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尾道、坂の上神様斡旋所  作者: 柿元俊人
11/18

神様、妖怪と幽霊を語る

「俺、今日は昼過ぎまでしかおらんから。早めに戻ってよ。」


「了解です。先生ありがとう。」




物凄くしぶしぶといった感じだったけれど、煤柴は裏門の鍵を開けてくれた。


嫌そうと言うよりは心配ですと顔中に大きく書いてあったので、出来る限り真面目に返事をした。

煤柴はふーっと鼻から息を抜くと、じゃあと言って職員室へ戻って行った。


休日には裏山へ続く裏門は施錠されている。


裏山には、現在使っていない古い寮と、学校奧にある第二職員駐車場から続く細い道しかない。

平日は第二職員駐車場を使っている先生もいるので裏門の鍵は常に解放されているが、休日には正門近くの第一職員駐車場で十分ならしくきっかり施錠されている。


基本的に生徒には用事がないとされているので、生徒の一存で開けたり閉めたりすることは出来ないだろう。


それを押して鍵を開けてくれたことは解っていたので、煤柴が私に向けてくれている信頼を裏切るわけには行かない。





「・・・・・と、いうわけで、さっさと登っちゃいたいんですけどね。」



この裏山の奧に、わらわ様という怪談がある。

六怪談の一つだ。

殆どなんの伝承もない怪談、わらわ様。

わらわ様は裏山にあって、出会ったものを不幸にするという。


その怪談を調べる為に今日はわざわざスニーカーで来たのだ。


うちの学校は校則が緩いので靴に指定はない。なので普段は中学時代からのローファーを履いているのだけれど、今日ばかりは止めておいた。


裏山へは、一年の時の生物の授業で、植物採集のフィールドワークをした時くらいしか入ったことはないが、結構斜面が急で、勿論山道も舗装されていない。

枝や根もごろごろしているので足をとられる。

しかも裏門から裏山の頂上へは、ハイキングコースとして舗装されていても歩いて30分ほどかかるのだ。

フィールドワークの時には班でお喋りしながらだったので一時間近くかかった。

ローファーは向いてない。



私は歩きながらスカートのポケットに仕舞っていた携帯を取り出すと、煤柴が見えなくなったところで電話を掛ける。

何コールかして繋がった。



「わためさん?無事ですか?」


携帯の向こうで露彦さんが問う。

計画よりもちょっと時間が掛かってしまったから、もしかしたら心配を掛けたかもしれないなと思った。


「全然無事です。さっきまでドーナツ食べてました。」


それはそれで駄目なんだけど、まあ怪我をしたり怖い目にあったりはしてはいない。



昨日私が、六怪談を自分もまわってみると言うと、露彦さんはあんまりいい顔をしなかった。


そりゃあ勿論あんざいちゃんやしばっちゃんの事があるのだから私だって怖いけれど、それよりも何よりも、起こっている事態全てが自分の体験でないことが気持ち悪かった。


私も自分の目で、自分の感覚で、今回の怪談について調べてみたい。


それに露彦さんが直接校内へは入れない以上、私が実際に体験してみるしかない。


そう言うと、露彦さんは物凄く嫌そうな顔をしたものの、八方除けのお守りと、何やらいい匂いのする和紙の結ばれた枝をくれて、それで何とか了承してくれた。


何でも、この枝は私の名刺みたいな物だそうで、呪いの主と万が一何かあった時にはこれが役に立つかもしれない、のだそうだ。


かもしれないってなんだと思うけれど、露彦さんは教えてくれなかった。



「で、そっちはどうでした?」


私は携帯に向かって話した。

足の裏に力を入れながら歩く。

ケータイを片手にだとやっぱりちょっとバランスが取りにくい。

山道は思ったよりも木々が鬱蒼としていて暗かった。

これは一人で登る気はしないな。



「すみません、駄目でした。とてもお忙しい方ですので、お目通りが叶いませんでした。お役に立てずに申し訳ありません。」


「そうですか・・・・。いやでも仕方ないで

す。あれですよね?大統領並みに忙しいとかいう神様でしたよね?」


そうなんです、露彦さんは萎れた声で言った。


「ちょっと粘ってみたんですけど、使役の方に、流石に不敬に当たるのでと言われてしまって・・・・。」


何をしたんだ、何を。


恐ろしくて聞く気にならないけれど、それだけ頑張ってくれたのだ。

申し訳ないのはこっちの方だ。


「気にしないで下さい、露彦さんが無理してくれたの解ってますから。」


わためさん、と電話口から感極まった声が聞こえてくる。


「やっぱり!空気読めないふりして一か八か無理矢理にでも直接突撃して今熊様にお目通り願った方が良かったですね!」

