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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
3/18

衷心の願い

「じゃあ、お先に失礼します。」



アルバイト先の喫茶店から出ると外は土砂降

りだった。


矢のような雨が、叩きつけるように道路に降り注いでいる。


私はちらっと空を見上げると、傘を差してから道路へと一歩踏み出した。




あの日、間宮の病気を知った後、私には一つの腹案が出来ていた。


お百度参り。


本殿前でお参りをした後、入り口に戻り、それからもう一度本殿でお参りをすることを百回繰り返す。


そうすると、神様が心願を叶えてくれるという。


これしかないと思った。


医者でも魔法使いでもない私が間宮に出来ることはない。

病気を治すために頑張るのは医者で、間宮にだってそれはどうにも出来ないことなのだ。

だったら私は祈るしかない。


万難を廃して手術に臨めますように。

願わくば間宮の手術が上手くいきますように。

神頼みなんてと間宮は言うだろう。


あいつは神も仏も信じてないと言う。


去年、一緒に駅前の神社の夏祭りに行った時にも、尾道で一番大きな千光寺に初詣に行った時にも、間宮は夏祭りとか初詣を楽しんでいるだけだった。


おみくじを引く私を覗き込んでは、おまえってそういうの好きだよなと言い、お守りを買わないのかと聞くと、願いは自分で叶えるから価値があるんだよと、何だか気障ったらしい事を言って私を笑わせた。


そんな間宮だったから、神社に参拝しろと言っても絶対に行かないだろう。


ならば私が代わりに行く。



代参と言うものがある。


本人に代わって神社や仏閣、教会に参拝することだ。


車や電車、果ては飛行機なんてものもある交通機関の発達した現代ではちょっと理解に苦しむが、移動手段は徒歩が圧倒的だった江戸時代までは、お伊勢参りは一生の夢、お遍路は人生を賭けて行うことだった。


