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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
5/18

お風呂の清潔さは人がらが出る



ちゅんちゅこちゅんちゅこ。


どこまでも健康的に、私は朝日と鳥の鳴き声で目を覚ました。


ゆっくりと寝返りをうつと、右の頬に濡れた感触がする。

思わず頬を離して枕の辺りを探ると、湿った手拭いが出てきた。


「夢じゃなかったんだ・・・・・。」


嬉しいような残念なような変な気持ちで、それ

をつまみ上げて起き上がる。


畳んで座卓に置いて、改めて辺りを見渡した。

昨日と同じ質素且つ何もない部屋だけど、布団の奥に私の制服が綺麗に畳んで置いてあるのを見つけた。

わたしはずるずると這うようにしてそこまで行くと制服を手に取った。

泥塗れになっていたのに、きちんと洗濯してある。


「・・・まめだなあ。」


そして面倒見のいい神様である。


こんなに優しければ、もっと参拝客が来ても良いものなのに。


自分の主の昨日のあの貧乏臭い台詞を思い出しては、私は残念でならない。

きっと良さが伝わってないのだ。

炊事洗濯も勿論だけれど、使役になったからにはその辺をちゃんとしたい。

もうちょっとお客様(ちょっと違うけど)を掴んでおかないと、商売上がったりなのではないだろうか。

競合は星の数、地元だけでもおっきな商売仇がすぐそこにいるのだ。

これはちょっと考えていかねばならない。


「・・・・・・うーん。公式Instagramでもやる?」


ちょっと安直すぎるか。

何も映えるものはない気もするし。


そんな下らない事を真剣に考えていた時である。

遠慮がちに襖を叩く音がした。



「わためさん?起きられました?」


まだ就寝中であることを考慮したのか、声がくぐもっている。

それでも艶があるのだから、この神様の美声は凄いものだ。


うーん、せめて露彦さんの声を録音して境内で流すことが出来ればなあ。


私がそんな事を考えていたら、もう一度遠慮がちな声が聞こえてきた。


「わためさん?」

「あ、はい!起きてます。」


しまった、またいらないことで頭の中を占めてしまった。

慌てて返事をすると、今度は襖をががたごとと開いた。



「わためさん、おはようございます。」


露彦さんは相変わらず舞う花びらのように柔らかく笑っている。

私は布団の横で居住まいを正して頭を下げる。


「おはようございます。すみません、制服の洗濯までして貰ったみたいで。ありがとうございます。」


「いえいえ!こちらこそ、現役女子高生の制服に触ったりしたらばちが当たるんじゃないかと思ってひやひやしたんですけど、わためさんの制服泥塗れになってましたし、ここはもう、ひとつ、訴えられた時には僕の性癖はセーラー服よりむっちりぴっちり軍服ですって言おうと思ってですね!それで許して貰おうと思って腹を括って洗濯したんですよ!」


「・・・・要らんことは言わんで良いんです。」


未来永劫何一つ役に立たないであろう情報をありがとうございます。

私は白眼を剥いて首から折れた。

昨日の発言奪回。

こんな神様で、この神社は本当に本当に大丈夫なのだろうか。


何か別の意味でより一層汚くなった気がする制服を抱き抱えて、私は大きくため息を吐いた。



「わためさん、まだ体がしんどいです?」


ちろりと見上げると、露彦さんが心配そうに眉を寄せている。

一応、中学までは陸上部で県の代表にも選ばれていた身だ。今でも体力にはそこそこ自信がある。


ぐっと背筋に力を入れて体を伸ばすと、強張っていた体も少し解れて、もうそんなに痛みは感じなかった。頭痛もない。



「大丈夫みたいです。丈夫なのが取り柄なので。」


別に強がりでもないつもりだったのだけれど、露彦さんは益々眉間に力を入れて私の顔を覗き込んだ。


「一週間も眠りっぱなしだったんです。相当な疲労が貯まってたんだと思いますよ。起き上がれて良かったですけど、くれぐれも無理だけはしないで下さいね。」


そうか、私一週間も・・・・・え?