「絶対に止めてください。」



なんか知らんけどそれは物凄く危険な匂いがする。


そもそも、今熊様、今熊神社の神様という方を私は知らなかったのだけれど、昨日露彦さんから少し聞いた話では、物凄く由緒ある立派な神様なのだそうだ。


露彦さんは、簡単に言うと格上ですなんて言っていたけれど。


「今熊様って、どのくらい偉い神様なんですか?」



これは単純な疑問。


一応、電話の向こうの神様も、そうとは思えないけれども二千年の由緒のある神様である。


前に、駅前の二神山神社の話をした時に、露彦さんは三百年前からある二神山神社よりは自分の方が先輩だと言っていた。


神様にはそれぞれに格とか位というものがあるそうだが、それには由緒や歴史が結構重要なものであるらしい。

神社が繁盛している事や一般的な知名度なんかは、神様同士の格にはあんまり関係ないそうな。


そう言う意味で、社を持たない地方の神様のなかにも、恐ろしく格の高い神様もいるそうだ。


露彦さんは、そういう神様は系統が違うのだとか何とか言っていた。神様の世界は奥が深い。


私が聞くと、露彦さんはちょっと考えてから、そうですねえと呟いた。



「印度中国合体大使館の大使くらいですかねえ。」

「解りづらい。」


なんでそことそこを合体させるのかも解らないし、ちょっと遠くていまいち想像しづらい。


「何ですか、カレーラーメンに門前払い食らったんですか、露彦さん。」


いい加減、急な斜面で息が上がってきたので、私の言葉もだいぶん斟酌せずになげやりになってくる。


「カレーラーメンはカレーラーメンでも、あの方は其処らのカレーラーメンとは違って由緒ある本場のカリィ刀削麺なんですよ!」

「露彦さんも散々な言い方してますよ。」


カリィ刀削麺ってなんだよ。


私の指摘に、露彦さんは、


「言葉のあやです!でも由緒あるって言ったでしょ!」


と、もうめちゃくちゃである。


「今熊様というのは、正式には今熊大権現と仰るんです。」


「大権現?」


そうです、と露彦さんが続けた。


「大権現とは、仏が神の姿をして現れたものだと言われています。そもそも、日本には八百万の神々がいると言われています。ですが、それはそれは大雑把に神と括るからそうなりますが、その神々にも実は出自というか、系統があるんですよ。わためさんは天孫降臨という言葉を知っていますか?」



天孫降臨、確か天皇の始祖である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、高天ヶ原という天界から、葦原の中津国、つまり地上を治める為にやって来るというお話だ。


「古事記を読みかじったくらいの知識でなら知ってますけど、それがどうかしたんですか?」


「その昔、神々は中津国と高天ヶ原にそれぞれ別れて住んでいました。中津国を治めるのは大国主命ですが、高天ヶ原を治めるのは天照大御神です。ですが、高天ヶ原から、国譲り、平たく言うと中津国を譲れという再三の申し出があり、突っぱねた大国主命側と高天ヶ原側は争いになります。その戦いに敗れた大国主命側は中津国を高天ヶ原側に譲り、出雲の国の出雲大社に退く事で和睦を結びました。そこで中津国の統治者として高天ヶ原からやって来たのが天照大御神の孫の瓊瓊杵尊なんですね。この時点で、日本には高天ヶ原と中津国の神々がそれぞれに居住することになりました。が、その前、国譲り以前にも、中津国にはそれぞれに大きな力を持つ土着の神々がいました。彼等の中には大国主命に帰属した神もいれば、個々として権力を保つ神もいました。僕は大国主命の権限に所属する神です。大国主命と、和睦を結ぶ天照大御神によって、築地神社の主祭神と認められています。現在の殆どの神々が僕と同じく大国主命と天照大御神によって社の主である、神であると認められていますが、中には大国主命と天照大御神の認可を必要としない神も存在します。一つは国譲り以前、国造り以前の土着の神、そしてもう一つが、今熊様のような、外来神です。彼等は本来日本の神ではなく、別の尊い存在です。外来神とは、それが神として姿を現した存在とでも言いましょうか。今熊様に限れば、かの存在は仏であると言われています。仏とは仏教でいう悟りを開いた存在ですね。とても尊い方ですが、神とは別次元の存在です。ですが、どういうわけかその仏が神として姿を現すことがありまして。このような場合には、大権現と称して我々神とは区別します。大権現は高い位を有しますが、我々とは少し住む世界が違います。なので、治外放権と言いますか、今熊様はとんでもなく歴史も古くて、尚且つ大権現という独自の存在ですので、ちょっと一般主祭神としましてはね、ちょっとね、一線を画するお方なんですよ。まあ、大雑把に説明するとそんな感じですね。」