行きたくても行けない、そういう人達が大多数だった時代、代参は当たり前のシステムだったのだ。


来たのが本人であっても他人であっても、神様は本気の願いには応えてくれる。


問題は、その本気を、どう伝えるかだ。



私は一歩踏み出す毎に濡れていく両足で道路を踏みしめた。

駅とは逆の方向へと向かう私は、どんどん暗がりへ飲まれていく。

商店街は途切れ、そこからは山際を這うように密集する、昔からある民家の裏道を、ひたすらに山道を登っていく。

電灯がないから、足元を照らすのは水溜まりに映る民家の灯りだけだ。

それもどんどん疎らになる。

この辺りはもう殆ど空き屋だらけだった。

息が上がる。

坂道が急なのだ。

自転車じゃあ上がれないので、この辺の人達は坂の下に自転車置場を持っている。

私も初めて見た時にはびっくりした。

こんなところに人が住めるんだと思った。

でも、この山の頂上には尾道で一番有名な千光寺もある。神社もある。

神様が人を必要とするのか、人が神様へと引き付けられるのか、こんな不便な場所にも信仰がある。


どうでもいいことで頭をいっぱいにして、息が苦しいのを誤魔化す。

運動不足だ。

まだまだ動けると思っていたけれど、やっぱり体は正直だ。


陸上も、地元も、家族との対話も、全部投げ捨ててからもう随分と経った。

空洞になった私の内を埋めたのは間宮だ。

間宮との会話が、思い出が、私を作っている。

間宮が居なかったら私はなかった。

だから、間宮を守る。

必要ないのかもしれないし、こんなことしても間宮の特別にはなれないかもしれない。

でも私にしか出来ないから。

間宮のために命を使えるのは、私だけだから。

そう思う事で、地獄へ続くような真っ暗な獣道も怖くなかった。


私は腐葉土を踏みしめる。

足元が滑るけれど前だけを見ていた。


脇道の暗がりから沸き出る悪霊がこっちを見ている気がする。

空想ですら歩みが凍りそうだった。

ばちばちと弾くような雨音に遮断されて何も聞こえない事が怖い。

前も後ろも右も左も、全部が無防備になる。

私は全身の毛を逆立てて猫のようにひたすらに前へ走った。



「・・・・・・・・・・・・・あった。」




築地神社。


味もそっけもないコンクリート階段の手摺に指を伸ばした。

雨が滴っている手摺をしっかりと握る。

階段はコンクリートが割れて所々壊れていた。


私はぐっと足に力を入れる。

階段は上から雨水が流れて滝のようだった。

一歩、一歩と踏みしめて上がった。

落ちないように握り締める手摺が滑る。

どうにかして階段を上がりきった先、真っ暗な闇の中に、古くて所々崩れたような、小さな神社が見えた。

築地神社。

いつもひっそりとして誰も居ないこの神社は、夜になっても勿論誰の姿も見えない。


神主さんも居ないこの小さな神社を、私は偶然見つけた。

こっちに越してきてから直ぐだったと思う。

尾道で有名なネコノテパン工場というパン屋さんを探してうろうろとしていた時、何本か道を間違えて坂を登ったり降りたりしていたら、あったのだ。


そこだけぽったりと忘れ去られたように静かで、こじんまりとした神社だった。


明るいなかで見ても、もう手入れをされていないことが解る境内に、苔むした手水。

狛犬も磨耗して殆ど消えかかっていた。


それで、ぐるっと境内を見渡して、いつものように由来が書いてあるものを探した。

大抵の神社には、由来や主祭神を記した立て札がある。

神社の隅にそれを見付けて、私は不思議な気持ちで立て札を読んだ。


主祭神、白井露湯彦尊。


由来は不明だが、この地を治める豪族の娘は生来多病であり、八歳を過ぎても歩くことが出来なかった。

しかし、その母親が築地神社を参った所娘の病気が快癒したので、氏神として広く信仰を集めた。


へえ、そっか。

良く解らない由来を持つ神様は、私は好きだ。


お賽銭を100円入れて参拝すると、私は身を清められなかった非礼を詫びた。

それから自己紹介をして、神様に質問をした。


あなたはどのような神様なのですか、あなたの事が知りたいです。


私は満足して、また来ることを約束して、それで帰った。


パン屋は帰り道に無事見つかって、パンを噛りながら家路についた私は、何故だろうとても気分が良かった。



静かで落ち着いた空間。

ただそこにいる神様。

ひっそりとした空気が気に入って、私はそれから時々築地神社を覗いては参拝した。


でも今日は違う。


明確な理由がある。



築地神社の神様は、病気の娘を治癒したと言う。


ここだと思った。


間宮の事を願掛けするなら、築地神社しかない。

だから来た。


無理難題を通して貰うのなら、こちらもそれ相応の本気を見せないと。


私は荷物を階段に置いて、真っ直ぐに進む。


拝殿まで進んでから、賽銭箱に千円札を二枚入れた。


それから拝殿で二礼二拍して叩頭する。


濡れた地面。額にじゃりっとした砂地の感覚がした。


目を瞑る。



「私は、尾道市三堂に住む綿天佑燈と申します。

