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三題噺もどき3

恋を読む

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくじゅうに。

 



 外のベランダから、何かが跳ねる音が聞こえる。


「……」

 外は雨降り。

 昨日の天気が嘘のようになりを潜めている。

 夜のうちに天候が大きく変わったらしく、空は分厚い雲で覆われている。

 とは言え、本降りというわけでもなく、パラパラと粒の多いなものが落ちているだけのようだ。

「……」

 それでもこう、ジワリと頭が痛くなるのだから、勘弁してほしいものだ。

 気分も落ち着きすぎてしまうし、悪天候は歓迎できない。

 とはいえ、この雨音そのものは好きな部類に入るので、一概に嫌いだと言えない。

「……」

 重たい体を引きずりながら起き、朝食を食べ。

 なんとか動ける状態になるまで待ち。

 今日は予定があるので、その時間になるまでいつも通りに読書をしている。

「……」

 窓際の椅子。

 サイドテーブルの上には、保温の効くマグカップ。

 中身はココア。砂糖やミルクの入っていない、飲むと言うよりはお菓子作りなんかに使われるようなやつらしい。

 遊びに来た際に妹に言われて、そういえばと思い、購入してみたのだ。

「……」

 これがなかなかにおいしい。

 ココアは幼い頃はよく飲んでいたが、年々甘いものが飲めなくなっていったもので、疎遠になっていたのだ。それでもまぁ、飲みたいと思うことはあるわけで。

 それを知ってか知らずか、妹に飲んでみればと勧められたのだ。

 まぁ、あれはダイエットの一環で飲んでいるらしいが、好きだと思うよと言われたのだ。

 食の好みは分かっているからなぁ……趣味は違えど。

「……」

 そんなココアを飲みながら、ページをめくる。

 ―室内に響くのは、雨降りの音。時計の音。

 ときおり紙の擦れる音。マグカップを置く音。

 あぁ、椅子の軋む音もする、姿勢を正したりするときに。

「……」

 ページをめくる。

 半分のページには、文字が並び、もう半分には白黒で描かれた気球が浮かんでいた。

 主人公の眺めるその気球には、美しい娘と、その婚約者が揺られている。

「……」

 今読んでいるのは……これは恋愛ものとひとくくりにしていいモノか…。

 どうも、雲行きが怪しいと言うか。よく聞くハッピーエンドにはなりそうにもないものだが。

 なんとなく、表紙とタイトルで適当に選んでしまったが……我ながらどんな勘で動いているんだか。毎度こんなものばかり。

「……」

 更にページをめくる。

 文字に、言葉に、視線を走らせる。

 ゆっくりと。

 言葉を、物語を、飲み込んでいく。

「……」

 これは。

 ある少年が、美しく清廉な娘に恋をしたと言う、よくあるような話だ。

 身分違いの恋。美しくはあるが、正直現実味はない。

 だからこその物語だろうけど。

「……」

 友として、大切な家族として、接してくれる美しい娘。

 彼女には将来を誓った相手がすでにいる。

 それでもと、不純な気持ちを抱えたままに、娘に仕える少年。

「……」

 ページをめくる。

 その度に。

 少年の苦悩が描かれ。

 葛藤が零れ落ち。

 それでも捨てられぬ心が悲鳴を上げている。

「……」

 それと対になるように、娘の心情も描かれた。

 娘には、その気がないと言うことがわかるもの。

 将来を誓った相手への想いの綴られた手紙。

 仕えてくれているあの少年への想いは……友として家族として大切に思うと言うことがありありと分かるような言葉。

「……」

 なんともまぁ。

 その手紙の内容というものが、時折少年の目に触れるのだけど。

 あんなものを見ても尚、捨てられずにいる心とは。少年の健気さというか、愚かさというか……。むしろここまで行ってしまうと、醜い執着にとって代わりそうなものだ。

「……」

 少女と娘の平凡な毎日。

 その中で少年が感じたもの、心。

 娘が美しい。笑顔が可愛らしい。大切な友として。それでも愛している。伝えられない想い。風になびく姿。婚約者と並ぶ娘。楽し気に笑う顔。

「……」

 次に娘が書いた手紙。

 あの人に会いたい。早く共に暮らしたい。

 少年のことも、あの人は気に入っているようだから、三人で暮らすのも楽しそう。一つの家で、幸せに暮らす。

 あぁ、早く。あの人に。会いたい。お話がしたい。

 次に会えるあの日が待ち遠しい。

「……」

 この娘も娘で、清廉とは程遠いように思えるが……少年にはどこまでも清く見えるようだ。恋は盲目という奴だろうか。

 残念ながら、娘の婚約相手も心情は分からずじまいだが。

 ふむ……この後に出てきたりするんだろうか。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ピピピピピ――


「……」

 小さな電子音が突然響く。

 時計を見ると、時間が来ていた。

「……」

 外はまだ雨が降っているが……仕方ない。

 まぁ、病院に行くだけだし大丈夫だろう。

「……」

 パタリと、本を閉じ、マグカップに手を伸ばす。

 いいところだったが……帰ってから続きを読もう。


 しっかし、少年のかわいそうなことかわいそうなこと。

 救えないものほど愚かなものはないものだなぁ……。






 お題:雨降り・気球・清廉

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