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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
6/18

貧乏な神様と決意する女子高生



それから人生初の五右衛門風呂で茹で上がり、露彦さんが用意してくれた夏用の浴衣を着てお風呂場を出た。


お風呂場は家の一番奥にあり、その横に台所があったり勝手口があったりする。


因みに台所も土間に降りるタイプである。


勝手口を開けると裏庭があり、露彦さんはそこで小さな畑も作っていた。

何か、胡瓜とかトマトとかチシャとかズッキーニとか植えているらしい。自給自足。

そこそこ収穫はあるそうな。



その、露彦さんご自慢の畑の奥には細い沢が流れており、これは裏山からの湧き水が流れているらしい。

これが、件の天果水というわけだ。


透明にきらきらと光る水は、沢をもうちょっと上がったところに湧いていて、そこには四隅に竹が立ててあり、注連縄がかけてあった。一通り探検をした私は、裏庭に面した縁側に腰掛ける。


庭には枯れた木が一本と、あとは畑があるだけだ。


空は青くて、太陽がじりじりと裏山の木々の葉っぱを焦がし、虫達が盛大に自分達の命を叫んでいた。

命の気配がもっとも濃い時期、もう初夏である。



「なんか和むなあ・・・・・。」



そばに置いてある麦茶を飲む。

冷たい麦茶が入ったコップは大汗をかいていて、底にまあるく痕が出来ていた。

ごろんと転がると、その痕を辿って指先に水をつける。

縁側の木板に落書きをする。

眼鏡を描いた。

水が足りなくなって、コップの水滴を垂らす。

でろでろの眼鏡マンが出来上がった。



「緩いなあ・・・・・・・・・。」



飽きてきたら目を瞑る。

どこか遠くで車が通る音がした。

知らない鳥が鳴いている。呑気なもんだ。

風が通り抜ける。

外はむっとするような暑さの筈なのに、ここは風が吹いていてとても気持ちがいい。


私は目を瞑ったままうとうととする。


家の奥からは、カタカタと人が生活する音がしていた。


露彦さんが掃除でもしてるのかな。


人の気配がするというのは、こんなにも眠たくなるものだったんだと知った。


そのまま、どれくらいだろうか。気が付けば私は眠ってしまっていた。





目を開けた私は、雪の降る野っ原に立ち尽くしていた。


夢か。


私は手を伸ばして雪を掴みながらぼんやりと思った。


体に水で膜がはったみたいな鈍いこの感じ。


夢の中で目が覚めたんだ。


そのまま目線だけをあげる。

そこは小高い丘だった。


遠くにはちらちらと篝火が見える。


あれは、町だろうか。


一歩踏み出そうかとした時、目の前に女の人が座り込んでいるのが見えた。


さっきまでは居なかったのに?


私は不思議に思いながらも女の人へと近付く。


雪を被って気がつかなかったけれど、女の人は銀色に近いような白い髪をしていた。


肩よりも長い真っ直ぐな髪を下ろして、そこに、濃いピンク色の花飾りを挿している。


何故だか、私はとても綺麗な人だと思った。


こんなに美しい人を私は見たことがない。


顔は解らない。

靄がかったように上手く見つめられない。

だけど彼女は美しかった。


彼女の髪にも、着ている薄手の着物にも雪が被って、悲しくなって私は思わず手を伸ばしかけた。



「カザミ・・・・・・・。」



私は、低くて優しい声で呟いた。


女の人は振り返らない。


真っ直ぐに、身動ぎもせずに篝火の方を見つめている。


まるで声なんて聞こえてないみたいだった。


篝火の向こうを餓える、その気持ちだけで身体中いっぱいになった人形のように、ただ向こうを見つめている。


私は悲しくなって、伸ばしかけた手を下ろした。


睫毛も凍りそうな雪の中、私は黙ってその背中を見つめ続けていた。


ところで目が覚めた。




「・・・・・・・・・?」



今度こそ目が覚めたんだろうか。


陽の光が陰って、軒下には陰が伸びている。

風が足先を擽る。

起き上がろうと身を捩ったら、かけていたタオルケットが庭先に落ちた。


こんなのかけてたっけ・・・?


私はごそごそと手を伸ばしてタオルケットを引き摺り上げる。


それからタオルケットを叩いて足元に畳むと、猫のように大きく背伸びをした。


うーん、腰とか肩とか痛い。


ちょっとうとうとしたつもりが、えらく眠り込んでしまったようである。


今何時だろう?