「なるほど、それで外来の神様ですか。」



仏教は元々インドで始まり、中国を経て日本に入ってきた宗教だ。


元々日本に居た神様達から見れば、余所から来た訳で、それで元が仏なら凄い力を持っているのだろうし、位も高いだろう。


「だからインドと中国の合体大使ですか。」


まあそんなところですという露彦さんに、へえ

と適当な相槌を打ち掛けて気が付いた。



「それってめちゃくちゃ駄目じゃないですか!そんな目上でしかも全然交流というか、自分の所属と関係がないところへ単身乗り込んだんですか?!露彦さん!」


そんなの、アポ無しで大使館に突撃して、いえーい大使会わせてくださーい!ぴーす!というくらいアホすぎる。

絶対会わせて貰えないだろうし、何なら不審者として逮捕されてもおかしくはない。


「そんなことして!あんざいちゃん帰ってくる前に露彦さんが消されますよ!SPに!」


というか良く無事に帰ってこれたもんだ。私が言うと、露彦さんは情けない声で、


「そうなんですよねえ、結構真面目に注意されましたからねえ、今熊様の使役の方に。綺麗な童子さんでしたけど、僕が二通目の書状を持って一の鳥居の前で動かなかったら、ずっと機械的にお帰り下さりませって、めっっっちゃ迫力ありましたからね。目が本気でしたからね。あれ。」


「なにやってるんですか・・・・・。」


何か凄く想像できた。


鳥居の前で挙動不審の青年男性と、静かに怒る使役の稚児さん。


何とも情けない姿を晒したであろう築地神社主祭神を思って、私は心底お疲れ様ですと言った。



「一応、書状はお送りしてたんですが、まあ当たり前ですけど如何せん返事がなくて。今熊様と言えば本当にお忙しい方ですから、それも致し方ないと解ってはいたんですけど、此方の用も火急ですから、どうにか文だけでもお渡しできないかと思って彼方まで伺ったんですが・・・・。」


一縷の望み過ぎやしませんか、それ。


でもそれもこれも全部私達の為にしてくれた事だ。

有り難くて、何かちょっと申し訳ないような嬉しいような変な心持ちになる。

私は敢えて話題を変えた。


「ところで、なんで今熊様なんですか?立派な神様だってのは解ったんですけど、立派な神様だったら、それこそ天照大御神様とか、大国主命様とかいると思うんですけど。」


そっちの方が誰もが知っているというか、それこそメジャーもメジャー、レジェンド級の神様だろう。


私が聞くと、露彦さんは、ああと言うと、


「今熊様は日本でも珍しい、人探しに特化した神様なんです。わためさんは呼ばわり山という伝説を知ってますか?」


知らない。

聞いたこともなかった。素直にそう言う。



「今から大体千五百年程前ですが、第二十七代天皇の安閑天皇の妃の行方が解らなくなるという事件が起こりました。天皇妃ですから、宮中はそれは大変な騒ぎになりました。勅命を受けた者達が手を尽くして四方八方を探すも、妃の行方は全く知れなかった。するとですね、安閑天皇の夢枕に神が現れ、今熊山の神に祈願すれば妃の行方は解るだろうと伝えました。そこで安閑天皇は今熊山へ使いを送り、山頂で三度回って妃の名前を呼んだところ、無事に妃を発見することが出来たんです。その霊験から今熊山は呼ばわり山と呼ばれ、今熊様の元には行方不明者を探す人々が大勢参拝しています。人の間では、何でも、呼ばわり山で行方不明になった者や紛失物の名前を大声で呼ぶとそれらが見つかると言われているそうです。」


