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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
8/18

八方塞がりには八方除け守り


放課後。

ここは私のアルバイト先の純喫茶、港珈琲倶楽部である。


今日はアルバイトはお休みなのだけれど、他にあの人を三人に引き合わせる場所が思い付かなくてここで待ち合わせることに決めた。


まさか神社に連れていくわけにも行かないし致し方ない。




あの後、私はお昼休憩になるとすぐに露彦さんに電話をした。


ガラケーとはいえ神様がケータイを持ってるのって凄く不自然な感じがするのだけれど、露彦さん曰く、フリマに出店する時に連絡先がないと困るのだという。

何とも侘しい理由だった。


話は逸れたけれど、私の説明を聞いた露彦さんは、電話口で少し考え込むと、


「・・・・全容は掴めませんが、取りあえず、わためさんのご友人の皆さんが困ってらっしゃるようですし、お話を聞いてみるだけ聞いてみましょう。」


と言った。

そして、放課後、この港珈琲で会う段取りとなったのだ。




「ねえねえ、今日来るゆうりの従兄弟さんって、何歳くらいの人なん?」


はるなんがオレンジジュースを飲みながら聞いてくる。


先に着いた私達は待っている間に軽くお喋りをしていたのだけれど、必然、話題は露彦さんに集中する。

そして露彦さんは私の従兄弟と言うことになっている。

私の休んでいる間に学校に従兄弟だと挨拶にも来ているし、そのまま嘘を突き通すことに決めた。

これは相談済み。


私は、ちょっと考えてからはるなんに返答した。



「多分、二十七、八歳くらい?かな?」


露彦さんの外見はそのくらいに見える。

まさか二千歳ですとは言えない。


「へえー、大人じゃね!」


「こんな時じゃけど。ゆうりちゃんの親戚の人に会えるのは楽しみじゃわ。」



親戚の人・・・・私は曖昧に微笑む。


私はこっちの出身ではないし、唯一の尾道の親戚であったお祖父ちゃんも他界している。


なので、勿論家族が学校行事に参加することもない。


皆の家族にお世話になることはあっても、自分の身内を皆に紹介することは絶対にないと思っていたので、何だか複雑な思いがした。



「どんな人なん、従兄弟さん。格好良い?」


「変わった人。」


即答。


露彦さんは変わった人(神)である。


それだけは解る。


三人はそれぞれに違った表情をしながらも、漸く少し楽しそうだった。


「まあ本当に変わった人だから、凄く変な格好の凄く変な人だからちょっと怪しい見た目だし、全然頼りにならないかもしれないけど、根は好い人だから、ちゃんと相談には乗ってくれると思うから・・・・。」



露彦さんの為にも期待値は下げておこう。


私が心の中でそう呟くと、入り口のドアベルが控えめに鳴った。



「遅くなってすみません。」



ふわりと低くて甘い声が届いた。


一瞬、目の端で、はるなんと御園ちゃんとおりっちゃんが目を見張るのが見えた。



「初めまして、白井露彦です。」



バイオリンのような艶のある甘い声、焚き染めた香の甘くて苦い香り。


絹の黒髪を横で一つに束ねた、美しい男の人が私の隣の席に着いた。


はるなんなんか、ぽぅっとした顔でその人を見つめている。


・・・・そうだ、そうだった。


いつものとんでも言動で忘れていたけれど、この人は顔が良いんだった。


私も凝視していると、四方からの視線にちょっと気まずそうに露彦さんが首を傾げた。


「わためさん?」

「あ!はい!すみませんちょっと別人かと思いまし

た!」



だって、だって、だって!


目の前の人は、洋服を着ているのだ!


くすんだネイビーのサマーニットに、丈が短めの白のチノパンをあわせている。

足元は皮のひも靴。

本当に、普通に、普通のイケメンに見える。



「ああ、流石に普段着では不味いかなと思いまして、ちゃんと着替えてきましたよ。わためさんのお友達にお会いするわけですから。そんなわけで、お待たせしてしまってすみません。今日は宜しくお願いします。」



露彦さんは微笑んで会釈をする。


三人とも、それを見てぽけーっとしたまま頭を下げた。

私はそのスマートな振る舞いに、不信感丸出しの顔をして露彦さんを凝視した。


別人か?