振り返って居間の中を見渡すと、柱時計が夕方の四時を指し示していた。


・・・・物凄い眠りこけたな、こりゃ。


喉がからからになっている事に気がついて、私はのろのろと立ち上がる。


庭にも居間にも露彦さんの姿が無かったので、台所へと向かう。

と、コトコト、と、鍋が小さく吹く音がして、ヒューと風のような音がする。

お米が炊ける音だ。


「ご飯・・・・・おはようございます。」


私は台所の木製の引き戸を引いて中に声をかけた。


「あ、お目覚めですかー?」


丁度振り向いた露彦さんは、白の割烹着にお玉と言う完全なスタイルで微笑んだ。



「・・・・・・・・・・・露彦さんって、お母さんに似てますよね。」

「え!そうですか!?わためさんのお母さまに!?」


いやそうじゃなくて、と私が呟く。


「なんかこう、初めて会った時から思ってたんですけど、露彦さんの言動って、所謂世の中のお母さんっぽいですよね。あんた!風邪引いたんならこれ良い薬があるんだから、飲んで暖かくしてちゃんと寝な!的な。」


割烹着だし。


「おかん!?おかんっぽいって事ですか!私おばさんっぽい!?」


露彦さんはお玉を落として頬に両手を当てて絶望している。

そういうオーバーリアクションがお母さんっぽいんだってば。

と、これは追い討ちをかけるようなので黙っておく。


別におばさんっぽかろうがおかんっぽかろうが、それはどっちも善人っぽいとも言い換えられる訳で、別に良いんじゃあないだろうかと思うのだけど、露彦さんは落としたお玉も拾えず固まっているので、私は代わりに拾ってそれを洗う。


石化した露彦さんを退けてお鍋を覗くと、それはそれは美味しい匂いのお味噌汁が出来ていた。


ほわんと昆布といりこ、それから干し椎茸の匂いがする。お味噌は合わせ味噌、ワカメとお豆腐が入っている。

どっちも好きな実だ。

私は上機嫌でお鍋をかき混ぜた。

前言撤回。露彦さんはお母さんよりも料理が上手だ。



「・・・露彦さん、お袋さんの称号を授与します。」

「え、なんで!?」


私はさっさと味噌汁をお椀に注いそでしまう。

折角こんなに美味しそうなのに、早く食べなきゃそれこそバチが当たるだろう。

私がお椀を運ぶのを見て、露彦さんが慌てておひつに移したご飯を持ってやってくる。


私が麦茶やコップを運んで注いでいると、その間に食卓には煮魚ときんぴら、それからお漬け物が出てきた。

お魚は照りってり、きんぴらはぴかっぴか、お漬け物も野菜の色が残って鮮やかそのものである。

流石、お袋の味は違うなあ。

私たちは席について一緒に手を合わせる。


「頂きます。」

「はい、頂きます。」


お味噌汁は一口含むと至福の味だった。

薄すぎない、でも味噌辛くない、絶妙な濃さ。

お豆腐も水っぽくない。

それからご飯を一口、口に運ぶとふっくら甘くて美味しくて、またお味噌汁が飲みたくなる。



「・・・・・・・・・・・・・・・。」



幸せが、過ぎる。


他人の、というか露彦さんの作るご飯はどうしてこうも美味しいのだろうか。


昨日のお粥もそうだったけれど、自分で作る味気ないご飯ばっかり食べていた一年と五ヶ月だったので、その喜びやひとしおである。


あー美味しい・・・きんぴらもお煮付けも、糠漬けも浅漬けも、全部美味しい。


私が感動してもぐもぐしていると、露彦さんは何故だか眉をハの字にして私の顔を覗き込んできた。



「わためさん、お口に合いませんか?」

「え?」


美味しいですよ、とっても。すごーく。


私が思ったままを口にすると、露彦さんは大袈裟に息を吐いて頭を掻いた。


「いやあ、良かったあ!わためさん、難しい顔して黙り込んでるから、ひょっとしたら苦手なものばっかりお出ししちゃったのかと思いましたよー。きんぴら、人参の皮で作ったの嫌だったかなーとか、お豆腐が手作りなのバレたかなーとか、色々考えちゃいましたよう!」

「それは逆に感動します。」


きんぴらって人参の皮で出来るのか・・・!