それは、本当に霊験あらたかだ。


「ってことは、今熊さまは大昔からの失せ物専用の神様ってことですね。行方不明の天皇のお妃様なんて見付けちゃったら、そりゃあ有名にもなるって言うか、下々にも噂は広がりますもんね。そんなに霊験あらたかで格式高い大権現なんて、大人気でしょうし、忙しいのも無理ないですね。」



私は妙に納得してしまった。


日本での年間の失踪者の数は八万人を越える。

しかもこれは警察に届け出がある行方不明者の数であって、実際の数はもっと多いだろう。

ある日突然、忽然と姿を消す人間は意外にも多いのだ。

今も、三百人近い人が日本の何処かではいなくなっている。

それが本人の意思であっても、事件事故であっても、周りの友人や家族は必死で行方不明者を探しているだろう。

警察に届けを出して、それでお仕舞いには出来ない。

きっと思い当たる全てを探し尽くしているだろう、あんざいちゃんの家族のように。


今熊さまの元には、一縷の希望を抱いてそういった人達が大勢やって来ると言うことか。


それは何とも、ーーーなんとも遣りきれない。



「・・・・露彦さん、露彦さんの気持ちは嬉しいです。本当にありがとうございました。でも、今熊さまは十分頑張って下さってるんでしょうから、横入りは出来ないです。きっと参拝客の皆も同じ気持ちでいるんでしょうし。なので、私達は私達に出来ることをしましょう!匂いの主と六怪談を調べることからいきますよ!」


「えっ、あ、はい!・・・そうですね、そうですよね。」



何も出来ない訳じゃない。

出来ることは必ずある。


あんざいちゃんの為にも、しばっちゃんの為にも、まずは匂いの主を探さなくては。

そしてそれは私にしか出来ないことだ。



「先ず、今日、学校で聞いて回ったことなんですけど。」


私はケータイを耳に挟み直す。

煤柴から聞いたことを掻い摘んで話した。



「・・・・と言うわけで、体育館と慰霊碑と渡り廊下は外れっぽいです。元ネタになった話が無かった以上、ガセだと思っていいと思います。なので、あとは中央階段とわらわ様なんですけど。中央階段はちょっと古い話なんで、知ってるかもしれない人を当たって貰うことになってます。その結果次第ですけど、でもまあ、疑わしいのは、やっぱり生物準備室の怪談かなあ・・・・。」


しばっちゃんの怪我の事もあるし、どうしても生物準備室の怪談に不気味な影を感じてしまう。

考え込む私に、露彦さんが生真面目な声を出す。


「わためさん。生物準備室には入ってないですよね?」


「入ってないです、入ってないです。やっぱり外から覗くくらいはしたかったですけど、ちゃんと我慢しましたよ。」



生物準備室には入らないこと、今日一人で学校

怪談を探訪すると決めた時に、露彦さんからキツく言われていた事のひとつだった。


私は件の生物準備室をこの目で見てみたかったし、逆に生物準備室を調べてみないのならば意味がないだろうとも思っていた。


だけど、もし本当に生物準備室が呪いの元だった場合、しばっちゃんのようにその場で怪我をするかもしれないと言うのが露彦さんの言い分だった。

それなりに反論はしたかったのだけれど、休日に、普段から人の行き来の少ない部室棟で怪我でもしたら発見が遅れてしまうと言われては、反論の余地がないと言うか、そもそも私の事を心配して言ってくれてるのだろうし反論するのも申し訳ない。

なので今日の六怪談の探訪には生物準備室は含まれていなかった。



「あとはわらわ様なんですけど、ちょっと、全く何も掴めなかったので、取りあえず今裏山のハイキングルートを歩いてみてるんですけど・・・・・。」


本当に歩いてるだけですけど。


私は鬱蒼と茂る落葉樹の森を横目で見ながら歩みを進める。

木と木の間は昼間でも暗くて、奥の方は良く見えない。



「そもそも、わらわ様ってなにってところから不思議なんですよね。生徒は勿論ですけど、先生や学校の職員さんにも聞いてみたんですけど、誰も知らなかったんですよ、わらわ様の正体。」



