四.幸福の先の嘘
「何か違和感を感じんか? 人類は厳しい自然を克服し、進歩を遂げ、ついに新しいステージに到達でき、死後、天国にて安泰に過ごすことが許された。だが、これにより一体誰が得をするというんじゃ?」
学者の問いに、僕は自分の中に先ほどから渦巻いていた疑問に気づかされた。生存本能は手段。何か別の目的のために生命は生かされている。もしかして、天国すらも手段なのか……
「さっき、君は言ったな。何のために人間は生きているのかはわからないと。ワシも同意見じゃ。だが少なくとも天国が最終地点だとは思えん。そんな場所で、単に無意味で、何の成長もない、平坦な幸福が続く世界が、この遥か過去から続く人類の英知とも言うべき苦行の最終地点だとはとても思えないんじゃよ」
冷たい風が僕の頬をかすめた。草木がざわめき、暗雲が立ち込めている。彼の心が、精神が、今、震えている。恐怖か、絶望か、いや、大いなる、全知全能の神に対する怒りなのか……彼の想像するその先の世界に気づいて背筋が凍った。
「それは神の意志というべき、ある種の企て……に人類は翻弄されている、ということでしょうか? 天国という報酬をちらつかせ、その先にある地獄を覆い隠すための陰謀……あるいは別の次元の世界への転送?」
ぼんやりと霞む頭にまどろみながら、僕は教授を見つめ、その瞳から彼はこれ以上答えは持っていないと気づいた。
「私の意識を読み取ったようだね。その通りだ。天国の先には必ず何か別の世界が待っている。それに向かうために、我々人類は魂を成長させ、まず、その入り口となる天国に向かうために必死に成長している。だがその先が何なのかは残念ながらワシにはわからん……」
「……どうして、その話を僕に……」
入ってからまだ数分しか経過していない。突然、訪れた僕にどうして、これほど重要なことを。再びあの見知らぬ映像が脳裏を横切った。薄暗い病室。青白い顔で静かにベッドに横たわる少年を前に、あの若い男が嗚咽をあげている。
「ばかやろう……俺のせいでこんな……こんなことって……」
(これは彼の記憶なのか……いや、僕のオリジナルの……)
「君とはじっくりと話がしてみたかった。ただそれだけの理由だよ。いや、もうひとつあった。天国のその先……ワシはもう年を取り過ぎた。これは次の世代の人類と、君たちAIが解き明かすべき宿題だ。大丈夫、君ならきっと見つけることができるよ。おっと、そういえば魂の重さ。21グラム。そんなにあるのか?だったね」
教授が思い出したようにポンと手をたたいた。
「神経を流れる電気信号により体内にはわずかに磁場が発生し、普段は地球の磁場と相互作用を起こして平衡状態を保っている。つまり、互いに引き合っている状態という事だ。電気信号が突然なくなったらどうなる?」
ああ、僕は思わずため息が出た。21グラム。それは、地球の重力から解放された電気信号の……まさに魂の重さだったんだ。
「楽しい時間をありがとう」
その声にはっとを顔を上げると、僅かに霞む教授が笑っていた。
「まって、まだ話したいことがある。あなたは僕の……」
気づいたら僕はいつもの無機質な個室に立っていた。
『あきら? 聞こえるかい? まったく、今までどこに行ってたんだ? 教授の講義も今日で最後だ。しっかり、話を聞いておくんだよ』
『あ、すいません。ちょっと用事があって』
遠隔監視モジュールを通じて響く先生の声に僕は慌てて窓に駆け寄り、眼下の講壇にたつ名誉教授に目を向けた。まるで先ほどの会話が無かったかのように、にこやかに広大な会場に集まる皆に話しかけている。あの時、突然呼び出された時は戸惑った。まさか、あんなことを伝えられるなんて。
『でも、さすがAIの父と呼ばれる名誉教授だね。今日で退官だなんて信じられない。次の世代の君たちに向けたメッセージ。AIと人間とのさらなる協調。ちゃんと聞いてたかい?』
『あ、はい、大丈夫です』
まごつく僕に先生が不思議そうに見つめる意識を感じる。魂の行き先。まだ今はその内容に整理がついていない。落ち着いたら相談してみよう。わーっという歓声に窓の外に目を向けた。立ち上がり割れんばかりの祝福を浴びて、教授があの優し気な眼差して微笑んでいた。
魂の行く先は、以下で明らかになっています!!
よろしければぜひ!!
AI×OS Ⅱ ~魂の証明~
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