調べもの開始
とは言ってみたものの。
結論から言うと、匂いの主探しは難航を極めた。
何故かと言うと明瞭簡潔、部外者は学校に入れないからだ。
私は兎も角、生徒でも教師でもない露彦さんが校内をうろうろ出来るわけもなく。
呪い持ちであるあんざいちゃんは失踪、しばっちゃんは入院中で面会出来ずと手詰まりになってしまった。
という訳で、休日に私が一人でこうして学校の六怪談について調べることになったのである。
事実は小説よりも貧なり。
霊感でばーん!と派手にはいかない。
地道な仕事である。
「失礼しまーす。」
私はノックをして職員室に入る。
雑多に並ぶファイルに埋もれるようにしてパソコンに向かっていた頭に声を掛ける。
「煤柴先生。」
呼ばれた本人がちらっと視線を上げた。
相変わらず黒淵の眼鏡がぶかぶかして、必要以上に田舎臭さを演出している。
本当なら小綺麗な顔をしているのに。
煤柴は片手を上げて、おうと言った。
「綿天。どしたん?休日に。」
「ちょっと色々あって図書室に用事があったんで。序でに古典のノート出しに来た。」
私はつかつか寄ってノートを渡す。
そっか、ありがとうと言って煤柴が笑った。
笑うと更に幼くなる。
「綿天はもう帰るん?昼飯食った?」
パソコンを仕舞って煤柴が言う。
「まだ食べてないよ。どうしたんですか。」
「菓子パン食べん?購買のおばちゃんに貰ったんじゃけど。」
チョコレートのかかったドーナツのようなパンが二つ入っている。
購買で人気のパンだ。
「あー・・・・、煤柴先生、チョコレート食べられないもんね。」
有り難く貰っておく。
煤柴の性格では、貰ったは良いもののもて余すだろうし丁度良い。
「座っても良い?」
「うん。」
私は煤柴の隣に椅子を持ってきて、その場で袋を開けてパンを口に咥える。
煤柴もコロッケパンの袋を開けて食べ始めた。
休日にもパンを噛りながら仕事とは、先生というのは大変である。
コロッケパンうまーと食べている煤柴に、私は今日訪ねた本題を切り出した。
「あんざいちゃんの事聞いた?」
あっという間にコロッケパンを食べ終わった煤柴は、次のパンの袋を開けながら私を見た。
「・・・・うーん、うん。聞いた。」
「まあそうだよね。自由意思での失踪だとしても、学校としては放っとく訳にはいかないもんね。休学にすんの?」
私はドーナツを噛る。
甘いチョコレートの間でだらっとした油の味がした。
煤柴はちょっと遠くを見たあと、私に視線を戻した。
「まだ決まっとらんのんじゃないかな。ご両親も心当たり探しとる最中じゃろうしね。このまま何の進展も無ければ休学手続きか退学手続きを取ることになると思うけど・・・・。そうはしたくないな。」
うん、と頷く。
出来れば退学なんてさせたくないのが親心だろう。
すぐ帰ってきてくれる事を信じている、信じたいはずだ。
私も信じたい。
だけど、呪いの事がある。
あんざいちゃんには身の危険が迫っている。
と、煤柴が私の方を向き直した。
「綿天は、大丈夫なん?」
「うん?」
体調、と煤柴が続けた。
一瞬本気で意味が解らなくてキョトンとしてしまった。
が、すぐに気が付く。
そうか、私は(眠っていたので全然そんな気はしなくとも)1週間も休んでいたのだ。
そりゃあ心配もするか。
「うん。別に大丈夫。単に風邪引いてただけだ
から。」
それならええけど。
煤柴が続ける。
「学校に家族の人が来たって聞いたけん。大丈夫だったかなと思って。」
「・・・・・あー。」
それね。
これもすっかり忘れていた。
私はちょっと罰が悪くて笑うと、多分本気で心配してくれているのであろう煤柴に向かって手を降った。
「それも別に大丈夫。あの人は従兄弟だけど、あんまり実家には関係ないというか・・・。害の無い人だから。」
「そうなん?それなら良いけど。安斎さんのこともあったし、色々考えてしんどくなったらすぐ電話してくれていいけん。夜八時過ぎたら基本携帯出られるけんさ。」
へいへい、いつもありがとう。
私はそう言ってドーナツの袋を畳んだ。
「・・・・・煤柴先生も大概過保護よね。」
私が独り暮らしでも何とか学校へ通えていた理由の一つがこれだ。
煤柴は微笑むと、
「もう担任じゃなくなったけど、一応「先生」じゃけんね。何かあった時は頼ってきんさい。」
と言った。
煤柴と保険医の興梠ちゃんは、私が一年生で入学した時から何かと親身になってくれた二人だった。
煤柴は担任で、私がこっちへ一人で越してきた理由も知っていたからか、ちょくちょく話し掛けて来ては学食のから揚げ定食は旨いだとか、学生時代にはテニスをしていたけどサッカー部の顧問になったので現在リフティングの練習中だとか、本当に何の変哲もない世間話を話してはさっていった。
興梠ちゃんは若くて可愛らしくて、それでいて女傑としか言い様のない性格をしており生徒に人気の高い先生だったが、日頃寝付けない私を思ってか私が保健室で寝ている時には部屋を夜まで開放してくれたり、色々な本を薦めてくれたりした。
