呪いについて本気だして考えてみた
それから三人とは別れて露彦さんの家へ戻った。
何か、たった一日学校へ行っただけの事なのに、どっと疲れた気がする。
怪談話にしばっちゃんの骨折にあんざいちゃんの失踪。
色々なことが頭を回って、ふと、間宮と話したくなった。
間宮ならどうするだろう、何て答えるだろう。
間宮だったら、先ずもって、神様なんて自称する危ないやつを信じるなって言うだろうか。
・・・・言うな。
あの日から一週間会えなかったけれど、間宮からは連絡はなかった。
ラインも着信も無し。
私が風邪で病欠して従兄弟にお世話になってるのは担任に聞けば解ることだし、それならば心配の必要なしというのは間宮の判断しそうなことである。
ちょっと寂しかったけど諦めることに決めた。
間宮だって今は自分の事を考えるので精一杯だろう。
私の事まで考えて欲しいというのは我儘が過ぎる。
今日は学校も休んでいた。
考えすぎるのはよそう。
そう思って露彦さんが用意してくれたお風呂に入って、上がって居間に座った頃には夜八時近くになっていた。
私は溜まった課題を広げつつ、ルーズリーフの端に今回の時系列を書いていく。
学校の六怪談、肝試し、しばっちゃんの骨折、あんざいちゃんの家出、おりっちゃんの頭痛。書いてみたものの、何も目新しい発見は生まれなかった。
序でに六怪談の中身も書き出してみる。
戦争で死んだ生徒が写る慰霊碑。
夜ひとりでに動くバレーボール。
足音が付いてくる渡り廊下。
泣き声の聞こえる生物準備室。
死んだ先生が映る中央階段。
不幸を呼ぶわらわ様。
きっと、この中のどれかの怪談によってしばっちゃんとあんざいちゃんの二人は呪われた。
そこまでは確定なのだろう。
今までなら怪談と言われてもちょっも懐疑的だったけれど、今の私は露彦さんを知ってしまっている。
神様が実在するなら、悪霊や妖怪も実在するだろう。
名前はともかく、実際に二人に匂いを付けたやつがいるはずだ。
「・・・・・どれだろう?」
どの怪談もしっかり祟りそうだ。
どれが本物でもおかしくない。
そもそも、うちの学校の怪談には元ネタと言われる事故や事件があるものが多い。
生物準備室の怪談もそうだし、戦争の慰霊碑もそうだ。
それから中央階段の幽霊話。これは一際有名な怪談だ。
ー戦後まもなく。原爆で校舎と生徒の殆どを失った学校が尾道に移転してきた頃、当時はまだ残っていた宿直制で、学校に泊まり込んでいた教師がいた。
その若い教師は誤って階段から転落、死んでしまったと言うものだ。
派手に飛び散った血糊は踊り場の壁にもべっとりと付いており、それを隠すために踊り場に大きな鏡が置かれた。
けれど夜になってそこを通ると、鏡の中に亡くなった教師が映る。
・・・・・凄く有りそう。
実際に中央階段の踊り場には大きな鏡が掛かっており、寄贈の年も昭和20年と、伝わっている内容と相違ない。
これだとしたら、亡くなった教師が祟っているのだろうか。
でもなんで?
