8.五英傑
王子と面会した夜、お父様に呼び出されその日あったことを報告させられた。
わたしは何故か王子に婚約のやり直しを迫られて承諾したと言ったらお父様は頭痛いポーズをした。
「王子との再度婚約はいけなかったでしょうか?」
「いや…アリアーシュの言う通り、承諾しようが断ろうが婚約者には変わりない。だから問題はない。問題はないが…」
お父様、どうしたのだろう?
「そう不安そうな顔をするな、大丈夫だ、これはただの親心だよ」
お父様はわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「それからアリアーシュに王妃教育の再開が言い渡された。これからまた王城に行かなければならなくなるが大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。少しづつ外に出ようと決めたのはわたしです。すっと閉じこもってはいられませんので。以前と大分見た目が変わってしまって周りから色々思われるかもしれませんがそれも覚悟の上です」
「そうか…くれぐれも無理はするなよ、何かあれば必ずわたしに包み隠さず報告する事。いいね、約束だよ」
「はい、お父様。ご心配おかけして申し訳ございません」
「いいよ、子供を心配できるのは親の特権だからね」
そう言ってお父様は眉をハの字にし少し寂しそうに笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王妃教育が再開され、王城に通うようになった初日、わたしは国王陛下に呼び出された。
「よく来たね、アリアーシュ。ヴィクトルが色々すまなかった。謝罪が遅れて申し訳ない」
「めめめ滅相もございません!!お顔をお上げください陛下」
王様に頭を下げられるなんて恐れ多くて慌てふためく。
この国の王様、ウィリアム・ペルダナグ国王陛下。王子と親子で王子には陛下の面影があり、王子が成長すればこうなるんだなと想像できる。つまり眉目秀麗が過ぎる。見た目二十代なんだけどお幾つなんだろう?
「今日はね、アリアーシュに紹介したい人がいるんだ」
わたしに紹介したい人?
陛下がそう言うとドアが開き五人のおじいちゃんが入ってきた。
「紹介しよう、この国の元五英傑、ランドルフ、セオドア、サイラス、アドルフ、ラッセルだ」
お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
ななななんと言うことでしょう!?
みなさん偉大な方々でその功績は文献に記されており、本の中では存じ上げておりました!!
まさかまさかまさかまさか実際にお会いできるなんて夢みたいだ。
「皆、今は現役を引退してヴィクトルの教育係をしてもらっている。どうかな、アリアーシュ。ヴィクトルと一緒に彼らに教わる気はないかな?これは王妃教育に含まれないから断ってくれても何も問題ないよ」
「とんでもございません!是非お願い致します!」
断るなんてとんでもない!尊敬する偉大な方々にご教授いただけるなんてこんな嬉しいことはない!
「皆様初めまして、アリアーシュ・セラトリアと申します。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「すっかり元気になったようじゃなアリアーシュ嬢。よく頑張ったな」
「セオドア様、その節は色々お世話になりました。お陰様で元気になることができました。ありがとうございました」
セオドア様は薬草などの調合のスペシャリストでわたしが毒入りのお菓子を食べさせられた時、瞬時に毒を識別し解毒剤を調合して下さり眠っている間も栄養剤を投与して下さっていた。まさに命の恩人だ。
「なんじゃなんじゃ、セオドアと嬢ちゃんは知り合いか?わしはランドルフじゃ気軽にラン爺ちゃんと呼んどくれ」
ラン爺ちゃんもといランドルフ様はめちゃくちゃフランクな方だった。文献では知将と呼ばれ様々な戦略で勝利に導いてきたと書かれてあったのだけど…。
「何がラン爺ちゃんだ、お前は昔からおふざけが過ぎるんだ。お嬢さんも困惑しているではないか」
凄い…何が凄いかと言うと筋肉が凄い。体も大きくまだ現役だと言われても納得する。そのせいか他の方々より若く見える。多分この方は騎士団最強の鬼将軍と呼ばれたアドルフ様だ。馬に乗り敵陣を攻めるその姿は鬼気迫るものがありその気迫で前方の歩兵は逃げ出したと言う。
「お前なんて堅苦しすぎて嬢ちゃんが怖がっているではないか、のう嬢ちゃん、アドルフ爺ちゃんは怖いのう」
「ランドルフ貴様!!」
「はいはい二人ともそこまで。喧嘩なんてしたらアリアちゃんに嫌われますよ」
白いローブの方に制されて二方はピタッと止まった。あの白いローブは魔術師の証。だったらあの方は
「初めまして、わたしはここで元魔術師団長を務めておりましたサイラスと申します」
やっぱり!!サイラス様だわ!!