図々しくも、築地神社の神様にお願いがあってこんな夜更けに神社へ参りました。

私には、大切な友達がいます。

名前を間宮遼といいます。

間宮は病に犯されています。

手術が必要な病です。

どうか、間宮の病が少しでも良くなるよう、手術が恙無く終わるよう、築地神社の神様のお力を貸して頂けないでしょうか。

不躾なお願いとは存じますが、どうか私の願いをお聞きいれ下さい。

ただでとは言いません。

私の残りの寿命の半分を、築地神社の神様に差し上げます。

他に、あなた様にお渡しできるものが何もない私ですが、どうか、私の願いを叶えてください。」




額を上げて、本殿のなかを見つめた。


風がごうごうと吹いて、しめ縄が揺れている。


真っ黒な本殿のなかは吸い込まれそうな程静かだった。


私はもう一度目礼をする。

立ち上がろうと力を入れて小さく呻いた。

跪いた膝や膝下に砂利が刺さる。

それでもなお力を入れて立ち上がった。

スカートは地面の水を吸ってずぶ濡れだ。

重い。

私は太股に張り付いたスカートと頬に張り付いた前髪を剥がしてもう一度二礼する。

同じ様に二拍して、もう一度地面へ叩頭した。



「・・・・どうか、間宮の病が少しでも良くなりますように。手術が恙無く終わりますように。私の寿命の残り半分を賭けます。」



深く深く頭を下げる。

額に冷たくて硬い砂利が食い込む。

頬に打ち掛かった髪の毛を伝って雨水が口の中へ入り込んだ。

雨はますます強く激しくなっていく。

もう一度立ち上がって同じく二礼をする。

傘はもう意味がない。

雨は横殴りに降り込んで、制服がずっしりと重い。

張り付いて動きづらい。

二拍してまた叩頭する。

まだまだまだ終わらない。あと九十七回。



「どうか間宮の病が少しでも良くなりますように。手術が恙無く終わりますように。私の寿命の残り半分を賭けます。」



立ち上がる。

また二礼。

神様に届きますように。

どうか。叩頭して目を閉じる。

何回でも、神様に届くまで、絶対に諦めない。

私は何度も何度も立ち上がっては何度も何度も叩頭した。


どのくらい経ったか、三十回を過ぎた辺りから数えられなくなった。





「どうか、間宮の病が、少しでも、良くなりますように。手術が、恙無く終わりますように。・・・・私の・・・寿命の・・・・残り、半分を・・・・。」



頭はもう割れそうだ。

ガンガンと頭の中で音が鳴っている気がする。

鈍い痛みが大きくなって脳を圧迫していく。

吐き気がする。倒れ込みたい。


頭をちぎって捨ててしまいたくなるほどの痛みにも何とか耐えて辛うじて叩頭していられるのは、濡れた砂利に何度も擦り付けた膝が出血して、酷く痛む事で痛覚が分散しているからかもしれない。




「どうか・・・・間宮、の・・・・・病、が・・・・・。」



目蓋が閉じた。

頭を引き上げられない。

ここで、目を瞑るわけにはいかないのに。

まだ終われないのに。

神様に、届くまで。

私が、間宮を、助けられるまで。


うっすらと途切れていく思考の中、突然、頭に声が響いた。



「風邪、引きますよ。そんなことしてたら。」


頭上から降った声。


冷たくてもう感覚が無くなったおでこをのろのろと地面から引き剥がして、視線をあげる。


視界いっぱいに、知らない顔があった。


微笑むように眉を下げ、優麗な目元が覗き込んでいる。


なのにどうしてか、その口元は悲しげだった。



鳶色の瞳。

まるでカットした宝石のように綺羅綺羅している。


私は黙って、吸い込まれるように見つめるしか出来なかった。



どのくらいそうしていたのか、本当はほんの一瞬だったのか、私は知らない男の人と見つめあっていた。


雨の音だけがどんどん大きくなる。


と、はあはあと苦しい息の下から、千切れそうな膝元から、全部の痛みがどっと身体に巡り始めた。

膝が痛い、頭が痛い。



「あなたの願いを聞き入れましょう。契約、完了です。」



声が遠い。


どこから聞こえるのか解らない。


徐々に思考が真っ白になっていく。


ふわふわと浮かんでは消える言葉をなぞるように、私は、契約、と呟いた。


前にも、どこかで、こんな言葉を聞いたことがある気がする。


でも思い出せない。

もう、思考は、散り散りだ。

次から次に消えていく。

契約、完了。

優しくて、悲しい声だ。



私は意識を失った。

夜の神社は、寄っても全然大丈夫な神社と、全然大丈夫じゃない神社があります。参拝される神社にしっかりとお確かめください。


警備の面でも、それ以外でも。


個人的に一番夜の参拝にNG出されたのは京都船岡の建勲神社。

もう、大鳥居前で駄目だった。こんな夜遅くにやってくる無礼者は通さないっていう気概をばしばし感じたので、すんません!!!って速攻謝りました。


お昼に行くとめっちゃ綺麗で雄壮な神社です。昼行け自分。

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