別人が来たのか?


そう思う程に、家でニンジンの皮のきんぴらを作っている人には思えない。


クラシックを流しながら優雅に紅茶を嗜んでそうに見える!詐欺だ!




すっかり見とれてしまっている三人に変わって、一足先に立ち直った私が露彦さんに件の肝試しの話を説明する。


露彦さんは時々合いの手を入れながら最後まで聞き終わると、こめかみに指を当てて少し考えるような素振りをした。


「うーん・・・・。話を聞いた限りでは、何らかの霊障だとは思えませんが・・・・。」


「いや!でも実際に、怪我した子とかおるんですよ!」


はるなんが食い下がる。

露彦さんは宥めるように首を傾げてはるなんを見ると、


「そうですね、なので、まだ霊障ではないと結論付けた訳ではありません。話を聞いただけでは一つ一つに因果関係も無いように思えますし、柴田さんのは不幸な事故、安斎さんのは家出、織田さんのは体調不良に思えます・・・・が、僅かですが、貴女方三人からは、嫌な匂いがする。」


「え?何か匂いますか?」


はるなんが夏服の袖を引っ張って匂いを嗅ぐ。

私も解らなかった。

露彦さんは眉を寄せると、


「いや、そういう、本人から発する匂いとかではなくて、何といいましょうか。残り香、みたいな物です。例えば魚とか、生臭いものを触った後って手を洗っても嫌な匂いが残ったりするでしょう?石鹸では落ちない匂い。微かですが、貴女方三人からは、そういう、嫌な匂いがします。そして、僕の知っている限り、そういう匂いを人間につけるのは人ではありません。神とか、妖怪とか、霊とか、どんな呼び方でもいい。貴女方がそういう風に呼ぶもの達です。」


神とか、妖怪とか、霊とか。


私が呟くと、


「そうですね。そういうもの達は、それぞれに境界を持っています。そうして、そこに入った人間にマーキングのように印を付ける。その意図は様々ですが、往々にして、匂いを付けられた人間は、他の人間には解らない匂いを発します。なので、その匂いは人間に向けてではありません。他の神や妖怪や霊に対する警告です。これは自分のものだと言う、警告。つまり貴女方は、何らかの境界を犯した可能性があります。」


人ではないもののマーキング。

これは自分のものだという警告。

それは、喜ばしいものなのだろうか、それとも・・・・。

急に、肌に纏わり付く空気が冷たくなったような気がした。



「・・・・・・それって、生物準備室に入ったって事なんでしょうか。」


御園ちゃんが固い表情で呟いた。


「解りません、僕にはそこまでは解らない。匂いからして、僕はこれを善くないものだと思います。それだけは解ります。ですが、貴女方からする匂いはとても微かで、本当に残り香という感じがします。きっと、このマーキングは貴女方に付けられたものじゃあ無いんじゃないでしょうか。」


私達は目を合わせた。


「・・・しばっちゃんとあんざいちゃん!」


ここに居ないメンバーで、肝試しの後に大きな異変を起こした二人。


「あの二人が呪われた?」


「それならやっぱ生物準備室じゃん!柴田ちゃんが転んだのもあそこに入ったからじゃし!」


「いやでも、その前にもう回ってたよね。慰霊

碑とか体育館とか渡り廊下とか。」


おりっちゃんが続ける。


「そこで何かしら貰った可能性もあるんじゃない?そこまでは柴田ちゃんも一緒に全員で回ったわけだし。」


「確かに。安斎ちゃんが家出したのも木曜日じゃし、生物準備室に入ってからちょっと時間が経っとるもんね。柴田ちゃんが骨折したのがたまたま生物準備室だっただけで、もしかしたらその前から呪われてたって事もあり得るのかも・・・。」