「解んないなあ・・・・・。」
私はルーズリーフの上にシャーペンを投げた。卓袱台に頬杖を付く。
ちらりと見上げると、もう8時過ぎていた。
「露彦さん、遅いなあ。」
あの後、家に着くなりいつもの雅な着物に着替えると、ちょっと出掛けてきますと言って露彦さんはさっさと出て行ってしまった。
お風呂の用意をしてくれたのは相変わらずのお袋さんっぷりだが。
それにしても、と思う。
今日の露彦さんはまるで別人みたいだった。
お洒落な洋服なんか着て、大人の男の人に見えた。
いやまあ、二千年も生きてるんだから大人といえば物凄く大人な訳だけれど、そういうことじゃなくて、何と言うか、・・・・普通の、頼り甲斐のある、男の人に見えた。
「・・・はるなんもきゃーきゃー言ってたし
な。」
露彦さんが喫茶店に入ってきた時、三人共、芸能人でも見たかのようにびっくりした顔をしていた。
その上、こんな時に不謹慎だけどと前置きをした上で、白井さんに会えて良かった!とはるなんは大絶賛だった。
格好良くて優しくて大人!と、大変な誉めようのLINEが来た。
序でに、彼女いるかな?と。
これには答えられなかった。
多分、いないとは思うけれど。
その前に神様が恋人を作って良いのかが解らない。
まあ、かの有名なイザナミの命とイザナギの命は一度は夫婦にもなったんだし、もしかしたら神様も自由恋愛が許されているのかもしれない。
それでも、あの露彦さんに彼女がいるとは思えなかった。
そもそも、露彦さんには恋愛とかそういう、男女の色恋みたいな艶っぽい話題が似合わない。
それよりは今夜の晩御飯とか、カレーの染みを綺麗に取る方法、とかの方がよっぽど似合っている。
そんなことを考えていると、がらがらと玄関の引戸の鳴る音がした。
私は腰を浮かせて玄関まで急ぐ。
「ただいま帰りましたー。」
「お帰りなさい!」
玄関に座って草履を脱いでいた露彦さんは、疲れきったへろへろの笑顔で私を見上げた。
「あら、わためさん。お出迎えしてくれるんですか。ありがとうございます。」
軽い口調にも披露の色が見える。
「大丈夫ですか?」
私が尋ねると、
「いや、大丈夫なんですけど、流石にちょっと堪えましたね。」
車なんて久々に乗ったからなあと頭を掻くと、露彦さんは私に折り詰めのお弁当のような物を差し出した。
「これ、お土産です。とりあえず晩御飯でも食べながら話しましょ。」
折り詰め弁当の中身は、料亭で出てきそうなご馳走が色とりどりに詰められた、大変な豪華版だった。
私は紅白かまぼこを口に運びながら、シュウマイをつついている露彦さんからの言葉を待つ。
着替えて、やっと一息着いた露彦さんはお風呂も入らずにお弁当を広げた。
よっぽどお腹が減っていたのだろうか。
待てど暮らせど話が始まる気配はなく、露彦さんは今度は真っ黒な茹で玉子にぱくりとかじりつくと、
「ぅんまぁーい!」
と目を輝かせている。
いや、そうじゃないだろ。
と思うものの、実際に目の前のお弁当は本当に美味しくて、私もついつい箸がのびてしまう。
何か良く解らない魚の唐揚げも、一口食べると身が口のなかでほろほろと溶けていってとてつもなく美味しかった。
「これっ!美味しいですねえ!」
私が思わず口許を押さえると、
「ですよねえ!?やー、ウツボの唐揚げなんてこっちじゃあ食べられないですもんねー。この生しらすも!いやあ、本当、良いもの食べてるなあ、寒川さま!」
露彦さんはうっとりして頷いた。
同じく頷きかけた私だが、
「え!これって、神奈川のお土産だったんです
か!?」
驚いて箸を落とすところだった。
ちょっと出掛けてきますとは言ってたけど、ちょっとって!ここから神奈川県までは新幹線でも四時間近くかかるはずだ。
それどころか、露彦さんは車で行くと言っていたはずだ。
なので私は、ちょっと近所にでも調べものに行くとかその程度だろうと思っていた。
神奈川の寒川神社までなんて、どう考えても、往復で一日近くかかる。
驚く私に、露彦さんは恥ずかしそうに頬に両手を当てながら首を傾げた。
「あ、車と言っても、自動車の事ではなくてですね。神々専用の牛車があるんですよ。うちは貧乏なので持っていませんが・・・・、大抵の神はそれぞれに車を持っていまして。で、今回は事情を話しましたら、寒川さまが自分のところの車を貸してくれるって仰いまして、それでお言葉に甘えてですね、迎えに来て貰った訳なんですよ。いやあ、やっぱり相模の国一宮は違いますねー、もうね、物凄い速いんですよ!その上全然揺れないし!でもって晩御飯の席をですね、設けて貰ってたんですが、僕が使役を残してきてるって言ったらこうして折りにまで詰めてくれまして。帰りも車で送ってくれましたし。やー至れり尽くせり。本当に、あるところにはあるんだなあ、財って!」