私はぴらぴらと薄くてしんなりとした、美味しくアップデートされた人参の皮を箸で摘まんでじっと見入る。

これはもう、お袋と呼ぶよりは。



「露彦さんっておばあちゃんみたいですね。」

「だからなんでっ!?」


神様がここまでお料理上手になるなんて、やっぱり人間(神)、追い込まれれば何でも出来るようになるものである。

二千年の孤独は長い。

そりゃあ、おばあちゃんの知恵袋も身に付くというものだ。

しかし、こんなに美味しい糠漬けを漬けてしまう程に困窮した神様と言うのは困り者だろう。


お金なんて無くても幸せに生きていける精神は素晴らしいものだけど、この人は一応、神様なのだ。

多分、ある程度の見栄とか威厳とか、そういうものは必要であり、それらはお金、財力で賄うものだと思う。

わーい、人参の皮のきんぴらだーい!と喜んでいるだけでは、きっと不味い。

美味しいけど不味い。


美味しいご飯を堪能してご馳走さまでしたをした後、麦茶で一息ついた私は、同じく隣で麦茶を啜っている露彦さんに向き直った。


「露彦さん。ちょっと良いですか。」


はいはい何でしょうと、好好爺ならぬ好好婆さまと化した神様がこちらを向く。


「唐突かつ不躾で申し訳ないんですけど、今年に入ってこの神社に来た参拝客の数って解りますか?台帳に載ってるだけでも良いです。」

「参拝客、ですか?」


露彦さんはそう言うと、小首を傾げてからぽ

んっと膝を打つと、


「ちょっと待っててください。」


と言って縁側の奥の部屋に引っ込んでいった。それから暫くすると、


「えーっと、記帳名簿で良いんですよね?だったら、ひいふうみい・・・・三十人くらいかなあ。あ、でも、うち六回はわためさんですよね。いつもうちに来たときには名前書いて帰って下さってましたもんね。」

「三十人・・・・・。」


半年で三十人と言うことは、まあ平均して一月に五人弱。

これは、確かに。


「由々しき問題ですね。」


単純計算どころかどう複雑に計算しても生活費に足りない。


「私が毎回百円お賽銭を入れて帰ってるにしても、六百円、全員合わせても半年で三千円ですよ!」


他の人が十円だったり五円だったりしたらもうあって無いようなもんである。

生活費だけじゃない、神社の修繕費用だって足りないだろう。

露彦さんはまた眉をハの字にして笑った。


「うーん、実はそうなんですよねえ。まあ、生活費は基本そんなに懸からないんですけど、壊れた手水の修理とか、拝殿の屋根の雨漏りとか、手を入れなきゃならないところは実は多々ありまして・・・。本来はそういうのはその神社の総代さんがやってくれるものなんですけど、もう何年も前に亡くなられてまして。上手く引き継ぎが出来てないのか、新しい総代さんや役員さんがやって来ないんですよね。まあ、来られたとしても、うちももうこんな有り様なんで、本当にない袖は振れないと言いますか・・・、修理のしようはないと思うんですけど。」


露彦さんがちょっと悲しそうに微笑んだ。

私は視線を落とす。

いつ来ても人気のないここが好きで、それなのに穏やかなここが好きで、一方的な世間話をしに築地神社へやって来ていたけれど、その裏で、露彦さんはこんな思いをしていたんだなと思うと、ちょっとやりきれない。


「露彦さん!」

「はい?!」


私が大きく叫ぶと、露彦さんは、飛び上がって私を見た。


「頑張りましょう!営業!露彦さんは立派な神様なんですよね?他所様よりもずーっと歴史のある、長生きの神様なんですから!もっと世間にアピールしていきましょう!うちの神社に頼めば、悩み事は即!解!決!なんて触れ込みで営業すれば、悩みの多いこの現代に置いて、神社より儲からないものは無い筈です!営業努力して、お客様ならぬ参拝客様を増やすんです!せめて、拝殿に開いた穴を塞いで屋根を新しくするくらいには稼ぎましょう!」



これしかない!


私が使役となったからには、少しでも参拝客を増やしてみせる!私の意気込みを引き気味に聞いていた露彦さんは、


「あ、えっと、お気持ちは嬉しいんですけどうちも一応宗教法人なもんで、お金を稼ぐことはちょっとぉ・・・・どうかなあ?!」


「そんなこと言ってたらそのうち拝殿腐って倒れますよ!お社があったって神様がいなきゃ意味

ないですけど、神様がいたってお社がなきゃ困るでしょう!」


あくまでも譲らない私に、露彦さんの方が折れた。はあっとため息を吐くと、


「確かにまあ、そうですね。このまま行けばうちも朽ちてしまうかもしれませんし。そうなったらもう、僕の行き場も無くなってしまいますからね。たった三十人でも、僕のところへやって来てくれた人達の行き場を、僕も失くしたくはないです。解りました、わためさんの仰る通り、営業努力と言うやつ、やってみましょう!」


「はい!頑張りましょう!」


私と露彦さんは拳を握って励まし合った。

本来はこんな使役は居ないのかもしれない。

私は人間で、単なる女子高生だ。

使役は神聖なもので、神様の力を代行する事も出来る。

そんな使役がお金を儲ける為に働くなんて。


だけど、こんな私だからこそ、やれることもある。

1年半の一人暮らしで生活の切り盛りは慣れたし、私の性格上、お金を稼ぐ事はちっとも苦じゃない。

そう決めたら吹っ切れた。やると決めたからには、やる。


このお人好しな神様を、この歴史ある神社を、再建してみせる。



「よし!明日から、片っ端からお悩み相談受け付けますよ!」



2020年、初夏。


様々な神様の住まうこの尾道で、こうして私は、ぼっちで貧乏な神様の使役となったわけである。


人参の皮できんぴら作ると、実際に美味しいです。

僕も、貧乏で時間があった時代には作ってました。


皮はすげーよく洗ってください。

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