魔術師は魔力の少ない者でも高威力の魔法が放てる魔法陣の構築や武器などへの魔法を付与する事が出来る。また魔法付与は生活にも欠かせず、ランプやコンロ、水道など魔法陣を付与された魔道具が使われている。
サイラス様の魔術は芸術とも呼ばれる魔法陣の構築と形成。誰にも真似できないものを一から作り上げる技術。その魔法陣は唯一無二と言われた。それは文献に記せないほど緻密精密。だからわたしもサイラス様の魔法陣を見たことがない。
サイラス様の弟子になれたらひょっとしたら見せていただけるかも知れない、ゲスアリアーシュが顔を出してきたのでお呼びでないと下心は思振り切る。
「サイラス様、よろしくお願い致します」
「最後は儂じゃな、儂はラッセルじゃ。ちゃまの魔法の先生じゃよ」
そしてこの方がラッセル様!魔法使いは黒いローブを着用する。ラッセル様も黒のローブを着用されているがそのローブはこの国で一番の魔法使いに贈られる、サイラス様がたくさんの魔法を付与された特別なローブだ。このローブをまだラッセル様が所持されているということはこの数十年ずっと頂点にいると言う事だ。
とても温和な方のように見えるが王子の手紙には容赦なくバンバン魔法を撃ちこんでくる鬼畜と書かれていた。
わたし…大丈夫かな?アリアーシュは魔法を使えていたけどわたしは使ったことがない。アリアーシュの言ってた呪文を唱えても魔法が出なかったのだ。あんな中二病丸出しの恥ずかしい呪文を長々と唱えたのに!!あの時の恥ずかしさと言ったら…周りに誰もいなくて何も聞かれなくて良かったわ。
元五英傑の皆さんの自己紹介が終わり顔合わせがお開きになろうとしたその時。
「さて、折角じゃ、みなで茶ても飲むか」
皆さんはこれからお茶会を始めるようだ。
「それではわたくしはこの辺で失礼致します」
わたしは帰ろうと一礼し踵をかえした。
「なんじゃあーちゃん帰るのか?」
あーちゃん?
「そうじゃ、あーちゃんの歓迎会じゃぞ」
あーちゃん?
「茶菓子もあるぞ、あーちゃん」
あーちゃん?
「すこし我々に付き合っていただけませんか?あーちゃん」
あーちゃん?
「儂、あーちゃんに来て欲しいなぁ」
あーちゃん?
「あの…あーちゃんと言うのはわたくしの事でしょうか?」
「ああ、可愛くていいじゃろ?」
「そ、そうですね」
こうして元五英傑の方々と楽しく?お茶を飲んだ。
王子とわたしの師となったこの方々は後に孫守りと言う組織を結成するがまだそれはもう少し先の話。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしはアリアーシュのおかげでこの国の文字が読めるし書けるし話せるんだけどそれだけじゃなかった。
アリアーシュは超優秀だった。他の国の文字も読めるし書けるし話せた。これにはわたしだけじゃなく外国語を教えて下さる講師の方も驚いていた。そりゃそうだ12歳の少女が数か国語ペラペラってどんだけ天才よって思うわよね。でも前…きっと毒菓子ねじ込まれ事件前はここまで完璧じゃなかったみたいな言い方をされたので邸にいる間はずっと本を読んで勉強していたと誤魔化した。だからもう外国語に関しては王妃教育は免除になった。
あとは計算とか算術とか数学的なものも、わたしでも分かる問題だからそんなに難しいものではないと思うんだけど、もう教える事はない、と言う事で免除になった。
アリアーシュが苦手としている刺繍は講師の方も苦笑いだった。ごめん、アリアーシュだけのせいじゃないわね。わたしも裁縫は苦手だった。苦手+苦手=得意にはならなかったみたい。
家族に刺繍をプレゼントするために作っていると言ったらそれが課題になった。
ダンスレッスンもなかなかハードだった。普通に動けるようになったと言ってもまだ激しい運動は苦手だった。体は覚えているのに体が動かないそんなちぐはぐな感覚で結構行き詰った。
王子と一緒に受ける五英傑の方々の授業はこうだ。
ランドルフ様とはチェスの様なボードゲームが授業だった。敵の部隊編成や土地の地形によって形勢が変わる陣取りゲームで、わたしも王子もランドルフ様には瞬殺された。まるでわたし達の考えが読めているかのように先手を打たれる。きっと読めてるんだろうなあ…。逆にランドルフ様の手を読もうと戦略を考えるも何通りもの次の手が待っておりどう打っても詰んだ。
ノリの軽いフランクなおじいちゃんは相手を油断させる作戦なのか…。数日授業を受けてみて奥が見えなくて逆に怖い。
王子は今日もランドルフ様に乗せられて猪突猛進だ。もうちょっと冷静になって頭使おう。