無い神の方が少数派だろう、それは。
思ったけれどあえて突っ込まない。
道理で、お金がないでお馴染みの露彦さんには随分と高級なお土産だと思った。
折に使われている容器だって、貝や、これは象牙だろうか?艶々と品のいい漆器に、紫陽花を模したレリーフが入って何とも美しい。
もしかして、寒川様という神様方は、とてつもなく趣味の良い方々なのかもしれない。
「それで?寒川様は何か仰ってました?」
私が問うと、露彦さんはがつがつと食べ物を口に運んでいた手を休めて頷いた。
「ええ。わためさんに宜しくと仰ってました。何でも私が久しぶりに迎えた使役の人間に興味があるとか。」
「そう言うことじゃないんです。」
そんな女子高生同士の、ハリネズミ飼い始めた
の?!えー!見たーい!みたいなやり取り聞いてねえんだよこっちはよ。
「今回の騒動の、被害者二人に匂いを付けた犯人からあんざいちゃんを守るためにわざわざ寒川神社まで行ったんじゃあ無かったんですか、露彦さん。」
もしも今のが鉄板の神仏ギャグだったとしても今の私には通用しないからな。
半眼の私を見て身の危険を感じたのか、目をぱちぱちしながらいやだなあと笑って箸を置いた露彦さんは、急に真面目な顔に戻ると、
「勿論、しっかりとお話ししてきました。寒川さま、ここでは寒川比子さまと寒川比女さまとしますけれど、お二人の話では、やはり匂いの主が何らかの形で失踪に関わっている可能性があるのではないかとの事でした。と言うのも、僕には解らなかったんですが、僕が持っていったあの紙、わためさんのご友人に安斎さんの名前等を書いて貰ったあの紙があったでしょう?あれを見せた時、寒川比女さまが、匂いがする、と。彼女達からする残り香かと思いましたが、
寒川比女さまは、匂いはこの名前からすると仰ったんです。この名前の持ち主は呪われている、と。神と言うものはとかく万能だと思われがちですがそんなことはありません。それぞれの神によって得意不得意があります。僕は治癒、主に傷や火傷なんかの傷の快癒が得意です。ものによっては病も治すことが出来ます。なので、昔から医療の神としてここで祀られて来ました。ですから、傷を治すことは出来ても、学業を成就させたり、縁を結んだりすることは得意ではありません。その分野にはその分野を得意とする神がいます。寒川さま方は、言うなれば厄除け、災い避けの専門です。ですから、その寒川比女さまならば、名前から発する災いの卦に気が付いてもおかしくはありません。」
なるほど、大分不遜に言ってしまえば餅は餅屋と言ったところか。
災い避けに特化した神様ならば、専門じゃない神様が気が付かないようなことまで気が付いたりするものなのだ。
それならば、普段は神社の大きさや由緒ばかりが目立ってしまうが、実は願い事と神様の相性って本当はとんでもなく重要なのでは?
「寒川比女さまの言う、呪われているってなんでしょう?」
私は逸れかかった思考を戻した。
やっぱり、あんざいちゃんらしからぬ家出の事を差しているんだろうか。
それとも、信じがたい事ではあるけど家出は本人の意思で、家出した後にしばっちゃんのようにどこかを怪我したとか?
そもそも、呪いのせいで家出したくなるような事ってあるのだろうか?
私の問いを汲んだように露彦さんも眉を寄せた。
「解りませんね。そもそも、呪いとは神と交信する能力を有する人間が、神霊の力を借りて間接的に他者を害する方法です。呪法はそもそもお隣中国で、古代に巫蠱道士によって行われたのが始まりとされています。それが日本でも、陰陽道や道教なんかと混じり合って発展、衰退を繰り返して現在の俗信に定着したという複雑な経緯があります。呪術としては厭魅、蠱毒、あとは丑の刻参りなんかが有名ですが、これら
で発生した呪いは、全て呪術を行う術者の奇跡の力ではなく、神霊が術者の意を受け入れて呪いを実行することによって発生するんです。つまり、呪いの実行者は神や妖怪や悪霊なんですよ。蠱毒も蟲や犬の霊が呪いを実行します。と言うことは、安斎さんへの呪いを実行しているのは我々のような人為らざるものでしょう。ですが、一口に呪いと言っても実行者や術者や呪術によって呪いの目的は様々ですから。殺害を目的とするものや、狂わせることを目的とするものも、単純に怪我や病にかけるものもあります。なので、呪術か術者か実行者か、どれか一つでも特定出来なければそれらは判断できかねます。」
