジャックとてそれは同じであった。少しでも気を抜けば眠ってしまいそうであったが、舌を噛むことでどうにか堪える。アリスの呼吸と自らの呼吸を合わせ、起こさぬように気を払いながら寝室を抜け出すことに成功する。脱いだ防具の回収も忘れない。
書き置きの一つでも残すべきかとも思いはしたが、自己満足にしかならぬと思い、結局何もしないままアリス邸を出た。一度は脱いだ防具を身に着け、車に積んだ斧槍を下ろし、直剣を下げた安全帯を着用する。眠気覚ましに、大切に取っておいた栄養ドリンクを呷るが喉が潤っただけで大した効果があるようには思えなかった。
ジャックは斧槍を担ぎ、歩行で教会に向かう。通りすがりの村民が血塗れの斧槍とジャックの隈取りされた目を見て驚くが、死地に向かうジャックにはどうでも良いことであった。
教会の敷地前には司祭と修道女が立っていた。
「これは司祭殿。このようなところでどうされたのだ」
「ジャック殿、申し訳ありません」
開口一番に司祭は謝罪をするが、ジャックにはその意味が分からない。
「一体どうされたのだ」
「私も修道女も彼女を――騎士殿へ踏みとどまるよう話はしたのですが、聞き入れてはいただけませんでした」
「なんだ、そのことか。別に構わない。覚悟はしていたのだからな。それに私はシリウス殿の大切な者の命を奪った――いや、厳密に言えば私ではないのだが――そう思われるようなことをした以上、シリウス殿には復讐の権利が与えられて然るべきなのだ。私がシリウス殿の立場であったら同じように怒り、決闘を申し込んだだろう。だからこれはこれで良いのだ」
「随分と落ち着いていらっしゃる。もしや何かお考えが?」
「まさか。何も名案などない。だからこうしてノコノコと出向いたわけだ。ところで、ソフィア殿の具合は」
「今は薬を飲んで、落ち着いて眠っております。医師は軽度のネイロ熱と仰っておりました」
「そうか。治りそうであればそれでいいのだ。主教殿やシリウス殿はどちらに」
「シリウス殿はこの先に控えております。主教殿は教会の中に。――ああ、お待ちください」
敷地に入り込もうとするジャックを司祭が止める。
「修道女。ジャック殿に例の物を」
司祭に声を掛けられた修道女は、はい司祭様、と返事をして、ジャックに薬液の入った小瓶を差し出す。
「司祭殿。これは?」
「傷薬ですよ。私達は傷薬も作っております」
「有り難い。幾らだ」
「お代はいりません。私達からの餞です。体力の喪失や軽度の外疾患ならば一飲みで治せるでしょう」
「そういうことならば有り難く頂戴しよう。感謝する」
傷薬を腰袋にしまったジャックは、今度こそ教会の敷地をズカズカと進む。扉の前にはシリウスが立っていた。得物の刺剣は既に抜かれていた。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」
「そう言うな。連れに黙って出てくるのに気を遣ったのだ」
「何だと? 仲間にこの決闘を伝えずに来たのか」
片眉を上げたシリウスは、なぜだ、と聞いた。
「この争いは私とあんたのものであるからだ。他人を巻き込むわけにはいかない」
「見上げた心意気だ。だがそれでは、貴様の仲間は貴様の死に驚くことになるな」
「いや、その心配はしていない」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。私はこの決闘で死ぬつもりはない」
「するとつまり、私を殺して生き残る――そう言いたいのか」
「それも違う。あんたはソフィア殿の大切な護衛だろう。そんな者を殺すのは無論、できることなら傷付けもしたくない」
「……貴様、舐めているのか?」
「舐めてなどいるものか。私とあんたは殺し合うしか道がない。それは重々承知しているさ。だが私は殺しもしたくなければ、殺されるなどもっての外だと言っているのだ」
「それを舐めていると言うのだ!」
叫んだシリウスは、携帯した短剣をジャックに投擲する。短剣は一直線にジャックの右眼に向かって飛来するが、ジャックは首を傾げる最小限の動作で凶器を躱す。
間髪入れずにシリウスは間合いを詰め、三度刺剣を振るった。一度目は手首の握りを利かせた切り上げ、二度目は膝を狙った薙ぎ払い、三度目は心臓への突きであった。そのどれもが殺意に満ち満ちた捌かざるを得ない攻撃であった。
