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老科学者の空虚な日常

滅びと、優しさ

作者: 一飼 安美

 ちくしょう!そんなことを雨の中で叫んでようよう俺はバス停にたどり着いた。オーバーホールに持っていけば呆れられるような年代物の……古い俺のバイクは、よりにもよって山のど真ん中でエンスト。ロードサービスを呼ぶにしても電話が通じず、とにかく人が来る場所まで歩かないといけない。途中に、バス停が……一番近い人里から5キロは離れたバス停があった。この天気ではそこから動けないが、ないよりはマシだ。バス停には、先客がいた。爺さん。俺の爺さんよりも、もっと年上だろうか。爺さんは、だいぶ待っているのだが、バスは来ないのだろうか、と俺に聞いてきた。次のバスは明日の昼前、それ以上はあっても仕方がない。爺さんは時刻表を間違えたらしく、来ないわけだ、と肩を落とした。俺は、自動販売機の前に立って、一応聞いた。何か飲むか?しばらくはバス停から動けない。嫌でも同じ場所にいる爺さんと、わずかばかり距離を縮めようと、したのだと思う。本当は、特に考えていなかったのだが……爺さんは断りやがった。親切は、しない方がいい。知らない人にはね。爺さんは、訳知り顔で話し出した。なんでも、元は科学者らしい。


 人間の群れにおける支配構造は、何が生むと思う?金か、権力、あるいは……まるでなぞなぞみたいに俺が答えようとすると、そんなの先の話だ、と爺さんは言った。支配構造。王権、領地、私設軍隊……それは全て、親切心から始まるという。


 かつてまだ人間が、群れという呼び方が正しい社会を持っていた頃。生きるためには、知識が必要だった。知識が豊富な年寄りは、群れには必要な者。大事に扱う。年寄りは、群れの若い個体に、知識を与える。それはまだ霊長類だった人間の、本来の社会なのだそうだ。だがここには、生物の仕組みというにはあまりにも大きな、バグがあった。デタラメを教えられても、わからないのだそうだ。


 知識を与える年寄りが、正しいとは限らない。人を利用し、使い捨てて永らえてきた個体が、「人間の」群れに入る。そうすれば、周りの若い個体は都合のいい労働力に過ぎない。酷使し、倒れ、息絶えて行く。それを教わり生き残った個体は、同じことをする。長年に渡り、最初の個体と同じ性質のものが君臨し、倒れ、死んでいく。私はこれをよく、蟻の巣に例えるのだが……それくらい聞いたことがある、と横槍を入れると、爺さんはすまないと謝った。爺さんは、これはそんなに、遠い昔のことではない、と話を進めた。


 人間とは、我々が思うよりもずっと、優しいものだ。お互いを信用したい。助け合いたい。それが人間の心理の、基本にあるという。その基本を、根底から持たない個体は、天敵と言った方がいい。人間のもつ優しさを食い荒らす、外敵。詐欺の電話が泣きそうな声を出せば、どんなに見え透いていても心配になる。それは電話の受け手が、人間だからだという。優しいからそう思うのだ。一度や二度はかわそうと、いつか食われる。親切をするときは、人を選ぶことだ。そこまで言ったジジイに、俺は缶コーヒーを渡した。ほらよ。自分の分を買う間に、背後の爺さんに言ってやった。


 こういうことをしてたら、滅びるってんだろ?利用されて食われて死んでいって後には誰もいない。でもな、爺さん。


「しないなんてごめんだ」


 たかがコーヒー一本だ、ケチなこと言ってたら話が進まねえ。人助けだとでも思って、飲んでりゃいいんだよ。爺さんは少しだけ意外そうだったが、いただくとしよう、とコーヒーに口をつけた。歳をとると、若者に驚かされる。ロードサービスが来るまでのわずかな時間、爺さんは一度だけそうこぼした。

あらすじを普通にした。

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