「一週間!?」


大声をあげて聞き返すと、露彦さんはびくっと飛び上がって、


「え?わためさん気が付いてなかったんですか?わためさんがうちに来たのが先週の金曜日の夜で、今は翌週の金曜日のお昼なんですよ。だからですねえ、えーっと、まあ、わためさんが眠っている間に、ちょこっとね!ちょこーっとお

顔を拭いたり唇を湿らせたりしたのはね!本当に不可抗力というか何と言うかなのでね!許して頂ければ!」



そんな事はどうでもいい。


隣でがたがたと震えている露彦さんに、私は飛び掛からん勢いで聞いた。


「学校!学校はどうなってるんですか!?」


「学校?ああ、それなら、担任の先生に、風邪を酷く拗らせたみたいなので暫く休むと伝えておきました。配布物とかは僕が取りに行ったので、その時にご挨拶もしましたよ。わためさんはうちの家族になったわけですから。」


家族・・・・と言えば家族なのだろうか。


そりゃあ流石に神様の使役になりましたとは言えないけれど、いきなり学校を訪ねて家族ですと言うのは無理があるんじゃないだろうか。


それに、訳あって実家とは距離を置いている私にとっては、家族という言葉は何だかちょっと胸がざらざらする。

私がそんな風に考えていたら、露彦さんはじっと私の目を見て、



「大丈夫です。すみません、わためさんが倒れてすぐに鞄のなかを見せて貰いまして、そこに叔母、緊急連絡先と書いてあったので、ちょっと調べさせて貰いました。それで、先生には僕はその息子でわためさんの従兄弟だという事にしてお話ししましたし、僕の連絡先も先生にお渡ししておきました。なので、ご実家の方には連絡はいかないと思いますよ。」


露彦さんが微笑む。


「さっ!折角起き上がれたんですから、我が家自慢の温泉にでも入ってきたらどうですかっ?お肌すべすべーで、体ぽかぽかーで、傷もあっという間に治っちゃいますよ!」



そう言われたら、確かにお風呂には入りたくなってきた。

1週間も寝てたんなら、体や髪を拭いて貰ってたにしても何か痒い気がする。

とっとと全身洗い流したい。



「あ、じゃあ、お言葉に甘えて、お風呂頂きます・・・。」


私が言うと、露彦さんはほいきたと言わんばかりに浴衣と手拭いを持って来てくれた。


それにしても、神社に温泉なんて、何か高級旅館みたいで凄い贅沢だなあ。

この部屋だけ見るとどうにも質素・・・まあ言葉を選ばず言うならばぼろっちい建物なのに、もしかして裏庭とかに露天風呂みたいにして造ってあったり?と、ちょっとわくわくしてしまう。


私は先を歩く露彦さんの後ろからついていく。

きょろきょろしたい気持ちを抑えて歩くと、露彦さんは廊下の奥で立ち止まった。


ここ、は、どう見ても、土間と言うか何と言うか・・・・中学生の頃に校外学習で行った民俗資料館にあった昔の暮らしの展示で見たような・・・薪のお風呂がど真ん中にどどんと降臨鎮座しているのだが。



「温泉ってこれですか!?」


「え?はい、そうですよ?いやねー、うちの天果水(温泉水)なんですけど、五百年くらい前から涸れちゃいましてー。それで参拝客は減っちゃったんですけど、まあでも今でもちょろちょろは出てるんで、何か活用しなきゃ勿体ないなーと思ってですね、お風呂に貯めてみたんですよ!水道代も助かりますし、一石二鳥かなって!」



まあ、浴槽に温泉の湯が貯まっているのだから温泉には違いないのだけれども、これを温泉と呼ぶのは下水道のネズミをミッ○ーマウスと呼ぶくらい無理がないだろうか。

だって床が土だし。簀だし。隣に薪が積んでおいてあるし。


・・・・まさか。私は薪の横の小さなドアを開けた。



「セーフだ!流石に外じゃなかった!」


私は大声でガッツポーズした。


いやだって、これ、どう見てももう、民俗資料館だもん。


絶対お風呂もお手洗いも外にあるやつだと思ってドアを見た瞬間絶望したけれど、ドアの向こうは小さな個室になっていた。

漆喰の壁と磨りガラス、床はやっぱり土間だけれど、きれいに簀が敷かれている。


・・・・・でも安定の五右衛門風呂。


私は白眼を向いたり瞳孔を戻したりと世話しなく気持ちを乱高下させて辺りを確認した。


外じゃなかったのは有り難いけれど五右衛門の入り方は解らない。

五右衛門なんて釜茹でになった印象しかないよ私は。


そんな私に、露彦さんがちょっと申し訳なさそうに声をかける。



「一応、八十年くらい前に、お風呂場はリフォームしまして、部屋を増築したり洗濯機を入れたりしたんです。やっぱりちょっと外は寒くて。この辺は冬場は雪も降りますし。でも、今は時代も違うし、女の人はこういうおんぼろのお風呂じゃ嫌ですよね・・・・。すみません、気が利かなくて。」