初撃は半歩退くことで逃れ、二撃目は跳ぶことで避けた。最後の一撃は斧槍で打ち落とす。
今度はジャックの反撃となる。命中しても致命傷にはなり得ない腕部、脚部を狙って刺突、斬撃、打撃と斧槍を使い分けるが、そのどれもが容易にいなされ、反対に距離を詰められたジャックが苦しくなってしまう。
最初は避けることができた斬撃も、防具を着けた腕で受け止めるだけで精一杯となり、それすらも刃が貫通して無傷とはいかなくなった。
それならばとジャックは短く持った斧槍を振り回して間合いを作ると、遠心力を恃みに大きく振り被った斧槍を跳躍とともに叩きつける。相手の得物を破壊せんとした強力な一撃であったが、いとも容易に躱され、地面に敷かれた石畳を破断するだけに終わった。
ジャックが斧槍を引き抜くよりも早く、シリウスはその先端を踏みつけ、ジャックの喉めがけて突きを放つ。反射神経だけで剣を避けたジャックは、武器を奪わんと右手で刺剣の刃を掴むが、逆に切り払われ、五指に痛みが走った。指が切断される幻覚を見た。
「手加減は止せ。不愉快だ」
剣身に付着した血を振り払いながらシリウスは言った。
「手加減だと」
「殺すつもりで来い。命を奪わんとする攻撃かどうかなどすぐ分かるものだ」
「言ったはずだ。私はあんたを殺したくはないのだ」
「舐めるなと私も言ったはずだ。良いのか。このままでは死ぬのは貴様だけだぞ」
「……死ぬつもりはない」
「それを決めるのは貴様ではない。私だ」
シリウスは攻撃を再開する。
あまりの攻勢にジャックは防戦一方となり、幾度目かの斬撃を柄で受けた時、パキリという軽い音がした。緊迫した死合に相応しくない間の抜けた音であった。
手元を見れば、斧槍の柄が中央から真っ二つに断たれていた。驚きのあまり硬直したのは僅か一瞬のこと。すぐにその石突を捨て、残った方を手斧のように遣えば良いと閃くが、その刹那をシリウスは見逃さなかった。ジャックの胴に痛みが走る。袈裟に斬られたのだと分かった時には血が噴き出していた。骨まで届く深い傷であった。
それでもシリウスは攻撃の手を緩めない。低く構えてからの突きジャックの顔面に放ち――ジャックは斧槍の平面部で防御するが――刺剣が斧槍を貫いた。
鋼と鋼が衝突する鈍い音が響いた。文字通り、目と鼻の先に刺剣の先端が迫っていた。シリウスが刺剣を振り払えば、あっけなくジャックの手から斧槍だったものは離れていった。
ジャックは窮地に立たされていた。左腰の直剣に手を伸ばすが、その時には手首を切り落とさんとシリウスの刺剣が振るわれていた。
――覚悟を決めるしかないのか。
ジャックは間一髪でシリウスの攻撃を避けると、素早く抜刀する。シリウスの剣戟を全て打ち落とし、正面から蹴り上げる。シリウスが怯んだところへ追撃の上段蹴りを放つ。
安全靴がシリウスの側頭部を完璧に捉えたが、シリウスの意識を刈り取ることはできなかった。追い打ちにジャックが剣を振るおうとして――シリウスが刺剣を振るった方が早かった。剣先はジャックの喉を深く抉った。ジャックが斬られたと分かった時には、大量の血が喉から溢れ出した。バシャという音がして、白い石畳が赤い液体に塗れる。
ジャックの手から剣が滑り落ち、その場に片膝をついてしまう。
首を抑えるが、横溢する血は止まる気配がない。
――この傷はまずい、致命傷だ。
ジャックが前方を睨めば、揺れる視界の中、シリウスが刺剣を構えるのが見えた。脳は戦えと全身に指令を送るが、失血のあまり身体が思うように動かせず、また気道も断たれているため呼吸すらもままならない。
「ジャック! 諦めるんじゃねえ。傷薬を使え!」
薄れゆく意識の中、誰かの叫びが聞こえた。ジャックは、腰袋に司祭から貰った傷薬を収めていることを思い出し、最後の力を振り絞って立ち上がる。
「誰だ貴様は! 神聖な決闘を穢すなこの下郎が!」
「煩え! 手前の仇はこいつじゃねえ。この俺だ。かかって来やがれ!」
血を流し過ぎて視界のほとんどは機能しなかったが、それでもシリウスに挑みかかる男が見えた。
ジャックは腰袋に手を突っ込み、傷薬を手探りで掴むと、開封して口の中に流し込む。血と空気が喉で混ざり合い、まともに嚥下できているのかも怪しかったが、それでも全身の細胞が活性化して、急速に傷口が塞がっていくのを感じた。
気管に詰まった血の塊を吐き出し、正常に呼吸ができるようになった頃には視界も鮮明さを取り戻していた。顔を上げればヘンリーが立っていた。ジャックを守るように剣と盾を構えている。頼もしい背中であった。