さっき、お昼にパンをご馳走になったあと、裏門を開けてほしいと頼んだ時。


「私の一年の時の担任は、そもそもわらわ様と言う怪談を知らないと言っていました。それも変だと思うんですけどね。だって裏山は教員の駐車場があって、その元担任も毎日裏山の教員駐車場を使ってるんですけど、冗談を含めて、他の先生達から1度もそんな話は聞いたことがないそうです。」


煤芝は、他の怪談はちょっとした冗談として他の先生や生徒達から聞いたことがある、と言っていた。


文化祭前で遅くまで残っている時や試合前、部活の練習で遅くなる時、噂ですけどね、なんて言いながら脅かしてくるおばちゃん達もいるそうな。

が、それらは中央階段であったり体育館であったりして、裏山でお化けが出ると言うのは聞いたことがない、という。


興梠ちゃんも同じだった。

朝一番に返ってきたLINEは、「わらわ様というものを自分も知らないし、生徒達からも聞いたことはない、すまん。」


食堂のおばちゃん達や、売店のおばちゃんも同じく。

生徒達の中でも、知っているという人はいるにはいたが、皆、六怪談の中の一つとして知っているだけで、どんな怪異なのかまでを知っている人はいなかった。



「そもそも、わらわ様って幽霊なんですかね?」


私は疑問に思っていた事を露彦さんにぶつけた。


「何か、わらわ様っていう名前ついてること自体、幽霊っぽさがなくないですか?まあトイレの花子さんとか、メリーさんとか、所謂学校の怪談にも名前のついた有名どころがいるっちゃいますけど、それって何かこう、もう、幽霊と言うよりは妖怪じゃないですか。全国各地に量産型花子さんがいるし。花子さんとかメリーさんみたいに、元ネタは解らないけど名前だけ一人歩きしてる感じって、考えてみたら河童とか天狗とかと一緒だなって。似てませんか?わらわ様もそんな感じするんですよね、なんでかって言われると特に明確な理由はないんですけど。」


強いて言うなら敬称が付いているところか。

中央階段の幽霊様、なんて言わないだろう。

現代のジャパニーズホラー最恐格は言わずと知れたリングだが、貞子に様はつかない。幽霊に様は付かないのだ。

敬称が付くと、ぐっと神様っぽくなる。



「確かにそうですねえ。」


と、本物の神様も電話口で同意した。


「僕は幽霊には詳しくないんですが、そうですねえ、付かないでしょうねえ、敬称。幽霊ってのは所謂死んだ人間ですから、元々は人間な訳です。なので生前の個人名を幽霊になっても引き継ぐことはあると思いますが・・・・。でもそれも珍しい類型だと思います。普通は何処其処に出た幽霊なんてものの、はっきりした出自なんて解らないですから。名前というのは、それを認識して存在を認める行為です。良く解らないもの、いるかいないか解らない程度の現象には名前は付きません。名前が付いたということは、それが、広く一般的に、認識される必要性がある程度には実害や脅威がある、と言うことです。番町皿屋敷のお菊や、四谷怪談のお岩のように、気のせいで無視できないような衝撃を持つ存在であるということです。」



番町皿屋敷のお菊さんと四谷怪談のお岩さんと言えば、古くは江戸時代から現代まで、日本の怪談の二代クイーンをはってきた、幽霊界のトップスターである。

累ヶ淵の累と並べて、日本三大怪談と言われることもある。

しかも、お岩さんに至っては、現在でも祟るという噂のある激烈クイーンだ。


「お岩さんって、映画で演じた人達まで祟られるんですよね?私、昔、旅行した時に、お寺の境内にお岩さんの神社を見つけて、お参りしたんですけど。あれは何で祀ってあるんですか?神様じゃないですよね?お岩さん。」


「そもそも、祟りませんよ、お岩さん。」


露彦さんはつるつるつるっと言った。


「それは東京の左門町にある、於岩稲荷の事でしょうか。正式には於岩稲荷田宮神社と於岩稲荷陽運寺と言いまして、どちらも四谷怪談で有名なお岩さん所縁の寺社とされています。が、そもそも、お岩さんは祟りません。と言うのも、お岩さんは出自のしっかり解った実在の人物なんです。」