兎に角、2人とも、気が付いたら私のそばに居るといった感じで、煤柴なんかは、独り暮らしで何かと困ることもあるだろうからと自分の携帯の番号までこっそり教えてくれたくらいだ。
何もなくても連絡して来て良いと言う辺り、教師としては本当にぎりぎりの決断だったのだと思う。
それでも私を孤立させない方を取った煤柴や興梠ちゃんは、私にとってかなり信頼できる存在だった。
「あのさ、先生。ちょっと聞いてみたいんだけど、うちの学校の六怪談って知ってる?」
「六怪談?」
パンにかぶりついていた煤柴はきょとんとして一瞬フリーズした。
ややあって眉を潜めて空を睨むと、
「うーん、全部は、知らんなあ・・・。あれじゃろ?中央階段の所で死んだ教員が出るーとかいうそういうやつ?」
そうそう、と私は相槌を打つ。
「そのさ、六怪談について調べてたの。あんざいちゃんと。本当にあるかどうかとか、OGの人とかに聞いたりしてさ。で、私が風邪で暫く学校に行けない状態になっちゃったから、あんざいちゃんが一人で全部実証しようとしてくれたみたいで。でさ、関係ないかもしれないけど気になるから。怪談に関係ある人の中にあんざいちゃんが最後に会った人とか居るかもしんないし。だから何か先生達が六怪談について知ってること無いかなと思って。怪談って本当にあった事なのかな?」
半分はでたらめで半分は本当だ。
他のメンバーが居ること、私が部外者であること、実際に肝試しをしたこと、それでしばっちゃんが怪我をしたことは伏せておくことにした。
説明するとややこしくなる。
それでも私から何かを感じ取ってくれてたのか、煤柴はちょっと真面目な顔になってもう一度宙を睨んだ。
「六怪談なあ・・・・・。俺もここに赴任して二年じゃけん生徒達から聞いた以上の事は詳しくは知らんのんよなあ。」
腕組みをして背凭れに凭れる。
うーんと唸ると、煤柴は、机の上に散らばったルーズリーフに几帳面な字で六怪談、と書き始めた。
「慰霊碑の話はよく聞くけど、うちの学校で慰霊祭とかやっとらんのよなー。そもそも、あの慰霊碑は形だけって言うか、こんなことがありましたっていう事を伝えるために結構最近になって作ったとかじゃなかったかなあ。実際の慰霊碑は広島市内にある、元の、学校跡にあるらしいけん。それは原爆忌に慰霊祭やっとるよ。」
「・・・・・何とかつくって魂入れず、みたいだね。じゃあ、そもそも、縁も所縁もないんだから、うちの学校に戦争で死んだ生徒達が出てくるわけもないか。」
ほうじゃねえと煤柴が頷く。
「あとは何かいね、体育館のやつか。バレーボールが動くとかいうやつ。あれも違うんじゃないかと思うけど。怪談だとバレー部でイジメにあって自殺した生徒が今も一人で練習しとるとかいう話じゃけど。何年か前にバレー部でイジメがあったことは事実みたいじゃけど、その子は別の高校へ転校してバレー続けたらしいし。」
これは尾ひれ背鰭の類いだったか。
「あとは渡り廊下?あれも違うと思うけどなあ。足音がつけてくるってやつ。渡り廊下って体育館と運動場に行くときに毎日使っとるけど、俺は足音一回も聞いたこと無いなあ。他の生徒が聞いたって話も聞かんしなあ。」
「じゃあ中央階段は?宿直の先生が死んだってやつ。」
これも生徒の中では割りとメジャーな怪談である。
が、煤柴は渋い顔をして考え込むと、
「俺は詳しい話聞いたこと無いなあ。そう言えば何か、中央階段の鏡がどうとかいう話しは聞いたことあるけど、うちの学校でも宿直はもう50年くらい前に廃止になっとるんじゃないかなあ?ちょっと、流石にその頃の話は解らんなあ。」
「そうだよねー・・・・。」
ふうっとため息をつく。
如何せん、古い話なので若い先生達から話を聞くのは難しいか。
そもそも宿直なんて黴の生えてそうな話の正否を調べるなんて無理なんじゃないだろうか。
私がげんなりしかけた時、煤柴があっと言って背凭れから起き上がると、
「末鐘先生がおるわ!事務の、末鐘先生!あの人は
元々うちの高校の出身って言よったし、学生時代が丁度その話の頃じゃないかね?」
「ああ、なるほど!」
末鐘先生とは、白髪を一つに纏めて眼鏡を掛けた、事務のおばちゃん先生である。
何年か前に定年退職を迎え、現在はパートとして働いている。
おっとりした綺麗なおばちゃんで、私も入学手続きの時には色々とお世話になった。
確かに、末鐘先生が女学生だった頃と言うと、50年くらい前になるだろう。
OGだし、何か知っているかもしれない。
「先生ありがとう。お願いなんだけど、末鐘先生に、その中央階段の事故が本当にあったか聞いて貰えないかな?時間がある時で良いから。どうしても知りたいんだ。」
私が言うと、煤柴はちょっと眉を潜めたけれど直ぐに、
「解った。」
と言った。
「まあ聞いとくわ。」
「助かる、本当にありがとう。」
それと、と私が続ける。
実はこれが本題だったりする。
「ごめんけど、裏門の鍵って開けて貰えない?」
先生は生徒に携帯番号教えちゃいけません。
多分、学校携帯じゃない気がする。捕まるぞ。