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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
12/18

山の中のお堂

途中で血なまぐさい表現が多少入ります。

一瞬ですが、苦手な方は夢の話が始まったらご注意下さい。

「えええー。」



私は電話口で盛大にがっかりした声を出した。


もういい加減疲れて来ているのだ。

足が重い。つま先も痛い気がしてきたし。



「・・・ここで神様ギャグだったら許しませんよ?」


「えええ?!いやいやそんなんじゃないですって!」


露彦さんが慌てる。


「幽霊っぽくは無いですが、そもそも神や妖怪と呼ばれる存在は、日本ではとっても微妙な存在なんです!僕は他所の事は詳しくは知りませんが、例えば基督教における神は絶対神であり、増えたり減ったりしません。ゼズスは神の子が人の世に体を持って産まれてきた存在であると言われています。そして、彼は信仰の対象ですが、それは単に人が神に成ったという訳ではないんです。ところが日本では、先ほどの話にも出たお岩さん、田宮岩という一般の女性も神に成る事が出来る。単に信仰の対象に成るだけじゃなく、奇跡を施すことが出来る、神に成るんです。一番有名な元人の神と言えば、そうですね・・・・菅原道真公でしょうか。彼は多才かつ非凡であり、寛平の治を支えた偉大な人物ですが、来歴明らかな元人です。」



確かに。

今は学問の神様として絶大な人気を誇る天神様、菅原道真は元々平安時代の政治家だ。

歌人としても有名で、「このたびはー」でお馴染みの、何もなかったんで神様へ美しいこの紅葉を手土産にしましたよという壮大かつ語呂のいい歌を詠んで、百人一首にもその名前を連ねている。

頭が良いだけじゃあないんだぞという教養も深いお人だが、確かに人だ。

その上、政敵の陰謀に引っ掛かり、左遷されて恨みを飲んで死んだんじゃなかっただろうか。



「ザ人の業!って感じの、ドロドロした部分ががっつり見えてますもんね、菅原道真って。清らかな心じゃなくても神様になれるんですもんねえ。」


「・・・・・・。そうですね。」


露彦さんは低く呟くと、


「人の業とは恐ろしいものです。」


と言った。


まあでも、元々は穏やかな人だったのかもしれないし。

仏の顔も三度までとも言うし、そりゃあ騙し討ちにあったんだから恨んでも仕方ないだろう。



「話は脱線しましたけど、そういう風に、日本では、人は、幽霊だけではなくて神に成ることが出来ます。それもそんなに特殊なケースではありません。が、人は死ねば皆神に成るかというと、そういう訳でもない。神に成るには、それなりの手順といいますか、儀式が必要です。ですが、それよりも、人が神に成る上で僕が何よりも必要だと思うものは、奇跡を起こせるだけの背景と起こった実例です。」


「背景と、実例ですか?」


それは例えば病気が治るといったご利益があるとかそういう事だろうか。


電話口の露彦さんはうーんと唸ると、


「さっきも言ったように、道真公は元を正せばただの人です。彼は政敵によって失脚されられた。恨みを飲んで亡くなったであろうことは想像にかたくありません。これが、呪いが起こるであろう、背景ですね。そして実例ですが、彼が亡くなった五年生後には、道真公を裏切って失脚に一役買った、元弟子の藤原管根という人物が落雷で亡くなっています。さらにその翌年には、道真公を失脚させた張本人である藤原時平が39歳の若さで亡くなり、その後には干魃(かんばつ)や伝染病、長雨からの洪水など、あらゆる天変地異が毎年のように起こりました。これら実例があって、只人(ただびと)であった菅原道真は、怨霊として認識され、その怒りを鎮める為祀られて神になった訳です。」


「・・・・・・思ったよりもちゃんと呪いで人が死んでて胃にもたれました・・。」


勘違いとか、そんな偶然も重なるよねーなんて言えないくらい、ドンピシャでライバル死んどるやないかい。


「そんなわけで、わらわ様というのが幽霊でなかったとしても、元が人間の神や妖怪である可能性はあるわけです。」


なるほど。

ふわふわ学校内に出没してない感じは確かに妖怪っぽいけれど、今の説明だと元が人の神様や妖怪の可能性もあるのか。



「ただですね、そんな神や妖怪が居れば、僕が知らない訳はないと思うんですよ。」


あ。そうだ。


「露彦さんって、実は凄く古い神様でしたっけ。」


「ええ。実はそうなんです。ってわためさん!僕、二千年以上も前から神様やってるんですよ?!ベテラン!ベテラン!!」



いやそのリアクションは中堅芸人のそれなんだよ。


私は電話口で大声でガヤを入れる主祭神をスルーして話を進める。


「じゃあわらわ様って、二千年前の妖怪ってことですかね?」


それだと何か急に、学校怪談が大妖怪譚みたいな感じになるけれども。


私の同じことを思ったのか、露彦さんもそれはなあとぼやいた。


「二千年以上も生きる妖怪なんて、そういないですからねえ。いるっちゃいますけど、そういう大妖怪は皆有名ですし、我々神の方も警戒してますから、ちゃんと所在が解ってますからねえ。この辺にそんなぽんぽん生えてないんですよ、キノコじゃないんだから。」