露彦さんがはっきりと言いきる。


「四谷怪談の元になった人物は、初代田宮又左衛門の娘、田宮岩です。父親の又左衛門は御先手組の同心でした。同心と言うのは町奉行に属していまして、与力の部下の下級の役人ですね。まあそんな下級役人ですから田宮家の家計は苦しかったわけで、どんどん田宮家は没落してしまいます。これを娘の岩が婿養子の伊右衛門と共に再興しました。怪談ではろくでなしに描かれていますが、伊右衛門も真面目な人物で、二人は夫婦円満だったそうです。その田宮家に代々あった稲荷の社が於岩田宮稲荷神社として現在も伝わっているわけです。家勢を盛り上げた岩は、当時、良妻賢母の鏡とされ、田宮家敷地内の神社も徐々に信仰を集めました。が、その社も確か、明治の家事で焼失していますよ。なので現在の於岩田宮稲荷神社は、明治以降に移転してきたものです。なので神社そのものも怪談や祟りとは無関係ですね。それに怪談ではお岩さんは毒殺されてしまいますけど、あれは実在の田宮岩が亡くなってから約二百年も後に鶴屋南北によって創られたものです。なので、そもそも田宮岩には祟る理由がないんです。」


ほへえ。目から鱗である。


「祟らないんですか、お岩さん。」


「田宮岩は祟らないですね。祟る理由がないです。」


露彦さんきっぱりと言いきった。


祟る理由。


つまり、怨みを飲んで死んだ事実がないと言うことか。

何となく、幽霊は化けて出ると言うイメージがあったけれども、そりゃあそもそも、人間そんな簡単にお化けになんてならないか。


幽霊を何とするかには様々意見はありそうだけれど、ドロドロドローなんて出てくる所謂映画の幽霊には、何らかの目的、例えば人を害したいとかそういう目的があっても自我が保てていない感じがする。


機械的に手当たり次第に人を害してる。悲しいとか苦しいとか、そういう感情の機微さえ感じ取れない。

そもそも、自我なんてふわふわしたものである。

触って、聞いて、見て、考えて、肉体があるから私たちは日々自我を保っているのだろう。

身体がなくなってまで持ち得る感情なんて、ふわふわふわふわと夢の延長線上のようで、私には想像もできない。


私は、人は死ぬとただただ消滅するのではないかと思っている。


それなのに死後も、機械的とはいえ、目的へ向かう、目的へ向かって動くなんて、その動力になるような、想像も絶する強い衝撃がないと成り立たない気がする。



「どちらかと言うと、祟りそうなのは戯曲を成功させたいという、鶴屋南北の狂気じみた執念のような気がしますね。」


露彦さんがぽつりと言った。


それじゃお岩さんの後ろに鶴屋南北の幽霊がいる事になる。

そっちの方が何か怖い。


「じゃあ、祀られるからと言って祟る訳じゃないんですね。私、祀られることによって人間もパワーアップして激烈祟る神様になるのかと思ってました。」


「どっちかというと逆でしょうね。所謂御霊信仰などの場合、激烈に祟る理由のある人間がいて、その死後に実害を成したと思われる事例があった場合、人々は奉る事によって実害を納めようとします。幽霊なんかもこれに近いんじゃないでしょうか。慰霊祭なんかも個人の霊を慰めるためにやるんだと思いますよ。」


露彦さんは到って真面目な口調でそう言った。


「話を幽霊と妖怪に戻しますけど、そもそも、幽霊と言うのは現世に何らかの執念を残して死んだ人間が、他界、天国でも霊界でも彼岸でも良いですけど、そこに安住できずにさ迷い出てきたものだと考えられます。幽霊は現世のなかには居場所はありません。基本的には霊界、あの世と呼ばれるところにいて、普段の僕たちの生活のなかにはその存在はありません。だって見かけないでしょう、その辺で。が、僕たちの世界には、出る、と言われる場所がありますよね。廃病院だとか幽霊マンションだとか旧校舎だとか。そういう場所、つまり、あの世とこの世が重なった場所に現れるのが幽霊だと言えます。ただ、この法則はあくまでもあの世とこの世が重なった、交わった場所にのみ有効であって、わためさんが言うように、花子さんやメリーさんのような都市伝説型の幽霊でもない限り、どこでもかしこでも、日常生活の延長線上に幽霊が出ると言う話しは聞きません。が、妖怪は異界に出ると言われています。この「異」と言う言葉は、「異国」や「異人」など、自分達のテリトリーの外を表す言葉です。妖怪は、山、川、海など、節操がないほどに至るところで遭遇した話が残っています。これを考えるには妖怪の出自の問題から解かなきゃならなくなるので割愛しますが、元々、妖怪と言う言葉は、自分達の領分の外にいる何だか解らないもの、を指したのだと思います。中には、家鳴りのように家のなかに現れる妖怪もいますが、あくまでもそれは外から家のなかに入ってきたものであって、妖怪が出るのは村の外なんですね。人間達にとって己の行動範囲外で起こる奇妙な現象、その原因として、若しくはそれそのものとして、妖怪は考えられてきたんです。裏を返せば、妖怪は人間と同じ世界に棲んでいるんです。でも上手く棲み分けている。だけど時々何かの拍子に遭遇したり交わったり、行き来があったりするんです。これって、何かに似てると思いませんか。」