銘々が考えを披露する中、露彦さんは自分の指先を見つめながら何か考え込んでいるようだった。


「露彦さん?」


「あ、はいっ?何でもないです。」


私の問いに軽く手を降ると、露彦さんは三人を向き直った。


「安斎さんの失踪にこの匂いの主が関係しているなら、安斎さんの身が心配です。一刻も早く探し出しましょう。それと、柴田さんの事も良く見ていてあげてください。とにかく、相手が解らない以上、普通の祈祷をしても無理だと思います。少なくとも、僕にはこの匂いの主を割り出すことは出来ません。ですから、一応、これをお渡ししておきます。」



露彦さんがテーブルの上に並べたのは、朱地に金の刺繍の美しい、小さなお守りだった。


普通のお守りとは違って、真ん中に、「八方除御守」と金色に刺繍されている。



「これは、神奈川の寒川神社の八方除のお守りです。肌守りと言いまして、別名は身代わり守りとも言います。どうぞ。これを、皆さんに。特別にお願いをして、頂いてきました。」


三人はそれぞれが手に取ると、きらきらと美しいお守りを珍しそうに見つめている。


露彦さんは微笑むと、


「寒川神社というのは、寒川比古命と寒川比女命という二柱がお治めになっている神社です。お二柱ともに歴史は古く、千六百年程前から寒川の地に鎮座していらっしゃいます。ここの神様は厄除けを得意としているんですが、これは普通のお祓いなんかとは違う特殊なものです。八方除という、この、寒川大明神独特の厄除けは、四方八方の方位と方角、そして地相や家相や日柄といったものから来る全方位全ての災いを除ける事が出来ると言われています。一種の結界ですね。なので、本来は穢れや災いが来る前に八方除をしておくべきなのですが、今回は状況が状況だけに仕方ありません。それでも、寒川大明神のお力は絶大ですから、もし大難があったとしても小難になるでしょうし、ある程度の小難は無くなると思います。これで、貴女方が再度匂いの主に出会ったとしても、印を受けることは無くなるでしょう。」


露彦さんの言葉を真剣に聞き入っていた三人は、それぞれ言われた通りにお守りをポケットに仕舞う。

肌守りとは、大切に、肌身離さず持ち歩かないと意味がないらしい。


「これは今日来ることが出来なかった、柴田さんと西嶋さんに。明日にでも渡してあげてください。それと、安斎さんの事ですが、もしもこの匂いの主がその失踪と関係があるなら危険です。少しでも抵抗しておきましょう。私からもう一度寒川の二柱様に八方除をお願いしておきますから、安斎さんの氏名と、生年月日、住所を教えて貰えませんか?」


そう言われて、はるなんが鞄から取り出したルーズリーフにあんざいちゃんの名前を書いていく。

安斎陽咲。

私はその名前をじっと見つめた。

あんざいちゃん。絶対に無事でいてね。


思いを込めて名前を見つめると、何故だかあんざいちゃんに届くような気がした。


無事でいて。


はるなんから紙を預かって、今日はお開きということになった。

露彦さんは急いで神社に戻って寒川神社へとあんざいちゃんの八方除をお願いするらしい。


「安斎ちゃん本人が寒川神社をお参りしなくても良いんですか?」


最後、会計を済ませて喫茶店から出る時におりっちゃんがそう聞いた。

そうか、代参でも許されるはずだよな。


でも、それだと、私か露彦さんが神奈川まで行かなきゃいけないってことじゃない?


友達のためなら勿論行くが、如何せん土地勘と費用の不足は否めない。


私がそう考えていると、露彦さんはちょっと困ったように微笑んで、


「大丈夫、どうにかします。」


と言った。



寒川神社は、自分市場調べで、死ぬまでにぜひ参拝したい神社第一位に挙げられる神社です。


日本刀のように余計な物を削ぎとった、静かな威厳と気品ある佇まいでしびれます。


僕もああなりたいものだ。

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