アドルフ様の授業は授業というより特訓だった。わたしには力も体力もない。と言う事で最初は訓練場で走り込みから始まった。
王子は騎士団の訓練に混ざっていた。走り込み、素振り、模擬戦などなど…他はわたしにはわからない。でも王子はこっちの方が生き生きしていた。
アドルフ様はあまり運動ができないわたしのギリギリラインがここだと目星を付け、特訓内容は訓練場内3周と模造刀で素振り100回。たったこれだけと思うでしょ?でもね、たったこれだけでわたしは倒れた。
アドルフ様もわたしがこれだけで倒れるとも思っていなかったらしくめちゃくちゃ謝られた。ランドルフ様にも色々言われていたが言い返せていなかった。
王子は何故か泣きそうな顔をしていた。心配してくれたのかな?軟弱でごめんなさい、これから強くなります。
薬師のセオドア様には、その名の通り薬学を学んでいる。今は薬草や生薬など薬になる原材料について学んでいる。これが終われば材料採取のために山や森に行き、自分で採取した材料で調合する事になっている。
セオドア様は薬草や生薬などの生息地、特徴、似ている物の見分け方など丁寧に教えて下さった。
王子は覚える事が苦手なのか少し退屈そうにしていた。しかしセオドア様がわたしの手が素振りで皮が捲れている事に気付き傷薬を調合し手当をしてくれた事で薬を調合出来る事の有用性に気付いたのかやる気を出した。
サイラス様の魔術講座は魔法と言う概念がないわたしにはとても難しかった。まずは初歩の初歩基本中の基本、子供が教わらなくてもできる事、魔道具に付与された魔法陣に魔力を流すところから始まった。
王子の顔にはこんな事も出来ないのかって書かれていた絶対書いていた。王子はアリアーシュが魔法を使えていたことを知らないの?アリアーシュなら出来るわよ、アリアーシュならね…。ホント、魔力なんてどう流すのよ…。
すると王子は手を握れと差し出してきた。わたしは言われるまま手を握ると確かに違和感を感じた。何かが体を巡っている感覚、今まで感じたことのない何か…。これが魔力を流すと言う事だろうか?
今のは動いてない魔力を他人の魔力で動かされ違和感を感じたのだとサイラス様は仰った。自分の意志で魔力を流した時はその違和感はない…と。
意識を集中し、手の中の魔道具、ランタン石を握る。その名の通り魔力を魔法陣に通すと光る魔道具だ
王子が動かしたわたしの魔力…それを自分の意志で動かす…さっきの感覚…体を巡らせる何か…それを魔法陣に流す…。
……………
握っていたランタン石から光が漏れた、成功した!!
わたしは生まれて初めて魔力を使う事ができた!!すごい!!これが魔術!!
喜んでいる暇はなく、この日は感覚を忘れないようにと魔力が枯渇する寸前まで生活に使われる魔道具に魔力を流し続けた。
ラッセル様の魔法教室も魔力操作から始まった。
王子は魔力制御が苦手って言ってたけど自身の体に身体強化を掛けラッセル様と魔法を撃ち合っていた。でもラッセル様は手加減されていたし王子の攻撃も全て躱されていた。いくら王子の魔力量が多かろうがこれが力と経験の差なのか、手加減されているとはいえラッセル様の攻撃を食らっていた王子が白旗を上げる。
二人がわたしからしてみれば異次元な事をしている間、地道にアリアーシュが使っていたウォーターボールって魔法に挑戦中だ。
ラッセル様はわたしが魔法が使えないことを疑問に思われていたが、感を取り戻せばすぐに使えるようになるだろうと魔法の使い方を教えて下さった。
魔術講座で教わった魔力を体中に巡らせて、頭の中で水の球を想像する。大きさは?硬さは?飛ぶスピードは?水の球が頭の中で霧散する。失敗だ。魔法と言えど出来る事しかできない。わたしが今、自分の持っている力以上のモノをイメージしてもそれを形にすることは出来ない。自分の魔力量と魔法の習熟度そしてイメージ。
繰り返す事数十回…「ウォーターボール」はわたしの手から放たれた。大きさは水風船ほどで飛距離はないが確かに水の球がわたしの手から放たれた。
念願の魔法、初めての魔法。わたしは嬉しさと感動で泣いてしまった。
急に泣き出したわたしに王子もラッセル様もとても心配されたが魔法が使えて嬉しかったと言えばラッセル様はよく頑張ったと褒めて下さった。
憂鬱だった王妃教育も五英傑の方々の講義のおかげで充実している。
疲れ果てて公爵家に戻ればすぐに寝てしまう。そうするとアルバートと過ごす時間が減るわけで…。
アルバートがグレた。
お読みいただきありがとうございます♡♡♡
面白いと思っていただけたり、続きが気になったり、お気に召されましたらブックマークや☆にて評価いただけますと幸いです。
大変励みになります(*^^)v