では、やっぱりあんざいちゃんの身に起こった異変には超常的な力が働いている事は確定だ。
私はまた肌に冷たい空気が這っていくような思いがした。
だけど、それが誰によるものなのか。
「呪いを無効化する事は出来ないんですか?」
「それは、寒川さまにも難しいそうです。」
露彦さんは厳しい表情で、
「本来寒川さまは災いを防ぐ、災いを除く事を得意としてらっしゃいます。災いとは、厄災、降りかかってくる不幸な出来事の事を言いますが、これは災害であったり事故であったり病気であったりと、自然的発生したものです。一方呪いとはさっきも言った通り、人間が神に依頼して他人を害する方法であり明確な悪意の上での人為的発生です。災いとは違い、そこには他人を害したいという強力な意思が存在します。念とも言いますね。この念を通じて人間と神とが契約を結ぶ、謂うならば神を使役として使うのが呪いです。このように、災いと呪いとは似ているようで全く違うものなんです。呪いには術者の念と使役される神の力が複雑に絡み合っている。なのでただ呪いを防ぐだけでは安全とは言えません。術者に呪いを返すか、呪いを打ち破らなければ。」
「つまり、雨が降ってくるのと水鉄砲で集中放射されてるのとの違いみたいなもんですか。濡れない為には傘を差して体を守るしかないですけど、雨と違って向こうから狙ってきてる場合はこっちもガードのしようが無いですもんね。」
しかもそんな執拗に水かけてくるような陰湿な奴が相手じゃあ、確かに打ってくる本人を叩くか命令してる奴を見つけて止めさせるしかない。
傘を差しているだけでは守りきれないだろう。
露彦さんは難しそうに唸って渋い顔を作ると、
「うーん。何かあれですけど、まあ、そんなもんですね。災いと呪いとはそうやって違うものなんです。だけどそこは寒川さまは災い除けのプロですから。四方八方からの災いを除けますからね。傘と言うよりはビニールで出来た球体に入ってる状態ですから。駄菓子屋で売ってる水鉄砲くらいなら負けたりはしないんですけど、ここでまたひとつ問題なのは、呪いは成長するものが多い、と言うことです。」
「成長・・・・・。」
そうです、と露彦さんは頷いた。
「例えば、日本の有名な呪いには丑の刻参りが
ありますが、あれは丑の刻と言って、現在の深夜1時から三時頃までの間に、神社のご神木に呪いたい相手に見立てた藁人形を釘で打ちつけ、それを七日間続けるという呪法です。ご神木に釘を打つとか甚だ迷惑でダメ絶対な行為ですが、あれはご神木に相手の情報を入れた藁人形を打ち付ける事によって、神に呪いたい相手の情報をつまびらかにし、呪い殺すことを依頼してるんですよ。しかし、本来はこれはうしのときまいりと言って、丑の刻に祈願成就の為に神社にお参りをする事を言いました。それがいつしか呪術へと変わったんですが、それには京都府の貴船神社が大きく関わってきます。まあ、これは後で説明するとして、兎に角、ここで重要な問題は、この丑の刻参りでは術者が神に依頼をしても、使役される神は一日で相手を呪殺する力を持たず、七日間の間に力を蓄えて最終的には呪いを完遂するということです。このように、呪いが完遂するまでに時間を要するものは多くてですね、有名なところでいうと宇治のはし姫なんかもそうでしょうか。これは丑の刻参りの原点とも考えられています。昔、公家の娘が嫉妬に駆られて生きながら鬼と為って憎い相手を殺すために、京都の貴船神社の神に祈って鬼にして貰うというお話しなんですが、貴船明神は娘を憐れんで、姿を変えて二十一日の間宇治川に浸かっていれば鬼に変えると契約します。そして娘は生きながら鬼となって憎い相手を殺すんですが、この時に、願いを叶えるはずのうしのときまいりが、はし姫の願いが憎い相手を殺すことだった為に心願成就から呪法へと変わってしまったんですね。」
なるほど。
貴船神社の神様は相手を呪った訳じゃなくて、はし姫の願いに対して力を貸した、それが丑の刻参りの始まりだったわけだ。
と言うことははし姫と貴船神社の神様も私と露彦さんみたいなもので契約で結ばれていたりしたんだろうか?