「何かって・・・・・。」


私は眉をしかめて額を拭った。

なんだそれ。


と、私はふと露彦さんと出会ったあの日を思い出した。


「ひょっとして神様ですか?」


私の問いに、露彦さんは嬉しそうに頷く。


「そうですそうです!神ですよ!神!僕たち神は決して人間とは別の世界に生きている訳ではありません。他所では神界なんて言って神々の住まう世界があるとも聞きますが、僕の知る限り日本の神は人間と同じくこの天土にいます。目に見えないからと言って、ここに居ないわけではありません。こうやって、自分の意思で出会うことも出来る。僕とわためさんのように。」


確かにまあ、神界と混ざり合う場所いうのがあって、そこにいけばふらふらと神様が出てくるという話は聞いたことがない。

というかイメージも出来ない。あ。でも。


「神社は?神社は違うんですか?いかにもこっちの世界と神界が混ざり合った場所って感じなんですけど。」


私は、先生に質問する小学生のように露彦さんに疑問を投げた。

こういう質問を神様本人に聞ける日が来るとは、神社で一人世間話を披露していた日々を思うと何だか感慨深いものだ。

そうですね、と露彦さんは言葉を切ると、


「神社は少し特殊だと思います。と言うのも、さっきも言った通り、日本の神という存在は少し特殊なものなんですよ。神社は神の住まう場所だと思われがちですが、どちらかというと神と人とを繋ぐ窓口だと思った方が良いでしょう。稲荷や犬や鯨や蛇や蛙や猿の神なんかもおられますし、人の目には神聖な山や森や巨木や滝、それに岩なんかに見えるものも神であったりしますしね。それらの神は、自身の場所を持っていますから、神社のなかに入れない場合もあるでしょう。」


「確かに。社殿とは別に、ご神体はもっと山の上にありますよーとかって神社もありますね。」


そもそも、大岩が入れるように神社を作るとなるとめちゃめちゃ骨が折れそうだし、何より工事の間中うるさくて、そっちの方が不敬な感じがする。


「まあ、神によるとは思いますけどね。僕たちにも何となく自分のエリアというものはあるものです。境界と言いますか。その境界内をうろうろしてて、神社で呼ばれたら会いに行くって感じですかね。」


「なるほど。そういう意味での、神社は窓口、ですか。」


「ですね。境界はそれぞれの神に帰属しますから、神は幽霊みたいに、他の境界にふわふわ出ていくというのは無いんですよ。幽霊なんかは、学校にお婆さんの霊が出たりして、そこで死んだんじゃないような幽霊も出たりしますけど、神は他所の神社で呼ばれても会いに行ったりしませんからねえ。」


確かに。

うちの神社で天照大御神様を呼ばれても、居ないものは居ないので絶対に出ては来ないだろう。

のほほんとした割烹着の神様なら出てくるが。



そんなことを考えていると、露彦さんがまあでも、と続けた。


「確かに僕も、わらわ様というのは幽霊っぽくないと思います。妖怪、もしくはそれに準ずる何かだとは思うんですが・・・。」


「因みになんでです?」


自分で幽霊っぽくないって言っといてなんだが。


露彦さんは電話口でちょっと考えた後、


「ただの勘です。」


と言った。

またしても露彦さんを良く喋らせてしまいました。


個人的には、妖怪と神様は、レッテルが違うだけだと思っています。

そしてポケモンにするなら牛鬼派です。いやカイチもいいよね。


これ、読む人いるかな。

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