「ですよねー。」



そんな大妖怪の伝説があれば、私だって知っているはずだ。

それこそ天狗は京都の鞍馬山とか、鬼の首を封じた岡山の吉備津神社とか。

民俗学の類いは結構好きなのだ。


「じゃあ、割と新しい妖怪とか神様とか?」


「その山ですよね?深郷山やら高鉢山やら竜王山にかけてで、誰かが恨みを飲んで死んで、祟って祀られたなんて、そんな話は聞いたこと無いんですよ。」


うーーーーーーーーーん。

結局ここでも行き詰まってしまう。

結局、わらわ様とは何なんだろう。



「まあでも、枯れ尾花系って可能性もありますもんね。ここ、暗いしじめじめしてるし、気味が悪くて、正直その辺の腐った木ですら見ようと思ったら妖怪に見えますもん。」


本当に、随分湿っぽくて、空気が澱んでるなあ。



「そうですねえ。でもねえ、わらわ様って名前がやっぱり・・・・・。」

「あ!あった!」



電話口の露彦さんを遮って、私は声を上げた。


薄暗い山道を上る途中、少しだけ開けた場所に出る。

道はさらに山頂へと続くが、その奥に、ぽつりと、崩れかけたお堂を見付けた。


「ありましたよ!露彦さん!これが多分、わらわ様のお堂です!」

「え?」


私はお堂の前へ進み出る。

小さなお堂は木で出来てきて、正面には木の格子のような物が付いている。

観音開きになっていて、本当なら閉まっているのだろうが、裂けて割れた格子は半分開いて、中が見えてしまっていた。


「わためさん、本当に気を付けてくださいね。」


「いや、気を付けるもなにも・・・・中、何も入ってないですよ?このお堂。」


まさに伽藍堂だ。

それでも普通、お堂の中には何か、本尊とか、大切なものが入っているんじゃないのだろうか?

これじゃあ、このお堂が何なのか、わらわ様の手がかりにもならない。


露彦さんも同じことを思ったのか、


「おかしいですね・・・。打ち捨てられたんでしょうか。それだとしても放置はしないと思うのですが・・・・。」


私は持ってきた懐中電灯をポケットから出す。

中を照らしてみるが、中はクモの巣がはっているばかりでやっぱり何も入っていない。


じばっちゃんを除く皆はあの日、ここまでやって来た。あんざいちゃんも。



「あんまり長居をすると学校で待ってる先生にも心配かけちゃうんで、あとは写真だけ撮って帰ります。」


私は首からぶら下げていたデジカメで、アングルを変えて何枚か写真を撮った。

思い付いて、お堂の前に立って自撮りもしてみる。


「・・・・・・・何もおきませんね。」


「え?!なんかやったんですか!?わためさん!」


流石に、皆はここまで罰当たりな行為はやってないと思うけど一応だ。


耳元でわあわあと叫ぶ露彦さんを宥めつつ、私は下山することにした。


帰り道の方が何故だか時間が掛かって、職員室で待っていた煤柴にはもれなく叱られた。








その日の夜、私は夢を見た。



私は走っていた。


どうして、どうして、どうして、どうして。


吐いても吸っても、息が出来ない。


両の目から涙が溢れる度に、絶望と怒りがこみ上げるようだった。


・・・・・・呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる!


誰一人許さない。あの女も、あの男に近付く女も、あの男と添う権利のある女も、未来永劫、絶対に、絶対に赦さない。


皆、みんな、殺してやりたい!!!


そうすればきっと、解るはずだ。認めるはずだ。皆殺してしまえば、添うはずのおんなをすべて喪ってしまえば、あいつも、あいつも、あいつも、みんな、ようやっと認めるはずだ。あたしを。


あの男も。



あたしの、ものになる。としごろのおんながみんな、いなく、なれば。




あたしは両手で抱えた石を抱きしめた。


海が見えたところで、浜辺にそれを投げる。



「・・・・・ほら。おまえの嫁だよ。これでおまえは、あたしの願いを、未来永劫、叶えつづけるんだああぁぁあぁ!!!!」



ごちゅ!!!!!ごちゅ!!!!ごちゅ。


水を含んだ何かが潰れるような音が続く。

女は、おもいきり石に頭をぶつけて、そうして動かなくなった。


血が、浜辺に広がっていく。


波が女の血だらけの両足をさらって、真っ白になるまで、静かな海がそれを見ていた。







私は一本の電話で目を覚ました。


電話の主ははるなんで、泣きじゃくった彼女は私にこう告げた。



ー穂野花が出ていった。


浮気された時、怒りが恋人にいくか相手にいくかって違うよね、って、はなし。


ちな、僕は単純に夢から覚めます。

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