「おう、間に合ったか。そこで見てな。仇は取ってやるよ」
ヘンリーは肩越しに振り返り、口の端で笑ってみせる。それも一瞬のことで、すぐにシリウスに向き直る。対するシリウスはヘンリーの乱入に戸惑っていたが、すぐ敵と見なしたらしい。刺剣を構え直す。
「もう一度言うから耳穴かっぽじって聞きやがれ。手前の相手はジャックじゃねえ。こいつは屍人の頼みを聞いてやったただのお人好しだ。手前の男にトドメを刺したのはこの俺だ。だから俺が相手になるって言ってんだ」
「……それは本当か?」
「嘘なんかついたって仕方ねえだろ」
「ならばなぜそこの稀人は私との決闘に応じた?」
「稀人じゃねえ。こいつにはジャックっていう立派な名前があんだよ。そんなに難しい名前でもねえだろ。他人の名前ぐらい覚えやがれこのクソ尼が」
「……おい、ジャック」
シリウスは、足許に転がる剣と斧槍を拾い上げたジャックに言った。
「どうしたシリウス殿」
「そいつの言っていることは本当なのか。あいつを殺したのは貴様ではないのか?」
「……そうだ。もっと言えば、私はあんたに手巾を渡すように頼まれただけだ。本来ならば頼まれる義理もない。そのまま捨て置いても良かったのだが、それではあまりにも報われないと思ったからな」
「なぜだ!」
「なぜとは」
「どうして貴様は何も言わずにいた!」
「他人を巻き込みたくなかったからだ。巻き込むなとも言われたからだ。私一人が嬲られるだけであんたの気が済むならばこれに越したことはあるまい。その結果、死にかけただけでなく、こうして自供しているのだから何とも情けない話になってしまうがな」
ジャックが正直に答えれば、シリウスは肩を震わせて笑う。
「そうか、そうだったのか。私は敵を見誤っていたのか」
「そういうことだよこのクソ尼が。俺の仲間をいたぶってくれた礼はしてやらあ」
「……下郎、名を名乗れ」
「門衛隊長のヘンリーだよ」
「そうか。ヘンリーよ。敵討ちだ。死ぬがいい」
「阿呆か手前は。その勝負には乗ってやるが、本当に恨むべきは俺達を狙うように指図した主教サマだろうが」
「黙れ。教会への侮辱は赦さんぞ」
「侮辱じゃねえ、事実だよ」
ヘンリーとシリウスは揃って口を閉ざす。殺し合いが始まる前の緊迫した空気が流れるが、血と斧槍を喪ったジャックにできることは何もなかった。
勝負は一瞬で決した。
先に動いたのはシリウスであった。重心を低く構え、目にもとまらぬ俊敏な水平突きを放つが――ヘンリーの方が一枚上手であった。盾を横に払うだけで突きをいなしてしまう。そして隙だらけになったシリウスの胴体に剣を突き立てた。
「門衛舐めんじゃねえよ、クソ尼が」
耳元で囁いたヘンリーは、シリウスを蹴り飛ばすことで剣を引き抜く。
転倒したシリウスはどうにか動こうと足掻くが起き上がれずにいる。動脈を切ったのだろう。腹部からは血がドクドクと溢れ、放置すれば命に関わる外傷であった。
「おいジャック」
ヘンリーが振り向いた。
「傷薬が余ってんだろ。飲ませてやれ。命まで奪うことはないだろう」
「ああ、分かった」
ジャックが残り僅かとなった傷薬を飲ませてやれば、みるみるうちにシリウスの傷は塞がり、顔色も元に戻る。異世界の薬とはこれほどまでに効力のあるものなのかとジャックが内心驚いていれば、シリウスは立ち上がる。その瞳には闘志がまだ燻っていた。
「貴様、どういうつもりだ」
「なんだよ。そんなに生き残ったことが不満かよ」
「ああそうだ。私はまだ死んではいない!」
「強がりは止せよ。あの傷じゃそう長くはもたなかったはずだぜ。決闘に命を賭けるのは結構だが、生憎様俺達にはそれに応じてやる義理なんざこれっぽっちもねえんだ。忠義ごっこならひとりで勝手にやってろ」
「舐めるなッ!」
シリウスはヘンリーに斬り掛かる。だがまたしても盾に阻まれ、今度は足払いを受けて尻餅をついてしまう。そこにヘンリーは剣先を向ける。
「舐めてなんかいねえから安心しろ。それより決闘裁判はこれで終いだ。主教サマにも伝えておけ。二度と俺達に手を出すんじゃねえ」
ヘンリーはそう言うと、シリウスを無視して、クルリと振り返る。
「ジャック。帰ろうぜ」
「……ああ」
ジャックはシリウスに何か言うべきかとも思ったが、都合の良い言葉が出てこなかったため諦めた。