しゅんとなった様子に、胸がずきずきと痛み出す。

別に何もしていないはずなのに、お前の弁当なんて食えるかよと折角のお昼ごはんを投げ付ける、物凄く極悪非道な息子にでもなったような気持ちだ。

私は必死でぶんぶん手を振る。



「いや!ノスタルジックで良いと思います!最近レトロブームですし!築百年の古民家とか流行ってますよ!私も古民家カフェに行ってみたいなーなんて思ってたので!全然大丈夫です!」

「・・・・・本当ですか?」


盛りに盛って大仰に誉めたがもう問題ない。


大の大人の、それも二千年も生きた神様のしょんぼりと項垂れた姿を直視させられるよりは五右衛門宜しく釜に入った方がなんぼかましと言うものである。



「あ、でも、入り方が解らないのでちょっと教えて貰っても良いですか?」


私が言うと、露彦さんはぱっと顔を輝かせてお風呂場に備え付けられた棚へと歩み寄った。


「着替えとか大事なものはここに置いて下さい!僕一人ならそこら辺の籠にでも突っ込んでおくんですが、女の人はお風呂場で色々必要なものもあるかと思いまして、わためさんが眠っている間にこの棚を作ってみたんです!」


「へえ。凄いですね。ありがとうございます。」


器用な神様だなあ。壁に備え付けられた棚は二段になっており、上の方にはタオルやら予備の石鹸なんかも置かれている。

踏み台を使わなくても手が届く高さなのが有り難い。


「で!ここにね!新しい簀も用意しましたんで!これを湯船の中に沈めてください!底は凄く熱くなるんで、簀の上に入って下さいね。背中の部分はそんなに熱くならないんですけど、一応、触ってみて確認してから入っても良いかもしれないです!あ、あと、お湯は底の部分が熱くて、上は温かったりするんで、ここにね、かき混ぜ棒を作りましたので、ちょっと温いなーと思ったら、これでかき混ぜて下さい!」



うきうきで説明してくれる神様は、袂が濡れるのもお構いなしでお湯をかき混ぜ始めた。


ちよっともう、何か色々突っ込みどころはあれど、多分この人はとても善い人・・・ならぬ、善い神様なんだろう。

湯気で真っ白に曇った眼鏡で何やら力説している露彦さんを見て、私はそんなことを思った。



「じゃあ、取りあえず入ってきます。」


私がそう言うと、


「あ!はい!じゃあ僕はとっとと退散しますね!ゆっくり入ってきてください!」


と満面の笑みで出ていった。


残された私は、気を取り直してシャンプーと石鹸を探す。

洗い場の横にも小さな棚が作ってあって、その上に洗顔やら石鹸やら一式載っていた。

ここでも至れり尽くせり。

というか、まめな人なのかもしれない。

ちゃんと掃除がしてある。

本人は暇だからだと言いそうだけど、お風呂場も、古いだけで清潔に整っている。

何か人柄(神柄)を見たような気がした。ちょっと笑ってしまって、私は勢い良く手桶でお湯を被った。

使いかけのシャンプーを借りようと棚へ手を伸ばす。



「・・・・・・・・・これめっちゃいい匂いするやつじゃん。」



なんかきめぇ。

それはそれでちょっと気持ち悪いと思ってしまった私は、多分性格が悪いと思う。ごめんなさい。


因みに、うちの風呂場は混沌としています。

良くないので、気が付いたらお風呂のなかを片付けてみるんですが、すぐ混沌へと戻ります。


やっぱり、だらしないんだなあと、お風呂を見るたび再確認します。

そんな僕の口癖は、「そんな日もあるよね」です。

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