第1話-①
窓が閉め切られた図書館の中、僕、リオ・ウォーレンは、一人椅子に座り机に広げた本のページをめくる。今まで幾度となく読んできた本で内容は覚えてしまっている。だが、何度も読んでしまう。もはや生活の一環なのかもしれない。図書館のこの空気感、古書の独特の匂いと静けさが、昔から大好きだった。本に囲まれていると、心が落ち着く。僕は本を閉じると、目を閉じ、昔の事を追想する。
◆◆◆
僕の両親は共に冒険者だった為、幼少期はほとんど叔父が管理する図書館で過ごした。僕は沢山の本を、学校にも行かず、読み耽っていた。
冒険譚、史書、戦術論、生物学、魔法学などの多様な本を頭に詰め込み、11の頃には図書館が保有する本のうち、2000冊近くは読み終えていた。
多種多様な本を読んでいた中でも、特に心を惹かれたのは冒険譚だった。両親が冒険者をしていた事もあり、より一層魅力的に感じたのだろう。両親と会うのは年に数回だったが、その度にしてくれる冒険の話が、僕には何よりの土産だった。冒険者としては上級に位置する僕の両親は、強大な魔物や誰も足を踏み入れた事のない様な洞窟を自分もいつかは両親と同じ冒険者になり、一緒に冒険をしよう、そう夢に見ていた。
が、結論から言うと僕のその夢は儚く散る事となった。12歳になったばかりの秋、僕の父と母は命を落としたのだ。冒険中に。
両親の亡骸は、僕の住んでいた村より遠く離れた地に、埋葬された。未開のダンジョンを攻略中に、魔物との戦闘で命を落としたとの事だ。
しかし、一緒に攻略をしていたパーティメンバーのおかげで、遺体は魔物に食い散らかされる事もせず、大きな欠損もなかった様だ。遺品も幾つかは無事に持ち帰ってもらえた。
父母は所属していた冒険者ギルドとの契約で、ある程度の形見は遺族に戻る様にしていた。
叔父の元には、これからの僕の養育費代わりになる様にだろうか、宝石類や金貨が沢山詰められた皮袋が送られてきた。
僕への形見はというと、魔術師だった父が身に付けていた魔法が付与された外套と愛用のオークの手杖、そして戦士だった母が愛用していた白銀のマンゴーシュだった。本当は母が所持していた魔法の武器、紫炎のレイピアが遺品となるようにも契約をしていたとのことだった。しかし、こちらはダンジョン内からは持ち帰れなかったようだ。
父母の遺品を眺める。外套についた血痕や、マンゴーシュのガード部分に入った新しい傷が両親が繰り広げた死闘を物語っていた。話を聞いただけでは両親の死を実感できなかったが、遺品を眺め、触れていると、その事実が心に突き刺さる様だ。気がつくと涙が込み上げ、溢れてくる。そして、一つの考えに至る。少しでも冒険者達の犠牲を減らしたい、と。
失われてしまった僕の夢は、新しいものへと変わった。その夢を実現する為にはどうすればいいか。世界を救う、そんな大それた事は僕には無理だ。だが、何かできる事があるはずだ。そんな想いを叔父に相談したところ、普段は鍵がかかっており入れない蔵書へと入らせてくれた。
「私はお前にまで冒険で命を散らして欲しくはないのだがね……兄さんや義姉さんの様に」
悲しそうな目で叔父は言う。
「だが、一度決めたら決意が固い事は、知っている」
蔵書の一角にある鍵のかけられた本棚に向かい、鍵を開ける。中には今まで見た事のない本が沢山収められていた。おそらく、いや、貴重な本なのは確実だろう。その中の一冊の分厚い本を取り出し、私に差し向ける。
「これは……こう、りゃくぼん?」
攻略本。そう表紙に書かれていた。見た事の無い、本だ。
「これは攻略本と言ってな。数多の冒険者が命を落とさぬ様、そして、勇者様が魔王や邪龍を討伐する助けになる様に、書かれた本なのだ。その冒険を『攻略』する手助けとなる様に、な」
12年生きてきて、初めて知る事だった。そんな本があるとは。まだまだ自分の知らない事があるのだと知り、両親が死んでしまった悲しみとは裏腹に、胸が高鳴るのを感じる。複雑な胸中だ。
「間接的にではあるが、攻略本の作成に携われば、お前の夢の成就に近づけるのではないか」
叔父は観念したかの様な表情で、ため息を吐きながら、そう言う。
「攻略本作成にも幾つかの役割がある様でな。実際にダンジョン等に足を踏み入れ、生息する魔物の調査や採取できる薬草や鉱石を調査する者。そして、それらの持ち帰った情報を実際に記す者、だ」
私としては願わくば後者となって欲しいが、と叔父はぼそりと漏らす。確かに今まで多くの本を読んできた僕は、古書の内容を現代風に編纂しなおしたり、論文を書き上げたりしてきた為、その分野も得意ではあった。だが、それよりも、実際に現地に赴き、目にし、体験した事を記したい。そう強く願った。
「叔父さん、僕はこの目で確かめたものを信じ、記したい。そして、それを多くの人の役に立てたいんだ」
力強く、叔父の顔を見つめる。叔父はふっと微笑んだ。
「そう言うと、思ったさ。何年も、お前の両親より多くの時間を過ごしてきたからな。リオ、お前の知識欲、探究心はよく知っているさ」
叔父の目から涙が、溢れる。僕の目からも同様に。
それからの毎日は、叔父から譲り受けた攻略本の読み込みと、冒険で命を落とさない為に数多の魔法を習得する為の契約、そして戦闘の鍛錬。父の形見のオークの小杖を右手に、母の形見のマンゴーシュを左手に持ち、修練に明け暮れる。剣を振るうのは苦手だったが、母のマンゴーシュはそれほどの重量もなく、なんとか扱う事ができた。父が遺してくれたこの小杖も片手で持てる為、ちょうど良かった。魔法を用いた遠距離戦闘と、万が一接敵された際はマンゴーシュでの攻守の対応による戦闘方法を確立していった。血反吐に塗れた日々だった。しかし、全ては夢の為に……
◆◆◆
そして、4年の歳月が流れた。今日、16歳となった僕は近隣の王都ラウディールの攻略本作成ギルド「銀の月」へと向かう事となっている。そこで筆記試験や面接をし、ギルドに属す事が出来るかの判断をされる。まずは試験を突破するのが、僕の夢の第一歩だ。
僕は目を開け、立ち上がり、目の前に置かれた攻略本を肩から下げている鞄にしまい込む。
「よし、行くか」
僕は夢に向かって、歩み出す。