それにしても、自分が鬼になってまで相手を殺したいなんてそんな捨て鉢な願いを二十一日間も持って川に浸かり続けるなんて、はし姫は相当に追い詰められていたのだろうか。
何にせよ生半可な覚悟では出来ない事だろう。
逆を言えば、そこまでの覚悟と時間を要さければ呪いというものは成立しないものなのか。
「そして、ここも心願成就、つまり呪いが成立するまでに一定の時間が必要となっています。この事からも解りますが、呪いとは、初めから人を殺傷する力を持つわけではなく、徐々に成長し、一定の期間を経て完成するものなんです。安斎さんに呪いが掛けられたのが何時なのかが解らない以上、今現在呪いがどのくらい成長しているかは解りませんが、これを放っておけば呪いが成立してしまいます。そうなればいかに寒川さまと言えど、八方除で強力な結界をはっても守りきれるものではありません。」
露彦さんが続けた。
それは、ちょっと、絶望的なんじゃあないだろうか。
「呪いの強さというものは、術者の神と繋がる資質、術者の情念、実行者たる神の格など沢山の物に左右されます。神と繋がる資質というのは、どの程度神と対話が出来るか、神の力を引き出すことが出来るのか等があります。この資質に優れたものは、巫、祝、イタコ、シャーマン、ユタなどど呼ばれてきました。彼らは神と対話したり神の力を引き出すことによって奇跡を起こします。占いで有名な邪馬台国の卑弥呼なんかもそうですね。優秀な者になればなるほど、起こす奇跡も大きなものになります。逆に優秀な者になればなるほど、彼らが呪術を使えばその呪いは強大になります。それと、今回の場合は実行者である匂いの主の事もあります。どの程度のものがこの呪いの実行者かは解りませんが、そこらの低級な妖であればさほど問題はありませんが、貴船明神のような格式の高い神であった場合には僕には手も足も出ません。」
「そんな・・・・・・・。」
追い討ちを掛けるような露彦さんの言葉に、私は息を飲むしかなかった。
こうしている間にも呪いは成長を続けている。
寒川さまの八方除によってある程度和らぐとはいっても、このまま時間が経てば呪いは成長を続け、より強大な呪いとしてあんざいちゃんへ襲い掛かる。
そんな、そんな恐ろしいこと、絶対にさせられない。
強張った私の肩に、そっと温かい手が乗せられた。
ぽんぽん、と、あやすように肩を叩かれる。露彦さんが笑った。
「だーいじょうぶですって。手も足も出ないと言ってもね、わためさん。僕もこれでもね、一応二千年以上生きてきた神様なんですよ?信じてください。安斎さんも、柴田さんも、皆わためさんの大切なご友人です。僕が守ります。もう一人で頑張ろうと思わなくても大丈夫です。・・・・どーんと、豪華客船にでも乗った気でいてください。」
どーんとね!と言われて、わたしはなんだか口許から力が抜けてしまった。
釣られて笑ってしまいそうになる。
露彦さんはそれを見てまた微笑むと、
「ね。一緒に頑張りましょう。」
と言った。
私は、何だか、露彦さんが私を見つめるその顔が凄く優しく見えて俯いた。
一緒に。
その言葉がストンと胸の奥に落ちて消える。
思えばもう何年も、家のなかに誰かが一緒にいることなんて無かったな。
煩わしくない空間、寒々しくない空間、刺々しくない空間。
私にも息の出来る空間を求めて一人でやってきたけれど、でも、どこか少しだけ、悲しい。淋しい。
真っ暗な部屋でしか息が出来ないのに、部屋から窓の外に見える他人の家の灯りに、震い付きたいくらい羨ましくなることがある。
いいね、いいね。
あなた達は幸せそうでいいなあ。
良かったなあ。
そんな、淋しいけど幸福な気持ちにさせてくれる景色。
だから私はいつもカーテンを閉めないでいた。
世界にはちゃんと、幸せがある。
不幸せばっかりが犇めいてる訳じゃない。
私にはなくても、何処かには、ちゃんと幸せがあるんだと視認していたくて。
泣きたいような気持ちで暗い部屋から外を見ていた。
そうしたら見つけた。
同じように暗い部屋から顔を出す、嘘だらけの格好つけた存在。
間宮。
「・・・・・・・・・・。」
暖かかった胸の奥が凝っていくのを感じた。
冷たい、雨の感触がする。
「・・・・わためさん?」
露彦さんが私を覗き込んだ。
「なんでも、ないんです。大丈夫です。」
ー大丈夫、忘れてなんかない。
私は頭を降って立ち上がった。
「よし!じゃあ、明日からは匂いの主を探しましょう!サクッと解決して、皆から謝礼頂きますよ!」
説明書きが多くなってしまって読みにくいなーと思っています。力不足。
露彦さんもさぞや息継ぎが大変だったであろう.....。